第8話(1/2):モンスターテイマーと重力魔法と戦闘機
魔王。
それは混沌の中枢であり、強引な力で誕生させられた宇宙を原初の無へと戻す自然の摂理である。
ビッグバンによって宇宙を創造した神々は、多元世界で同時多発的に誕生する魔王に対し、転生システムにより勇者を派遣。
魔王の駆除を公共事業として続けている。
そんな神々の都合に巻き込まれる人間には同情を感じざるをえないだろう。
最悪の現代から逃げ出し異世界でスローライフを楽しもうという風潮が出来たのは近年のこと。
元々の転生者達は魔王の退治でも異世界での成り上がりでもなく、現代への帰還を最終目標とし辛く厳しい戦いを続けていた。
だが、未だ嘗て現代への帰還を果たした勇者の数はごく少数である。
何故か? それは、転生システムの原理が関わってくる。
マクスウェルの悪魔の原理にも近い転生システムは、エントロピーの流れに乗せて人間を転生させる。
つまり、この移動は「秩序ある世界から無秩序な世界への転生しか行うことができない」のだ。
この流れに逆らって人間を転移させるには小規模なビッグバンにも匹敵するエネルギーが必要であり、これが転生者が現代に帰れない理由となっている。
「あとは魔王を倒すだけ……それで俺は元の世界に帰れるんだ!
ずっと好きなゲームの新作情報が公開されたばかりだったからなぁ……
この一年、俺のチートもあって新作のことを考えない日はなかったぜ。
まさかあのゲームに登場する邪神じゃないだから、ちゃんと魔王を倒せば絶対に俺を元の世界に戻してくれる……よな?
いや戻してくれないと困るぞ!
絶対新作はもう発売して……
いや、一年だし、ちょうど発売直前かもしれないな。
だとしたらこの一年、少しずつ情報が小出しにされていくわくわく感を体験できなかったのは本当に残念だなぁ」
そう呟くサトルの独り言は、他のパーティメンバーからすれば意味のわからない妄言に思えるだろう。
だが彼に疑問をぶつけるメンバーはいない。
正確に言うなら、彼に言葉をかけられるメンバーがいない。
「情報によれば、魔王のタイプは闇属性。
なら、最初は光属性のお前に決めたぞ! 行け! キラヴァイア!」
「ガギャギャァッ!!!」
かくしてモンスターマスターサトルは異世界の殿堂にその名を残すのだった。
世界大戦の引き金を引いたゲランは、悪の枢軸と揶揄されている。
実際に、ゲランを一党独裁で支配する政党の頭首にして現ゲラン総統が狂気に侵されていることは事実である。
しかし、そんなゲランが戦争に至ったことにもまた理由がある。
それは、1986年に起きたある事故が起因している。
「炉心内、温度上昇!」
「緊急停止! 制御棒を挿入しろ!」
「ダメです! システムが高熱で動作しません!」
「冷却水注入! 急がせろ!」
「間に合いません! メルトダウン開始まであと……」
「くぅっ……全職員の脱出を急げ!」
「所長は!?」
「私は最後までここで時間を稼ぐ!
偉大なるゲランの名に誓って、世界初の原発事故がゲランで起きるなどという不名誉を容認することはできん!」
シュヴァルツヴァルト原子力発電所事故。
それは、原爆が使用されなかったこの世界において、原子力の恐ろしさを始めて全世界に知らしめた未曾有の大災害となった。
それだけ見れば、言ってしまえばいずれ世界のどこかで起きていただろう不幸な事故でしかない。
だが、最悪だったのはこの後だった。
「賠償金1320億マルス……? 冗談でしょう?」
「冗談ではありません。
世界全土に広がった放射能汚染に伴う被害額と除染費用を計算した結果の合計がこの金額です。
ゲランにはこれを支払う責務があります」
これはゲランの当時の国民総所得の2.5倍であり、国家予算の20年分である。
だがこの計算式は誤りである。
何故なら、この当時のゲランの電力はすべて原子力発電で賄われていたためだ。
シュヴァルツヴァルト原子力発電所の事故に伴い、ゲラン国内のすべての原子力発電所が停止に追いやられた結果、電力不足に陥ったゲランの国民総所得は翌年には3割低下し、賠償金の完済を絶望と共に遠のかせた。
ゲラン政府は否応無しに国債の発行へと踏み切らせるが、これもまた最悪。
国内は未曾有のハイパーインフレに追い込まれ、札束は事故前の一兆分の一の価値しか持たない紙くずとなった。
ここにマルティ合衆国における不動産バブル崩壊による大恐慌が発生し、サヴィーナ連邦の鎖国宣言と中東での宗教紛争による原油価格高騰が追い打ちをかける。
憧れの美大から不合格通知を言い渡された青年が狂気の道を歩み始めるのは、そんな絶望の中でのことだった。
繰り返しになるが、現ゲラン総統が狂気に侵された諸悪の権化であることは事実である。
だが、そんな「魔物」を産んでしまったのも、ゲランを世界大戦へ追い込んだのも、そのすべてがマルティ合衆国を中心とした諸外国であることも事実だった。
2027年10月。
氷の魔女キリアとレールガンの活躍でブリタス湾海戦に敗北し、陰陽師ハオランの謎の失踪と同時に暗号通信の脆弱性対策に追われ、マルティ合衆国にて新兵器と思われる爆発が観測されている頃合いだった。
「ご機嫌はいかがでしょうか? 異世界の勇者様方」
ゲラン親衛隊隊長ホムラは、占領したリュクス市郊外の邸宅を訪れる。
ここには二人の勇者が軟禁されていた。
「最悪だよ。国王に無実の罪で投獄されたのを思い出す。
歴史の授業で見せられた強制収容所に送られてないあたりは、転生者の好感度上昇スキルに感謝する他ない」
一人目はネザールに現れた勇者サトル。
モンスターマスターの二つ名で呼ばれた彼のチートは魔物使いのスキルである。
なお言うまでもないが、魔物の存在しない現代において彼は無能の極みである。
「それでも、最近は嬉しいこともあったわ。
ブリタス本土上陸失敗おめでとうございます。
私の知る歴史をなぞるなら、ここからはずっと下り坂ね」
二人目はランスに現れた勇者シュウカ。
特異点のシュウカを名乗った彼女のチートは重力魔法である。
彼女にはこの場でホムラを圧死させることも可能だったが、それをしないのはこの世界で彼女によくしてくれたフランの国民が人質にされているからに他ならない。
今はゲラン国民の私怨に基づく特定民族のみの弾圧に収まっているが、これをフランの国民に向けられない可能性はゼロではないのだ。
そんなシュウカの言葉にピクリとホムラの眉が動くが、彼は冷静を保ちつつ話を続ける。
「それは結構。早速ですが本題を。
ご承知の通り、もはや我が祖国にお二人を遊ばせておく余裕はありません。
協力していただきますよ」
「嫌だと言ったら?」
「チューリップも薔薇も美しく散るでしょう。
今はまだ水をやっていますがね」
シュウカはため息をつき、自分たちに拒否権がないことを理解した。
「それで、ほんとに協力するつもりなのかよ」
「もちろん。そして機を伺って、魔王を討ちます」
「は? 魔王?」
ゲラン本土に向かう列車の中でシュウカから出た言葉にサトルも鼻で笑う。
「俺がこの世界を残念に思ってるのは、まさに魔王が存在しないことだってのによ。
魔王がいなけりゃ魔物もいねぇ。
リヴァイアサンすら手懐けるチートも完全な無駄スキルだ」
「確かに、この世界に魔物はいない。
しかし、魔王が居るという確信があります」
「それは?」
「私達がここに居るから」
サトルはまだ話の意味がわからない。
シュウカは話を続ける。
「女神様から伺ったことがあります。
勇者は、秩序ある世界から秩序なき世界にしか送れないと。
私達は異世界に送られ、そこで混沌の中枢である魔王を倒した。
これにより、異世界の秩序は回復し、私達を別の世界に送るだけのエントロピーが確保された。
そんな私達が送られたこの世界には……」
「混沌の中枢。
魔王がいるってわけか」
「そういうことね」
サトルは納得しかけて、自分の担当の女神の顔を思い出して首を振る。
「だが女神はそんな優しいやつじゃねぇ。
やつらは邪神だよ。
元の世界にも戻してくれねぇし、俺達をゲームのコマにしか思ってねぇ。
俺はあの女に、勇者同士のデスゲームだと言われて飛ばされたんだ。
これは完全な遊びだよ」
「遊びであるにしても、そこに無駄なエネルギーを使うでしょうか?
エントロピーを逆流しての転生には小規模な宇宙創生級のエネルギーが必要。
送り込まれた勇者の数は一人や二人ではない。
神々の趣味の悪さを持ってしても、あまりに無駄が極まっています。
それに、デスゲームだと言うにしては私達に戦う動機が与えられていない」
「なんでも願いが叶うとか……」
「ではあなたは私を殺すの?」
サトルの体が、列車のシートに少しだけ沈み込む。
サトルは両手を上げてため息をつく。
「殺そうとなんて思わない。
思ったとしても、殺せる気がしない」
「そうでしょうね」
体が少しだけ浮くと同時にレバーを引き、椅子をリクライニングさせた。
「性善説が性悪説なんて論争がありますけど、私は人間の本質は正義の怠け者だと思っています。
正義だからこそ同じ人間を殺そうなんて思わないし、怠け者だからこそリスクから逃げる」
「なるほど、SNSとか見てると義憤に駆られてリツイートはするが実際に行動は起こさないってのが普通だし、まさにその通りだな。
まぁ、正義の暴走は悪に向かうし、怠け癖は権力を守るための悪に繋がるから、どちらかといえば性悪説が正しいんだろうが」
「それは今の論点ではないわね。
重要なのは、転生者同士が衝突しないこと。
つまり、神々を楽しませるデスゲームが始まらず、その勝敗がつかないこと」
「まぁそうだな。
つくとしたら勝者は最長寿の勇者ってことになる。
そりゃデスゲームなんかじゃなくて健康長寿バラエティだ」
「つまり、このデスゲームには隠された目的、隠された勝利条件がある。
それがおそらく」
「魔王を倒すこと、か。
確かにそれなら俺達には動機がある。
この世界に集められた全員は既に魔王を倒しており、それはつまり少なからず魔王の恐ろしさを知っていたり、恨みを持つようなエピソードを体験したってことだからな。
だとしたら、魔王はどこに居るんだ?
まるで噂を聞かないが、封印とかされてんのかね」
「その可能性もあるけど、私の考えではおそらく……人間に化けている」
ふむとサトルは深く思考に沈む。
確かに納得がいく。
魔王とは混沌の中枢。
今この世界は世界大戦が進み混沌の中にある。
魔物を率いて国を襲うよりも、人間同士を争わせる方が効率的に人類の数を減らせる。
というか、攻撃用途としての魔法を遥かに上回る現代兵器が存在する世界ではむしろそれしか方法がない。
なにせドラゴンもミサイルで倒され、魔王ですら核を落とされれば死ぬのだ。
そうならばもう、人間に化けて戦争を煽り、自分は決して殺されない核シェルターに引きこもる他ない。
それが出来る立場にいるのは、権力者のみだ。
つまり。
「お前が言う魔王の正体ってのは……」
シュウカは頷いて答える。
「狂気に侵された戦争指導者、ゲラン総統」
その言葉と時同じくして列車が減速をはじめ、駅に停まった。
親衛隊の先導で向かう先はゲランの軍事基地に見えた。
「ま、頑張ってくれ。
俺も協力したいのは山々が、俺の能力でできることなんかありゃしねぇ。
せいぜいその魔法で戦場で無双してくれよ。
お前の力なら、ミサイルとかの飛び道具は無効化できるだろう?」
シュウカは答えない。
その言葉が事実であり、これから先の自分の運命に不安を覚えているからだろう。
一体この先自分はどこの塹壕に派遣させられるのか。
東西南北どこでも地獄であることは変わりない。
緊張で頬を強張らせる彼女に軍人が近づく。
そしてその軍人は、サトルに指示書を渡した。
「モンスターマスターよ。
その力、ゲランのために使うがいい」
「……は?」
わけがわからないと困惑するサトルが向かった格納庫。
そこに置かれていたのは、特徴的な形状をした戦闘機だった。
「フォッケヴォーゲルXa283、通称フッケバイン。
ゲランの科学力の粋を集めて開発された超音速ジェット戦闘機だが、その高すぎる性能故に乗りこなせるパイロットが誰一人としていないモンスターマシンだ」
「なるほど、それで……って、いやいやいやいや!
モンスターマスターって言いますけど、そういうのじゃないからね!?
俺の専門はスライムとかドラゴンとかそういうので、モンスタークレーマーとかモンスターペアレントとかはモンスター違いだからね!?
無理でしょ!」
「無理かどうかは聞いていない」
軍人が拳銃を引き抜き、その銃口をシュウカに突きつける。
「やれと命令しているのだ」
サトルは一瞬焦るが、当のシュウカは顔色を変えない。
この軍人は今、誰の喉元にナイフが突き立てられているのかわかっていないのだ。
そんな中でシュウカが口を開く。
「やってみたらどう?」
「は?」
「モンスターマスターってことは、ゴーレムとか殺人マシンみたいな人工機械的なモンスターも操れたんでしょう?
なら、この子も乗れるかもしれないわ」
「いやまぁそれはそうだが……」
「試すだけならタダでしょう?」
拳銃を突きつけられながらも楽しそうに笑うシュウカ。
サトルは呆れながら首を振り、フッケバインのコックピットシートに座った。
「白い悪魔はコクピットに座った瞬間に機械の配線とかが全部わかったっていうけど、それはアニメの話で、ここはアニメじゃないんだよなぁ」
それでもダメ元だと操縦桿を握り。
「テイム、ゲットオン」
サトルは目を瞑り、数秒を挟んで。
コクピットガードから首を出して叫んだ。
「ダメだ! 俺には動かせない!」
軍人の眉間にシワが寄るが、気にせずシュウカが答えを返す。
「やっぱりモンスター違い?」
「いや、こいつはモンスターだ! ステータスも確認できた!」
攻撃力170、防御力115、素早さ202、賢さ0。
覚えている魔法なし。
装備武器は30mmMk3機関砲、有線誘導型インコムミサイルXXー4、空対空ロケット弾フラカン、VT800魚雷爆弾。
覚えている技はスプリットS、ダイブアンドズーム、ベクタード・スラスト、マニューバ・キル。
特性はステルスで、性格はまじめらしい。
(性格ってなんだ?)
脳内でツッコミを入れつつも、ゲラン人の特徴的に「らしいな」などと思いつつ。
「それで、ならどうして無理なの?」
「当たり前だがこいつには意志がない!
賢さ0ってのはそういうことだ!
そうなると俺がこいつを直接操縦するしかないんだが、今度は俺の体が戦闘時の重力加速度に耐えられない!
殺人的加速とかチャチなもんじゃねぇよこの性能!
そりゃこんなモンスターを乗りこなせるやつがいるはずがない!
作った技術者はバカだとしか言えんな!」
「なるほど」
片手を顎の下に当てて少し考えてからシュウカはサトルの乗る戦闘機に向かって歩き始める。
「おい貴様! 止まれ!
何をするつもりだ!? 止まらんと撃つぞ!」
「どうぞ」
躊躇いもなく発砲音が響き、地面に弾がめり込む。
続けざまに数発の発砲音が響くがその弾はすべて同じようにシュウカに届くことも跳弾することもなく地面にめり込んだ。
混乱する軍人を背にコクピットによじ登ったシュウカは、唖然とするサトルを無視してそのまま複座の後ろに乗り込んだ。
「なら、これで飛べるわね」
サトルはその言葉の意図を理解した。
重力。
それは、2つの形で現れる物理現象。
質量を持った物体が空間を歪める本物の重力と、加速した物体にかかる見せかけの重力。
そして、重力魔法を極めたシュウカは、その両方を等しく支配する。




