8 考察
実は、薬術の魔女は今の毒蛇当主に会ったことがない。おまけに、今の毒蛇当主について知っている情報は、ついこの間代替わりをしたことだけだ。正直に言うと、知っている情報はないに等しい。
もしかすると、この間のパーティで『毒蛇当主が会いたがっていた』のは薬毒の話以外にも、何かしら用事があったからだったのだろうか。前の毒蛇当主とは、薬毒について話したことがある。だが毒蛇当主の決め方は血筋より実力重視で、血縁でない可能性があり前の当主と似ているのかも分からない。
「……」
医局の執務室でお茶を飲みながら、ちら、と薬術の魔女は女官Aと女官Bを見た。
正直、女官Bは女官Aの付き人なのはわかる。茶を淹れたり、作業をしたりしているからだ。しかし女官Aの具体的な身分は、不明だ。
薬術の魔女が分かっていることは、『姫でも妃でもない』ことだけ。だけれど、女官Aは作業場に入ることが出来ない。以前、女官Aは『資格がない』からと作業場に入ることを断っていたが、そんなはずはないのだ。
「(薬毒の取り扱いができるなら、製薬の作業場に入れる資格は有しているはず)」
紹介してくれた宦官長を信じれば薬毒の取り扱いを心得ている筈なので、従事者としての要件は揃っている。もぐ、と薬術の魔女は薬草の入った、お気に入りのお茶菓子をかじる。補佐官達、宦官1は普段通りの様子で作業をしていた。きっと彼らは、女官Aの正体を知っているのだろう。
補佐官達によると『古き貴族』の当主かその伴侶は、作業場に入れないらしい。
そして、女官Aは出会った時に『伴侶を探している』と言っていた。
「(猿のところの当主によると……『毒蛇当主は最近姿を見ないらしいが、それより前から毒蛇当主の伴侶の姿を見ない』んだっけ)」
薬猿当主は割と素直なので、彼女の動作に嘘はない。その話題を出した際に、薬猿当主が女官Aと女官Bの方を見ていたのを加味すると。
「(……ってことは、大体、女官Aは毒蛇当主と言うことになるのかな?)」
薬術の魔女はなんとなしに思考する。もう一度、薬術の魔女は薬草茶に口を付けた。
仕事もせずゆっくり考え事をしているというのに、補佐官2が邪魔をしない。つまりは、女官Aについて考えても良いということなのだろう。
毒蛇当主は男性だと聞いていたが、後宮に入るために女性になったのだろうか。性別を変える薬はいくつかある。それに『古き貴族』毒蛇当主となれば、自身用の薬を調合することもできるはず。
だが、薬術の魔女は確定していない情報を直接聞きに行くほどの大胆さは持っていない。
「(もう少し様子見をした方が良いかな)」
そう結論付けた。それに、『きみは蛇のところの当主なの?』なんてド直球に聞いてはいけないのだろう。
「きみは『伴侶を探しに後宮に来た』、って言ってたけど。確信があってここにきたの?」
薬術の魔女は、女官Aへ身体ごと顔を向けた。すると、女官Aは穏やかに頷く。
「……他の領地には、居ないだろうと思いまして」
それは確信を持った言い方だった。だがそれも納得いく話だ。仮に女官Aが毒蛇当主だったとして。その探し人である伴侶は、毒蛇当主の伴侶なのだ。おいそれと他の地方に行くことができない。行ける場所は、伴侶の母国か王都くらいだ。
母国に戻るにも、船や魔鳥などで移動せねばならないし、手続きが大変だろう。それなら陸続きの王都へ向かう方が手っ取り早いはず。それに出国の情報は(情報通の補佐官達から)聞かないので、国内に居ると予測できる。
「消去法?」
「占星術です」
「ふーん」
問えば、そのように返事があった。てきとうに選んだわけではないらしい。
ここでいう占星術はきっと、星座盤などを利用した毒蛇式のものだ。
「何してると思う?」
薬術の魔女は女官Aの方を向いたまま、首を傾げる。
「何をしているのでしょうね。……通鳥当主の伴侶の場合は、自身を鍛えながら当主から逃げ回っていたようですけれど」
やや、ため息交じりで女官Aが答えた。どうやら、薬術の魔女が自身の正体を大まかに掴んだと踏んだらしい。
「好きなのに、目の前から消えたがる意味が分かりません」
伏目で、愁いを帯びた表情だ。……それ程に、伴侶のことを思っているのだろうか。
「後宮に居ると思う?」
「確証は有りませんが。占いでは居るそうです」
女官Aが視線を上げ、薬術の魔女と視線がかち合う。強い意志を感じさせる眼差しだった。
「そっか。手伝えたら手伝うけど」
「そうですね。手伝いを、お願いしても良いですか」
×
『伴侶を探す手伝いをする』とは言ったものの、まず何をしたら良いのかわからない薬術の魔女。「どうお手伝いしたらいいかな―」そう薬術の魔女は椅子によりかかる。
「伴侶の方に会って、話を聞いてみるのはどうですか」
と、補佐官1が雑な提案する。新しい薬草茶を持ってきたようだった。
「どのようにして、探し出して会うんですか?」
書類を整理しながら、ややあきれ顔で補佐官2が問う。補佐官達は、薬術の魔女が女官Aの伴侶探しのお手伝いすることには反対ではないらしい。
「後宮中を回ってみたらどうですか?」
お茶を淹れながらまたしても、大雑把な提案をする補佐官1。『自分は考える役割ではない』と言いたいのかもしれない。
「薬が足りていない場所もありますし、薬を届けるついでに後宮を巡るのも良いかも知れませんね」
意外にも、補佐官2は同意した。書類の作業が終わったらしく、まとめて作業台の脇に置く。
「後宮って大まかにどういう構造をしてるの?」
「宦官達の職場と四季姫達の管轄する4方、妃や嬪達が管轄する8方などと、徐々に細かく分けられていきます」
静観していた宦官1が答えてくれた。建物の構造は点対称、あるいは左右対称に作られているのだとか。
「後宮全体を司る尚食局などは、姫に偏らないよう中央に集められています」
「ふーん」
宦官1の言葉に、薬術の魔女は頷く。薬術の魔女達が居るこの医局も、後宮では中央側に位置するのだ。
「女官達を探すなら、まずは各局を巡ってみますか? 全体を把握するのも良いでしょうし」
そう、補佐官2が提案をした。でも女官Aの探し人は毒蛇当主の伴侶のはずなので、作業場には居ないだろう。各局を巡る名目で、後宮の色々な場所に行ってみようということなのかもしれない。
「そうだねー、あんまり疲れないんなら回ってみようかな」
「移動用の魔術式もありますし、思いの外に移動は楽だと思いますよ」
「そっかー」
薬術の魔女が頷くと、宦官1も肯定してくれた。
「午前はノルマの薬作り、午後から後宮を見て回りましょうか」
「そうだね」
補佐官2が予定の提案をする。それに文句はなかったので、薬術の魔女達はそのスケジュールで活動することにした。薬術の魔女達が居なくとも、どうせ医局の仕事は成り立つのだ。
「遅れましたが、まず長の方々に後宮医として挨拶しに行かないといけないですし」
そう、補佐官2が補足する。そういえば四季姫以外には挨拶はまだだったな、と薬術の魔女は思い出した。各局の長とは、どのような人達なのだろうか。
「後宮は人数が多いので、挨拶は重要でないですけれどね。行く方が印象は良くなるでしょう」
宦官1が軽く教えてくれる。
「そっか。じゃあ、手土産のお薬も持っていこうかな」
「なににしようかなー」と早速薬術の魔女が思いをはせると「手土産の薬ですか」と補佐官2は呆れた様子を見せ、「風邪薬とか傷薬はどうですか?」と補佐官1が呑気に提案を始めた。宦官1や女官A、女官Bは彼らの切り替えの早さに少し驚く。
ともかく。こうして薬術の魔女達は後宮を見て回ることになったのだった。




