第1話:落ちこぼれのチート女神達
海外旅行にカップ麺を持っていく日本人は少なくない。
知らない土地でもお湯を用意するだけで日本と同じうまいカップ麺が食べられることは大きな魅力で、さらに諸外国と比較して超常的にうまいとされる日本のカップ麺は海外の人に渡すと無茶苦茶喜ばれるとか。
それは確かになるほどと思ったよ。しかし、だからと言ってだ。
「あなたの能力は、自由にカップ麺を出せる能力です」
よりによって異世界転生でそんな能力は勘弁してほしかった。
確かに最初はそう考えていたよ。
だが、世の異世界転生者はこういう明らかなハズレ能力を駆使して異世界で成り上がるもの。
それは俺にだって出来る話だった。
そして俺はついに、魔王の前に立つ。
「人の世界を支配する者よ、その傲慢さで魔をも祓えると増長するか」
「はっ。笑わせるぜ。カップ麺の力、見せてやるぜ魔王!」
そして俺は伝説となった。カップ麺は、世界を救う!
フレイヤはしがない公務員である。
炎の化身でもある彼女は一昔前まで職場の誰もから一目置かれるトップエリートだった。
彼女の仕事、それは、死んだ人間を異世界に転生させて活躍させ、多元世界間全体で増大するエントロピーの量を調節すること。
所謂「マクスウェルの悪魔」の役割を果たす職業、転生の女神である。
炎という世界の根源に近い現象を支配するフレイヤは、転生者に初期から最強クラスの炎魔法を覚えさせてチート転生させることで、多くの転生者を成功させてきた。
しかし最近、その方法が通用しなくなっている。
「なんでカップ麺で世界が救えるのよ……いや、百歩譲ってそれは出来るとして。
どぉしてあんなはずれ能力しか渡せないやつが出世街道を進んでるのよぉ!」
エントロピーの増大した世界は魔の介入を受けやすくなり荒廃していく。
転生者はそれを回復させることを目的としたものだが、昨今はこの転生業にエンターテイメントとしての側面が加わっていた。
神々は転生した人間が異世界で成り上がる姿を面白く感じ、彼らの活躍を小説やアニメ、ゲームを通して鑑賞しスコアをつけていく。
今やこのスコアこそが転生の女神としての給料に大きな影響を与えていた。
そんな神々の最新のムーブメントはハズレ能力での無双。
つまり、最強クラスの炎魔法というある意味で古典的正統派なチート付与は、今やまるで神々の評価に繋がらないのだ。
「おかしいでしょぉ!
転生の女神になるため私がどれだけ努力したかわかってんの!?
三千年よ! 三千年!
その間、ずっと人類史は火と共にあったじゃないの!
それであのカップ麺の女神、聞けばたったの十年で女神になったそうじゃない!
それが今期の営業ランキングトップよ!
こんなのありえないわ! そう思わない!?」
「わかる。わかるよ、私達だって……」
神の世界の中心区画。そこを走る神の列車。
の、線路のひかれた高架下に並ぶ立ち飲み屋。
今そこでネクタルを煽っているのは、誰もが皆フレイヤと同じとようなチート能力を渡してきた古典的正統派の女神たちだ。
「あんたが付与した最強炎魔法で無双する勇者が、私の付与した最強爆発魔法の勇者としのぎを削ったのも今となっては過去の栄光ね。
その昔は私の魔法が使えるってだけで幼少期からの幼馴染がぱっと出のお嬢様に負けるような世界線もあったっていうのに」
「なにそれ喧嘩売ってるの!?
あなただって今は落ち目じゃない!
なら使ってみなさいよ! その最強爆発魔法!」
「……運が良かったわね。今はMPが足りないわ」
そんな二人の隣でより大きな負のオーラを背負うのは剣の女神だった。
「いや、二人はまだいいわよ。
魔法は今でも異世界転生の中心。
それに引き換え剣術なんて今はもう誰も見向きもしないわ。
一昔前は、この子とのコンビで大活躍したのに……」
「剣と雷……懐かしいコラボレーションですね。
あの頃は何故か神々の間で傘が大流行しましたね。
そもそもみんな雨くらい好きに止めることができるのに」
誰もがみな、過去の栄光を語ってネクタルを飲むしかできない。
それが彼女たち。時代から取り残された、最強クラスの女神達だ。
「くくく……なんと壮観な並びだろうか。
かつては神々でもその名を知らぬ者がいなかった女神たちが、こうも落ちぶれるとはな……」
背後に立っていたのはスーツに身を包んだ中年男神。
にやにやと下衆な笑みを浮かべる彼に、女神たちが一斉に臨戦態勢を取る。
「あんた、どこの誰か知らないけど私達を舐めたこと言うと……!」
「知らないんですか? MPなんて、ネクタルでいくらでも回復できるんですよ」
「どうやらビニール傘のサビになりたいみたいですね」
「今ではなかなか見られない電気で骨が透けて見える様、体験されますか?」
そんな彼女たちの覇気も男には通用しない。
「暴力を振るうつもりはありませんよ。
いや、私はあなた達にチャンスを与えに来たのです」
「チャンスですって?」
「返り咲きたくはありませんか?
かつての栄光の座に。そのための起死回生の逆転劇の登場人物に、なってみるつもりは?」
「はぁ? 何言ってんの。そもそもあんた誰……」
「ちょ、ちょっと待ってください!
この方は……あの人気映画にも登場されたことで有名な、河の神様では!?」
落ちぶれた女神たちをかき分け飲み屋の中に進んだ男は、最高級のネクタルを一杯口に含んでため息をひとつ挟み。
「よきかな……」
その一言に女神たちが息を呑む。
神格でも明らかな格上。
所詮地方の役所の窓口係程度でしかない転生の女神たちに対して河の神は、神界行政の中心、トップエリートである。
「それで……どうかな?
逆転の希望の船のチケット……受け取るつもりは?」
数秒の間を挟んで一人、また一人と女神たちは希望のチケットに手を伸ばした。
後日深夜、アトランティス湾に停泊する豪華客船ノアズアーク。
そこに集まったのは、全員がフレイヤ達と同じかつて名を馳せた高名な女神たちだった。
果たしてこれから自分達はこの船内で何をさせられるのか。
よもやジャンケン大会などではないだろうが。
そしてついに彼女たちの前に河の神が登壇する。
「みなさんにはこれから、殺し合いをしていただきます」
その口から宣言されたのはデスゲーム。
想像していなかったわけではないため、別段驚くようなこともない。
いつの世もそんな都合の良い話などなく、また、いつの世も上流神はそういう下衆な遊びを好む。
「といっても、みなさんは転生の女神……
戦うのは、みなさんが転生を担当し、ひとつの異世界を救った勇者たちです」
「なるほどね……」
勇者によって救われた世界は既にエントロピーが減少している。
つまりある意味で、勇者たちは既に用済みの存在だ。
そんな彼らを戦わせ、神々の娯楽とする。
それは転生の本来の目的である多元世界の低エントロピー状態の維持と、昨今付与された別の目的である神々にとっての娯楽を両立させる文字通り神がかり的なアイディアである。
そして、そんな正統派の戦いではカップ麺を出せる勇者では戦いにならない。
最強級の炎魔法と爆発魔法がぶつかり、そして剣聖が、竜騎士が、陰陽師が、死霊召喚士が最強を競う。
まさにファンタジー職業最強決定戦だ。それは単純に、落ちぶれた自分たちが逆転するための手段としての意味もあるが。
「史上最強の転生者を見たいか?」
にやりと笑う河の神に女神たちが呼応し答える。
「私もだ! 私も見たい!」
自分たちの境遇も忘れ、大歓声で盛り上がる船内。
そう、所詮神などそんなもので、女神達もまた神の一柱だった。
こうして、神々による転生者デスゲームが幕を開ける。
世界を救った竜騎士カイル。
魔王が滅んだ平和な世界で王として君臨していた彼の元に数十年ぶりに顔を見せた竜の女神は、彼に残酷な神託を下した。
「やれやれ……神々とはいつも勝手なものだ」
「否定はできないわね。けれど、あなたにもメリットはあるわ。
この戦いに勝利すれば、文字通り『なんでも』望みが叶う。
それは私達転生の女神たちが約束するわ」
「究極的なチートスキル……」
「そうね。あなたが神々を嫌うのなら、世界を創造する力でも手に入れて、あなたがひとつの世界の神になればいいわ」
「それは魅力的な話だ。
しかし……そんなものは俺には必要ない」
女神の言葉を拒否するかにも思えるカイル。
女神の表情が歪む。だがカイルは獰猛な笑いをあげ、女神に宣言する。
「いいじゃないか。ずっと飢えていたんだ。
魔王を滅ぼし、争いの無い平和な世界を手にした今……
俺は戦いに、飢えていた!
それが我が友、炎龍皇帝ファフニスも同じ!
乗るぞ! その戦い!」
かくして新たな異世界に相棒のレッドドラゴン、炎龍皇帝ファフニスと共に転生したカイル。
彼にとってそれは二度目の転生だが、前の転生とは大きく異なることがある。
それはひとつの世界を救う中で、現代人だったカイルが肉体、精神共に大きく成長したこと。
当初は小さな幼竜だったファフニスも今や最終進化形態だ。
もちろん、戦う相手もまた彼と同じ異世界を救った勇者たち。
中にはかつて倒した魔王以上の魔法を操る魔道士や、自分の知る人類最強をも上回る剣聖が待ち受けているだろう。
だが彼にはそれでも勝算があった。
異世界で学んだこと。
それは、究極的に言えば戦はすべて地の利と速さのステータスで決まるということだ。
どれだけ圧倒的な魔法があろうが、当たらなければどうということはない。
そして地の利とはすなわち高所を取ること。
たとえ無敵の剣聖でも、高度1万メートルを音速で飛行するドラゴンに太刀打ちできるはずがない。
圧倒的な速さで上を取ること。それがカイルの勝利の方程式だ。
「征くぞファフニス!
この異世界も、空を統べるは俺達だ!」
相棒ファフニスの背にまたがり、空高くへと舞い上がったカイル。
この異世界に一体何人の転生者が送り込まれたのか。
まずはその調査とあわせて世界地理を知るところからだろう。
そんな彼の正面、高度1万メートルの上空から「何か」が迫る。
「あれは……」
気付いた時にはもう遅かった。
マッハ1.3の速度で飛ぶファフニスに対し、飛来した空対空ミサイルの速度はマッハ4.2。
相対速度にしてマッハ5.5を特殊なレーダー装備もなく知覚し回避できるはずがなく、異世界の空を支配した炎龍皇帝は空の藻屑と消えた。
「こちらバンデット1。
領空侵犯中の正体不明機の撃墜を確認」
「ホームAよりバンデッド。
敵戦闘機はどの国の物だったか報告せよ」
「こちらバンデッド1。
すまない、俺の頭がおかしくなったと思って欲しいんだが……
でかいトカゲの化け物に見えた」
内戦が続くペインの情勢は不安定だった。
共和国打倒を目指す反乱空軍の超音速戦闘機「ストーム」が撃墜した未確認飛行物体の正体が確認されるのは翌日のことになる。
ゲームスタートからわずか30分。
船内の巨大モニターに映されたライブ映像に、すべての女神が唖然とした。
そんな中、人一倍の衝撃を感じていた竜の女神の元に黒服の天使たちが詰めかける。
「あなたは脱落しました。こちらへ」
腕を掴もうとする天使達の手を払う竜の女神。
そして狂乱のままに叫ぶ。
「どういうことよ!? なんなのあれは!?
一体どんな異世界に……」
そんな竜の女神を壇上から見下ろし、河の神が笑う。
「この河の神、ことルールに限り虚偽は一切言わぬ。
異世界の転生者達を戦わせる。そうは言ったが……
その舞台が剣と魔法の異世界だとまでは、指定していない……!」
別室に連れて行かれる竜の女神を見送る中、正面モニターには異世界の地図が映された。
それは転生者達の多くの出身である地球という惑星の世界地図に似た形をしていた。
年号は2025年。20世紀前半に二度目の世界大戦が始まらなかったその世界は今、世界すべてを包む大戦争の開戦前夜の様相を呈していた。
地を駆けるのは馬ではなく鋼鉄の重戦車。
空にはドラゴンを遥かに上回る戦闘力を示す超音速戦闘機が飛ぶ。
そしていくつかの大国は最上級の爆発魔法の数万倍の爆発力を持つ核兵器が発射可能な状態にある。
そんな世界では異世界を救った勇者など手品師が関の山だ。
超常の魔法にしか見えない最新科学技術を前に無力さを覚える最上級魔法使い達。
剣など届くはずもないアウトレンジからの弾道ミサイルの爆撃を受ける戦士達。
まさに意図せず「まるで使えないハズレ能力」に与えられてしまった転生者達を主役とした暇を持て余した神々の遊びが、今始まった。
■次回予告
落ちぶれた女神たちを集めて始まる異世界勇者達の現代戦デスゲーム。
かつて氷の魔女と恐れられたキリアが操るは最強級の氷魔法。
「我が騎士団勇猛果敢なれど、反乱軍の海軍は……」
「凍った海で動けません」
異世界では無敵を極め、魔王すらも一瞬で凍らせたキリアも現代戦においては。
「あぁもう! 鬱陶しい!」
打ち込まれ続ける砲弾とミサイルに手も足も出ない。
キリアはこの世界では氷魔法など何の役に立たないことを理解し、かろうじて残っていたハーレム因子を頼りに悪役令嬢生活を目指そうとするのだが……
「あの、キリア様。今更ではあるのですが、その氷の魔法というのは具体的に何ができるのでしょうか?」
キリアに差し込む一筋の光は、役立たずチートの異世界勇者達にとっての光明となるのか?
「制空権は?」
「完全に頭を抑えられています!
空母トリスタン、航行不能!
駆逐艦ガングラン、ブルーノ、対空砲残弾30%を切ります!」
「絶体絶命か……」
次回、最強転生者達の現代出戻り列伝、第二話「氷魔法とレールガン」
「私、こんな簡単なことしてるだけなのに……」




