16 尚功局
尚功局は北にある。
区画としては、冬姫、李妃の司る場所になる。そのため、濃淡のある紫色の装飾に彩られていた。
尚功局。後宮の「手仕事」と「富」のすべてを司るこの局は、針の音と織機の響きが絶えず、かすかに絹の擦れる音と金銀の輝きが満ちていた。門をくぐると、広間には色鮮やかな布が積まれ、宝石の箱が厳重に並んでいる。案内役の宦官1は、幾分か落ち着いた様子だった。
「ここが尚功局です。後宮の諸作業、建造、裁縫、そして財産のすべてを掌ります。妃嬪様方の衣裳が美しく仕上がり、宝物が輝き、絹布が豊かに流れ出る――それが彼女達の務め。あなたの薬を包む布袋や、女官達の上着も、ここから生まれるのです。宮廷の官僚達の衣類も作成しているので、採用試験の時期は大変忙しい場所です」
薬術の魔女はそっと頷き、周囲を見回した。空気は温かく、活気に満ちている。宦官1が静かに説明を始めた。
「尚功様は二人おられ、業務の進行を掌握し、司制・司珍・司彩・司計を総括されます」
まず案内されたのは司制の間。そこでは数人の女史が針を動かし、華やかな袍の刺繍を施していた。
「司制は建造や裁縫を主管します。典制様、掌制様が各二人、女史二人がお手伝い。御衣服の裁縫を担当し、一針一針に心を込めます。妃嬪様の衣がここで生まれ、尚服局へ渡るのです」
薬術の魔女は針の動きをじっと見つめた。手作業の者も居れば、魔導機で縫っている者も居る。魔術で縫っている者は居なかった。自身の夫である魔術師の男は、魔術で服を縫うことがある。もしかして、けっこう難しい技巧なのかなと思考した。
次に司珍の部屋へ。重厚な扉の奥に、金・玉・真珠・宝石が輝く箱が並ぶ。
「司珍は珠宝や金品などを管理します。典珍様、掌珍様が主導し、女史が補助します。宝物の出納は厳しく記録され、後宮の富を守ります」
宝石の光が薬術の魔女の目を眩ませ、彼女は思わず息を呑んだ。品の良い装飾達が山のようにある。薬術の魔女がたまに対応する、成り上がりの貴族達が着けるような品のない物はない。装飾を集める者の趣味は、けっこう良さそうだ。
続いて司彩の間。棚には綿、絹布、絹糸が色とりどりに積まれ、柔らかな光が布に反射している。
「司彩は布や絹を主管します。典彩様、掌彩様が各二人、女史がお手伝いをします。賜物を使用する際は十日ごとに記録され、布の流れを常に把握します」
最後に司織の部屋へ。織機が静かに動き、女史達が染色された糸を扱っている。
「司織は織物や染色を担当します。典織様、掌織様が主に作業をし、女史が補助をします。衣服、飲食、薪炭の支給もここから。後宮の生活を支える糸一本一本が、ここで紡がれます」
案内が終わり、尚功が薬術の魔女に優しく微笑んだ。
「医女よ。あなたは薬で体を癒しますが、ここでは手と糸で美と富を生み出します。妃嬪様に薬を届ける時、その包み布が美しく、丈夫であるように。私達はその支えです」
薬術の魔女は深く頷いた。
×
これで、すべての局を巡ったことになる。各局の者達に挨拶をし、手土産の薬も渡しておいた。
各局の者達は、薬術の魔女の働き(化粧品づくりなど)のことを聞いていたようなので、邪険にされることはない。
「たくさん、女官さんたちが居たねー」
ほっと息を吐き、薬術の魔女は零した。各局で働く女官達は、一生懸命に働いていた。宮廷で見かける女官達のような、余裕そうなものはほとんどいなかった。
「では、次は冬姫の元に向かいますか?」
「うん、そうだね。いろいろとお話しなきゃいけないだろうから、早く行こうか」
補佐官2に問われ、薬術の魔女は頷く。これから、恐らく冬姫の元に居るだろう女官Aの伴侶の元へ。
なぜ、姿を隠してしまったのか、なぜ、女官Aに相談しなかったのか。
考えれば謎は増えていくが、いくつかは直接教えてくれるだろう。
×
冬姫の住処に近付くと、ちらほらと雪が降り始めた。
宮廷医の服装は防寒機能の魔術式が仕込まれているので、震えることはない。
吐く息がだんだんと白くなって、上へ登ってゆく。
「すごい、本当に冬っぽい」
寒さですっかり、薬術の魔女は鼻の頭が赤くなっていた(体は寒くないが顔の防寒が弱い)。
「そう言えばだけど、冬姫の持ち場はなんていうの?」
「『冬の宮』あるいは『梅壺』です」
「ふーん」
薬術の魔女の疑問に、宦官1が丁寧に答えてくれる。春の宮は『桃壺』、夏の宮は『藤壺』、秋の宮は『楓壺』、冬の宮は『梅壺』。それぞれの象徴である植物の名を冠しているようだ。なんだか雅だ。
姫が居るところだから当然か、と薬術の魔女は一人で納得する。
×
「あらー、早かったわねー」
「待ってたわよー」と微笑んで迎え入れたのは、冬姫だった。
当然、建物の前で迎え入れたのは使用人達の方で、冬姫は建物の中で出迎えている。
「ちゃんと、あなた達が探して居る子も居るわよ」
やはり、冬姫はお見通しのようだ。
もしかすると、以前に四季姫達が医局に来た時からすべては決まっていたことだったのだろうか。
「(……そうなると、宦官長が女官Aちゃんと女官Bちゃんを部下として付けた時から決まっていたってことになるんじゃないの?)」
内心で、薬術の魔女は突っ込む。やはり、またなんだか変なことに巻き込まれてしまったようだ。
「ごめんなさいね。たぶん、あなたじゃないと解決できない内容なのよー」
そう、冬姫は告げる。
「薬術の魔女じゃなきゃ解決できないこと?」
「ええ、詳しくはあの子から聞いてちょうだいね」
薬術の魔女が首を傾げると、冬姫は頷いた。そうして、屋敷の奥へと案内された。
×
奥の部屋で待ち構えていたのは、異国情緒漂う雰囲気の女性だった。恰好は女官のもののはずなのに、不思議な色気を感じさせた。
「はわぁ、美人さんだ……」
「当主の伴侶なのですから、容姿は整っているでしょうよ」
薬術の魔女の言葉に、補佐官2が冷静に突っ込む。言われて見れば、呪猫の当主の伴侶も、通鳥の当主の伴侶(同僚の男)も、美人である。
「御迷惑をおかけします」
頭を下げ、女性は告げた。
「おかけする?」
「はい。今から、私は『薬術の魔女』様にご迷惑をおかけいたします」
「ふん」
訊き返せば、素直に彼女は伝えた。
「私と伴侶の故郷、毒蛇を、救っていただきたいのです」
「はぇ」
女性はまっすぐに薬術の魔女の顔を見る。そこには嘘や悪意などは見つからなかった。「毒蛇を救うとは、大きく出ましたね」と補佐官1は呟き、補佐官2も頷いている。
「ちなみにそれって、わたしじゃなきゃできないこと?」
「はい。毒蛇を解毒して頂きたいのです」
「解毒か―。じゃあ、仕方ないね」
薬術の魔女と言えば薬での人助けが主な仕事なのだ。解毒、と言うのなら、きっと薬術の魔女の製薬能力が必要だろう。
「受け入れるんですか」
呆れる補佐官2に、「うん」と薬術の魔女は軽く頷く。
「どうせ、王弟とかも噛んでるんでしょ?」
「はい」
薬術の魔女が問えば、女性は肯定した。
「じゃあ、やるしかないよ。ちなみに、方法のめどは立ってるの?」
「そうですね、ある程度は」
「なら大丈夫じゃないかな」
と言うことで、薬術の魔女達は毒蛇を救うことになったのだった。
「ちなみに、なんで黙って出て行っちゃったの?」
「彼に、負担を掛けたくなかったのです。毒蛇の治安が悪いのは、彼の統治が悪いせいじゃない。だけれど、彼と一緒に出かけるために治安をよくしなければならないのです」
薬術の魔女が問えば、女性はそう答えた。伴侶のためなのだな、と薬術の魔女は納得する。
こうして、薬術の魔女達は毒蛇に出張することになった。書類などもなんか知らないけれどいつのまにかまとめられており、出発するのにそれほど時間を要さなかったのだ。
ちょっとしばらく休載します。
書きたいことが書けているのか、見直してみたいので……




