12 尚服局
尚服局は南にある。
区画としては、夏姫、楪妃の司る場所になる。そのため、濃淡のある緑色の装飾に彩られていた。
後宮の華やかさを象徴するこの局は他のどの局よりも色鮮やかで、かすかに香と絹の匂いが混じり合っていた。門をくぐると、広間には色とりどりの絹布が掛けられ、宝石の光が柔らかく反射している。案内役の宦官1は、薬術の魔女に柔らかく微笑んだ。
「ここが尚服局です。後宮の美と威儀を司る場所。皇后様や妃嬪様方の服飾、宝物、装飾品、そして儀仗まで、すべてがここで整えられます。また後宮の服や装飾はこちらで配られます。それと入浴の施設もこちらにありますね」
広間の奥には大きな鏡台が並び、女史達が丁寧に髪飾りを磨いている。宦官1が穏やかに説明を始めた。
「尚服様は二人おられ、供奉用の服飾や章物の数量をすべて掌握し、宝物、衣服、装飾品、儀仗を総括されます」
続いて、四つの司へと案内された。
「まずは司宝。神宝、天命の宝、六宝、符契を管理します。典宝様と掌宝様がおられ、女史がお手伝いをします。すべての出庫は旬ごとに記録され、返却時は朱書きで確認します」
司宝の部屋は厳重な扉の奥にあり、煌びやかな玉璽や金印が並ぶ。薬術の魔女は息を潜めて見つめた。あの宝物に触れることなど、生涯ないだろう。
「次は司衣。宮内の御服や装飾品の整備を担当します。典衣様、掌衣様が主を担当し、女史が細かい作業をします。季節や儀式に合わせて、適時に進奉します」
司衣の間は絹の山だった。赤、青、紫、金糸で刺繍された袍が丁寧に畳まれ、女官達が運んだり積んだりしている。
「司飾は湯浴や髪飾り、簪、遊戯道具を管理します。典飾様、掌飾様が管理をし、女史が個数を数えたり、お手伝いをしたりしています。供奉の際には寒暖を考慮し、妃嬪様の体調に合わせた装いを整えます」
司飾の部屋では、香しい湯気が立ち上り、色とりどりの簪や耳飾りが並んでいた。最後に司仗の間へ。
「司仗は護衛用の武器や器具、儀仗を管理します。典仗様、掌仗様が管理をして、女史が支えます。儀仗を立てる際には、尚服様が率いて供奉されます」
ここは他の部屋とは異なり、剣や盾、華やかな旗が整然と並ぶ。美しさの中に、威厳が宿っていた。案内が終わり、尚服が薬術の魔女に向き直った。
「医女よ。あなたが妃嬪様の病を癒す時、そのお姿は後宮の華でもあります。尚服局は、その華を最高の形で保つ場所。薬を届けるあなたの衣が、決して乱れぬよう、私達は見守っています」
薬術の魔女は慎重に頷く。それから、薬術の魔女達は外に出た。
×
「ここが南の区画、ってことは担当は夏の姫なのかな」
歩きながら薬術の魔女が呟くと、宦官1は頷いた。
「そうです。夏姫様はとてもまじめな方なので、よく担当の区画を出歩いておられます。そのため、『夏姫様に出会えたら幸運』だとそのような噂が立っていますね」
「ふーん。つまり、運が良ければ区画の奥に行かなくても会えるってことだね」
そう、薬術の魔女が頷いたとき。嗅ぎ覚えのある香りがした。誘われるように、ふと顔を上げると。
「やあ、『妖精の姫』。近くに来ていると聞いてね。会いに来たんだ」
と、夏姫が立っていた。
「立ち話もなんだし、是非とも私のところに来てくれ」
と言われたため、薬術の魔女達は夏姫の屋敷に招待される。
×
「綺麗なところ」
夏姫の屋敷は藤の花が咲き乱れており、涼しい風が吹き抜けていく。どことなく空気が夏のような雰囲気がした。それを不思議に思っていると、
「この屋敷の土地は、ずっと夏のような環境になるよう調整されているんだ。不思議だろう」
と夏姫が教えてくれる。
「夏姫様の屋敷は、『夏の宮』あるいは『藤壺』と呼ばれます」
宦官1が、丁寧に薬術の魔女へ説明してくれた。
「確かに、藤の花があるね」
とても良い香りを放っており、花達は健康そうだ。
「ここの藤の花は特別な魔法植物だからね、年中花が咲くんだ」
「そうなんですね」
どこか自慢気に、夏姫は薬術の魔女を見る。
「豆もとれるから、豆で色々作っているよ」
藤は豆科の植物だから、果実ではなく豆が取れるのだ。
「毒ありますけど、大丈夫ですか?」
「毒抜きをしているからね。問題ないよ」
含有する成分について問えば、夏姫はさらりと答える。
「抽出した毒はどうしてるんですか?」
「ふふ。使いようがあるだろう」
「悪いことに使っていないならいいです」
「そうかそうか」
藤の毒は、薬として活用できる。良いことに使っているのなら良いか、と薬術の魔女は深くは踏み込まなかった。
屋敷の中も、藤を模した彫刻や刺繍、絵などで揃えられていた。
「春姫は香を桃にしていたり、使われる木材も桃で揃えているのだけど。私はそこまで揃える気がなくてね」
そう、夏姫はどこか申し訳なさそうに告げる。確かに、使われている香は藤とは違う香りがした。どこか香辛料のような香りだ。
夏姫の出身地は常に夏鯱であり、その土地は毒蛇や交魚に近いため、どこか似た雰囲気がする。
「もしかして、このお茶は藤ですか?」
出された茶を口に含んで、飲み込んでから薬術の魔女は問うた。
「そうだね。私は春姫のように藤にこだわりはないので、あまりこういうことはしないのだが。たまにはいいだろう」
夏姫は微笑む。
「毒は効きませんよ。わたしも、部下達も」
薬術の魔女が答えると、夏姫は笑みを深くした。
「そうか。やはり、『薬術の魔女』殿は毒に耐性があるのか。補佐官達は『補佐官』なので多少は予想していたけれど」
そして、穏やかに微笑んだままで夏姫は答える。
「香に含まれる成分とかも、効果薄いと思いますよ。『守るくん』飲んでるので」
「『守るくん』? 防毒薬かな……そうか。用意周到だなぁ。そんなに後宮が怖いかな?」
少し困った様子で、夏姫が首を傾げる。
「怖いわけではないですが……『用心するに越した事はない』と伴侶が」
「ああ、氷の君か。……ふふ。やはり、噂はあてにならないね」
「そうでしょうか」
「弱みを握られたくないだけだとしても、やはり君に弱みとなる情報が渡っているかもしれないのだろう。噂通りとは到底思えないなぁ」
「む……」
「そう警戒しなくていい。私はその情報をどうこうしようという気は、今はないからね。どちらかと言えば、だからこそ君は用心していた方が良いだろうね」
夏姫は小さく息を吐いて、薬術の魔女を見た。
「彼は月官であり、『呪猫の次席』だ。だから、彼を貶めようとする者は思いの外に多い。この国は秩序を司る『天の神』が見守っているけど、全てに手が届くわけじゃない。侯爵以上の者達は常に見られているが、この国は伯爵以下の者の方が数は多い」
夏姫の言葉に、確かにそうかと薬術の魔女は頷く。秩序を司る『天の神』の加護は、王族から侯爵までにしか掛からないのだ。だから、伯爵以下の身分の者は悪意を持つことがある。
「故に、君に取り入ろうとする者には注意した方がいいだろう。……君は『魔女』だし加護も色々とかかっているから、自ら悪意に染まらない限りは問題なさそうだけれどね」
「つまり、どのようなご意向でしょうか?」
「首を突っ込み過ぎない方がいいよ、という話だよ。何か、気になることがあるのだろう? でも、それはきっと、天の神の加護が届き難い場所の話だ。私とは違い、悪意を以て『過剰な毒』を盛る者も居るかもしれない」
どこか試すような表情で、夏姫は薬術の魔女を見つめた。
「……でも。ちゃんと確認しなきゃ、気が済みません」
零すように呟くと、夏姫は口元を緩める。
「どうやら『薬術の魔女』殿は好奇心が旺盛で、優しいらしい」
「興味を持っただけです」
好奇心が旺盛なのは否定しない。だが知りたいことを知った上で薬術の魔女自身がどうするかは、その時でないと分からないのだ。
それに、おそらく関わるのは毒蛇の『古き貴族』だ。死ぬような目には遭わないだろう。
局の話、正直「要るか?」と思っています。
が、私のメモでもあるので最後まで書きます。
皆様を巻き込みますが、決定事項ですので申し訳ありません。




