表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/29


 翌朝。


 薬術の魔女は家族と朝食を済ませると、魔術師の男に手招きされた。


「なに?」

「帯、結べないのでしたか」


夫婦寝室まで着くと、足を止めた彼がそう呟く。


「なんでそれ知ってんの」

「噂を聞きまして」

「うっそ、広まるの早っ」


昨日侍女に一度手伝わせただけなのに。着替えは午前だったので、午後の間に広まったということか。宮廷の噂の広まりの速さに背筋が冷える。「問題等御座いませぬ」と魔術師の男は薬術の魔女の衣装棚を開けた。


「何勝手に人のところ開けてんの」

「コツを教えて差し上げる」


制服を持ち、彼はにこりと目を細める。

 ひとまず制服のインナーを着て中に着る服に袖を通した。そして、あと帯を結ぶだけ、となった時。


「では、手伝って差し上げましょうねぇ」


と魔術師の男が薬術の魔女の背後に回る。


「耳元でささやかないでよ」


(かなり好みの)良い声が耳元ですると、なんだかそわそわするのだ。薬術の魔女の不満をそのままに、魔術師の男は彼女に帯を充てる。


「先ず、帯を()の様に向けて大体此の辺りを起点に身体に巻き付けます」

「なるほど」


良いながら、するすると薬術の魔女に帯を巻き付け、結び目を作り始めた。


「良いですか、よく見ていてくださいまし」

「ん」


そうして、帯の結び方を教えてもらったのだった。


「分からなければ、また明日教えて差し上げる」

「うん、ありがとう」


夫婦寝室の姿見で自身の様子を確認している間に、彼も宮廷魔術師の制服に着替え終えたようだ。


「(蘇蛇宮……お揃いだ)」


彼の帯と自身の帯に描かれている星座は同じものだ。話によると、彼も新たな部門を作ってもらった身らしい。既にあったものとは別の研究だったからだとか、どこの研究室にも入れてもらえなかったからだとか聞いた。

 最後にその上から、彼は白いローブを纏う。これは室長である証らしい。


「では、小娘。また宮廷で」

「会いに行かないもん」


べ、と桃色の舌を出すと彼は小さく笑う。


×


 早速研究室の方へ向かうと、ふと小さな違和感を感じた。


「……なんだろ」


首を傾げながら研究室に入ると険しい顔の補佐官達が居る。


「どうしたの」

「誰かが侵入を試みたようですね」


問うと補佐官1が答えてくれた。補佐官2の方は眼鏡をはずして周囲を確認しているようだ。


「侵入? 何もないけど」

「何かしようとしたんですかね?」


部屋には机と椅子、空っぽの棚しかない。それを呟くと補佐官1は苦笑交じりに「何もなくて良かったですよね」と皮肉だかただの感想だかわからない言葉を返してくれた。


「軍部とかに届け出とか出せるかな?」

「無理でしょうね。証拠がありません」

「そっか。とにかく、中は無事だったんだよね?」

「はい。鍵をいじられた痕跡があるだけで、何も取られていません。そもそも、何もありませんし」


何もないのだから、取りようもない。だから、侵入されたことぐらいしか軍部には報告できないのだが、そもそもこの部屋に付けられている鍵自体がもう古くて『開けてください』と言わんばかりの無防備っぷりなので、警察の役割を持つ軍部がまともに取り合ってくれない可能性の方が高そうだ。


「何か仕掛けられたとかは?」

「いま確認中です」


補佐官2に視線を向け、補佐官1は端的に答える。どうやら、邪眼をも使って隅々まで見てくれるようだ。実は眼鏡の方、補佐官2は『邪眼』という特殊な魔力視ができる目を持っている。簡単に言えば魔力関連の事象は大体見え、隠蔽もごまかしも効かないのだ。


「やはり、早急(さっきゅう)に鍵を新しくする必要性が出てきましたね」

「ふーん」


 部屋を見終えたらしい補佐官2が眼鏡をかけなおしながら薬術の魔女に声を掛ける。どうやら、いくつか細工が施されていたらしい。それらを解除する魔術式を構築し始めた。


「とりあえず、鍵作ってもらうために日官(錬金術師)のとこ行ってくる」


補佐官2に部屋の事は任せて、薬術の魔女と補佐官1は錬金術師の場所に行く。薬術の魔女だけでは不安だから、と補佐官1もついていくことになった。補佐官2も連れて行くよう推奨していたのが甚だ遺憾である。



 そして。

 魔術師の男が『行けるもの成らば』といった意味が理解できた。


「くっさ!」


日官(宮廷錬金術師)の研究棟に着いたのだが、どうしようもない程の異臭に包まれていた。硫黄だとか何かの薬品だとか糞尿の臭いだとか何かの腐った臭いである。錬金術に使うからと言ってもあまりにも酷い。


 急いで、着いてきた補佐官1を振り返る「すごい顔してますね」無駄にいい顔は台無しにはなっていなかった。さすが美形、と感心する。


「『消臭くん』使うね」


懐から薬術の魔女自身が調合したスプレータイプの薬を、薬術の魔女は周囲に吹きかけた。途端に呼吸が楽になる。


「臭いがましになりましたね、さすがです」


とは言いつつも顔はしかめたままだ。そして呼吸は楽になるが、異臭の存在はそのままなので薬術の魔女と補佐官1は防毒マスクを着けた。



「金属系の加工をしてるとこはここかぁ」


 『磨羯宮』と書かれた研究室の前に立ち、薬術の魔女は呟いた。錬成術の研究をしているところだが、鉄臭いにおいがあたりに充満している。


「『鍵の依頼』ぃ? 天官を通してくれ」

「今すぐ欲しいんです」


依頼を頼むとよれた格好の日官が出てきた。現れた薬術の魔女と補佐官1の(防毒マスク)姿に一瞬驚くも、すぐに平常の様子になる。

 出てきた日官は、室長を表す白い外套を羽織っていた。だが髪は手入れされておらずぼさぼさで、無精髭が生えている。浄化の魔術を使っているのか油脂臭くはなかったが、風呂には入ってなさそうだ。


「ダメだ。宮廷医のどこの誰だか知らんが、手続きは法則に従って正しい手順をだな」

「これでも?」


どうも態度が硬かった(というか、面倒ごとはごめんだという雰囲気)ので、薬術の魔女はとっておきを出す。


「そっ、それは!」


高純度の魔力を含む魔鉱石である。ついでに魔宝石の原石や魔石などを見せる。全て錬金術や魔動機には必須のエネルギー源や素材になるものだ。ちなみに言うとものすごく高い。


「今すぐやってくれるんなら、これあげます。それが無理なら他をあたります。伝手(つて)はあるので」

「ま、まってくれ!」

「やってくれますか?」

「もちろんだ!」


仕舞おうとすると、慌てた様子で身を乗り出した。


「と、ところでそれってどれくらい出せるんだ……?」

「かなりたくさん」


なぜなら、山菜採りや野草薬草採りのついでで山ほど見つけられるからだ。


「やるよ、だからくれ! いや、ください! やらせていただきます!」

「ふぅん? いつまでにできます?」


「結構急ぎで欲しいんですよね」と、じぃ、と見つめると、やや慌てた様子で目を逸らされた。そして唸りながら思考した後、「昼前までには!」と答えてくれる。部屋の奥から幾人かの不満らしき声が聞こえたが、きっと気のせいだ。


「わかりました。じゃあお願いします。場所は宮廷医の『蘇蛇宮』のところで」「『蘇蛇宮』だって?」


薬術の魔女が頷くと、その返事に驚かれる。


「じゃあ、あんた『薬術の魔女』か?」

「そう呼ばれることもあります」

「……」

「何ですか。王命で来ている人に何か文句でもあるんですか?」


じ、と見返すと「アイツ、こんなのを伴侶に貰ったのか」と小さく呟き、


「い、いや……なんでもない」


と気まずそうに首を振った。


 ひとまず報酬を先払いとしていくつか手渡すと、ほっとした様子を見せる。「ちゃんとした鍵でお願いしますよ」と補佐官1がにこやかに注文を付けると「分かってる。きちんと、()()()()()()を作ってやる。……何かあったら面倒臭え」と頭の後ろを掻きながらもきちんと答えてくれた。「録音しましたからね」「うっわ、油断も隙も無え」


 そして契約書を作り、商品と引き換えに残りの石を渡すことで話は付いた。


×


「とりあえず、やってもらえるみたいで良かった」

「そうですね」


 室に戻ると、補佐官2がややうんざりした様子で居た。


「どうしたの」

「来客がありまして」

「ふむふむ」


補佐官2の顔からして、良い来客ではなさそうだ。話を聞くと、複数名の宮廷医が来たらしい。その中にはどこかの室長であろう者も居たという。


「『余計な事をするな』と、釘を刺されたところでしたよ」

「そうなの?」

「えぇ。……この宮廷には何かありそうですよね」

「そうだねー」


室長、と言うと。薬術の魔女もこの『蘇蛇宮』の室長になるのだろうか、と少し過った。だが薬術の魔女も補佐官達も『室長』としての外套は貰っていない。何か訳があるのだろうか。


「でも。お薬達のためにも、管理はきちんとしてもらうからね」

「そう言うと思ってました」


むん、と強気な様子を見せると、補佐官2は小さく息を吐く。


「宮廷で解毒薬が必須っぽいのって絶対この杜撰(ずさん)な管理のせいでしょ」

「でしょうねぇ」

「報告書、書きましょうか」


口を尖らせた薬術の魔女に補佐官1は苦笑いをし、補佐官2が真剣な様子で提案をした。補佐官2の提案の内訳は『報告書を書いて軍部や宮廷に提出しよう』という話らしい。


「わたし達が書いてなにかの役に立つの?」


首を傾げる薬術の魔女に補佐官1は「役に立ちますよ」と頷き肯定する。


「貴女は『薬術の魔女』でしょう。それに、薬猿で研修を受けている」

「うん」


補佐官2の言葉に薬術の魔女は頷く。薬猿での研修は、薬術の魔女が軍医として手術や薬の処方を行うために必要なものだった。だが、夫である魔術師の男には一切伝えずに向かったため、後日しこたま怒られたのだ。

 いつも勝手に予定を知っている夫だったので、薬猿での研修も勝手に知っていると思い込んでいた。だから、自分は悪くない、と薬術の魔女は思っている。


「それだけで十分です。恐らく、宮廷医達は薬猿での研修は受けてないと思いますよ」

「そうなの?」

「元々宮廷医は、すでに用意されている薬を症状に合わせて処方するような役割だったみたいですし。研修の必要性を感じていなかったのでしょう」


不思議そうな様子の魔女に、補佐官2は懇切丁寧に説明をしてくれた。いつも態度は冷たいが、なんだかんだで必要なことは教えてくれるのだ。


「じゃあ、わたしも宮廷医になる試験とか受けておいた方が良いのかな……?」


呟く薬術の魔女に、


「必要があれば指摘されると思いますが」


と補佐官2は告げるも、少し思考した後に「手続きの確認だけでも、しておきましょうか」と続けた。


「(事務系の仕事では、本当に頼りになるなぁ)」


薬術の魔女は補佐官2を頼もしく感じる。態度は冷たいが。薬術の魔女自身は事務系の仕事、要は書類や通信の魔導機に向き合うだけの仕事は苦手だ。調合や実験などの記録を記入するのは問題ないのだが、レポートを書くとなると途端にやりにくくなる。

 実際のところ、レポートはまだ薬の実験や研究に関わっているのでそれなりには対応できた。だが、薬の実験や研究が関わらないような仕事はめっぽう苦手なのだ。


 補佐官1の方は自身と似た波長の持ち主だと薬術の魔女は思っている。薬草園の管理や調合などを楽しそうにやって、書類関連の仕事をするとかなり口数が減るからだ。


 そうこうしているうちに昼前となり、鍵ができたのか気になる頃合いになった。いつ連絡が来るか、と待っていると、窓の方から何かが入り込んでくる。


「鳥型の魔導機、ですね」


警戒した様子で補佐官2が呟き、


「これ、日官の『磨羯宮』からの使いじゃないですかね?」


とそれを観察していた補佐官1が声を上げた。よく見るとその胴体には、確かに磨羯宮の紋様が刻まれている。

 何かあったのだろうか、と様子を見ていると、その魔導機が、巻かれた手紙を薬術の魔女の机に放った。そしてそのまま窓から出て行く。


「……伝書役、ってこと?」


言いつつ手紙を開くと、鍵が完成した旨を伝えるものだった。


「『防犯のために直接取りに来て』だって」

「運んでいる最中で第三者から何かされては堪らないですもんね」

「手間ですが、今回は手紙に従った方が良さそうですね」


手紙の内容を伝えると補佐官1は納得した様子を見せ、補佐官2も不承不承ながらも同意する。それほどに宮廷の中は危険なのか、と薬術の魔女は内心で困り果ててしまう。自身の夫が普段から勤めている仕事場は、普段から気を張り詰めておかないといけないらしい。こんな場所でやっていけるのだろうか、と不安になってくる。


「じゃあ、わたしが取りに行くね」


薬術の魔女が名乗り出ると補佐官達も異論は無いようで、「行ってらっしゃい」「気を付けて行ってくださいね」と見送られた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ