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薬術の魔女の宮廷医生活  作者: 月乃宮 夜見
後宮編

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15 尚食局

 尚食局(しょうしょくきょく)は北西にある。

 区画としては、冬姫、柑妃の司る場所になる。そのため、紫色と茶色の装飾に彩られていた。


 後宮の命の源とも言えるこの局は、香ばしい米の匂いと、煮立つ薬草の湯気、そしてかすかに甘い酒の香りがしていた。門をくぐると、広い厨房のような空間が広がり、女官達が静かに動き回っている。案内役の宦官1が、口を開いた。


「ここが尚食局です。王陛下や妃嬪様方への食事を供する先遣を司り、すべてを統括します。薬も酒も、食材も、ここを通らなければ後宮に届きません。あなたの調合した薬が妃嬪様の膳に並ぶ時も、必ずこの局の承認が必要です」


承認が必要なのか、と薬術の魔女は頷く。宦官1がゆっくりと説明を始めた。


「尚食様は二人おられ、供膳や賄い品を取り仕切り、司膳、司酝、司薬、司饌を総括されます。食事を出す際は、必ず先に試食し、毒や味の異変を見逃しません」


まず案内されたのは司膳の間。そこでは大きな膳が並び、色とりどりの料理が丁寧に盛り付けられていた。つられて、薬術の魔女はお腹が鳴りそうになった。幸い、鳴らないで済んだ。


「司膳は調理と配膳、膳食を管理します。典膳様、掌膳様、女史が居ます。料理や米、麺、薪炭まで扱い、食事は、温・冷・寒・熱に応じて提供時に試食します。宮廷料理の心臓部です」


試食は恐らく、毒殺などを警戒しているのだろう。次に司醸の部屋へ。そこには大きな甕がずらりと並び、甘い発酵の香りが漂う。


「司醸は酒、甘酒、酢、塩辛、飲料を管理します。典醸様、掌醸様が居り、女史が補助をします。時に宮中に供し、宴の華を添えます」


続いて、薬術の魔女にとって最も重要な司薬の間。薬草の匂いが強く、棚には乾燥した根や葉が整然と並んでいる。


「司薬は医薬方、薬剤を管理します。典薬様、掌薬様、女史四人がお手伝い。この場合、あなたが典薬、補佐官の方々が掌薬になりますね。外部に薬を出す場合は帳簿で種類ごとに区別し、厳重に記録します」


薬術の魔女は頷く。見覚えのある場所なので、細かい説明は省いてもらった。最後に司饌の倉庫へ。広大な棚に米、穀物、薪炭が積まれ、女史達が十日ごとの記録を付けている。


「司饌は倉庫の食糧や薪炭の供給を管理します。典饌様、掌饌様がいらっしゃり、女史が補助します。すべてに等級があり、受付時に記録します。後宮の命を支える基盤です」


案内が終わり、尚食が優しく、しかし厳しく見つめた。


「『薬術の魔女』。あなたは薬で体を癒しますが、ここでは食と薬が一つになって命を養います。妃嬪様に薬を届ける時ただ渡すのではなく、膳の上に美しく味を整えて。尚食局は、その最後の門番です」


薬術の魔女は頷いた。


 外に出ると、厨房から立ち上る湯気が柔らかく空に溶けていく。薬は食と共に、食は命と共にあるのだとなんとなく感じられた。


×


「とうとう、冬姫の区画に来ましたね。次で最後になるはずです」


 のんびりとした調子で補佐官1は、薬術の魔女を見た。


「そうだねー、ちょっと寒いかも」


吐く息は白くなり、上へと立ち上ってゆく。冬姫の区画は、やはり冬のような環境になっているようだ。そういえば、雪も降ると言っていなかったか。


「雪はどこあたりで降るの?」


薬術の魔女は、そのまま補佐官1に問うた。


「主に北の方面ですね。こちらでも秋から春にかけて雪が、外の環境より多く降ります」


「へぇ。だったら冬本番とかこっちの区画は大変なことになるのかな?」


外の世界は、冬は酷く雪が降る。2月の半分を過ぎたら、外に出ることもままならなくなるのだ。


「ところが。冬になっても、外ほど吹雪かないそうです」


「へー。じゃあ、雪かきで苦労しない感じか」


補佐官1の言葉に、薬術の魔女は思考する。


「そうですね。後宮の環境は、魔術結界の要素なので。宮廷内部も雪かきで苦労はしていないそうです」


「宮廷魔術師達も居るもんね。外の雪があんまり入ってこないんだろうなー」


そういえば、雨の日もあまり激しい雨は降り込まなかったな、と薬術の魔女は思い出す。それに、月官(宮廷魔術師)達は雨が降っても魔術結界で雨除けをするのだ。まったくもって、便利そうだ。


「外では軍人達が苦労して雪かきをしているというのに」


「まー、宮廷魔術師の人たちにもちょっと手伝ってもらってるんだから、文句言わないの」


怨みがましそうに、補佐官2は呟く。それを薬術の魔女は軽く諌めた。宮廷で雪かきは不要でも、外の国民達が住む場所では雪かきが必要だ。それを、軍人達が行うのだ。冬季の食糧配布も軍人の仕事である。


「彼らほど魔術が使えたなら、色々と苦労はない気がするのですが」


「そうかも?」


「一気に魔術で雪かきが出来そうじゃないですか」と零す補佐官2に、薬術の魔女も頷いた。夫である魔術師の男は月官だが、庭の雪かきはあまりしない。生活で必要な個所くらいしか雪かきをしてくれないのだ。忙しくてほとんど家に居ないのも理由の一つだが。


「鳥のところとか猫のところは雪すごいけど、魔術使える人多いもんね。じゃあ、雪かきとかあんまり大変じゃないのかも」


夫の雪かきは、かなり派手である。魔術で排除する雪を囲い、それを一気に消滅させるから。魔術が使える人は夫のような雪かきをするのだろうか。


「それで。探し人はどこにいらっしゃるのか分かりましたか?」


「うん、それはもちろん」


補佐官1の問いかけに、薬術の魔女は頷く。


「春のところに居たけど、居なくなっちゃったでしょ」


薬術の魔女が感じた香りは、恐らく探し人の残り香だったのだ。女官Aの調合した、特別な香と同じ匂いだったのだから。


「それで、わたし達は夏のところに行ったけどいなかった。秋のところにもね」


夏姫に呼ばれた時、香の匂いは一切しなかった。秋姫の区画でも同様だ。だから、消去法で考えた。


「なら、冬のところに居るんじゃないかなーって思ってたんだけど」


そして今、薬術の魔女達は冬姫の区画に来ている。


「こっちにもいなかったから、あとは冬姫の場所に居るんじゃないかなって思うんだ」


それにはどこか、確信があった。勘だと言ってしまえばそれまでなのだが、どことなくあの香の香りがするのだ。だから、薬術の魔女達の探し人は、冬姫の場所に居ると確信できた。


「では、答え合わせでもしてみますか?」


「答え合わせ?」


 にこにこと笑顔の補佐官1に、薬術の魔女は首を傾げた。宦官1は、どこか気まずそうな顔をしている。


「実は、冬姫の方から招待状が届いているんです」

「え! それ先に言ってよ」


ぴら、と出された封筒は、冬姫らしい紫色をしていた。きちんと封蝋もされており、偽装ではないこと、誰かが途中で手を加えていないことが分かる。


「いえ、『居場所の検討を付けてからにして』と言われてまして」


そう、補佐官1は飄々とした態度で告げた。薬術の魔女は手紙を受け取る。恐らく、補佐官達、宦官1の様子を見る限り、彼ら達は冬姫から手紙があったことを知っていたようだ。


「ふぅん? つまり、わたしたちが人を探すのを知ってたってこと?」


「そうかもしれませんね」


「じゃあ、今日はもう遅いし、明日行ってみようか」


補佐官1は曖昧に返事をしたが、ちゃんと知っていたのだろうなと薬術の魔女は察する。


「女官の子達も連れて行く?」


「今回は連れて行かない方が良いかと思います」


女官達を話題に出すと、補佐官2は首を振った。


「そう?」


「彼女が、()を避けているなら、会わせない方が良いかと思いまして」


「確かに、そっか」


と言うことで、女官達は抜きで冬姫の場所に向かうことになる。

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