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 宮廷は外観と遜色ない煌びやかな内装をしている。豪華な装飾や曲線、楕円などのデザインを多く用いた、動的で華麗な装飾性が特徴だ。

 室内空間は複雑な彫刻や絵画を含めた様々な装飾によって構成されている。

 建物自体は白く、床は黒い。それは白き天の神と黒き地の神を模しているそうだ。


 主な装飾のモチーフはとある植物で、象徴である切れ込みの入った五枚の花弁などが梁や柱などに施されている。他、天地の神のシンボルである香花の花や幻花の花の彫刻や描画なども描かれていた。床は艶やかに磨かれた大理石で、確か死犬の土地でしか採掘できない特別な石だったはずだ。

 天井には植物のモチーフが配置され、床には鉱物をイメージした幾何学模様が描かれている。


「(やっぱり、あんまりわたしには合わないなぁ)」


 華美な装飾に(まみ)れた建物に、薬術の魔女は小さく溜息を吐いた。ここに来たのは儀式の時と何かしらのパーティが開かれた時、演劇を見に入った時などである。思いの外利用する機会があった。


 周囲を歩く何かしらの官僚や給仕の者達に、ちらちらと見られている。そんなに軍服の薬術の魔女達が珍しいだろうか。


 官僚達は薬猿や呪猫を思わせる前合わせの衣を(まと)っている。一番外の服の色で所属つまり六官のうちどれかを表し、帯に描かれている星座の紋様でさらに細かい部門の所属を表しているらしい。

 給仕達はそれらをもう少し簡素にした衣類を纏う。お陰で官僚や給仕であるとか、外からの客人や政治貴族であるとかそういう分類は分かりやすい。

 政治貴族は身体の作りに合わせた、立体的な裁断の服をまとっているからだ。


「(あ、最近流行りの生地だ)」


 通り過ぎていく貴族をちら、と目で追った。政治貴族にしては若い。


「お待たせ致しました。私、案内役を務めさせて頂く――」


挨拶をする案内人に補佐官共々に会釈をし、宮廷の案内が始まる。


 案内、とはいっても薬庫の位置を教えてもらうだとか、食堂の位置を教えてもらうだとか、必要最低限のものだ。さらに細かい案内は宮廷医にしてもらうらしい。


「それでは謁見の間へ向かいましょう」


 宮廷の正面の出入り口からそのまま真っ直ぐ進んで、玉座のある謁見の間へ向かう。そこで挨拶するように指定されていたからだ。


「(謁見の間、ねぇ)」


つまり、王代理に挨拶をせねばならないらしい。王に準ずる国内最高位の人物。どんな人なのかはあまり興味がない。だが、悪い人じゃなければ良いな、と少し思う。



 謁見の間は広く、かなり天井が高かった。

 宮廷内での儀式にも使われるからか、初めて見た気はしない。天の神の白と地の神の黒を中心に、『古き貴族』八家と王家を表す9つの色に彩られた、独特の色彩だ。


「私が王代理だ」


 壇上にある玉座には誰も座っておらず、その下に朱殷(しゅあん)色の髪の男性が待っていた。


「卒業式で会った人だ」

「そうだな。直接会うのは、卒業式以来か」


 思わず零した言葉に、王代理と告げた者は小さく笑った。


「あの時の頼み事はきちんとやっているようだな。安心した」

「約束……」

「言っただろう、『あいつをよろしく頼む』と」


言われて思い出した。


 まあ『よろしく頼む』と言われても特に何かをした覚えなどはないのだが。だが王弟にとっては満足の出来らしい。


「代理。要件を」


そう声をかけたのは銀糸の刺繍の入った白い外套を(まと)った官僚だった。「(確か……宰相だ)」と薬術の魔女はどうにか思い出す。


「そうだった」


笑い、改めて薬術の魔女達に真剣な表情を向けた。


「書面で通達したように、今日から暫くの合間、この宮廷で宮廷医として従事してもらう。残念ながら拒否権は無い」


申し訳ない、とは言いつつも(へりくだ)った様子は無い。それは当然、王代理が国の中で命令を下す立場だからだろう。


「どうやら、先読みの者曰く。『薬術の魔女を宮廷に暫く置いておけ』とのことだ。これも書面に書いてあったが」


 王代理も細かい理由は知らされていないらしい。理由は、占いの結果の変更が起こらないようにするためだとか。


「それ以外に理由はない。まあ、一年から五年程度だろうし、月に一度くらいは軍部にも戻れるから軍医としては問題は無かろう」


言われて、「うーん」と薬術の魔女は少し顔をしかめる。どうやら場合によっては一年では済まないらしいことが示唆されてしまった。


「何が心配だ?」

「薬の研究ってできますか」

「宮廷内でか? どうだろうなぁ」


薬術の魔女の進言に、王代理は困ったように視線を動かす。宰相が少し怯えた様子を見せたからかもしれない。


「まあ、お前が功績をあげれば自由にできることは増えるだろうよ」

「分かりました」


王代理の言葉に、薬術の魔女は素直に頷く。そうだろうな、とは思っていた。特に薬術の魔女は発泡酒を宮廷に送り、それのせいで()()()()()()()()()()()()()として宮廷から出禁処分(パーティのみ)を食らっていた身である。宮廷医として宮廷に入れる時点で結構な温情を貰った方だ。


 薬術の魔女達が立ち去った後。


「『謁見の間』でも容易に言葉が発せるようだな、『薬術の魔女』は」

「その様で御座いますね。いやはや、どうなるかと」

「つまり、薬術の魔女の言葉には害はないと言うことになるのだろうか」


王代理と宰相は顔を見合わせる。

 実はこの『謁見の間』には王族を守るためにも『許可が下りない限り王族以外は発言できないように』と規則の術式が掛かっているので許可がなければ会話ができないはずだった。

 だが、薬術の魔女はその規則が効かないらしい。



「ようこそおいでくださいました、『薬術の魔女』殿」


 次に案内された場所は宮廷医の仕事場らしい2階に案内された。そこで案内の者は宮廷医の者と交代する。どうやら若い宮廷医のようで、薬術の魔女よりも年下そうであった。

 窓口や劇場、図書館の在る1階と違い、宮廷の2階は一般人はあまり出歩かない場所である。「(珍しい場所だ)」と思いながら薬術の魔女は周囲に視線を配った。補佐官2の咳払いが聞こえた気がする。


「軍服で宮廷医として従事するのはやはり悪目立ちするでしょう。宮廷医服を用意しておりますので、そちらに着替えていただきましょう」

「はい」


 布の束を渡され、それに着替えてくるように指示された。宮廷医用の制服だ。


「着替えられない場合は下女に手伝わせますので、お声掛けください」

「分かりました」


 そうしてどうにか宮廷医の服装に着替える。制服と同時に渡された着方の紙があったおかげで順番には困らなかった。だが、帯がどうやっても結べない。なので、「すみません、お手伝いの人を呼んでもらっていいですか」と案内役の宮廷医に声をかけたところ、少しして侍女らしき人物がやってきた。そして、どうにか制服を着たのだ。

 補佐官二人共は特に困った様子が見られなかったので、着られるのだろうと思考する。


 用意されていた制服は恐らく軍部で採寸していた記録を流用したのだろう。不自然でない程度にピッタリだ。


「わ、他の六官とかと似てる。宮廷で働くって感じするなぁ」


自身の姿を姿見で確認し、薬術の魔女は呟く。制服の色は深みのある植物のような黄味がかった緑色だった。夏官も似たような緑だが、そちらは青みがある。


「最後に、これをお顔に」

「……布?」


侍女に差し出された布を受け取った。


「目元は隠さず、鼻と口を覆うように」

「なるほど」


 呪猫の上流区域のようだ。「(覆いみたいなものかな)」と思いながら身に付ける。


「これで終いです。明日以降、宮廷に勤める際にはその恰好でお越しくださいとのことです」

「はい」


そうして着替えの場所から出ると、宮廷医の制服を完璧に着こなした補佐官達と案内役の宮廷医が待っていた。


「遅れました」

「大丈夫ですよ」


軽く微笑み、案内役の宮廷医は「それでは、行きましょう」と案内を続ける。

 まず案内されたのは仕事部屋だった。どうやら、薬術の魔女達の入る宮(部門)は『蘇蛇宮』らしい。蘇蛇宮は医学を司る星座であるものの、閏月の対応星座だ。要は『どこにも所属させる気はないので、仮置きの部門を作りそこで対応をする』と言う魂胆だろう。


「(ふーん、蘇蛇宮か……)」


自身の制服の帯を見た。確かに蘇蛇宮の紋様だ。

 仕事部屋には室長用と思わしき机と椅子、空っぽの本棚くらいしかない。室員となる補佐官達の椅子や机、作業台がない。


「……自分たちで用意しろってことかな」


埃っぽい臭いのするこの部屋は、つい最近まで倉庫だったのだろうと容易に想像できた。急ごしらえなのは仕方がないが、もう少しやれなかったのか。

 思いのほか早い段階で宮廷の洗礼を受けた心地になった。



 それから。

 一通りの案内が終わり、休憩時間に入る。補佐官1と補佐官2は「他に必要なものがないか確認してきます」「情報を集めてきます」と薬術の魔女と別れてしまった。


 一人ぼっちで「(食堂はどこかな)」と周囲を見回しながら宮廷を歩いていると。


「あらあなた、今日入ったばかりの『薬術の魔女』様じゃない」


そう、声をかけられる。顔を上げると女官の集団だった。「やだ、制服に着られているじゃない」「小さいわね」「素朴な顔だわ」「見て、赤い目よ」と口元を抑えながら口々に囁き始める。


「(変なのに絡まれちゃったな)」


困ったな、と途方に暮れているとそれを好機と見たのか、女官達は口々に薬術の魔女へ冷ややかな言葉を浴びせかけた。どうやら試験を受けずに宮廷医として宮廷に入ったことが気に食わないらしい。「ただの平民のくせに」「『薬術の魔女』だなんて、名前負けしているんじゃありません?」


 補佐官達とはぐれてしまったこと、昼食が取れないことにやや後悔し始めた頃。


「おや、貴女達。大変面白そうなことをなさっている御様子ですねェ」


「是非とも、()()()()()()()()()()?」と粘着質な声を掛けられる。その声を聴いた途端に、薬術の魔女はびくっと体を震わせた。周囲の女官達は慌てて道を空ける。


「ほう。寄ってたかって噂の『薬術の魔女』を可愛がっているとは。其れは其れは、貴女方のお暇を割く程の価値があるようですねェ?」


そこに現れたのは、一人の長身の男だ。

 服装は宮廷魔術師である灰色の外套を纏っており、帯は薬術の魔女と同様に蘇蛇宮を表している。


「ひっ、あ、貴方様はっ!」


女官のうち一人が悲鳴を上げた。そして「帰りますわよ」と誰かが発し、そそくさと去ってゆく。「おや。もう少しゆっくりなさっても宜しいのに」と魔術師の男は目を細めた。「……顔は、覚えましたぞ」


 低く呟き、薬術の魔女の方を向く。


「馬子にも衣装ですねぇ……小娘」

「う、なんできみがここに……」


魔術師の男はあまりにも長身で、女子の平均身長程度とはいえ背の低い薬術の魔女には顔を見上げるのも一苦労だ。宮廷で一番会いたくない人に出会ってしまった。


「いえ。随分と初心そうな御方がいらっしゃると思い観察していた次第で御座いますよ」

「用がないんならあっち行ってくれない?」

「えぇ、そうですね。邪魔者は退散しておきましょう。……ですが」


薬術の魔女を見つめ、魔術師の男は目を三日月のように細める。


「小娘」

「……なに」

宮廷(此処)は今まで通り、とは行きませんよ」


 低く、彼は言葉を発した。


「……」

「貴女は甘い。()の儘では何時(いつ)の日か大怪我するでしょうねぇ……()()()()()

「……ご忠告、どうも」


薬術の魔女の返答に満足したのか、魔術師の男は周囲に視線を巡らせる。


「……迎えが来たようですね」


 彼の向いた方向を見ると、補佐官達が駆けつけるところだった。


「どうしました?」

「ああ、彼女が道に迷われた様子でしたので。何処へ向かいたいのかと話を聞き出そうとしていた次第です。警戒されてしまいましたがね……」


やや険しい表情の補佐官1に問われ、魔術師の男は困った様子で答える。白々しい嘘だ。


「見た所、貴方方も宮廷(此処)では見ない顔ですが……案内は必要でしょうか?」

「いえ、お気遣い感謝致します。まさか宮廷魔術師の室長の方と出会えるとは」

「持ち場への地図を先程受け取りましたので、大丈夫です」


魔術師の男の言葉に補佐官2と補佐官1は軽く礼を言い、誘いを断る。


「然様ですか。では、お気を付けて」


軽く会釈をし、魔術師の男は去っていった。



「……初っ端から、変な人に会っちゃったな」


 会いたくない人、だったのに。眉尻を下げた薬術の魔女に補佐官達は不思議そうな様子だ。


「変な人、ですか」

月官(宮廷魔術師)、しかも蘇蛇宮の室長でしょう」

「その人の話は良いの。さっさと持ち場に行こう」


 そうして食堂に向かい、軽く昼食を食べた。


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