11 室長会議と偽装工作2
最近は薬草園に足を運んだり、逃げない女官や男官達とそれとなく世間話をした。そうやって、夫である魔術師の男のアドバイスに従い第三者の目に触れるように活動する。
そのついでに宮廷内を探索することで、どこにどのような施設があるのか確認していた。
毒事件は相変わらず起こっており、昨日も新しい被害者が生まれている。だが、回復薬のおかげで大事には至っていない。その事に安心すると同時に複雑な気持ちになる薬術の魔女だった。
宮廷内をぶらぶらと歩いていると、本や墨水の匂いがしてきた。それに誘われるように足を運ぶと、広い場所に出る。外部からの採光を最小限にとどめ、ややひんやりとした空気が辺りを占めていた。
「あ、図書館だ」
好奇心の赴くまま、中に入ると——
「Cちゃん!」
「は?」
帳場に居座っていた女性に、薬術の魔女は思わず叫んだ。
「ここは図書館。魔術や儀式で扱う魔導図書もある」
「うん」
帳場横のスペースで、薬術の魔女と友人Cは話をする。
彼女は友人Aや友人Bのような、ずっと連むような友人ではないが時折話す関係性の子だった。
学生時代の薬術の魔女と図書館で出会い、共同授業の時にだけ組んでいた。卒業後に友人Cの結婚式に呼ばれたくらいの仲だ。
チャコールグレーの真っ直ぐでさらさらな髪を結い上げ、綺麗に二つのシニヨンにしている。
「私はここで図書館司書をしている」
「つまりすごい」
「そ」
薬術の魔女のあんまりな感想に動揺することもなく、友人Cは頷いた。
「今日は何用?」
「んー、一応の情報集め」
「何の」
「最近起こってる毒事件の」
「……そうか」
毒事件について言及すると、友人Cは少し表情を曇らせる。
「あなたは何もやってないのね?」
「それはもちろん。やる理由がないし」
「そ。まあそうだと思ってた」
「何か知ってる?」
「何も。……ただ、宮廷の者はあなたを疑ってるっぽいね」
「……やっぱり?」
「図書館の中は不要会話禁止。だから、本以外の情報は得られないと思う」
「そっか」
「他に用は?」
「なんの用事もない」
「そうか。何か必要になったら、また来るといい」
「うん、ありがとう」
あっさりと追い出されてしまったが、仕事で宮廷に来ているのだったと薬術の魔女は改めて思い出す。宮廷内での思わぬ出会いに嬉しくなり、その日の薬術の魔女はそのまま『蘇蛇宮』の室に戻った。
室長会議の日付や詳しい場所など、何故かしばらく経っても薬術の魔女に知らされる事はなかった。なので補佐官達に問うと、「情報統制でもされているんでしょうかね」と補佐官2がややうんざりした様子で室から出て行く。
「彼に任せましょう」
と補佐官1が穏やかに告げるので、薬術の魔女はとりあえず頷いた。
「宮廷内だときみ、あんまり部屋の外に出ないね」
薬術の魔女が補佐官1の方を向くと、
「僕の痣は、宮廷では結構目立ってしまうんですよ」
と申し訳なさそうに答えた。どうやら補佐官1は『毒蛇の血が混ざっている』と一目でわかる肌の色や鱗状の痣(特に痣)のおかげで、宮廷内では動きにくいらしい。
「……軍部ならそんなことないのに」
「軍部の方が平民が多いですし、家柄より実力主義ですからね」
眉尻を下げた薬術の魔女に、補佐官1は気にしていない様子だった。
「逆を返せば、痣さえなければ誰にでもなれるんです、僕は」
補佐官1は悪戯っぽく笑う。
「ほら、彼は珍しい銀髪の上に邪眼持ちじゃないですか。だから、『誰か』になるのは少し難しい訳です」
そう補佐官2のことを告げるが、薬術の魔女にはいまいち分からなかった。
それから。
「情報、集めてきましたよ」
と補佐官2が戻ってくる。「おかえりなさい」と補佐官1が朗らかに迎え、薬術の魔女も「おかえり」と軽く労った。
「少し、派手に動き過ぎました。あとはよろしく頼みますよ」
「はい」
何やら、補佐官同士で会話をしている。それはよくあることなので薬術の魔女はちらりと見ただけで気にしないことにした。
「室長会議の場所は2階の会議室ですね。そして日付は——」
「信憑性は?」
「邪眼を使いました。予約の裏取りもしましたし、数日で会議室の変更も難しいでしょうから、問題はないでしょう」
問う補佐官1に、補佐官2は自信たっぷりに返す。邪眼を使ったということは、人の心を読んだか未来を見たのだろうか。だが補佐官2のおかげで、薬術の魔女は室長会議に遅れないで済みそうだ。
数日後、室長会議が始まった。
宮廷内にある会議室の一つを借り、そこに宮廷医の室長達が集められたのだ。無論、薬術の魔女も呼ばれている。
室長の数名は、薬術の魔女達が時間通りに会議の場にいる事に動揺していた。
ただ、薬術の魔女には『補佐官』が付いているので、今回は補佐官2も薬術の魔女と共に室長会議に参加することになった。軍部では常に補佐官達が付いていたので、薬術の魔女は補佐官が会議について行くことに疑問は無い。だが、他の室長達には少し不評だった。『一人で会議にも出られないのか』と野次を飛ばされたが、『補佐官』は常に対象者に付いていないといけないので仕方ない話だ。
そして室長会議では案の定『最近流行ってる毒事件について』が議題にあがり、薬術の魔女は数名の室長から指摘を受ける。
「『薬術の魔女』、お前のせいじゃないのか」
それを指摘したのは、乙女宮の室長だった。確か、男官と女官に対応している部門だ。言いがかりの指摘に、薬術の魔女は夫に言われた『第三者の目がある場所にいる』重大さを思い出す。
『この日はここに居た』と証言し証拠もあると告げれば、周囲の室長達は言葉を詰まらせた。必要があれば証言してもらうこともできる。……だが。
「違うというなら解決してみせろ」
「見事解決したならば、お前を認めてやろう」
そんなことを言われてしまった。
「むぅん……」
「もう少し、細かい事情聴取が必要そうですね」
室長会議が終わり、『蘇蛇宮』の室に戻るために宮廷内を歩く。
薬術の魔女の思いの外に対応が厳しくなかったのは補佐官が付いていたからか、大人な対応をされているだけか。
女官や男官、六官達に遠巻きにされるのには割と慣れてきた。遠巻きにしない官達も居るし実害も無いのであまり気にならなくなってきた、というのが正しいだろうか。月官や日官には会わないので、彼らの反応は分からない。
廊下で固まって話をしている女官達に視線を向けると、気まずそうに離れて行った。
「なんか嫌われてるなぁ」
「……『魔女』が怖いのではないですか?」
「怖い?」
「『魔女』に何されるか分からない、ような感じでしょうか」
「わたしは攻撃されない限り、何もしないけどなぁ」
「それが分からないんですよ、きっと」
眉尻を下げた薬術の魔女に、補佐官2は軽蔑した様子でふっと息を吐く。
ともかく。『事件を解決して身の潔白を示せ』と言われてしまったので、毒事件の犯人を探さねばいけないようだ。
「どうする?」
「話を聞いて証拠を集めていくしかないですね」
「誰に聞く?」
「……月官はどうですか。唯一、誰も被害に遭っていませんし」
「ただの偶然だったら?」
「もう『天の神』に潔白を祈るしかないでしょうね」
そうして、薬術の魔女と補佐官2は月官の研究棟へ向かう。
前回は夫である魔術師の男の後を付いていくのに精一杯だったので周囲を見ていなかったが、今回は余裕を持って周囲を見る事ができた。
至る所に防御系の魔術式や、監視用らしき魔術式と魔導機などがある。道中では怪しい行動はできなさそうだ。
月官の研究棟に入ると、薬草や薬品の匂いがする。他にも古い本や墨水の匂いがした。日官の研究棟は何かしら魔導機の稼働する音が聞こえていたが、静かだ。
丁度廊下を歩いていた、強いオレンジの髪の月官に声をかける。
「なんだ」
その月官は振り返ると、服の色を見た後に不愉快そうに眉を寄せた。
「宮廷医などにする話は無いが……」
蘇蛇宮の意匠を確認し、顔を上げる。
「お前、薬術の魔女か! 会えて光栄だ。……ってことはあいつの伴侶か……苦労するな」
「宮廷医は嫌いですか?」
態度の変わりように薬術の魔女が首を傾げると、周囲を見まわした後に月官は周囲へ防音の魔術式を張った。
「星官は、医者と名乗るには烏滸がましい奴らだ。薬剤師だろう」
「なるほど」
「ところで、何の用事だ。わざわざ世間話をしにきた訳ではないのだろう」
「毒事件について聞き込みをしてます」
「……それは宮廷医の仕事……なのか? 軍人……は宮廷は管轄でないから騎士か警備の者……も厳密には管轄ではないか。……ようやく解決する気になったのか?」
毒事件について述べると、その月官は顎に手を充てる。
「騎士や警備は管轄じゃないんですか?」
「騎士は王族と政治貴族の防御の専門であって、俺達官僚は守る対象じゃない。警備は軽い試験を受けただけの力自慢だ。不審者を入れない程度が関の山。……だから、官僚専門の星官などが居る訳だが、あいつらは調剤はするが、原因の特定をしない。原因の特定をしないから今回のような毒事件が頻発する。……つまり、『薬術の魔女』の回復薬のお陰で宮廷はなんとかなっているという訳だ」
「ふぅん」
「役に立てるなら供述はするが。噂では、お前が原因だと言われているな。だが聞き込みをしているのだから、違うのだろう」
「そうです」
「それに『薬術の魔女』には『補佐官』が付けられている訳なのだから、悪事ができるはずがない」
「……そうですね」
月官の言葉に、補佐官2は曖昧に微笑む。薬術の魔女は監視の目を潜り抜け(薬術の魔女にストレスを与えた対象を)禿げさせる薬を散布することもあるのだが、言わぬが花。
「噂と言えば。お前、『伴侶から酷い目に遭わされている』と言われているが……」
月官は薬術の魔女を見、
「気に入られているのだろう」
「へ」
思わぬ言葉を告げた。
「あの男は他人に意地悪するのが趣味の奴だ。嫌いなら無視か丁寧に接するので、どちらかといえばお前は気に入られているのではないのか」
「……そういう考え方も、ありますね」
「そうか」
曖昧に笑う薬術の魔女から補佐官2へ視線を向け、月官は面倒そうに小さく息を吐く。
「ところで、他の官僚と月官で何か違う事はしてますか?」
薬術の魔女の言葉に月官は視線を動かし、
「業務以外で変わった事はしていないはずだ。……変人は多いが、日官は被害に遭っているのだろう。ならば、変人である事と被害は関係が無いということだ」
そう答えた。月官と日官は変人が多いらしい。薬術の魔女は自身の伴侶である魔術師の男も『変な人』だと思っているので深く頷く(ちなみに補佐官2は薬術の魔女のことも変人だと思っているので微妙な顔で薬術の魔女を見ていた)。
「毒事件は基本的に食堂で起こっているので、食事周辺の話を聞きましょう」
補佐官2は薬術の魔女に声をかける。それに頷き、薬術の魔女は月官を見上げる。
「食事する前にやっていることはありますか?」
「祈ることだな」
「……それだと春官が被害者になった理由がつきません」
そう補佐官2が告げると、もう一度月官は考えるように視線を動かす。
春官は国のために祭礼を司る官僚だ。いわば国の神官。なので、神に祈ってなんとかなっているのならば、春官は被害に遭うはずがないと言っているのだ。
「あとは……食事や食器の細かい消毒殺菌だな」
「消毒殺菌?」
薬術の魔女が聞き返すと、月官はやや誇った様子で息を吐く。
「人馬宮室長殿から指導されてるんだ。『宮廷魔術師たる者、身体の不調特に腹下しなどで魔術が使えぬなど言語道断』とか。尤もな意見だな。我々月官は魔術が豊富に使えるので毎日毎食の消毒殺菌は手間ではないが、他の官僚達には面倒なのではないか? 微調整しなければ食事や食器が消えてしまうし」
「なるほど」
「では、食事か食器に何かしらが仕込まれていても月官だけは無事で居られるという事ですね」
補佐官2の言葉に、薬術の魔女と月官は頷いた。
これ以上は有用な話は無いと月官に言われ、話を切り上げることにする。お礼に魔法薬を渡して、月官と別れた。
「他に月官に話聞く?」
「充分のような気がします」
それに、先ほどまでの会話の間に他の月官は全く姿を見せていない。恐らく、直接研究室に乗り込まなければこれ以上は月官には会えないだろう。仕事の邪魔をする訳にもいかないので、薬術の魔女と補佐官2は食堂に向かうことにした。
普段の食堂は注文形式で、食器は各自で取って行く。皿類及び食事は食事係が管理しており、注文した当人に届くまで第三者の手が入る隙はない。
「自由に仕込むならやっぱり食器?」
「その線が濃いでしょうね。食器を磨く係が怪しいのではないですか」
「じゃあ、次は女官や男官に話を聞かなきゃだ」
まさかの友人C初登場。
友人Aと友人Bは
https://ncode.syosetu.com/n0055he/(薬術の魔女の結婚事情)
に登場しております。
ちなみに登場したオレンジ髪の魔術師は占いツクールの『最強の魔術師作りたい企画』(https://uranai.nosv.org/u.php/novel/Pumpkincro43/)で募集したキャラ。オネエさんの月官と双子宮の室長と共に妹が作ったキャラです。
しばらくは私と妹で作ったキャラ(月官/日官)達が登場します。慣れてきたら他の方が作ったキャラが登場すると思います。




