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薬術の魔女の宮廷医生活  作者: 月乃宮 夜見
宮廷医編

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14 資金集め2


 階段を登り、蘇蛇宮があった方とは逆方向に曲がる。


「双魚宮……ここか」


他の室と似たような装飾の扉のはずだが、どこか神聖な雰囲気がした。


「すみません」


「どうぞ。何方(どちら)様ですか?」


声をかけると、すぐさま扉が開く。そこには綺麗に月官の服を着た女性が立っていた。鶯色の髪で、前髪は鎖骨のあたりでまっすぐに切り揃え、後髪はシンプルに下の方で結んでいる。


星官(宮廷医)の蘇蛇宮室長です」


「ああ、『薬術の魔女』か。何用ですか?」


 名乗ると、女性は軽く頷いた。思いの外、好感触だ。


「セイントマスマーケットに出店するので、お手伝いをお願いしたくて」


「そうですか。『星官(宮廷医)の予算利用を洗い出せ』と先ほど王代理が命を下したそうですけれど」


「そうなの?」


「あなたには関係無さそうですね。それで。セイントマスマーケットの助力でしたか。双魚宮(私達)に頼むとは、とても良い判断です」


取り繕いを忘れた薬術の魔女の様子に動じる事なく、女性はさらりと頷く。そして懐から白い手帳を取り出すと、薬術の魔女の方へ、ずい、と近付いた。


「ところで、貴女の信仰は何ですか」

「え?」


唐突な質問に、ぱちくり、と薬術の魔女は瞬きをする。そして聞かれた意味を理解し、どうにか口に出した。初対面で信仰を問うとはあまりない事だ。


「せ、『精霊信仰』です」


「なるほど珍しい。あらゆる教えの本源となるものですね。宗派は?」


「わ、わかんない、です……」


内心は『宗派(しゅーは)ってなに』であった。


「なるほど、戒律が明確ではないと」


うんうん、と女性は深く頷いている。(緩い宗派なのか……と思ってるだけ)


「貴女は『白き森』の主と『黒き森』の主とも関わりがある様子」

「はぇ……い」


まだ質問が続くようだ。


「彼達ないし彼女達は、何を好むのですか?」


「ええと……礼節のあるいい子……良き人、ですかね」

「そうですか。食事は?」


答えると、またすぐに質問が飛んでくる。


「精進料理と家庭料理……かな」

「それでは「そろそろ本題を聞いてあげたらどうかな」……室長。いらっしゃったのですか。珍しい」


「面白そうな匂いがしたからさ」


振り返ると、後ろに糸目の男性が立っていた。にこにこと笑みを浮かべているが、どこか胡散臭い。慌てて薬術の魔女が退くと、「ああ、ありがとう」と言いつつ薬術の魔女の横をすり抜け室へ入る。


「立ち話もなんだし、君も入るといい」


「ありがとうございます」


招かれ、薬術の魔女は室内へ案内された。客人用の椅子に座らされ、はじめに対応した女性が薬術の前に飲み物を置く。

 同じ月官でも蘇蛇宮と設備が違うんだな、と感心していると


「ここは、()()()()()()()()が来るからね」


と双魚宮室長が教えてくれた。「蘇蛇宮にも来客はあるけれど、長くは留まらないらしいんだ」双魚宮室長に言われて「(圧力が凄まじい二人が居るもんなぁ)」と、なんとなく納得する。双魚宮室長は、にこりと微笑んだままだ。


聖人の日(セイントマス)の露店の手伝いだろう? 年越の儀式は室長しか関係ないし、手伝ってあげても良いんじゃないかな」


 言われて、月官(宮廷魔術師)の夫が年末は宮廷に残っている事を思い出した。お陰で、出会った当初から夫と一緒に年を越したことがない。


「ですが、他の者は年明け後の研究発表に向けて作業をしています」


 困った風ではなく、ただ事実を淡々と述べている声色だった。


「そうだね。でも、君は大丈夫なんじゃない?」


「それは当然です。研究は日々の積み重ねですから」


双魚宮室長に問われ、女性は謙遜することなく頷く。


「そうとなれば決まりだね。うちの室長補佐、この子を貸してあげる。君の室長としての面目は保たれるし、双魚宮(こちら)も痛手ではないからね」


ぱん、と手を打った双魚宮室長に「私はあなたの所有物ではありませんが」と返しながらも、女性も異論はない様子だった。どうやら、彼女は双魚宮の室長補佐らしい。


「ありがとうございます」


そう、魔女が感謝を述べたところで「書類をください」と双魚宮室長補佐が手を差し伸べる。念の為に、と補佐官2が持っていくよう推奨した書類が役に立った。


「ところで、星官(宮廷医)として何を売るのかな? こっちも商売に関して少し興味がある」


 双魚宮室長補佐が書類に記入している間の待ち時間で、双魚宮室長が質問を投げかけてくる。


「ええと、簡単な水薬を売る予定です」


 少し視線を動かし、薬術の魔女は答えた。


「水薬? 薬局で売るようなもの?」


「ではなくて、その場で摂取できてすぐ効果が出るようなものです。薬草水とか、生姜湯とか」


「ああ、そういうものか。『魔女』が作るものだからただの薬草水や生姜湯じゃあなさそうなところが、実に興味を引くね」


どうにか薬術の魔女が答えると、双魚宮室長はにこにこと頷いてどこか楽しそうだ。


「だけどね。室員を貸してあげるけれど、やはり()()では貸してあげられない」


 唐突な言葉に、「え」と薬術の魔女は双魚宮室長を見上げる。


「こちらにも利益が欲しいということだ。簡単な話だろう」


「利益、ですか」


「僕は損する事が嫌いでね。……交魚出身ってのもあるかな? なに、人馬宮室長殿直々のお達しだから貸しはする。だけど、()()からには得をしたい。当然の話だ。それで、君は何を差し出してくれる?」


「室長、少々詰め寄り過ぎでは?」


書類を書き終えたらしい双魚宮室長補佐が、双魚宮室長を咎めた。


「ごめんごめん、面白いものに目がなくてね。利益、というと簡単な話だと売上の一部の徴収とかそこになるけれど。生憎、金が欲しいわけじゃない」


 相変わらず(胡散臭い)笑顔のままだ。言葉は強く少々圧力を感じるものの、悪意は無いらしい、と薬術の魔女は感じ取る。


「綺麗なもの、面白いもの、不思議なもの、だ。僕が求めているものは」

「はぇ」


双魚宮室長に詰め寄られ、薬術の魔女は頷いた。


「何か……そうだ。君は『魔女』だろう? なら、魔女のおまじない(ウィッチクラフト)を一つ、くれないかな?」

「えーっと」


提案された言葉を思考で反芻してから、薬術の魔女は収納していた鞄を取り出して中を探る。


「これ、『求めているものが見つかるおまじない』です」

「ふむ?」


鞄から取り出したものは、本の栞のような形状をした物体だ。四角くて細長い、薄い物である。材質は薄く切り出した木の皮を乾燥させ、先に革製の(リボン)が付いていた。


「物体として命のないものにしか効果ないですけど。干物の動植物とか、動植物を利用したものとか」


「良いね。じゃあ、交渉成立だ」


嬉しそうな双魚宮室長に、薬術の魔女は内心で安心する。双魚宮室長補佐には「精霊信仰についてもう少し教えてください」と言われた。


×


 月官の確保ができたと補佐官達に告げると、彼らは安心した様子を見せた。補佐官2の方は「騙されてないですよね」と聞いてきたので、証拠として記入された書類を見せる。そうすると安心してくれたようだ。


 それから薬術の魔女と補佐官達は、聖人の日(セイントマス)のマーケットに出す薬を準備することにした。材料は後輩の魔術師(通鳥)友人B(交魚)の伝手を使い、なるべく安く、質の良いものをかき集める。


「1日でどのくらい作る予定ですか?」


「一杯が小銀硬貨2、3枚、大体500杯分くらいあればいいかなって思ってるけど……うちにある鍋ならそのくらいは作れる。それに作るのは原液だから、水やお湯で薄めたものの提供になる。結構たくさん作れるよ。それに日持ちするし、最悪うちで消費するだけだし」


「そうですね。利益率と想定される売り上げなどを考えるとそれくらいが妥当でしょうか」


薬術の魔女の話を聞き、補佐官2は頷いた。特に問題はなさそうだ。


「加熱できる飲料保存器(ドリンクサーバー)の用意は大丈夫ですか?」


「うん。友達が貸してくれるって。懐炉(かいろ)とか魔術式はあるけど、やっぱり冬は寒いもんね」


 書類仕事をやってくれる補佐官2と材料集めをしてくれる補佐官1のおかげで、薬術の魔女は調合するだけで良さそうだった。前もって原液の用意はするが、仮に足りなくなってしまったら困るので現場で調合するための道具の用意もしなければならない。


「うーん、もっと質の良い魔道具が欲しい」


 薬術の魔女は呟き、ふと日官に頼みに行く事を思いつく。「ちょっと道具作れないか聞いてくるー」と防毒マスクを着けて薬術の魔女は日官の研究棟の方へ向かっていった。


「……毎度着けて行きますけど、そんなに酷いんですか」

「酷いです」


困惑した表情の補佐官2に、補佐官1は深く頷く。


×


磨羯宮(俺達)以外でも製造はやってるんだよ、一応。これでも日官(宮廷錬金術師)だから」


 対応してくれた日官の磨羯宮室長は、呆れ混じりで言う。


「なんとなく」


「懐かれちまったか?」


薬術の魔女が理由を答えると、日官の磨羯宮室長は頭をがりがりと掻き面倒そうにため息を吐いた。


「これあげるから」

「そ、それは……!」


面倒がる日官の磨羯宮室長に、薬術の魔女は材料をちらつかせる。無論、道端で拾った良質な魔石や薬草などだ。


「悪魔め」


「悪魔じゃないもん」


「そうだな。あんたの伴侶の方が悪魔だったよ」


舌打ち混じりで吐かれた言葉に言い返すと、日官の磨羯宮室長はふっと息を吐いてぼやいた。


「そんなに酷かった?」


「酷かった」


「へー」


「興味無さそうだな」


「なんというか、わたしの泣き顔とか苦しんでる様子を嬉々として見てくるから。想像はできる」


 俯いて泣いていると顔を覗き込んでくるか、顎を捉えて(顎クイして)顔を上げさせるのだ。


「お前、本当にそいつが伴侶で大丈夫か?」


「のーこめんと」


「そうか。……ほらよ、魔道具を作る契約書だ。機能調査(カウンセリング)も含まれるから何度か来いよ」


「ありがとう」


 こうして、魔道具をいくつか作ってもらえることになった(出費は薬術の魔女の物品、日官の磨羯宮室長は善意で設備を整えるという体になった)。


×


 それからすぐ、薬術の魔女は夫である魔術師の男の様子がおかしい事に気づく。子供達への対応は普段通りなのに、薬術の魔女にはやや冷たいのだ。


「なんか拗ねてる」


「……貴女、他の男の元へ通って居られる様ですね」

「へ?」


 夫婦寝室で問うと、魔術師の男がじっとりとした視線を寄越した。吐き出された低い声に首を傾げるも、彼は答えてくれない。


「よりにもよって何故あの男……」

「おーい」


目の前で手を振るも、彼は反応しない。もう少し近いてみると「ぐえ」抱き止められた。思いの外強い力に思わず呻く。


「奴は人でなしで御座いますよ」


「人でなしだろうけど、道具作成と錬金術に対する熱は本物だと思うよ」


「腐っても日官ですからね」


「あと知ってる人、その人くらいしかいないし」


 抱きしめられているおかげで普段より顔が近い。やや不機嫌そうな顔でも綺麗だなぁと感心する。薬術の魔女が好きな造形であった。


「それに、人でなしはきみもでしょ。人が寝てる間色々触ってるの知ってるんだからね」


 『人でなし』発言について指摘すると、魔術師の男は少し視線を逸らす。そのまま、薬術の魔女の肩口に顔を埋めてしまった。


「……証拠は」

「勘」

「でしょうねぇ」


くぐもった声にけろりとして返すと、ため息が返される。証拠は見つけていないが、勘的に『なんかやってんなぁ』と思っているだけであった。だが、()()()()()()()()()()()()()()多分やってる。彼は天の神の采配に引っ掛かるような嘘は吐かないタイプだ。


「やきもち?」

「そうです」

「素直」


素直に答えてくれたご褒美に、抱きしめ返す事にした。ついでに背中を撫でておく。


「私も錬金術や道具製作程度、出来るというのに……」


「家で作ったものは持ち込めないからね」


 家で作ったものが利用できるならば、色々と利用したかったのだが、駄目だそうだ。友人経由で貸してもらうのも、きちんと手続きは踏んでいる。


「その上、聖人の日(まで)貴女は露店商売でしょう?」


「そうだね」


 他所の男の下へ通っている(※語弊)以外にも、彼には不満があるらしい。そう、彼の声色で察する。


「貴女と出掛けられぬではないですか」


「そういえばそうだね」


言われて、聖人の日以降は魔術師の男が儀式で宮廷にしばらく留まることを思い出した。


「……聖人の日()り前でなければ意味が無いというのに」

「なにか言った?」


何か、彼は低く呟いたが、薬術の魔女には教えてくれないらしい。


「いいえ。……まァ良いでしょう。貴女の居場所は固定されて居りますし」


「その言い方なんか()だなぁー」


自由を好む薬術の魔女的に『固定されている』と言われるのは少し嫌だった。だが事実である。


「売り物は決めて居られる?」


「うん。薬草水とか生姜湯とか」


(マグ)を持ち歩く者も居りますから、其れへの対応も考えておくのですよ」


「うん、ありがとう」


 そうして、いよいよ聖人の日(セイントマス)マーケットが始まるのだった。


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