7 妃の来訪4
そんなこんなで医局に製造ラインができた。
薬術の魔女はひと月くらいはかかるだろうと予想していたのだが、1週間で工事が終わった。
「あまりにも早すぎる……!」
驚き、薬術の魔女は改装された部屋達を見る。やはり、宮廷だから仕事が早いのだろうか。
「当主の方が関わっていますからね」
補佐官2は当然だろうとばかりに答える。
そういえば焜炉付ける時も早かったな、と薬術の魔女は思い出した。
製造場所は植物を煮詰める場所、容器を製造する場所がある。煮詰める鍋は大きいが直接液を出せる蛇口が付いており、濾す機能も持っているようだった。
「これなら、すぐに化粧水を容器に詰められるね」
薬術の魔女は頷く。
「宦官、というか女官達の仕事が増えましたね」
補佐官1は穏やかに呟いた。
「女官達は時間のある方も多いですから、問題ないとは思いますよ。良い労働になると思ます」
補佐官2は冷ややかに告げる。
「あとは材料の経路だけど……」
「承認は降りましたよ。交魚の回遊グループと通鳥の流通網を利用して全地方から取り寄せます。後宮の薬草園では賄えない部分もありますし」
「よかった。当主の人たち全員から許可出たんだ」
「『薬術の魔女』の名前を出したらすぐ対応してくださったそうです。あなたのおかげですよ」
「そうかなー?」
「そうですよ。あなたの腕はそれだけ信用されている、ということです」
「そう言われると、ちょっと照れちゃうなー」
×
それから程なくして、製造ラインで化粧水、乳液、美容液の生成が始まる。
すでに前例のある成分構成の化粧水類なので、毒性試験は神の采配により省略された。『白き神』によって安全性は保証されたのだ。
「すごーい、可愛いデザイン」
出来上がった化粧水類を見、薬術の魔女は歓声を上げる。
「女官達からデザイン案を募ったそうですよ」
「へー」
補佐官1の言葉に、薬術の魔女は頷いた。シリーズの載っているパンフレットも出来上がっているらしい。一つ手に取って、ぱらぱらとページをめくる。どのデザインも女性が好みそうな雰囲気をしていた。
「ここで生成する化粧品類は、主には後宮や宮廷内でしか流通させない予定だそうです」
「ふーん」
パンフレットを眺めながら、薬術の魔女は生返事をする。
「興味ないですか?」
「あの子、研修終わったのかなぁって」
パンフレットから顔を上げ、補佐官1を見た。すると補佐官1は笑って「彼の方が知ってますよ」と補佐官2の方へ視線を向ける。
「ちゃんと、計画通りに講義を受けているそうで。試験の結果も問題ないそうですから、そろそろ戻って来る頃合いでしょうね」
やや呆れた目線を補佐官1へ一瞬向け、補佐官2は薬術の魔女の方を向いた。
「そっか」
「気になります?」
「うーん。化粧水の元凶だから、担当にできないかなぁって」
「その点は問題ないですよ。薬猿から戻り次第、この化粧品類部門の担当になるそうです」
「そうなんだ。じゃあ、わたしが気にすることでもなかったな」
それから数日後、見事資格を取得した平女官、いや女官Cが薬猿から戻ってきたのだった。ついでに尚食局の方に就職したらしい。
×
それから、ついでに工場見学をできるようにした。『こんな感じでやってます』というのを、自然派に見せるためだ。
工場見学の希望者の募集をしたら、思いの外に希望者が集まった。その数は30人あまりにも上る。
そして、その中には檎妃も居たのだ。
「高貴な身分だったら作業場所入れないんじゃなかったっけ?」
「まあ、侯爵家までの家の方々は当主の方でも割と平気で作業場に出ますけれどね」
首を傾げる薬術の魔女に、補佐官1が答える。
「厳密にルールで決まっているのは『古き貴族』の当主と伴侶の方くらいですよ。他の方は気にしていない場合が多いようです」
「そうでないと、行けない場所が増えますからね」と補佐官2が補足した。
「言わば、宮廷の中も一部は『作業場所』になりますからね。官僚や政治貴族達が働く作業場になるわけですから」
「ふーん」
言われてみるとそれもそうか、と納得する内容だった。
×
数日後、工場見学の日がやってきた。
希望者は予想を上回る30名近く。やってきたのは『自然のもの』を好む女官達だ。後宮の女官達を中心に、宦官も数名居るようだった。その中でもひときわ目立つのは、檎妃とその側近達。
「本当に来たね」
参加者を確認したのち、薬術の魔女は補佐官1に小声で呟く。
「自然派を自称されている方々ですから、きっと『本物の自然素材で作られているか』を確認しに来たんですよ」
補佐官1がどこか他人事のように答える。
女官Cの案内で見学者達はまず、入口近くの「見せるゾーン」に通された。
ここは手作業の風景が見えるエリアだ。大きな木のテーブルに、宦官達が白いエプロン姿でハーブを丁寧に選別している。選別したハーブを臼で軽くすり潰し、抽出しやすいように加工するのだ。窓から差し込む光が舞う粉をきらめかせ、まるで絵本の中の薬草小屋のよう。
「まぁ、なんて素敵なの! 本当に手作業で……」
「香りも優しいわね。市販のものとは全然違うわ」
自然派を好む女官たちが目を輝かせる。
檎妃も小さく頷きながら、見学者用のテーブルに置かれた乾燥ラベンダーを指先でつまんで香りを確かめていた。
次に案内されたのはガラス張りの通路。
ここから実際の製造ラインが見下ろせるようになっている。
そこでは宦官達が選別された材料を大きな鍋に入れ、水を追加して加熱していた。
「まぁ、本当に機械を使っていないのね」
一人の女官が少し感嘆の声を上げる。それを受けて、案内役の女官Cがにこやかに答えた。
「はい、衛生と安定した品質を保つために必要な部分だけ機械を使いますが、ほとんどが手作業で行われております。
そして使用しているものは、すべてこの国の自然素材ばかり。
たとえばこの化粧水は、後宮の薬草園で育てた薬草と、通鳥から取り寄せた純粋な氷河水がベースなんですよ」
女官Cの説明は堂に入っていた。
薬猿での研修の成果がしっかり出ているようだ。薬術の魔女は少し離れた場所からそれを見て、ほっと息を吐く。
檎妃が通路の手すりに寄りかかり、じっとラインを見つめている。
「確かに……手作業の温かみと、確かな技術が両立しているようね」
と、側近に小さく呟いたのが薬術の魔女の耳にも届いた。
最後に通されたのは、試作用の小部屋。できたての化粧水や乳液を、実際に手に取って試せるコーナー。
ここで女官たちが「あら、肌に吸い込まれるよう」「べたつかないのにしっとりするわ!」と歓声を上げ始めた。
女官Cが最後の宣伝を忘れない。
「実はこちらの製造ラインでは、常時お手伝いくださる女官さんを募集しております。
お手伝いいただける方には、毎月お好きな製品を無料でお持ち帰りいただけますわ♪」
その言葉に、数人の女官が即座に「私、やります!」と手を挙げた。
檎妃の側近の一人も、こっそり申込書に名前を書いているのが見えた。
見学が終わった後、控え室に戻った薬術の魔女は補佐官たちに報告する。
「大盛況だったね。自然派の人たちも納得してくれたみたいだし。女官Cも立派に案内してたね」
補佐官1が微笑んだ。
「檎妃様に近しい女官の方が、申込書を出していたようです。このままいけば、人手不足もすぐに解消しそうですね」
こうして工場見学は大成功に終わり、新たな労働力(兼熱心なユーザー)が後宮工場に集まり始めたのだった。
×
「ふー。化粧水のやつは何とかなったね」
医局の執務室で、薬術の魔女は息を吐く。
「そうですね。これで檎妃様の持ち込んだ問題は解決したはずです」
補佐官1は頷いた。
「このまま、何事も起こらなければ良いですがね」
やや疲れた表情で、補佐官2がため息を吐く。
「なんちゃって推理のつもりで今回の話書いたけれど、もしかして推理になってないんじゃね?」
とおもいました。(小並感)




