聖人の正体(間話)
この話が始まる際に長男11歳と書きましたが、この間の虚霊祭の周辺で12歳になりました。
聖人の日当日の朝。
それは『良い子』が聖人さんから祝福を受け取る日である。
薬術の魔女の長男は、罠を仕掛けていた。
それは『聖人さんを捕まえたい』という可愛らしいもの、ではなかった。
『自分達に祝福を寄越す聖人の正体を知りたい』という知的好奇心からだった。
日が昇り始めた早朝に、長男は寝台から身を起こす。
「(罠……には、当然引っ掛かってないな)」
毎年の通り、枕元には祝福は無い。だから、長男の部屋に仕掛けた罠には何もかかっていないのだろう。
枕元に置くと言う話も聞いたことがあるが、自分達の元へ来る聖人はそう言うタイプでなかっただけの話だ。
自室を出て、冷えた廊下を歩く。他の妹や弟達は大体寝静まっている頃合いだ。
「(煙突……はないし)」
通常、聖人は煙突から家の中に入るとされているが、この屋敷に煙突は無い。『精霊を入れない為』だと父親が話していたことを思い出す。だが擬似暖炉は居間に有った。薪を必要とし炎は出るが、煙は暖炉上部に仕掛けられた耐火性の魔術陣で外部に吐き出されるのだ。
居間にそっと入った。
暖炉の側にある『聖なる木』の根本には、当然の様に祝福が置かれている。
誰に宛てた祝福かの宛先は書いてあった。だがそれは見たことのない筆跡だった。少なくとも、両親の筆跡ではない。恐らく『おばあちゃん』や『黒い人』の筆跡でもないだろう。
そして、長男が最も精密な罠を仕掛けたのもそこであった。聖人らしき何かが近付くであろう場所。
「(生体探知……掛かってない)」
つまり、物理的に生き物は近付いていない証明になる。遠くから投げ寄越した、あるいは魔術で置いたか。
「(魔力探知……あ、反応がある)」
当然の如く、外気に含まれる魔力はかかっていない。つまり、外部からは誰も来ていない。……この成分は。
「……大根?「如何致しました?」っ!!」
一切の気配も感じさせず、父親が背後に居た。
ひやりと背筋が凍る。一瞬、命を失った心地がした。
「灯りも点けぬとは、珍しいですね」と言いながら、父親は居間の灯りを点ける。
「……正体、父さんだよね」
ごくり、と生唾を飲んで長男は問うた。
「何の、ですか」
底冷えするほど冷たい目線と声は、何かを探っているようだ。とてつもない緊張を、強いられている。
「聖人の」
「ほう?」
父親の声色に、興味が混じった。これは、試されているようだ。そう、悟った。何かを間違えたら終わり。そんな予感がする。
「この屋敷の防犯系統は、父さんが整備している。つまり、聖人が本当にいたとしても、父さんが関わっていることに変わりはない」
静かに、間違えないように、言葉を紡ぐ。
「成程。ですが、其れでは私が聖人の正体である、と言う証明には成らぬのでは?」
当然のように反論を返された。だが、ここで引き下がるつもりはない。
「罠を、仕掛けていたんだけど」
「罠、ですか」
静かに返される声は、どこか白々しい。
「去年も一昨年も仕掛けていたけど、父さんは何も言わなかった」
「ふむ。まァ、童の悪戯程度。見破れぬものでは有りませぬが……」
父親は口元に手を遣り、目を伏せた。
「害は無う御座いますし、翌日には消して居りましたでしょう。何故、私が口を挟む必要が有ると?」
再びこちらに向けられた目線は、少し鋭い。だけど敵意があるわけじゃない。
「それはそうだけど。その存在を、家中を魔術で管理している父さんが気付かないわけがない。あえて見逃してたよね?」
「成程。然し私が見逃していて、其れが何だと言うのです?」
見逃していた、だけでは正体には迫れないか。分かっていたけれど、父親は手強い。内心で舌打ちする。
「魔力探知の方には、外気に含まれる魔力は引っかかっていなかったんだ」
「然様ですか。其れで、内部の者の行動だと考えた訳ですね。……処で、何か罠に引っ掛かって居りました?」
「去年までじゃあ分からなかったけど、今回は判る。大根、です」
「大根、ですか」
少し目を見開いた後、父親は僅かに目を細めた。正解、だろう。
「大根の魔力とかいう変なものを扱えるのは、この家では母さんか父さんだけだ。外気の魔力も感知してないし、聖人の日の朝の母さんはアレだから。消去法で、父さんです」
「そうですか」
『まあ此れくらいで良いでしょう』と言いた気に父親が息を吐く。だが、まだ終わっていない。
「第一に、」
そうして、最近で確信した言葉を述べた。
「……ふふ」
父親が、笑った。張り詰めていた空気が緩む。
それは認めたのと同義だった。
「他の者には御内密に、で御座いますよ」
「……はい」
ばれる事すら想定内、だったような様子に到底勝てそうにないなと長男は内心でため息を吐いた。
×
「ねぇー見て! 祝福あった!」
居間で魔術師の男に祝福を見せびらかす薬術の魔女を、彼は楽しそうに見つめた。
彼女と出会い、彼女が成人する頃から始めた祝福。呪術師でもある自身が呪いではなく祝いを贈るとはらしくもない、とは思っていたが意外と続くものである。
『父さんが母さんへの祝福の機会を、他者に譲るわけがない』
先ほど長男に言われた言葉を思い出す。
家庭内でもなるべく仲の良い姿を見せないでいたつもりだったが、見破られていたようだ。
「……子も、成長するものですねぇ」




