15 資金集め3
聖人の日マーケット当日がやってきた。
宮廷前の広場で行われるこのマーケットは聖人の日の一月前から始まり、その前日まで行われる。聖人の日以降からひと月行われるものは年末年始のマーケットだ。
連続して出店する店もあるようだが、薬術の魔女は聖人の日前夜で出店は終わりである。
マーケットのルールは基本的に『他者に強い害を為さないもの』の販売のみを可としている。つまり、怪しい薬草や化学物質の販売はできない。販売品に関しても規約に違反していないか、事前に確認される。持ち込めるものも、契約書により制限されていた。
その他、販売されているものは代金を受け取ってから客人の手元に渡ることで契約が完成する。
出店する際に出店側が契約書に記名をしており、客人は販売エリアで購入以外では未購入の商品に接触する行為ができない。つまり、無断の持ち出しはできないのだ。
「これで準備大丈夫だよね?」
「不足はありませんし、大丈夫だと思いますよ」
不安そうに振り返る薬術の魔女に、補佐官1は普段通りに頷く。収納鞄の中から飲料保存器を取り出して台に並べていた。
「1日で加工する量も決めていますし、心配する事はほとんどないと思います」
補佐官1は緊張している薬術の魔女を見、安心させるように言う。
「貴方は普段通りに調合をして居られたら問題はありません。金の管理と受け渡しはこちらでやりますから」
補佐官2も精算周辺の設備を整えつつ、そう告げた。実際のところ、薬術の魔女は店の運営をしたことはあるので全てが初めてな訳ではない。
今回、薬術の魔女が売るものは『薬草水』と『生姜湯』だ。だがただの薬草水や生姜湯ではなく、より身体が温まるような調合を加えたもの。無論、怪しいものは入っていない。基本的に、薬術の魔女の独特の調合なのだ。
「私は商品の受け渡しついでに、聖人の日のおまじないをかけるのですね」
と月官の双魚宮室長補佐が声をかけ、確認をする。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
薬術の魔女と補佐官二人は星官の服を簡略化したもの、双魚宮室長補佐は月官の服を簡略化したものを纏っていた。『星官と月官である』と分かりやすくするためと、動きやすさを兼ねている。袖は絞られており、裾も短めだ。(薬術の魔女的に普段もこっちの服がいいのにと思うレベルで動きやすい)双魚宮室長補佐のおかげで防寒、防風の魔術がかけられているので見た目の割にかなり暖かい。
薬術の魔女達の店は、かなり良い立地だった。防水加工のされた天幕で、風で飛ばないよう物理的に固定され魔術が施されている。薬術の魔女自身は(これでも一応)軍人なので、野外での天幕の張り方は熟知しているのだ。
そしていよいよ、販売が始まる。
×
思いの外、販売は順調だった。
基本的に、注文客に飲料保存器の中身を器に出して提供するだけだからだ。飲料保存器には加熱と保温機能が備わっており、いつでも温かい飲み物が飲める。
飲料を器に出す補佐官1は目分量で入れているようだが、かなり正確だった。「彼の方がもっと正確なんですけどね」と補佐官2を指して言っていたが、補佐官2はお金のやり取りをしているので仕方ない話だろう。
双魚宮室長補佐は注文客に品物を渡す係をしており、手渡す際におまじないをかけているようだった。大人相手だとさらっと掛けているようだが、子供相手では分かりやすくおまじないをかけている。
薬術の魔女は、飲料を作る係だ。生姜湯と薬草水のシロップを数種類。
店の奥で火にかけた鍋に材料と水を入れかき混ぜ、煮込むだけ。薬術の魔女自身ではやっているだけ、なのだが他の人の話によるともう少し複雑なことをしているらしい。「一番簡単だから交代でやる?」と訊いたら断られてしまった。
「大体、今日使う分は作り終わったな」
ふいー、と額の汗を拭い、息を吐く。周りの鍋には生姜湯と薬草水のシロップが大量に詰まっていた。
「もう作り終わったんですか? さすが、早いですね」
飲料保存器で飲み物を出す補佐官1が、薬術の魔女を振り返る。
「何かやることある?」
「そうですね……配布の方をお願いしても良いですか?」
補佐官1に頼まれたので、薬術の魔女も双魚宮室長補佐と一緒になって売り子をした。無論、おまじないが先にかけられた品物の配布のみだが。
それから、薬術の魔女は休憩時間に入る。
一人ずつ交代で1時間、休憩に入るのだ。だが双魚宮室長補佐は重要なおまじないの係で、居なくなると仕事が進まなくなる。なので、薬術の魔女と同じタイミングで休むことになった。(休む前に店の中にあるシロップ全体に、おまじないはかけておいた)
一度で全体にかけられるのならわざわざ店に立たなくて良いのでは、という話になったが「見せ物の役割もあるのです」と双魚宮室長補佐に言われたのだ。
聖人の日マーケットは相変わらず不思議な空気感を持っている。薬術の魔女の感覚で言えば、『ふわふわ、わくわくするもの』。
今までは夫の魔術師の男や子供達と出掛けていたが、今回は一人だ。
「(なんか……不思議な感じ)」
いつもより、ちょっぴり寂しい感じがした。
休憩から戻って役割を少し交代して、販売して……を繰り返し、1日目は終わったのだ。
×
それから数日、忙しくも平和な日々を過ごす。
初めは休憩時間で薬草や香草、香辛料などを購入していた薬術の魔女だった。だが、連日となると特に買うものもなくなり、ただマーケットをぶらつくだけになってしまった。
なんだか周囲が騒がしい。見回すと、人集りがある。何か胸騒ぎがして薬術の魔女はそこへ向かうと、人が倒れていた。服装からして貴族だ。ただの貴族だと紛らわしいので、貴族Aとでも呼んでおこう。
「ちょっとどいて!」
と人集りをすり抜け、倒れている人の元へ駆け付ける。周囲には飲料の器が一つ落ちており、中身が溢れていた。柄が柑橘類だったので、中身はそれ系統だと容易に想像できる。それ以外は何も妙な点はなく、悪意のある人の気配も無い。
「脈拍呼吸ある、外傷無し、顔色悪い!」
貴族Aの状態を確認し、取り出した医療用魔導機で頭部の異常も確認した。大丈夫そうだ。
「大丈夫ですかー?」
声をかけると僅かに反応する。意識もあるようだが、貴族Aは苦しそうだ。
「『とにかく回復くん』! はい、お口開けてー」
仰向けに寝かせて上半身を起こし、口元に魔法薬の入った瓶を当てる。それをそっと流し込み、飲み込むのを確認した。
「これで大体は大丈夫。あとは病院に連れて行って、より適切な治療を受けて。はいこれ紹介状、入れとくね」
さらさら、と近くの病院への紹介状を書き、貴族Aの帯に差し込んだ。それから救急の連絡をその病院にかける。
「鮮やかな手腕だ」
と声が聞こえ、周りを見ると人々に囲まれていた。治療が終わったらしいと判断したのか、周囲はまばらに拍手をし出す。
「こら! 見せ物じゃないんだよー!」
怒っても効果は薄そうだった。そこに「どうしましたか!」と双魚宮室長補佐がやってきて、周囲を追い払ってくれた。
「大丈夫ですか!?」と、騒ぎを聞きつけて補佐官1も店を空けて来たようだ(つまり補佐官2だけで店を回している)。
「……病人ですか?」
「ううん。見たところ、中毒症状なんだよね」
双魚宮室長補佐に問われ、薬術の魔女は素直に答える。補佐官1が医療用の魔導機を取り出し、テキパキと貴族Aに取り付け始めた。
「そうですか。解毒は、したのですか」
「一応無毒化はした。なにが原因だったんだろ」
貴族Aの呼吸は安定し始めている。医療用魔導機で数値を取っているが、異常値だったそれらが段々と正常値へと戻り始めていた。
「旦那様! ああ、そんなまさか!」
叫び、駆け付ける者が居る。
「何方様ですか」
貴族Aに飛びかからんばかりの勢いのその人物を抑えて、双魚宮室長補佐が問うた。
「旦那様の付き人です。証拠もあります」
落ち着かせると証拠を見せてくれ、神に罰されていないので嘘ではないと判断する。救急の使いが来るまで、付き人から話を聞くことに。付き人は貴族Aのことが気になるのか、なんだか落ち着きがない。
どうやら倒れていた貴族Aは日和見派閥(やや保守派)の貴族で、最近『革新派閥』の者から嫌がらせを受けていたという。今回はその気分転換に聖人の日マーケットに来たのだと。
「最近は精神を病んでしまって、毎日薬を飲んでいるんです」
「お労しや、旦那様」と、付き人は鎮痛な面持ちだ。
「マーケットに入る前や最中で、怪しい人とか居た?」
「いえ、自分しか近くに居ませんでした」
薬術の魔女が問うと、付き人は首を振る。
「何か飲食した?」
「確か、そこの店の飲料を一つ」
付き人は近くの通りを指差した。補佐官1が確認しに行ってくれ、すぐ戻って来る。
「この器はその店のもので間違いないようです。ちなみに毒は検出されず、柑橘類の成分のみが検出されました」
と、補佐官1は報告してくれた。落ちていた器は貴族Aのものだったらしい。
「ところで。何故付き人であるはずの貴方が、主人から離れたのでしょうか?」
双魚宮室長補佐は、やや冷めた表情で付き人を見た。
「それは……! 旦那様のために雑用を」
「投薬をしている方を、わざわざ一人にするのですか」
慌てる付き人に、双魚宮室長補佐は言い放つ。どうやら、通常の貴族の付き人はしないような行動をしていたらしい。
「そういえば、この飲み物を買ったのはきみ?」
「……はい。旦那様に買い物などと言う雑用をさせる訳にはいきませんから」
飲料の器を拾い上げ、付き人に見せると肯定した。
「あとさ。もしかして、薬を購入するときも一緒に居た?」
「……それは何か関係がありますか?」
薬術の魔女は問うと、付き人は気まずそうに視線を動かす。
「あるから聞いてるんだけど」
「……はい。その時の付き人は自分でした」
「つまり。日頃服用している薬との飲み合わせが悪いものだと分かって、それを買ったんだね」
「…………くそっ!」
どうやら、付き人が意図的に命を狙ってやったらしい。投げやりになって薬術の魔女に襲い掛かろうとした付き人を、補佐官1が捕縛し地に伏せさせる。
「自分は第二王弟派閥なんだ!」
そして付き人は貴族Aが最近保守派閥と親密にしているのが気に食わなかったんだと告白した。
「気に入らないからって命を取っちゃダメでしょ!」
と薬術の魔女は眉を吊り上げる。
「お前も保守派か!」
「違うし!」
「じゃあ革新派か!」
「そっちでもないし!」
「じゃあ日和見派か!?」
「知らないし! わたしはどこにも所属する気はないの!」
「何だと!?」
叫ぶ付き人に薬術の魔女は言い返す。
「(本音を言うとどこでもいいけど)命を大事にしないのはダメ!」
「ここまでしなければ、政府は変わらないんだぞ!」
「つまり『命を使って脅せば政府は変わる』って事だよね。それ『神との約束』を破ってる事になるんだけど、そこ分かってる?」
「な……っ!」
薬術の魔女が指摘すると、付き人は狼狽えた。
「天地の神は、命を大事にしない者は嫌いなんだよ」
「何、知ったことを……っ!」
そこに、騎士団が現れる。双魚宮室長補佐が通報してくれていたらしい。それから付き人は捕縛され、連れて行かれた。救急の使いもやってきて、貴族Aは病院へと運ばれて行く。
「見事な啖呵だった」
顔を上げると、背の高い男性が居た。帯剣しており鎧を纏っている。顔を見て、『どこかで見た顔だな』と思考した。
「あ、宮廷で会った人」
確か、第二騎士団長だ。
「『薬術の魔女』殿。息災で何よりだ」
騎士といえば細身でシュッとした人が多いが、この人は軍人のように鍛えているようだと気付いた。
「伴侶の知り合いだったんですね」
「ああ、そうだ。学生会で一時期共に仕事をした仲だ。王弟閣下が入学してから、殆ど学生会の顔ぶれは変わらなかったからな。俺は学年が1つ上だったので、後続が居ただろうが」
「ふーん」
話によると、王弟と魔術師の男、宰相、日官の磨羯宮室長が同い年、あとは一つ上か下だったとか。その情報にあまり興味はないが、夫の学生時代の情報を握っているのはその3名だということは理解した。……理解したところで、そう簡単に話を聞き出せる者でないのだが。
「そういえば。わたしの伴侶のこと、『悪魔』だって言わないんですか?」
日官の磨羯宮室長の言った言葉を思い出し、ふと第二騎士団長に問た。
「ああ、そういえばそう呼ばれて居るのだったか。悪意の強い男だとは思うが、生憎俺は脅された覚えは無い」
「へー」
実際のところ、第二騎士団長が鈍すぎて脅しが効かなかっただけである。薬術の魔女自身は「(へー、仲良かったのかな)」と思っていた。
そうして聖人の日マーケットへの出店は終わり、薬術の魔女達は『蘇蛇宮』で使う資金を集める。
また後日に蘇蛇宮に多額の寄付があり、思いの外に多くの資金を手に入れたのだった。
超コンパクトに推理(と言うか推測)できるネタを入れてみました。




