表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/29

6  性欲減退薬


 宮廷医としての仕事にも、どうやらノルマがあるらしい。

 それの一つが、宦官用の性欲減退薬の生成である。各人1日に10本程度だ。


 宦官は後宮で働く、身体の陰陽を取っ払った特殊な官僚達だ。

 男の場合は男の象徴である喉仏や陽物は魔法薬や魔術的手術で控えめになったり取り払われたりし、女の場合は女の特徴である膨らんだ胸や陰部は魔法薬や魔術的手術により無かったことにされている。

 そして体型も元男元女問わずホルモン投与で中性的に作り替えられていた。それは、性差による筋力の差を埋めるためでもある。白い飾りを着けている方が元男で、黒い飾りを着けている方が元女。飾りの交換などは認められない。


 そんな特殊な官僚達にとって、性欲というものは邪魔なのだそうだ。

 宦官同士とか女官や他の官達と何かあると困るからだろう。特に宦官と女官達は後宮で王妃の世話係や後宮の管理人として働いていた。そんな大事な存在が性欲如きで怠慢をされてしまっては堪らない。


「性欲減退薬……は、毎朝摂取してるらしいですね」


資料を眺め、補佐官2が薬術の魔女へ報告する。その薬を主に摂取しているのは宦官だが、後宮で働く女官達も例外では無いらしい。

 ちなみに宮廷で働く方の女官や六官、日官、月官、星官達には処方されていない。お陰で色々と面倒なことになっているのだが割愛。ちなみに魔術師の男には『潔白で居たいなら昼間でも暗い所、カーテンの多い場所、狭い場所には行くな』と言われている。


「でも、減退薬って薬庫にある材料じゃあ作れなくない?」

「そうなんですか?」


薬術の魔女の言葉に補佐官1が訊き返す。言いながらも、薬術の魔女は新しく用意した作業台で薬を調合していた。薬の種類は件の性欲減退薬だ。鎮静を促す夢見草と六花草を組み合わせ、それに木の根っこなどを加える。設備が揃っていないのでまだ焜炉(こんろ)が無く、高温の加熱は難しい。だから、乾燥した植物での調合を行っていた。


「わたしが生成するなら、って感じだから他の宮廷医が何を材料にして作ってるのかは分かんないけど」

「それとなく調べておきましょうか」

「うん、お願い」


補佐官1に頼むと、早速研究室を出て行く。きっと、昼前にはある程度の情報が集まっているだろう。補佐官二人は情報収集がとてもうまいのだ。


 ちなみに薬術の魔女はもう少し若い頃に減退薬を伴侶に処方した(盛った)ことはあるが、あまり効果はなかった。要は伴侶の行動にはそういう欲求が関わっていなかったという証左になっただけの話だ。盛った理由はただの好奇心。毒慣らしついでに様々な薬を夫に盛っているその一環だった。(魔術師の男は薬を盛られていることは知っている)



 そして昼前には、予想通りに補佐官1があらゆる情報を集めて帰ってくる。


「どうやら、研究費で薬草類を購入して生成しているようですね」

「調合の材料は自分で集めろってこと?」


せっかく薬庫があるのに全然役に立ってない、と薬術の魔女は口を尖らせた。


「また、宮廷には薬草園があるそうです。必要があれば薬草園から材料を拝借しても良いみたいですよ」

「ふーん。ちょっと見てくる」


補佐官1に見送られて、薬術の魔女は宮廷の薬草園に行く。


 薬草園は宮廷の見事な庭園の横に設置されている。

 薬草園横の植物園では艶やかに香りの強く見目の良い花々が咲き乱れていた。


「栄養は足りてる……のか」


薬草園の薬草達を確認する。


「そこのあんた、何をしてる」

「えっと、誰ですか?」

「俺だよ、鍵を作った日官」

「あ、磨羯宮の人」

「そんな覚え方されてんのか」


声をかけられ顔を上げると、いつぞやの日官の姿があった。但し、髪はきちんと整えられ、髭も剃られて服まで綺麗になっていたので、一瞬誰だか解らなかったのだ。


「こんなところに何か用事か?」

「宦官用の薬を調合したくて、薬草探しをしてました」

「知らん仲じゃねえし、言葉は砕けても問題にはしねえよ。喋りにくいだろう」

「ありがとう」


声をかけた日官は如雨露型の魔道具(魔力水を少量入れたらそのエネルギーで大量に水を生成できる代物)を持っていた。魔術式を兼ねた綺麗な装飾が入っているのでかなり高性能そうだ。


「探しに来たって、ここにか? ここは月官か日官の少数しか使わねえよ」

「そうなの? 宮廷医はどこの薬草使ってるの」

「知らんな。教えてもらってないのか」

「うん。不親切だよね」


薬術の魔女が不思議そうに頷くと、錬金術師の男はやや気まずそうな顔をする。


「……まあ、そうなるよな」

「どういうこと?」

「…………俺があんたに教える義理は無えが。まあ良いだろう。せっかくだから教えてやる。等価交換の続きだ」


そう呟くと、魔道具を置いて薬術の魔女に向き合う。


「あんたは『薬術の魔女』だろう。そんで、『呪猫の悪魔』の伴侶」

「そうだね」

「悪いが、それで全ての説明が事足りちまうんだ」

「そうなんだ」


簡潔な説明だ。それに「(よく言われるもんな)」とあっさり薬術の魔女が頷くと、面倒そうに深く溜息を吐いた。どうやら、もう少し複雑な事情が絡むらしい。


「……もう少し丁寧に話すと、『薬術の魔女』『呪猫の悪魔』どちらにせよ、悪名高い。まあ『薬術の魔女』は戦争を終わらせたから英雄視している奴も居るが……貴族共はそうじゃねえ」

「ふぅん」

「自分達の活躍を奪った存在として見ている奴等も居るってことだな」

「ふーん」

「平民は貴族に逆らえないのは判るな?」

「うん」

「要は話し掛けるメリットが少ない。その上に、どんな奴か分からねえってことで、引いちまってるんだ」

「そうなんだ」


要するに、『薬術の魔女』にびびって声をかけられないのだ。その上、『呪猫の悪魔』の伴侶なので彼にどのような影響を及ぼすかも不明。だから、様子見されている。ただの平民だと見下されていることも、理由に含まれるだろう。


「俺はこの薬草園の管理人も兼ねてやってる。だが、どこにどんな草が生えてるかなんざ知らん」

「それ管理人としてどうなの」

「肥料をやって水をやってるだけだからな。月官に薬草園の薬草供を使わせる代わりに、魔術を刻む作業とかを月官に依頼している」

「なるほど」

「つまり、お前がここに何を植えようとも俺は知ったこっちゃねえってことだ」

「……ふぅん?」

「魔法薬に使えそうな薬草が増えれば、月官共は喜ぶかもしれないな」

「ふーん」


そうして、薬術の魔女は薬草園から少し薬草を拝借した後に、離れた。減退薬は、しばらくは『医術薬術開発局』で採取した薬草や事前に購入した薬草類で生成することになりそうだ。許可を得る手続きを済ませるために、同僚の男や補佐官2に話を通しておかねばなるまい。


×


 それから数日後。

 薬術の魔女は薬草園で土いじりを始めていたのだった。


「何をして居るのです」


振りむけば、魔術師の男が氷像の様に冷ややかな無表情で薬術の魔女を見下ろしている。


「薬草植えてるの」

「……はぁ」

「なんか露骨」


柳眉をひそめた『分かってんだよそんくらい』という顔に薬術の魔女は口をとがらせた。だが土をいじる手は止めない。


「貴女。自宅や職場に飽き足らず、宮廷の薬草園に(まで)手を加えるお積もりか」

「だって薬品持ち込めないし」

「……」


それもそうか、と思ったらしい。彼は軽く目を細め、溜息を吐いた。持ち込めるならもう少し色々なことができる。だが現状の宮廷では難しい。


「……宮廷服で行うのは如何(いかが)なものかと思いますが」

「だって他に服持ってないし」

「前掛けぐらい有るでしょうに」

「貸してくれなかったし」


せっかくの宮廷の制服が土で汚れてしまっている。それを魔術師の男が指摘すると、薬術の魔女は口をとがらせながら言葉を返す。そもそも、前掛けなどもどこで借りられるかもよくわかっていないのだ。


「……チッ」

「わぶっ?!」


彼が舌打ちをした直後、薬術の魔女の顔に何かが被さり視界がふさがれる。慌てて取って広げると、袖つきのエプロンだった。


「差し上げます。要らぬ物なので」

「ありがとう」


冷ややかな言葉に礼を告げ、一旦制服を浄化の魔術で綺麗にしてからエプロンを着る。程よい大きさだ。


「もう少し丁寧に渡したらどうかな。乱雑に投げよこすとは君らしくない」


 唐突に声をかけられる。そこで、魔術師の男の横にもう一人アイボリーの髪色をした男性が立っていたことに薬術の魔女は気が付く。服装からして宮廷魔術師だ。


「あ、お友達の人」


顔を見、特徴的なオッドアイに思わず声を上げる。


「私は彼の友達ではないね。同僚、あるいは同志とは言えるが」

「目は大丈夫? ……ですか?」

「勿論。君の治療のお陰だね」


 その月官は『双子宮』の帯を着け、室長の証である白い外套を身に付けている。

 薬術の魔女が魔術師の男と結婚してからのパーティ(出禁前)で伴侶として付いた時に、出会った月官だ。色の変わっている片目の治療を薬術の魔女が買って出て、その治療を時折行っている。


「斯様な場所で等、雑で宜しいのです」

「そうか。君はそうするんだね」

「……?」


二人のやりとりに薬術の魔女が首を傾げると、『双子宮』の室長は穏やかに笑みを浮かべた。


「宮廷はきちんとした所だ。にもかかわらず、そこで伴侶を雑に扱うとはどういうことか……ね。よく考えた方が良い」


仲が険悪だとしてもどちらかと言えば丁寧に接した方が当たり障りないし心象が良いだろう。なのにあえてそうしない。あえてそうやってる。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その意味を薬術の魔女が知るのは、数日後だった。



「最近、なんだか話しかけられるんだけど」


色々な人に、である。


「噂、知らないんですか?」

「噂?」


作業の手を止め、補佐官1が薬術の魔女を見やる。『噂』と言われても、あまりピンとこない。


「貴女、『伴侶から酷い扱いを受けている』と言われてますよ」

「えっ?」


補佐官2は作業を続けたままで告げた。驚く薬術の魔女に「何か心当たりあります?」と補佐官2は一瞬だけ視線を向ける。


「……まさか」


 宮廷で行った最近のやり取りはエプロンの引き渡しだろう。あとは薬術の魔女の荷物を強引に奪い取るだとか、女官達の()()()()に『仲間に入れてくれないか』と言ったこととか。

 薬術の魔女が宮廷に来てから、彼は彼女に対して辛辣な扱いしかしていない。それを思い出し、月官の『双子宮』の室長に告げられた『宮廷で伴侶を雑に扱うとはどういうことか』という言葉の意味を理解する。


「……同情、されてる?」

「そうじゃないですか」

「そうだと思いますよ」


眉を寄せた彼女の呟きに補佐官二人は同意した。つまり、噂を真に受けて薬術の魔女に同情し協力的になる人が増えたのだ。それが例え偽善でも、周囲の人間が薬術の魔女と関わる取っ掛かりになっている。


 日官の『磨羯宮』の室長に薬草園で告げられた『話し掛けるメリットが少ない上に、どんな奴か分からないから引かれている』が、『伴侶から酷い扱いを受けている可哀そうな人』になったことで話しかけやすくなり、自身より下の存在だという安心感を与えてしまったのだろう。


「……ふーん」


×


如何(どう)しました?」


 不機嫌そうに眉を寄せ、薬術の魔女が帰宅した。それに魔術師の男はあえて声をかける。


「君にそこまでしてもらわなくとも、何とかしたもん!」


なぜか妙に楽しそうな彼の声色に、薬術の魔女は頬を膨らませた。同情的に話しかけられるとか、やけに見下されることとか、いろいろあったのだ。それを含めて彼女が抗議する。


「実際、如何(どう)するお積もりだったので?」

「えっと、」


聞かれ、口籠った。


「なんとか……したよ!」

「悠長ですねェ、小娘」


なっとらんだろという顔で魔術師の男は見下ろす。それは呆れとあざけり、そして愛おしさと慈しみの混ざった顔だ。


「宮廷では身を守る行動だけは迅速に行わなければ喰われます。故に、()()()()()其の時点で行動しなければいけない」

「……」

「動き易くなりましたでしょう?」

「……」

「何です」


それでも不満気な薬術の魔女に、どうやら他にも嫌な理由があるらしいと察した。


「きみが酷く言われるのが気に食わない」

「然様ですか。まぁ……汚名を返上するにはもう手遅れかと」


その答えに、「小娘、矢張り貴女は甘いですね」と魔術師の男は目を細める。想定内だ。


「……そう思う?」

「返上する気も有りませぬ。寧ろ私には必要ですので、お気になさらず」


『これで話は終いだ』とばかりに、彼は話を切り上げた。

 それからしばらく薬術の魔女は不満気だったが、やがて諦めた様子で「分かったよ、それがきみのやり方なんだね」と溜息交じりに納得したようだ。


宦官の設定の呟きはこの辺り。


去勢の話

https://x.com/sinojijou/status/1746422783683543113?s=46&t=Yi5pLMdiS_mxDEDYkpoqQg


宦官の話

https://x.com/sinojijou/status/1765942240751595702?s=46&t=Yi5pLMdiS_mxDEDYkpoqQg


これは性転換の話周辺のやつ

https://x.com/sinojijou/status/1792190253434130448?s=46&t=Yi5pLMdiS_mxDEDYkpoqQg

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ