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7 性欲減退薬2


「『薬術の魔女』を出してくれないか」


 それから数日後。

 薬術の魔女達の研究室に訪ねる人があった。

 服装の特徴は青色。どうやら宦官らしい。いつも後宮から出ない宦官とは珍しい、と思うも、どうやら本物の宦官ではなく、宦官と直接関わることが許された仲介用の官僚だ。


「どうかしました?」


そう対応した補佐官1の綺麗な顔に一瞬見惚れるも、気を取り直してその官寮は用事を口にする。


「この間『薬術の魔女』殿が生成した減退薬について、宦官長が話がしたいそうだ」


 そうして、薬術の魔女と補佐官1は宦官長が待つという部屋に呼び出されてしまった。補佐官1は付き添いで補佐官2は留守番だ。


 呼び出された部屋に行くと、丸眼鏡のややきつい顔立ちの人物が待っていた。


「お待ちしていましたよ」


男性のような、女性のような声だ。元の性別を表す耳飾りを確認すると白と黒両方の飾りをそれぞれ左右に身に付けていたので、ある意味特別な人なのだと理解する。


「貴女の生成した性欲減退薬について、お話があります」

「お薬がどうかしましたか?」


じ、と見つめられ薬術の魔女は思わず背筋を伸ばした。補佐官1は元から背筋はまっすぐだったので特に動くはないが、少し緊張した面持ちだ。


「減退薬の効能が素晴らしい」


にこ、とほほ笑まれて内心で薬術の魔女は安堵する。どうやら叱られるような内容ではなかったようだ。


「『蘇蛇宮』の薬だけ異様な姿だったので、もしものことを考え私や毒耐性の高い者に飲ませました。ですが、『その薬を飲んで以降、気の散らかりが()()無かった』という報告を多数受けました。全て、貴女の薬を飲んだ者達です」


『異様な姿』ということは、やはり薬術の魔女達の知っているレシピではなかったのだ。だがそれとは別の疑問が薬術の魔女に浮かんだ。


「え、でもこれくらい、薬師なら普通に作れるでしょう?」

「そうなのですか?」


驚く薬術の魔女が零した言葉に、宦官長は怪訝な顔で訊き返す。


「調合は独自のもの(オリジナル)だけど、基本的な構成は一般的につくられている性欲減退薬と同じだと思います」

「……なるほど」


「主に、こういうものを使っています」と薬を構成する薬草類と示された成分に、宦官長は頷いた。専門的な話でもそれなりについていける人のようだ。


「普段使っている減退薬ってどんな感じなんですか」

「……知らないのですか?」

「ええと。レシピを教えてもらっていないので」


薬術の魔女の返答に宦官長は険しい顔をし「やれやれ、未熟ですね」と深く溜息を吐く。そして使いの者を一人呼び出し「宦官用の性欲減退薬のレシピを二つとも、持ってくるように」と命令を下した。急いで使いの者はその場から離れる。


「白い飾りの者には『陰』の植物を、黒い飾りの者には『陽』の植物を。それぞれ利用した物となっています」


まずは薬術の魔女にそう告げ、宦官達がどれほど陰陽について気を付けているかの話をしてくれた。食べるものから使う物まで、かなり気を使っているらしい。


「これも、『白き天の神』と『黒き地の神』との均衡を保つためなのです」


そうして説明が終わった頃、使いが戻ってきた。薬術の魔女は宦官長を通して、減退薬のレシピを受け取る。


「……こんなもので減退する訳ないじゃん。これじゃあ、効能は普通の鎮静効果しかない。性欲はかなり強めの情動の欲求だから、脳に直接作用する物じゃないと」

「……しかし。儀式としては陰陽のバランスを取りたいのですよ」


レシピを受け取り眉を寄せた薬術の魔女に、宦官長は『やはりそうか』と溜息を吐く。だが、陰陽のバランスが必要となる宦官としては、そこの辻褄も合わせなくてはならない。


「儀式じゃなくて、本当に効能が必要なら普通の減退薬の方が……んー『おばあちゃん』に聞いておきましょうか?」

「『おばあちゃん』?」


考えながら提案した薬術の魔女の言葉に、宦官長は疑問の声を上げた。唐突に入ってきた魔女の身内らしき存在になぜだと言う気持ちがあったのだろう。


南部の不可侵領域の森(白き森)の主です」

「そ、そんな方と話ができる……のですか?」


宦官長は軽く瞠目した。確かに『白き森の主』ならば『白き天の神』と関わりがあるとされ、また薬術に知見があるとされる。だが通常の人間にとって『白き森の主』は『古き貴族』の当主達と同等、あるいはそれ以上の存在なのだ。おいそれと関わりが持てるような相手ではない。


「わたしの育ての親なので」

「は……?」

「ついでに『黒い人』にも聞いておきますね」

「『黒い人』……?」

北部の不可侵領域の森(黒き森)の主です」

「……」


そう薬術の魔女が告げると、宦官長は黙ってしまった。『とんでもない者達と関わってしまったかもしれない』という感情かもしれない。


「少し連絡失礼しますね」


 宦官長に短く断り、薬術の魔女は『おばあちゃん』に連絡を入れた。


「あ、おばーちゃん? いま大丈夫?」

『えぇ、問題ありませんが』


声をかければ、いつも通りの穏やかな声がある。結婚してから少しして、薬術の魔女は育ての親である『おばあちゃん』や『黒い人』と連絡が取れるように、連絡用の端末を二人に渡しておいたのだ。顔を見ながら連絡ができる、高性能なものを。ちなみに購入及び性能の吟味をしてくれたのは魔術師の男である。


「よかった。あのね、宮廷で『性欲減退薬』作ってるんだけど、それで一悶着あって……」


そして最近宮廷であったことも()(つま)んで話をした。宦官長と補佐官1は薬術の魔女の様子を確認しながらも、薬術の魔女達がなぜ宮廷に来たのかを軽く話している。


『なるほど。ただの真似事かと思っていましたが、きちんと効能も必要だったのですね』

「でも儀式の役割もあるから陰陽ってやつにも配慮しなきゃいけないみたいなんだけど」

『わかりました。では、向こうの方と一度相談してみましょう』


そうして、薬術の魔女の相談により、『白き森の主』と『黒き森の主』の協力を得て、宦官の薬を見直すこととなった。それからは宦官長と共に王代理とも話をしたり、苦々しげな表情の宮廷医の長とも話をすることとなる。



「で、宮廷で調合し直すことになったんだって」

「……然様ですか」


 自宅に戻り、今日あった出来事を薬術の魔女は魔術師の男に語った。その一連を聞きながら魔術師の男は平常通りの様子だったが、なんとなく薬術の魔女には楽しそうだな、と感じられたのだ。

 薬術の魔女が宮廷内を引っ掻き回すのが楽しいのだろうか。


「月官と日官の誰かも一人ずつ立ち会ってほしいとかなんとか」


「どんな人が良いのかな」と魔術師の男を見遣(みや)ると、一瞬視線を横に動かし


「『人馬宮』の室長で(よろし)かろう。室長共の長です」


そう、彼は端的に述べた。


「なるほど。じゃあ、陰陽で揃えるなら?」

「……片方を『双子宮』の室長に()れば良い」

「わかった」


こうして、調合に立ち会う日官と月官も決まり、『白き森の主』と『黒き森の主』が来訪する日程などを決めた。



 その当日。

 双方の森の主が来るからと宮廷は騒がしくなった。


「やはり、落ち着きませんね」

「やっほ、『命の息吹』ー」

「おばーちゃん、『黒い人』!」


宮廷の入り口で待っていると、白い髪に白い肌の人物『おばあちゃん』と、黒い髪に黒い肌の人物『黒い人』が現れた。

 ちなみに薬術の魔女は慣れているのでどうと言うこともないが、通常の人間達には凄まじい魔力の圧が感じられるとか。


「材料は持ってきたよー」

「効力は欲求の減退、でしたね」

「うん」


案内がてら軽く話をしながら薬術の魔女と双方の森の主達は宮廷内を歩く。



 調合の場所に行くと、日官と月官が立っていた。橙色の服が日官で灰色の服が月官。双方ともに白い外套を(まと)っているので室長だ。


「あ、お友達の人」


片方はよく知っている、月官の『双子宮』の室長だった。双方の森の主の魔力の圧にも平気そうだ。


「……一度伝えた気がするのだが、友達ではなく同志だ」

「うん」


頷くと『双子宮』の室長は苦笑いをした。


「私とは初対面ですねぇ、『薬術の魔女』殿」


かけられた声の方に薬術の魔女は顔を向ける。そこに居たのは大柄な男性だ。髪が白と黒の混ざった、非常に珍しい色合いをしている。


「私は日官の『人馬宮』の室長をしております。お見知りおきを」

「はい」


礼儀に倣って、一瞬だけ握手する。


 それから、調合を開始する。材料はあらかじめ乾燥させたもので、それらをすりつぶして粉末状にし、混ぜ合わせる。どうやら仕様上、水薬は駄目で丸薬しか扱えないらしい。


「減退薬の効果を持った上で、陰陽の組み合わせ……」


植物に当てはめられた陰陽の分類を眺めながら、薬術の魔女は口を尖らせる。


「白い飾りの方が『陰』で、黒い飾りの方が『陽』だっけ」

「うん」

「じゃあこれでよくない?」

「もう少し丁寧に」


ぽい、と『黒い人』が放った材料に『おばあちゃん』が軽く叱責する。森の主としてのある程度の威厳も必要だと『おばあちゃん』は理解しているからだ。だが『黒い人』は自由気ままに振る舞う。


「材料はこんな感じ?」

「あとは量の調整ですね」

「うん、バランスってやつも配慮しなきゃなんだけど」


 『黒い人』、『おばあちゃん』、薬術の魔女で相談をし合い、徐々に薬の形が出来上がっていく。


「……じゃあ、こう?」

「そうですね。やや効能は薄れますが……微々たるものです」

「わかった」


そうして、陰陽のバランスを取り、かつ性能がきちんとある性欲減退薬が完成したのだった。


「レシピ書いておくねー」

「一度、効能を確かめてもらわなければなりませんよ」

「うん」


完成後、効能の確かめ(有毒性の確認)が薬猿で行われるらしい。


「今までの減退薬の方が毒性が高いと思うのだけれど」

「お静かに」


ということで、宦官達の薬が新しくなった。


 宮廷医達は新しくなった減退薬のレシピを新たに覚え直さねばならなくなり不満があったようだが、王命として指示があったので渋々ながらもそれを受け入れた様子だ。宦官達の方は、より仕事に集中しやすくなったことをありがたがる者が多かった。不満を持つ者も多少はいたようだが。


 ついでに薬術の魔女を見る目に畏怖が追加されてしまったが、薬術の魔女自身としては特にどうでも良いことだった。ただ、見下して話しかけるやつが減ったのは確かだ。


×


 とある場所にて。


「そういえば、『薬術の魔女』が宮廷に来ているらしいわね」


そう、柔らかい声が言葉を零す。柔らかい声の主はしなやかな動作でティーカップの中身をティースプーンでかき混ぜた。


「……知っていますが」


それに対し、硬い声が返される。硬い声の主は別のティーカップを優雅に持ち上げ、中身を口にした。


「あの子の伴侶ですって」

「それも知っていますが」


面白いとばかりに喜色の混ざる柔らかい声に対し、硬い声は変わらず冷静に対処する。それはこの二人にとって、いつも通りのやり取りだった。

 あの子、と言うのは『蘇蛇宮』の室長のことだ。最年少で室長になり(ならざるを得なかった、と言うものが正しいが)、その姿を長年見ていた二人にとっては彼はまだ子供のようなものなのだった。


 『相性結婚』で結婚した、と言う話を聞いた時は(色々な意味で)相手が可哀想だと思ったものだ。だが離婚する様子は見せないし、噂によると二人で十分な所を四人も子供を作っているのでどう言う関係なのか気になるところだった。

 パーティで見かけたことはあったが、すぐに(発泡酒のせいで)出禁になったのでよく分からずじまいだったのだ。


「じゃあ、『伴侶を雑に扱っているらしい』って噂は?」

「知っています。『双子宮』の室長の目撃証言もあるそうですね」


それを知っていることは柔らかい声の主は知っているし、それが知られていることも硬い声の主は知っている。互いに分かっていて行う応酬。ただのじゃれあいのようなものだ。そう思っているのは柔らかい声の主だけかもしれないが。


「そうなのよ。だから、ちょっと見てくるわ」

「え」


初めて、硬い声の主は瞠目する。固まるその姿に、柔らかい声の主は表情を少し緩めた。


「真実を見極めに行くのよー」

「……はぁ、全く」


準備しなきゃ、と席を立つその様子に、硬い声の主は深く溜息を吐く。だが、それすらもいつも通りのやり取りなのだ。

 彼が自ら行動するのは珍しいことではない。だが、それを止めるのは彼女の役割ではない。

 ただ、やり過ぎないよう釘を刺しておくべきか、とだけ思考し、少しぬるくなったティーカップの中身をまた少しだけ口にする。



一旦ここで完結です。内容が思いついていないので。


思いついたらまた書きます。

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