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 昼食と昼休憩を終え、薬術の魔女と補佐官達は宮廷医の案内役と合流する。脱いだ衣類は薬術の魔女も補佐官達も空間魔術の縫い込まれた小型の鞄に収納した。もしものことを考えた結果である。薬術の魔女も補佐官達も特殊な道具を所持していたし、軍服には色々な細工がしてあるからだ。宮廷を疑っているわけではなく、普段からそうしている。


 宮廷医達の活動する2階は、思いの外華美ではない。ただ、所々に吹き抜けがあり遠回りをしなければならない場所が幾つかあるようだった。大きな薬庫は1階にあるのだが、簡易的な薬品庫は宮廷医達の持ち場の近くにもあるようだ。


「(……近いのは良いことだけど、同じものを貯蔵してる薬庫が二つもあるって、ちょっと無駄だよね)」


大きな薬庫と小さな薬庫とで何か役割分担ができれば良いのに、と思う。

 そして薬の管理はどうなっているのかと確認してみれば、手書きで購入した薬の個数が書いてあるのみだった。


「薬を量で管理してないの、もしかして」


あまりにも杜撰(ずさん)な管理法に思わず悲鳴をあげた。おまけに薬庫の温度も常温だ。薬には管理用の温度が決まっているというのに。


「(これじゃあ薬効が飛んで、十分に力の発揮ができないじゃん?!)」


補佐官達を振り返ると、彼らも薬術の魔女の言わんとしていることを理解したらしく困惑した様子だった。急いでその点を記録する。


「この薬庫、鍵ないよね」

「そうですね。結構な効能のある材料も入っていますけれど」


薬術の魔女の問いかけに、補佐官2が頷いた。補佐官1は保存してある材料達の種類を確認しているようだ。棚を開けては材料名をメモに記入している。

 薬庫にある材料達は乾燥した草類や根っこがほとんどなので、湿気が大敵だ。だが、どうやら湿度にもあまり気を配っていないように見える。


「……これが、宮廷の薬庫」


なんというか、途方に暮れてしまう。こんな状態では薬術の魔女自身が満足する薬を作れないどころか、簡単な調合すらできないではないか。そもそも宮廷医達が薬師として機能しているのかすら怪しい。


 宮廷医達は一体何をしていたのだろう、と頭を抱えたくなる。それを確認するためにも、明日以降はそれぞれの部門の宮廷医達の仕事の様子を確認する必要があるかもしれない。


「(各部門……12もあるなぁ)」


薬術の魔女は宮廷で宮廷医として従事するように王命が下っているのだから、薬の管理を行うのは業務内ではあると言える。だが、これは(薬術の魔女にとっては)初歩中の初歩みたいなものだ。こんなところで(つまず)くとは思いもしていなかった。


 気を取り直して、薬庫の次に薬を生成するための道具達の確認をする。生成の道具達のいくつかは各部門がそれぞれで持っているようだが、余っている道具もあるらしい。しばらくはそれを使うことになるかな、と思いながら道具が置かれている場所に向かうと。


「うっわ、古っ!」


 思わず薬術の魔女は顔をしかめた。

 薬を生成するための道具が、かなり古い型だったのだ。メンテナンスはそれなりにされているようだけどどうしようもないほどに古い。


「どこに予算回してんの、これ」


呟き、各の道具達の確認をする。

 軍部や薬園の施設とは全く環境が違う。本当にこれで宮廷医としての仕事が出来ているのだろうか。


 それから他の宮廷医達に挨拶をするも、遠巻きに何やらひそひそされる。なんだろうと思うも、「(『薬術の魔女』だからかな)」と思い、気にしないことにした。


 今日は薬や道具の確認と、各部門へのあいさつをするだけで大体終わった。



 宮廷の定時は三時頃だと聞いていた(軍部と同じ)のだが、定時を過ぎても帰る様子を見せない者達がちらほらいる。仕事開始は八時で昼休憩を一時間を挟んで三時まで。合計七時間労働で労働基準法の最大値である。


「帰っていいのかな?」

「やるべきことが無ければ帰っても良いと思いますよ? 軍部と同じで良いのなら、ですけれど」


呟く薬術の魔女に、補佐官1が少し考えながら返す。実際、薬術の魔女達に現在課せられた仕事は今のところ無い。なので、宮廷に残っていてもすることは何もないのだ。


「まだ貴重品などはここには置いていませんが、施錠用の鍵が欲しいですね。錬金術師にでも依頼します?」

「軍部と同じノリでやってくれるかなぁ?」


補佐官2の言葉に薬術の魔女は首を傾げる。軍部では工作系の依頼は軍属の錬金術師に頼み、部品などを作ってもらっていた。だが、宮廷ではどうなっているのだろう。


「明日、依頼してみましょうか。確か、宮廷では日官(宮廷錬金術師)に頼むんでしたよね」

「聞かれても分かんないよ。……そうだね、家に帰ったらちょっと聞いてみるよ」


問われて、薬術の魔女は少し口を尖らせた。



 こうして、宮廷医の1日目はつつがなく(?)終わったのだ。


×


「ただいまー」


 薬術の魔女は寄り道もせず、真っ直ぐに屋敷に帰る。宮廷医の服で市井をうろつくのもどうかと思ったからだ。それに、今日は買い物をしなくとも大丈夫な日だ。


「おかえりなさいまし」


玄関の扉を開けると出迎えがあった。それは宮廷で会った長身の男である。いつも通りに、氷像のような冷ややかな表情だ。


「わ、もう帰ってきてる」

「定時までに仕事は終わらせましたからね」


 驚く薬術の魔女に、魔術師の男はさも当然のようにつんと澄ました様子で答える。


「わたしも定時で終わったのに。ちょっと残っちゃったけどさ」

「おや、残業の申請はしました?」

「してないなぁ。した方が良い?」

「仕事をしておらぬの()らば、せずとも(よろ)しいが」


軽く会話をしながら、薬術の魔女と魔術師の男は屋敷の奥へと入っていった。


「宮廷の制服は早う脱いでしまいなさい。窮屈でしょう」


と彼が手を差し出すので、言葉に甘えて制服を脱いでいく。それを魔術師の男は慣れた手つきで衣桁(ハンガー)へと掛けていった。「片してきますので、ではまた」と薬術の魔女を洗面所へ追いやり、魔術師の男は制服を衣装棚へと仕舞いに行くようだ。


 薬術の魔女と魔術師の男は夫婦であった。

 十数年前に施行された『相性結婚』という、身分関係なく魔力の相性だけで相手を選ぶ法律によって結ばれたのだ。


 薬術の魔女が居間へと向かえば、庭で子供達の遊ぶ姿が見える。長男と次女は魔術の練習をしているらしい。室内の方では長女がソファで魔導書を読み、次男は三男と遊んでいる(面倒を見ている)ようだ。子供達は皆、初等部から帰ってきている。それから制服を片付けに行った魔術師の男が戻ってきた。


「なんで、さっきはあんな刺々しい言い方したの」


薬術の魔女は今日の宮廷内での会話を思い出し、魔術師の男に指摘する。いつもも冷ややかな言い方だが、宮廷内ではそれが1.5倍増しだったのだ。


()れは……まぁ。宮廷ですので」

「ふぅん?」


やや歯切れの悪い言い方の魔術師の男に、薬術の魔女はやや訝しみながらも頷く。宮廷は精神的な治安が悪いから、仮に夫婦でも仲の良い様子を見せたら弱みになってしまうのかもしれない。


「其れよりも、約束は忘れておらぬでしょうね」

「なんだっけ」


掛けられた声に薬術の魔女は小首をかしげる。無論、それはわざとだ。


「『仲の良い様子は見せない』事です」

「忘れてないよ。わたしだってお仕事で来てるんだから、そんなことやってる場合じゃないでしょ」

「忘れておらぬ成らば宜しい」


実は、魔術師の男は『薬術の魔女』の監視役らしいのだ。だから、うつつを抜かして腕が鈍っているだなんて思わせないように、あまり仲の良い様子は見せないように気を付けている。まあ、実際のところは魔女の愛情表現は通常の者と比べて淡泊であり、魔術師の男自身も外で愛情表現をする(たち)ではないので特に不自由はなく大きな問題になっていない。


「宮廷医って、けっこう大変だね」

「ふむ」


疲れた様子で椅子に座る薬術の魔女に、魔術師の男はそっけなく相槌を打つ。彼のそっけなさは今に始まったことでないので、気にせず言葉を続けた。


「道具は時代遅れだし、薬庫の管理も雑。鍵もかかってないし、誰でも使えるようになってるんじゃあ、毒とか作り放題じゃん。何やってんの? って感じ」

成程(なるほど)


何が面白いのか、魔術師の男は楽しそうだ。「(やっぱり、何考えているのか分かんないな)」と思いながらも薬術の魔女は相談を始める。


「まずね、わたし達の貰った研究室の扉に鍵が欲しいんだけど」

「其れ成らば、日官……宮廷錬金術師達に頼むと良いでしょう」


 やはり、宮廷では何か欲しいときは宮廷錬金術師に頼むらしい。


「やっぱりそうなる?」

「えぇ。(ただ)し、本来は書類を天官へと提出し許可を受けてからですねぇ」

「それじゃあ一日で終わらなくない?」

「でしょうねぇ」


錬金術師は鍛冶職人と違い、魔術で金属加工を行う。だから、急ぎの用事の時には錬金術師に頼むと良いとされる。だが、一度天官を挟むとなると、予算がどうとか書類の不備がどうとか手間が掛かってしまうのだ。おまけに薬術の魔女は腕はともかく、やってきたばかりの超新人。早速新人いびりを始めるのがデフォルトの宮廷なら、書類の受理が後回しになるだろうことは容易に想像がつく。


「今すぐ欲しいんだけど」

「成らば。()()伺ってみては如何(いかが)です?」


口を尖らせた薬術の魔女に、魔術師の男は微笑みながら提案をした。


「直接?」

「えぇ。()()()()()()()()

「……ふぅん。ちょっと大変ってこと?」

「ふふ」


言い方に引っかかってそれを指摘すると、彼は意味深長に笑っただけだった。正解、なのかもしれない。だが、いくら困難であろうとも急いで必要なものなのだ。


「ああ、其れと。宮廷錬金術師共の信条は()()()()で御座いますよ。お忘れなく」

「ふーん。対価がいるってことね、分かった」


魔術師の男の忠告に薬術の魔女は「何をあげたらいいのかな」と思考を飛ばす。鍵を作ってもらうのならば、鍵に必要な金属などの材料だろうか。


「良いですか。宮廷錬金術師はいつでも材料が不足しており、自費で材料購入をしている者が(ほとん)どです。恩は売れるだけ売っておいた方が後々有効活用できますよ。それと、契約書」

「契約書?」

「はい。宮廷錬金術師共は貴女の様に素直な方は多いものの、法則の裏を突く者も居る。――まあ、貴女の場合、口約束でも効力はありそうですが――「だまされないように気を付けろってことね」はい、然様です」


そのあたりは補佐官達と相談しなきゃだな、と思いながら薬術の魔女は明日すべきことと関連する必要なことをメモした。


 そのあとは薬術の魔女は自室や実験室に籠って、今日できなかった薬生成を始めたのだった。


×


 その夜。


「すぴー」


夫婦寝室で眠る薬術の魔女をそのままに、魔術師の男は作業をしていた。


「……全く。新たに服を貰うとは」


そう呟きながら、極細の針で極細の糸を衣服へと縫い付けてゆく。

 その衣服は薬術の魔女へと配布された宮廷医の制服であった。その裏地に、魔術師の男は細工をしていく。


「ま、手間では無いので宜しいが」


 刻むのは、盗聴と遠隔視の魔術式だ。これも、『薬術の魔女』を監視するためにも必要なことである。他にも魔術系の防御に関連する魔術式も刻んでおいた。これは監視対象『薬術の魔女』が途中で命を落とさないための、もしもの保険。


「……(これ)で宜しいでしょう」


呟き、糸を切る。そうして、細工をした制服達を元のように彼女の衣装棚へと戻す。衣装棚を開けると、彼女が特別調合をした防虫剤の匂いがした。


「…………衣類に焚き込める香についても、指摘すべきか?」


魔術師の男自身は別にどうでも良いのだが、他の宮仕えの者共が何を言うか。それを指摘された後でもまあ遅くは無かろう、と小さく息を吐き衣装棚を閉めた。


「王命、(そして)……」


呪猫当主の指定、とは。


 ギリ、と歯ぎしりした。


 これから何が起こるかは知らないが、余計なことをしてくれる。


 宮廷に置いた、ということは宮廷で薬術関連の何かが起こるということだ。それを薬術の魔女に防止して欲しいのか、解決して欲しいのかは解らない。範囲は1年から5年。卜占(ぼくせん)で先読みをしたところで、呪猫当主の先読みに匹敵する精度が出せるかも怪しい。


 苛立たしい、腹立たしい。


 湧きあがった怒りを隠すように深く息を吐き出す。そうして気を落ち着かせて、眠る薬術の魔女に近づいた。安らかに眠っており、いつも通りの呑気な寝顔をさらしている。顔にかかっている髪を指先で(すく)い上げ、その耳に掛けた。


「貴女の命()()()、私が護りますからねぇ。小娘」


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