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 防毒マスクを着けて日官(宮廷錬金術師)の研究棟に向かい、『磨羯宮』に着く。ノックをすると「ああ、あんたか。待ってたよ」と室長の男が出てきた。


「ほら、約束の鍵だ。かなり頑丈に、そして複雑に作ったからな」

「ありがとうございます」


鍵と錠、その周辺機構を受け取る。「良いもんくれた()()()()の一部だ」と、ついでに特殊な箱に入れてもらった。話によると外部からの魔術的な干渉を受けないものらしい。


「ついでに取り付けまでやってやりたいところだが、それはうちの専門じゃねえ。他をあたれ」


そう言われてしまった。どうやら鍵の取り付けは日官の仕事ではない。なら、どこがやってくれるのだろうか。そう思考しながら来た道を戻る。補佐官達に頼めば何とかなるだろうか。


 来た道を戻りながら、薬術の魔女は作られた鍵と錠がどんなものなのかが気になる。そして、周囲を見回し、座れそうな場所を見つけた。座ると薬術の魔女は防毒マスクを外す。


「おー、けっこうな装飾」


箱を開けると、きらきらした新品の鍵と錠が入っていた。『蘇蛇宮』の人数はあらかじめ伝えておいたので鍵の個数は三人分ある。


「でも、ただの鍵なんだよね」


綺麗な装飾で頑丈に作られていても、所詮は物理的な鍵でしかない。()()()()()()()()()にするには、魔術的な干渉をも防ぐ機能が必要になるのだ。


「お困りですか」

「うわっ」


耳元で声がし、咄嗟に飛び退く。


()の反応は傷付きます」


そこには魔術師の男がいた。


「……――」

「なに?」


そして魔術師の男は薬術の魔女の手元に視線を遣り、


「――寄越しなさい」

「わ、ちょっと!」


箱ごと鍵と錠を取り上げる。そして取り返されないようにか、高く抱えあげられてしまった。薬術の魔女が手を伸ばしぴょんと跳んでも、魔術師の男が超高身長なために全く手が届かない。


「返して、貰ったばっかりなんだから」

「黙りなさい。一旦うちで預かります。取り付けもして差し上げる」

「え、なに」


いつになく真剣な様子に薬術の魔女が小首を傾げると、魔術師の男は箱を持ったまま歩き始めた。


「待ってよ」


そのまま付いていくと、いつの間にか見知らぬ場所に着いてしまった。だが、雰囲気は日官の研究棟によく似ている。


「ここどこ」

「私達月官(宮廷魔術師)共の巣窟です」


問うと端的に言葉を返された。


「臭くない!」

「其れは結構」


そう答えながら魔術師の男はさらに奥へと進んでゆく。それに置いて行かれないように、薬術の魔女は必死になってそのあとについて行った。

 ようやく彼が足を止めたのは、研究棟の端の方にある扉の前だ。『蘇蛇宮』を表す星座の意匠があったので、どうやら魔術師の男の研究室らしいと薬術の魔女は察する。


「仕事ですよ」

「帰ってきて早々に何ですか」

「あ、」


扉を開くと薬術の魔女の同級生だった巻き毛の女性が居り、薬術の魔女は目を見開いた。

 豊かな金髪は美しく整えられ、顔も覆いの布で目元までしか見えないが、ばっちり化粧をしている。人形のように整った美麗な容姿は学生の頃と全く変わらない。むしろ、さらに美しく成長したように思えた。


「私の室の後輩です。存じ上げているでしょうが」


そう、魔術師の男は後輩の魔術師を軽く紹介する。それに合わせて後輩の魔術師は席から立ち上がり、礼を取る。慌てて薬術の魔女も礼を返した。


「おや、噂には聞いていましたが……これは見事に、着られてますねぇ」

「え? なに?」


ぱちくり、と瞬きをすると後輩の魔術師は少し目を細めた。


「いいえ。馬子にも衣装とは正にこのことだと」

「それそこの人にも言われたんだけど」

「そうですか。化粧、してみませんか?」

「ううん、やらない。面倒そう」

「それは残念」


 後輩の魔術師の提案に薬術の魔女が首を振ると、少し残念そうに微笑む。

 薬術の魔女自身は宮廷で自身を綺麗に見せたいわけではないので、化粧をするつもりはなかった。現状、ほとんどすっぴんである(多少の化粧はしている)。


「ですが。化粧は必要ですよ、この宮廷でやっていくのなら」

「そうなの?」

「まあ化粧が濃ければ『遊ぶ相手を漁りに来たんですかぁ?』って言われますが、薄ければ舐められますからね」

「そうなんだ」


この場合の化粧は威嚇なんだな、と薬術の魔女は悟る。動植物が派手な警告色で自身を守るようなものだ。よく見れば魔術師の男も化粧をしていた。


「ああ、そこの人の化粧は占った運勢との兼ね合いらしいですよ。化粧をするのは(もっぱ)ら女性か目元の見える官僚くらいです。まあ、見栄えですよね」


薬術の魔女の視線を受け、後輩の魔術師は補足する。天官、地官、春官、夏官、秋官、冬官、それと宦官は、顔を隠す覆いの布を顔に掛けていた。だから、化粧の重要性はさほど高くはないらしい。だが、目元の見える日官(宮廷錬金術師)月官(宮廷魔術師)星官(宮廷医)と女官は一部とはいえ顔が見えるので相応に見栄えを整える必要があるのだそうだ。


月官(宮廷魔術師)は儀式に参加するので派手な化粧をする者は多いですが、他の官僚達は比較的控えめですね」


言いながら、後輩の魔術師は化粧道具を取り出し始めた。


「ともかく。すっぴんというか今の貴女の顔じゃあダメです。化粧しましょう化粧。教えて差し上げますから」

「決定事項ってことね」


そして後輩の魔術師によって、薬術の魔女は目元に化粧が施される。魔術師の男は素知らぬ顔で茶を入れ始めたので、こうなることは予想済みだったらしい。

 少しして化粧が終わった。鏡で確認するとあまり派手ではないが、存在感のあるメイクを施されたようだ。


「雑談は終わりましたか」

「言いたい事は一通り言い終えました」


 満足気な後輩の魔術師に、魔術師の男は抑揚の薄い冷たい声をかけた(これが平常運転)。ちら、と化粧を終えた薬術の魔女の顔を身、小さく鼻で笑った後に「矢張り、馬子にも衣装ですね」と目を細める。


()の方が『鍵と錠の取り付け』を行うそうです」

「なるほど」


むっと口をへの字にした薬術の魔女をそのままに、魔術師の男は後輩の魔術師に彼女を連れてきた概要を話した。ついでに魔術師の男は手に持っていた箱を差し出し、後輩の魔術師がその中身を検分し始める。


「結構良いやつじゃないですか。どうしたんです、これ」

日官(宮廷錬金術師)の『磨羯宮』の人に作ってもらったの」

「……なるほど」


薬術の魔女の言い分に軽く頷き、「結構な材料を差し出してそうですね」と零した。結構な材料、とは言いつつも薬術の魔女にとっては薬草などの採取のついでで拾った魔力の籠った石達なので、特に思うことはない。



 そうして、周囲を片付け始めて魔術師の男が魔術陣を幾つか張り巡らせ、中央の魔術陣に鍵と錠達を置いた。これで鍵と錠に魔術式を刻み込む作業が始められる、となった時。


「貴女がやりなさい」

「私がですか?」


魔術師の男に急遽指名をされ、後輩の魔術師は僅かに瞠目する。


「私は()()()()。よって、貴女が適任です。それ以上に言うことがあります?」

「はいはい分かりましたよ」


目を細める魔術師の男に後輩の魔術師はやや面倒そうに溜息を吐いた。そうして「ひとまず『蘇蛇宮』に合わせて蛇にしておきますね」と言いながら魔術陣の張り巡らされた空間の中へ入って行く。


「終わりましたよ」


数十秒後、魔術陣が消え鍵と錠達を持った後輩の魔術師が現れ、


「これで魔術陣を刻む作業は終わりです」


と薬術の魔女へ鍵と錠達の入った箱を差し出した。


「なんかきれ―」


薬術の魔女はそっと中を覗き込む。見たに大きな変化は無いが、鍵が深い緑や青緑色の輝きを(まと)っているようだ。


「利用者は何人です?」

「わたしと補佐官……二人だね」


危なく補佐官1と補佐官2とか言うところだった。


「三人前ですか。はい、これで問題はありません」

「ありがとう!」


ちょん、と後輩の魔術師が箱に触れ、作業の終了を告げる。これでただの金属だった鍵と錠、その周辺の部品達に魔術的な防御の術式を刻んだことになるらしい。


「では取り付けに行きましょうか」


 薬術の魔女の持っていた箱をまたもや取り上げ、魔術師の男は研究室を出る。


「次はきみなの?」

「何か問題でも?」

「なんでそんなに威圧が増しましなの」


ただの疑問を口にしただけだったのに、冷ややかに見下ろされてしまった。冷ややかな目線は通常体なのだが、なんだかいつもより語気が強い。


 おまけに、彼は歩幅を合わせてくれない。みるみるうちに引き離されてしまう。彼は早歩きで歩いており、薬術の魔女が小走りでないとついていけない速さだ。


「(デートのときとか、ちゃんと気遣ってくれてたんだな……)」


と、なんとなしに薬術の魔女は思い知る。二人で外を出歩く時には、今のように置いていかれることは無かったからだ。


「ちょっと待って」

「急ぎなさい」


声を掛けても端的にしか返されない。それがなんとなく面白くない。


「足早い」

「脚が長いもので」

「なんか腹立つ言い方」


速度について文句を言うと、ふっと軽く笑われた。そのまま薬術の魔女は口をへの字にしたまま、魔術師の男と共に宮廷医の『蘇蛇宮』へと向かった。

 彼が走ることはなかったが、薬術の魔女はほとんど走っている様子に近かったような気がする。途中で「宮廷では走ってはなりません。田舎者と笑われますよ」と冷ややかに言われた時には「(きみのせいなんだけど?!)」と内心で言い返した。



「おかえりなさい」


 宮廷医の持ち場の『蘇蛇宮』に着くと、補佐官1がにこやかに出迎えてくれた。「思いの外時間がかかったようですね」と首を傾げる。そして薬術の魔女の後ろに魔術師の男が立っているのを確認し、さらに不思議そうに目を瞬かせた。


「貴方は、月官の……」


補佐官2が慌てた様子で礼の姿勢をとる。合わせて補佐官1も礼をとった。


「錠前をもらった帰りに出会って、錠前に魔術的防御の加工をしてもらったんだ」


薬術の魔女はあらましを補佐官二人に語る。


「顔、どうしたんですか」

「お化粧で周囲に威嚇しろって言われた」

「はぁ」


ついでに顔についても聞かれた。化粧をされていたのを一瞬だけ、忘れていたのだ。


「錠前の取り付けに参りました……おや」


 (うやうや)しく礼をし、魔術師の男は未熟な研究室を見回す。


「どうやら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。では、折角です。私が魔術式だけでも補修して差し上げましょう。何、簡単な事ですので対価は要りませぬ」


と、突如、周囲に魔術式を展開した。


「では、()の状態で鍵を付けさせて頂きます」


そのまま薬術の魔女の背を押しながら室内へ侵入し、部屋のあちこちへ魔術陣を展開し始める。


「こんなに、沢山……」

「流石、月官ですね」


感心する補佐官1、補佐官2をそのままに「貴女は其処(そこ)へ立ちなさい」と薬術の魔女の立ち位置を指定した。魔術についてはよく分からないので、素直にその指定に従う。


 それからは早かった。


 魔術式を複数展開しながらも魔術師の男は器用に扉を外して穴をあけ、錠の細工を埋め込む。扉の枠にも錠が引っかかるように金具を差し込み加工を施し、施錠ができるようになった。


「――(これ)(もっ)て『蘇蛇宮』と()る。……魔術結界の方も締結させて頂きますね」


 そして何か文言を口にすると魔術陣が光り、なにかが嵌ったような感覚がする。何か、ドーム状のパズルが完成したかのような感覚が近いだろう。


()れで終いです。運が宜しゅう御座いましたねぇ。私の様な宮廷魔術師、(しか)も室長の手が空いている等、そう在りませんから」


そう魔術師の男は薬術の魔女に皮肉っぽく告げ、軽く髪を払った。


「……」


彼が髪を払うような動作をするのは珍しい。ふと香った魔力の香に、相当に集中していたんだろうか、と考察する。


「では」


優雅に礼をし、魔術師の男は研究室から出て行く。あまりにも颯爽と去っていくものだから、薬術の魔女達は礼を告げることもできずにそのまま見送ってしまった。

 我に返って彼を追いかけて部屋を出た時には、既に彼の姿はどこにも無い。


「なんだったんだろ」

「でも、これで防犯系は大丈夫ですね」

「……魔術的な干渉も外部からはできないようにしてくださったみたいですね」


首を傾げる薬術の魔女に、補佐官1は心底安心した様子で周囲を見まわした。眼鏡を外して掛けられた魔術などの検分をしていた補佐官2は感心した様子で零す。

 補佐官二人は薬術の魔女の伴侶が魔術師の男であることは既に知っていることだったので、彼が部屋の加工に協力してくれたことについては特に詮索することでもない。


 とにかく、こうして薬術の魔女達星官(宮廷医)の『蘇蛇宮』の研究室は完成したのだった。


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