9 資格取得2
それから、試験の日を迎える。
朝から宮廷の前で待たされた後、定刻に現れた試験官と思わしき天官に連れられて宮廷内に入った。そうして宮廷の奥の方にある、試験用の区画に連れられた。
試験用の区画の廊下には大量の扉が並んでおり、それらが全部個室であると説明を受けた。宮廷内にある個室なので、恐らく貴族用の試験会場なのだろう。平民用の試験室は別会場だったり、設置された外の会場だったりするとか。
「では、まずは予定通りに入浴していただきます。衣服による不正を防ぐためですので、ご了承ください」
予定表の通り、まずは風呂に入るよう案内役の天官に言われた。そこで指定された衣服に着替えるらしい。まず薬術の魔女が入り、その後に補佐官達が入る。案内された風呂場はいわゆるシャワールームで、湯を被ることだけができた。だがきちんと隅々まで清掃されており、新鮮な湯が使える。きっとこれも貴族用の施設なのだと薬術の魔女は察した(平民用はその横にあった施設で、恐らく公衆浴場のようなものになっている)。
脱いだ衣服は専用の鍵付き戸棚に入れておき、鍵は自身で管理する。
着替える前に、薬術の魔女と補佐官2名は対毒用解毒薬『まもるくん』をあらかじめ飲んだ。何かしらの毒や魔術などで邪魔されても対応するためである。そういう計画を薬術の魔女は聞いていないが、もしもの事を考えた。
着替えの衣服は何の飾り気のない、生成りの生地だ。病人服のように魔術の加工も無く、上下で別れており前合わせの服である。事前に薬術の魔女が確認していたものと同じ生地だったので、特に問題はなさそうだ。
全員が着替え終えたのを確認し、試験は開始する。
本来の試験では筆記だけでなく実技も行われるのだが、今回は筆記のみだ。共通問題が二日、専門の問題が一日で三日間、個室で行われる。評価は試験専門の天官がし、天の神の采配の下で公平に行うそうだ。
魔術師の男にあらかじめ「狭い個室で行われる」と言われていたので、それの対策も済んでいる。トイレ自体は個室の中にあるのだが、薬術の魔女と補佐官達は一定の位置に来た内在物を下水へ転移させるトイレの札をお腹に貼っていた。これは呪猫の上流貴族や通鳥の運搬の者が行っているもので、事前に宮廷に申請すれば使える代物である。
それから午前の試験が終了し、食事時間となる。
天官が現れ、外に出るよう戸の外から促された。廊下に出ると、同様に天官に連れられた補佐官達に会う。
「なんだか久々に会えたような気持ち」
と薬術の魔女が零すと、補佐官達は少し表情を緩めた。(恐らく薬術の魔女に過度なストレスがかかっていないか確認していた)
天官に連れられて移動した先は、小さな食堂だ。
「普段は魔獣食をする人達用の食堂ですね」
補佐官1は、不思議そうに周囲を見回していた薬術の魔女に耳打ちする。普段は魔獣を食べる(強制)月官用の食堂で、魔獣肉を調理する調理器具と他とが混ざらないようにするために分けているのだった。(魔獣肉は重篤なアレルギー症状を起こす場合があるため)
ともかく、どうやら薬術の魔女達用の食事はここで用意されているらしい。薬術の魔女達を食堂へ案内したあと、「1時間後の試験開始前までに個室の前で待っておくように」とだけ言い、天官はさっさといなくなってしまった。
「わたし、魔獣のお肉は食べられないんだけど……」
「今回は、試験者と他を分けるために貴女達はこっちに案内されてるのよ」
そこに、柔らかい声がかけられる。背の高い人物が現れたのだ。足元を見るとピンヒールを履いているようだったが、全く足音が聞こえなかった。
「鮮やかな人だ」
「ふふ、素直ね」
その目元には派手な化粧が施されており、とても目を引く男性だ。髪色も輝くような藍色でコーンロウにしていた。
「こーんな可愛らしい子が『魔女』だなんて。貴女も大変ねぇ」
「?」
「いえ、これは……『魔女』足る資格はあるわねぇ」
相手の服装をよく見、灰色の外套を纏っていることに薬術の魔女は気付く。「(宮廷魔術師だ)」
「そうそう。あなたの伴侶は、宮廷魔術師だったわね」
嫋やかに微笑み、その月官は薬術の魔女に視線を向けた。
「どんな人だったかしら。教えてくれる?」
「(……あの人室長なんだけど、知らないのかな?)」
そう思いつつも、ふと伴侶の宮廷での振る舞いを鑑みて「(自分も似たことしなきゃ)」と思い出し、薬術の魔女は眉間に皺を寄せる。
「言うことなんてありません(ぼろが出るから)」
「あらあら。そうなのね」
薬術の魔女の様子を見、その月官は一瞬だけ表情を緩めた。
「ところで、何かご用事でしょうか」
「そうだった」
補佐官2の硬い声に、その月官は自身の両手を合わせる。
「公平じゃないにおいを感じたのよね」
「公平じゃないにおい、とは」
「この食事。ちょっと『審判』しても良いかしら?」
そう月官が声をかけると、薬術の魔女達の食事を用意していた食事係が動揺する様子を見せた。それを気にせず月官は現存するあらゆる毒を検出する魔道具を取り出し、綺麗に拭いてから食事に刺す。すると、食事から毒が検出した。
「ちゃんとした食事を用意しなきゃ、でしょ?」
食事係を睨むと、食事係はもごもごと言い訳を口走る。
「毒の対策はしてますよ」
「あらあら! 宮廷の食事が信頼されてないって事よねぇ。おまけに今回は本当に毒が検出されているのだもの。どうしようもないわぁ」
薬術の魔女が『毒の混入は問題ではない』と告げると、その月官は口元に手を充てた。食事係はさらに慌て、どこか涙目になっている。
「調理師の貴方、神聖なこの場で公平性を欠いた行為について、後でお話しを聞かせてもらうわね。もちろん報告もするわよ」
至極真面目な顔で、その月官は食事係へ告げる。そこで食事係は(まだもごもご言っていたが)肩を落とした。
それから、目の前で安全確認が終わった食事を薬術の魔女達に出される。
「食物の免疫異常はないかしら。大抵は幼少期に治療されているはずだけれど……」
「大丈夫です」
「平気です」
「問題ありません」
月官が免疫異常について問うと薬術の魔女と補佐官達は問題ないと答えた。それに「良かった」と安堵し、「役目は終わったから」とその月官は居なくなってしまう。親切な人だったな、と薬術の魔女は呑気に食事を口にした。
食事を無事に終え、午後の試験が始まる。
そして何事もなく試験一日目が終了した。
試験終了の合図が鳴り、天官が戸の向こうから「問題紙を回収する」と声をかけた。
「夕食は防犯のために食堂には通さない決まりになっているので、この個室内に運ばれます」
そう天官に説明される。
それから天官は寝袋と簡易的な食事、風呂代わりの浄化装置を置いていなくなってしまった。食事はパンとスープだ。
「……毒は入ってないみたい」
すん、と匂いを嗅いでから薬術の魔女はスープを口にした。
「朝みたいなお風呂じゃない……」
浄化装置を眺めながら薬術の魔女は呟く。だが、また翌朝は入浴の予定が入っているのでまあいいかと小さく息を吐いた。
「復習とかしたくても、できないんだなぁ」
机と椅子、筆記用具と簡易トイレだけの空っぽの個室を見回し薬術の魔女は呟く。そうして簡易的な食事を終えた。それから浄化装置を起動させ全身を浄化し、食器を戸の付近に置いた後に寝袋へ入る。意外と寝心地が良い代物だった。貴族が使うような高級品なのだろう。
「これを、あともう一日分やるのかぁ」
寝袋の中で伸びをしながら、薬術の魔女は零した。
「確か……あの人が言うには、平民登用の試験では試験後に1週間サバイバルが待ってるんだっけ」
道具は用意された袋一つ分の荷物のみらしい。中身はナイフと杖、寝袋と携帯食料が7食分。
「(平民が宮廷に入るって、大変なんだなぁ)」
夫はおそらく平民として宮廷に入っているので平民登用の試験を受けているはずだ。
「(……その上で前代未聞の満点の魁星になった、って話だっけ)」
彼が言うには『加点行為を行い、減点となる行為をしなかっただけ』だそうだが。
「(執念怖……)」
身を縮めて、薬術の魔女は寝袋に潜り込む。
30分後、食器を回収しに天官が現れた。寝袋に入っている薬術の魔女を見て一瞬ぎょっとしたように身体を強張らせたが、何事もなかった様子で食器を回収して行った。
「(さっきの人達だ)」定時も過ぎているのにご苦労なことだ、と感心する。
×
翌日。
朝起きて身支度を整えたころ、天官が呼びに来た。どうやら朝食が食堂で用意されているらしい。
「今回は検査済みよ」
昨日の月官が待ち構えていた。
「公平さを欠く事態があったそうですね」
硬い声がかけられ、その横にもう一人月官が居ることに気付く。星が散ったような煌めきがある紅茶色の髪をシニヨンでまとめた、綺麗に背筋が伸びた女性だ。
「わたくし共は『天秤宮』の月官。つまりは公平を司る者です」
女性の月官は白い外套を纏っており、一目で室長だと分かる。
「それ、貴女が裁判長なだけじゃないの。アタシは普通の宮廷魔術師よ」
「……どうだか」
どうやら裁判長も兼任しているらしい。すごい人のようだ。だが女性の月官が『わたくし共』と告げたところから察するに、もう一人の月官も『天秤宮』の室員らしい。
「今日の昼食も私達が見守っておくから、安心してね」
「明日の昼食は日官が見守りますのでご安心を」
その言葉通り、3日目の昼食時には橙色の服を着た日官が見守りに来ていた。片眼鏡を掛けた、神経質そうな人だ。
試験が終了し、薬術の魔女と補佐官達はようやく解放される。
「長かったね」と薬術の魔女が試験会場の廊下で補佐官達に話かけていると、
「三日間、実にご苦労だった」
と、労りに王弟が現れる。
この王弟は王代理を務めているはずなので、「(出歩いて大丈夫かな)」と思う薬術の魔女。
「私は王代理だ。いくらでも代わりは居るので、大した価値は無いのだよ」
と返し、薬術の魔女と補佐官達の様子を確認したら帰ってしまった。命令を下した立場なので気になっていたのかもしれない。
ちなみに毒混入事件の犯人はやはりというか宮廷医だったらしい。食事係である調理師をそそのかして毒を混入させたという。毒を混入させた理由は『薬術の魔女を室長にしたくなかった』からだそうだ。毒の入手経路は薬庫。杜撰な管理のせいで盗んでも気付かれなかったのだ。
室長になったら薬庫に鍵を付けるよう進言しよう、と薬術の魔女は誓った(少なくとも薬術の方は合格点を取れる自信があった)。
それから解散し、薬術の魔女達は自宅へ帰る。
「ただいまー」と玄関に入ると、子供達(二人だけ)が出迎えた。
「あれ、あの人は?」
「おかえりー」と走り寄る次女を抱き上げ、周囲を見回す。
「ご飯作ってる」
そう長男は端的に返した。
リビングに行くと「お帰りなさい」と三男の面倒を見る次男が声をかける。その付近のソファで寝転がりながら魔導書を読む長女が「ん」と薬術の魔女に視線を向け頷いた。
「みんな久しぶりー」と子供一人一人を抱き上げ、薬術の魔女は頬擦りする。次女は楽しそうに声をあげたが、他は迷惑そうな顔をしていた。
調理場には魔術師の男が居た。髪を括ってゴム手袋を着けているので直接調理しているようだ。ちら、と一瞬だけ振り返った。「お帰りなさいまし」「うん、ただいま」
それから夕食や風呂などの身支度を済ませて子供達も全員私室へ引っ込んだ頃。
夫婦寝室で薬術の魔女は魔術師の男に試験で使われた服を見せていた。
「服もらっちゃった」
「然様ですか」
心底興味なさげの魔術師の男を見、
「ん!」
薬術の魔女は抱き付く。それを魔術師の男は抱き止めた。
「寂しかった?」
「其れは無論」
「素直になったねぇ」
「素直にならねば貴女が意地悪をしますので」
そして、薬術の魔女は久しぶりに安眠する。
自覚はしていなかったが、やはり緊張していたのだ。
×
それから合格者発表の日。
3名ともに合格点に到達していた。最高得点は薬術の魔女で、特に薬学関連は満点だったという。
よって、薬術の魔女を室長にできる条件が揃った。
それから室長の上着を王弟から賜る儀式を経て、薬術の魔女は晴れて星官の『蘇蛇宮』の室長となる。
「いつもと変わりませんけどね」
補佐官1はそう朗らかに笑い、
「私達は貴方の補佐ですから、貴方が最高得点で助かりました」
と補佐官2は微笑した。
そうして、設備に色々口出しできる権利を得た。薬術の魔女の試験の総合点を聞き、文句を言う者もかなり減った。
まだ推理のターンが来ねぇ……
これで一応前準備の話はおしまいです。
次更新する時は推理の話になる……はず!
結婚事情を執筆しながらなので、こちらの更新はかなり不定期になります。
結婚事情の更新はかなり無理してる自覚は有る。




