結婚腕輪(間話)
後宮医として赴任してから数日。
医局の執務室で作業をしていると、姫達が訪ねると知らせがあった。本来は姫達は直接動いてはいけないらしいが、「『妖精の姫』へ祝福の声を直接届けたい」とか何やら理由を付けたそうだ。
春姫、夏姫、秋姫、冬姫と、その従者達が揃って訪ねるという。
姫達全員の訪問に、医局は大騒ぎになった。姫達が座るための上質な椅子や、茶器茶菓子などの用意をせねばならなくなったからだ。使われる装飾や素材もどこかの姫に偏ってはいけないし、質を下げる訳にもいかない。
そうして搔き集められた調度で、医局の執務室は整えられた。
「あら、意外と素敵な場所ですね。以前とは大違いです」
そう、春姫は扇を口元に充て呟く。
「以前は、私達はあまり寄り付かなかったからね。準備は大変だっただろう」
と夏姫は薬術の魔女や補佐官達、周囲の宦官達に視線を配った。
「お兄様方に頼んで、手配をしておいた甲斐がありますわ」
秋姫は当然、とばかりに腕を組んだ。
「わぁ、わたしたちのために頑張ってくれたのね、ありがとう」
冬姫は手を合わせ、にこやかにお礼を告げた。
薬術の魔女は、ちら、と宦官1の方へ視線を向ける。普段通りの様子だが、『まさか姫全員がいらっしゃるとは』と言いたげな様子だった。補佐官達も概ね似た様子である。
薬術の魔女が改めて配合しなおした(高級な素材でできた)薬草茶を、四季姫達に出す。四季姫達は『独特な味だけど、癖になりそうなほど美味しい』と評した。
そうして、四季姫達が近況の報告を兼ねて話をするうちに、話題は薬術の魔女の方へ向いたのだ。
「腕輪を見せて欲しい?」
薬術の魔女が首を傾げると、四季姫達は肯定した。
「いいですけど、そんなに面白いものじゃないと思いますけど……」
なんだろう、とは思いつつ薬術の魔女は右腕の袖をまくる。不変の金属と言う銀色の金属を基盤に、深い緑色の魔石が嵌ったものだ。盛り上がった複雑な紋様が特徴的である。
「あなた、利き腕はどちら?」
春姫に問われたので、素直に「右です」と答える。すると、四季姫達は歓声を上げた。
「わざわざ、利き腕である右を選んだことに、理由はあるのかな?」
どこかわくわくした様子で、夏姫が問いかける。結婚腕輪は、左右どちらでも付けてよい。なので通常は邪魔にならない利き腕と反対側に着けられることが多いのだ。
「えっと……右のほうが忘れないで済むから、ですかね」
「本当に?」
目を細め、秋姫が問う。なぜ誤魔化していると分かったのだろうと、薬術の魔女は内心で冷や汗をかいた。
「……利き腕でも良いって思ったから、です」
「まぁ! 素敵だわぁー」
素直に理由を告げると、冬姫が少し頬を染める。つられて、薬術の魔女も頬が熱くなってきた。
「(なんかこれ、公開処刑されてるみたいなんだけど?)」
少し悔しくなり、
「皆さんの結婚腕輪も、見せてください」
と薬術の魔女は四季姫達に注文する。他の宦官達が『えっ?』と言いたげに薬術の魔女の方へ視線を向けるが、そんなことは関係ない。
「いいわよぉ」
と冬姫が左腕を少しまくり腕輪を見せた。それを見て、
「仕方ないですわね」
秋姫も、左腕をまくって腕輪を見せる。
「ふふ、私達に要求するとはね」
併せて夏姫も左腕をまくって腕輪を見せ、
「皆さんが見せるなら、わたくしも」
と春姫も左腕をまくって腕輪を見せてくれた。
四季姫達の腕輪はやはり不変の金属を使った物で、美しい彫金等の装飾が施されている。
「あなたの腕輪の彫金はかなり独特ですけれど、どなたに施していただいたのですか? わたくし達の腕輪の彫金は、それぞれの領地で腕の良い者に彫らせたものですが」
「へ?」
春姫の問いかけに、薬術の魔女は首を傾げた。
「ええと……腕輪を貰った時は装飾は無くて、結婚生活の内に出てきたものです」
と素直に答えると、四季姫達は動きを止める。なにか変なこと言ったかしら、と薬術の魔女は目を瞬かせた。
「……なるほど、魔力の影響を受けたということか」
そう、夏姫は感心によく似た声を上げる。
「まさかあの『氷の君』が……ねぇ」
秋姫が苦笑をし、
「あなた、とっても愛されているのねぇ」
と冬姫はにこやかに微笑んだ。
「そう、ですね……?」
よくわからないが、夫から愛されている自覚はあるので薬術の魔女は頷く。
実のところ、結婚腕輪は伴侶の魔力の影響を受けて彫刻に似た紋様が浮かび上がるのだ。魔力の影響が出るくらい余程一緒に居た、という証左になる。
ちなみに、魔術師の男の腕輪にも削れたような紋様が浮かび上がっている。魔力の性質によって、盛り上がった紋様になったり削れた紋様になったりするのだ。
通常、仲が良い証として腕輪に彫刻を施す。だが何もない状態からあれほどはっきりした紋様が浮かび上がるのは、通常は珍しい。
「あなたが口説くのをやめたのも、分かりますわ」
と宦官1に秋姫が視線を向けた。少々気まずそうに、宦官1は視線を逸らす。
「薄々気付いてましたが、この魔石の色……」
「そうだね。やはり、噂とはあてにならないようだ」
春姫と夏姫が、ひそひそと言葉を交わす。
「よかった。あなたは寂しい思いをしていないのねー」
冬姫は嬉しそうだ。
「まあ、そもそも4人子供を産んでいるんだったか」
「多産暴力とかでなくてよかったですわ」
「彼も、ちゃんと父親はしているんでしょうね」
夏姫、秋姫、春姫は散々な言いようをしている。
「困ったときはちゃんと、他の人に頼るのよ。然るべき場所に相談とかしてね」
冬姫にあらぬ心配をされている。
「大丈夫です。いざとなったら、実家に帰るだけなので」
へらり、と薬術の魔女は笑う。
「そうか、『森の主』達と縁者だったね、貴方は」
なるほど、と夏姫は頷いた。
「逆に彼のほうが可哀そうになってきましたわ、わたくし」
「でも彼、呪猫の次席じゃない。大丈夫よー」
やや引いた顔で秋姫が呟き、冬姫は穏やかに笑う。
「こほん。まあ、とにかく。腕輪を見せて下さって、ありがとうございますね」
春姫にお礼を言われ、腕輪の話はこれでおしまいらしいと薬術の魔女は悟った。
それから色々な話題に移り、話しに満足したのか四季姫達は帰る。
×
「……大変でしたね」
ひと段落付き、宦官1がため息を吐いた。
「話によると、『また来る』ようなことを言ったように聞こえたのですが」
補佐官2も頭が痛そうな顔をしている。
「それなら、おいしいお茶やお茶菓子を用意しなきゃですね」
呑気に、補佐官1は茶器の片付けをしていた。
「(誰も、女官達について触れなかったな)」
椅子に座ったまま、薬術の魔女は内心で呟く。女官Aと女官Bは推定で貴族とその従者だと思っていたのだが。分かっていてあえて無視していたのか、何も知らないのかは定かではない。
「(……まあ、考えていてもしょうがないか)」
器に残った薬草茶に口を付ける。冷めていてもおいしいお茶だ。
×
仕事を終えて屋敷に戻り、支度を終えてあとは寝るだけになった。
夫婦寝室で薬術の魔女は寝台に座り、今日あった出来事を魔術師の男に掻い摘んで話す。すると、服の整理をしていた魔術師の男はやや顔をしかめたのだった。
「どうしたの?」
「いえ。……どうも貴女は素直でいけない」
問えばそんな返事がある。どうやら、魔術師の男にとって不都合なことがあったらしい、と薬術の魔女は察した。
クローゼットに服を仕舞い、魔術師の男が寝台の縁に腰掛ける。拍子に少し軋んだ。
「小娘」
「にゃに」
魔術師の男が身を乗り出し薬術の魔女に迫る。そして彼女の両頬を彼は左手で挟んだ。
「貴女の正直さは美徳ですが」
「うん」
「時と場所と場合を考えてくれませんか?」
「これれも考えへるひょ」
「……でしょうね」
飄々とした薬術の魔女に、魔術師の男はため息を吐く。これでも軍医中将なのだ。ちゃんとした振る舞いはできる。魔術師の男は薬術の魔女の頬から手を離した。
「恥ずかしい思いをするなら、きみも巻き込もうと思って」
「酷いです」
「大丈夫。きみの利き腕が左だとは言ってない」
「然様で御座いますか」




