16 星霜の儀
今回は儀式の話を淡々と述べるだけなので、推理(?)は無しです。
『年越しの儀』。それは国が長く続くよう祈る、天の神へ捧げる儀式だ。春官が祈りと舞を奉納し、月官がそれに合わせて国を護る結界を張り直す。
その儀式には、各官室長の参加が必須だった。
つまり。星官の蘇蛇宮室長となった薬術の魔女も当然、参加せねばならない。
なので、不満たらたらの薬術の魔女だった。
今までは年越しの時期は(夫は儀式に付きっきりで帰ってこなかったが)子供達と共に暖かい部屋で年を越していたのに。
儀式の場は空気が冷たいらしいと聞いていた。その上、沢山の人が居るだろうから空気が綺麗とは言い難いだろう。
宮廷に勤めている間は参加が強制だと聞いて、少しがっかりするのだった。
「(あの人と一緒に年を越せるし、まあ良いかな……)」
自身に与えられた室の机で頬杖を付き、ため息を溢す。
出会って結婚してから初めて、夫と年を越せるのだ。
「(でも、思ってるのとなんか違うー……)」
できるのならば、共にくっ付けるほどの距離で色々と話しながら過ごしたかった。一緒に鍋を突くとか、そういう事をしたかったのに。(とはいえ、彼がそういう行動をするかといえば否だろうが)
「(……あの人が室長じゃなかったら、できたのかなぁ)」
儀式に参加するのは基本的に室長のみらしいからだ。室長補佐や室員は研究室で研究したり待機したりしているか、家に居るかしているそうだ。
子供達は『おばあちゃん』に預かってもらうことになっている。『黒い人』も一緒に見ておくと言っていた。二人が一緒ならば、子供達もそう不自由はしないだろう。
儀式の本格的な準備は『聖人の日』以降から行われる。その日から、春官と月官の禊が始まるのだ。禊とは言いつつも、宮廷に泊まりがけで食事や生活の動作に指示が入るような事をするだけ。
験担ぎのようなものだ。
だから、年越しの儀に参加する室長達は聖人の日から儀式が終わるまで、研究室にはいないらしい。当然、夫の魔術師の男も儀式に参加するそうなので居ない。
『蘇蛇宮』の室で頬杖を突きながら、薬術の魔女は魔術師の男との話を思い出していた。
×
「『春来の儀』みたいに、君は一か月前から付きっ切りで準備しないんだね」
年越の儀式に夫の魔術師の男が参加する話を聞いた時に、薬術の魔女はふと問うたのだ。それを馬鹿にすることもなく、彼は
「天の神は人間にやさしいですからね。抑々、此度の儀式の目的は国の防御結界を張り直すものですから。春来の儀の様に、神に触れるような儀式ではないのです」
そう、答えてくれた。
簡単な儀式の準備は一月前からすでに始まっているそうだ。宮廷の装飾が『聖人の日』とは少し飾り付けが違うと思っていたが、儀式のためだったらしい。
×
「(つまり、春の儀式は神に触れるような儀式ってことじゃん)」
眉間に皺を寄せ、内心で呟く。春の神に近いのは『黒い人』の方だが、一体どんな気持ちで春の儀式の日を迎えているのだろうか。
「(……ま、考えてもしょうがないか)」
『黒い人』は自由気ままなので、答えてくれてもそれが正解じゃない可能性もあるし。そう結論付けて薬術の魔女は思考を頭を振り、飛ばした。
特にすることはないので、薬術の魔女は図書館へ向かうことにする。補佐官達は薬術の魔女の補佐として書類をまとめていたり、部屋を綺麗にしていたりする。毒事件の解決以外に宮廷医はやることないな、と薬術の魔女は少し唇を尖らせた。
図書館へ向かうと、当然のように受付には友人Cが居る。
「……ねえ、年越の儀式の資料を読みたいんだけど……」
そう、(小声で)相談をする。と、友人Cは手元の本に少し目を通したのちに「この本棚のあたりね」と行き先の書かれた紙と共に場所を教えてくれた。どうやらその本には索引機能のようなものが付いているらしい。ちなみにそのあと「本の検索機もあるよ」と検索機の場所も教えてもらった。
図書館の中を薬術の魔女は静かに移動する。
吸音の魔術や構造をしているようで、本当に静かだ。クッション性の高い床のおかげで足音もしない。
「(……あった)」
もらった紙を参考にしながら本棚に並ぶ背表紙に視線を走らせていると、ようやく目的の書物達の場所に当たった。
そこの中から、薬術の魔女は『呪歌』の本を手に取る。
基本的に儀式には文言と歌が付きものなのだ。
「(年越しの儀式……色々種類があるみたいだけど、今はこれって書いてある)」
年代を重ねて文言を修正し、それに合わせて儀式で歌われる『歌』も形を変えているらしい。
「(……このリズムと音程、おばーちゃんがたまに唄う鼻歌に似てる)」
書かれていた楽譜に合わせて、小さく鼻歌を唄ってみると意外な発見があった。
それから薬術の魔女は儀式の内容を読み、大まかには理解した。
「(……本当に、国の結界を張り直すだけの儀式なんだ)」
ただ、結界を張り直している最中に変なものが混ざらないように禊や歌で場を清めているらしい。歌には『白き神』の力を増幅させるような力があるらしいので、張り直しの最中は秩序が保たれるのだそう。
知りたかった情報は粗方読み込めたので、薬術の魔女は本棚へ本を返却する。その時。
「あら、魔女様。こんなところにいらしたのですね」
と、朗らかな声がかけられた。
見ると、そこにはショコラピンクの髪の月官が立っている。
「お友達の人……の奥さん」
「ふふ。そうですね」
微笑ましそうに彼女は、はにかんだ。
「わたしは、獅子宮の室長補佐です。それと、旦那様が儀式に参加なさるので……少々、お暇があるのです」
「(月官は何か発表があるって言ってたけど、忙しくないのかな)」と思った薬術の魔女に、月官の獅子宮室長補佐は答える。
「それと、この図書館内でも……ほんの少しくらいなら、会話はできるのですよ。小音にする魔術は使用が可能なのです」
と、彼女は手に持つ小さな栞……のような杖を、軽く振った。チリン、と小さな鈴の音と共に防音の魔術式が小さく展開する。
「魔女様は、呪歌に興味がお有りですか?」
「……うん、少しだけ」
そうして、少しだけ呪歌の話を聞いた。
「年越しの、この儀式では『聖歌』と呼ばれるものが歌われるのですが。これも、一種の呪歌なのです。『白き天の神』様を儀式の場へと呼び集め、国を守るように縛る呪い……とも、捉えられますからね」
×
それから大晦日の朝。
儀式の日、当日になる。
「ちょっと、ぴりぴりする」
宮廷に入った頃から、空気が張り詰めているのを薬術の魔女は感じていた。きっと昨日の夜あたりから、本格的な浄化などを行っていたのだろう。
薬術の魔女は午後から参加だ。儀式自体は午前中から始まるのだそうだが、王代理や枢機卿のありがたい話を聞くとかで時間の無駄だから行かなくて良いとか伴侶が言っていたのを思い出す。
それが終わると春官と月官の禊が始まり、儀式が本格的に開始するという。午前いっぱいは自由参加だが、午後からはきちんと参加せねばならないらしい。
星官の蘇蛇宮へ入ると、いつもの通りに補佐官1と補佐官2に出迎えられた。
「なんか緊張するね」
となんとなしに薬術の魔女が言葉を零すと、
「僕はちょっと苦手です」
そう補佐官1は苦笑いをし、
「あなたも緊張なんてするんですね」
と補佐官2に少し笑われた。
補佐官達はずっと室で待機するらしい。「お家にいてもいいのに」と薬術の魔女は補佐官達に言ったのだが「あなたの補佐ですから」と補佐官2に言われたのでおとなしく引き下がった。
そういえば、彼らには家族……孤児だと聞いているので、伴侶のような相手とか。が、居ないのか少し気になった。彼らの個人的事情には踏み込むつもりは無いので、聞きはしないのだが。
「(ねこちゃん……あの人は、この空気は苦手なのかな?)」
ノルマとしての薬作りを行いながら、悪意の強い伴侶の事を思い出す。
だが、彼は彼で呪猫式の破魔や除厄の作業ができるらしいので、あんまり関係ないのかもしれないと思い直した。
それから、午後の部が始まる。
薬術の魔女は周囲を見ながら、移動をした。
昼食をとっていたらしい星官や日官、六官の室長達を食堂の付近で見かけ、その後をさりげなく着いて行ったのだ。
そうすると、儀式の日当日だからか、誰も意地悪をすることはなく真っ直ぐに儀式の場へと行けた。
各官の室長達がそれぞれの位置に着く。
揃ったのを確認して、少しして定刻に儀式が始まった。
「(……いつもは画面越しで見ているけど。こうやって直接見れるのは、なんだか不思議だな)」
そう思いつつ、薬術の魔女は儀式の様子を眺める。
普段は中継されている年越しの儀式の様子を、暖かい部屋で時折見ていた。趣味の薬を作ったり、庭を弄ったり、子供達と話をしたり、家事をしたりしながら。
「(……そうだ、あの人。どこに居るんだろ?)」
ふと思い出す。中継では彼の姿は絶対に映らないのだが、今回は生なのだ。彼の姿が見られるはずだ、と薬術の魔女は思い至った。
そしてどうにか頭を動かさずに(且つ神妙な表情をしたままで)周囲を見回し、夫の姿を見つける。
「(わ……美だ)」
儀式用の衣装を見に纏い、特殊な化粧をしているが美しい。
何だか神聖な気配を感じそうである。
「(……はっ、ちゃんとしなきゃ)」
思わず見惚れてしまった。
好みの造形が綺麗に装飾されていれば仕方のない話だ、と内心で言い訳をする。
「(写真とか禁止でよかった)」
なんとなしに思うのだった。
そうして、とっぷりと日が沈んだ頃に儀式が終わる。
長い時間をかけて場所を清め、長い時間をかけて天の神を呼び、長い時間をかけて結界を張った。とんでもなく長い儀式だったな、と薬術の魔女は小さく伸びをする。
薬術の魔女達はただ座って眺めているだけなので、文言を唱え続けていた春官や月官よりはましだろう。途中での離席は可能だったし、文言を唱える春官や月官も途中で水を飲んでいた。思いの外に、緩めの儀式だった。
×
それから祝宴が始まる。
伴侶の魔術師の男からは「儀式が終わると祝宴が始まります」と事前に聞いていたので、特に驚きはない。
「(と言うか、儀式の最中も祝宴っぽいの裏でやってたし)」
ずっと儀式に参加し続けている月官が少々可哀想である。(ちなみに春官は総出で、入れ替わり立ち替わりで儀式に参加していた模様)
それでも、あまりにもな空気の変わりように戸惑う薬術の魔女。
「(……あの人、どこに行ったんだろ?)」
伴侶を見失い、不安に思う。
軍部でもパーティはあったし、伴侶と(宮廷以外の)祝宴に参加したことはある。だが、こんなにも心細くなったことがあっただろうか。
「何か、お困りですか」
唐突に、声をかけられる。弾けるように見上げると、伴侶の魔術師の男だった。儀式の服から、月官としての服に着替えていたようだ。
「よかった。きみか」
「……帰りましょうか」
安堵の息を零すと、彼はやや不機嫌そうな表情で柳眉を寄せ低く零す。演技ではなく、確かに何か機嫌が悪そうだ。
もしかすると、薬術の魔女自身の体調がよろしくないと判断したのかもしれない。顔色が悪い自信はあった。
「帰って良いの?」
「不参加で死ぬ事は無いでしょう」
問うと、短く返される。側から見れば夫婦で会話をしているようには見えるだろうが、薬術の魔女の顔色は悪いし、魔術師の男の表情は不機嫌である。仲がよろしくは見えないだろう。
「ちょっとだけ、参加してから帰ろうよ。その方が印象は悪く無いだろうし」
「然様ですか。御好きになさいまし」
「自分は平気だから」と言外に告げ、祝宴に参加するよう促す。すると彼は渋々ながらもそれに従ってくれる様子だった。
薬術の魔女は補佐官達に儀式が終わった旨を伝えて、伴侶と合流したので自由にして良いと言った。監視のためとはいえ、こんな時間まで大変なことだ。
程なくして、薬術の魔女と魔術師の男は家に帰る。
屋敷に戻ると、当然に子供達の出迎えは無い。屋敷にいる使用人がわりの式神達が出迎え、薬術の魔女と魔術師の男の外套やら荷物やらを受け取って去って行った。
食事は祝宴のものをいくつか口に運んでいたので、あとは風呂にでも入り身支度を済ませて寝るだけだ。
「きみは『祝宴の料理は然程美味くない』って言ってたけど、結構美味しかったよ」
「然様ですか。お気に召した料理がありました?」
「うーん、スープかなぁ」
などと軽く会話をしながら、風呂も済ませて二人は夫婦寝室に行く。
「今年もよろしくね」
「えぇ、末長くお願いいたします」
そうして二人で、新年の初めの挨拶を交わしたのだった。
実は何気なく一緒に風呂へ入ってる。




