ことの始まり。
『薬術の魔女の結婚事情』(https://ncode.syosetu.com/n0055he/)の『第四子が生まれる話(245p)』〜『それからの話(246p)』の間の出来事。
イメージは第四子が生まれて三年後くらい。
長男 11歳、長女 9歳、次女 8歳、次男(養子) 8歳、三男 3歳 くらい。
世界観は中世ヨーロッパ+現代科学+魔術+中華風の風味
結婚事情を読んでいなくても楽しめるよう、尽力します。
『指定日より宮廷へと向かい、暫しの間は宮廷医として他の宮廷医と共に後宮及び宮廷で医者として従事すること』
珍しく自身宛てに届いた手紙を開くと、そんなことが書かれていた。
「えっ」
戸惑い眉間にしわを寄せたのは『薬術の魔女』と呼ばれる、ただの軍医である。先の戦争で戦争を終結させる兵器を作った功績により、将来は軍医中将へなる未来が確約されていた。手紙を大事にしまい、薬術の魔女は小さく息を吐く。
「……ってことで、宮廷でお世話になるっぽい」
薬術の魔女は同僚の男に、届いた手紙のことを告げた。これは情報漏洩、と言うよりは報告のようなものだ。同僚の男は軍部の人事を司っており、薬術の魔女の予定調整などを行っているのもこの同僚の男である。だから、届いた王命の話を漏らしても問題はない。
ここは同僚の男の執務室だ。なので、室内の諸々は同僚の男が調整しており、盗聴などができないように物理的、魔術的に細工がしてある。
「そーかよ。ま、やらかすなよ」
「何をもって『やらかす』になるかわかんないよ……」
あっさりとした返事に、来客用のソファに座った薬術の魔女はしょんぼりと肩を落とす。
「常識的に行動すりゃあ、まあ大丈夫だろ。……その常識が危ういんだけどな」
「なんか言った?」「いんや」
同僚の男が何かを呟いたようだが、教えてくれなかった。
「なんで宮廷に行くことになったんだろ。猫のところの当主の命令らしいんだけど」
『猫のところ』と言うと、この国に八つ存在する『古き貴族』の呪猫の家だ。占術で国の未来を視、災いから国を守る役割を持つ。そんな家の当主から、直々に指名されたらしいのだ。
「……さぁな。先が見える奴らの言うことは解らん」
「きみも鳥のところの当主じゃん」
同僚の男は『古き貴族』の通鳥の者である。本来はこうして軽口を叩ける相手ではない。だが薬術の魔女と同僚の男は気にしていない。
「その伴侶、な。……宮廷か。多分色々とおもしれーもん見れるぞ。良かったな」
言いつつ、同僚の男はいくつかの書類にペンを走らせた。
「そのいい方、なんかろくなことじゃなさそう」
「ほらよ、許可証だ。王命かつ呪猫当主様の指定なら、断れる理由なんてモンはねーよなぁ」
少し口を尖らせた薬術の魔女に、同僚の男は許可証を差し出した。受け取り、薬術の魔女は席を立つ。
「もう行くのか?」
「準備をしてからね。月に何度か帰れるらしいけど、一年くらい離れるらしいみたいだし。引継ぎとかしなきゃ」
「そーかよ」
×
薬術の魔女は自身の執務室へ戻る。だが薬術の魔女の執務室は先ほどのような軍部にはない。戦争の後に薬術の魔女専用に作られた隔離施設、通称『医術薬術開発局』にある。そこは軍用の医療品、薬や道具を開発する施設だ。
ちなみに軍部の施設で防犯や安全性はばっちりで、当然のように簡易的だがシャワーやベッドがある。
施設では大抵は上から依頼されたものを開発している。だが時折、薬術の魔女が興味を持ったものも私的に開発するので、他にも化粧品や小物類も開発している。
「おかえりなさい、許可証は貰えましたか?」
ドアを開けると、艶やかな金髪の男性が出迎えた。
「そこ、手に持ってるじゃないですか」
それを銀髪に眼鏡の男性が、やや苛立った様子で薬術の魔女の手元を指摘する。
二人は薬術の魔女に付けられた補佐官だ。
薬術の魔女は内心で金髪の方を補佐官1、銀髪の方を補佐官2と呼んでいる。
「よかった! では、引き継ぎが終わったらすぐにでも宮廷に向かえそうですね」
「遅刻なんてさせるわけないでしょう。王命ですよ」
金髪の補佐官1は無駄に良い顔を綻ばせ予定が滞りなく進みそうで安堵し、銀髪の補佐官2は呆れた様子で顔をしかめた。それぞれの反応がそれぞれらしいと思いながら、
「きみたちも着いて行くなんて、結構大掛かりだよねー」
そう零す。補佐官1と補佐官2は薬術の魔女が『戦争を終わらせた薬』を作った後から着けられた。なのでそれなりには長い付き合いだ。どうやら『薬術の魔女の補佐をするため』と言う体で着けられたらしいが、それ以外にも何か目的がありそうだった。例えば、『薬術の魔女の監視』である、とか。
「まあ、僕達はあなたの補佐官ですからね」
「当然、宮廷にも着いて行きますよ。何を仕出かすか分かりませんし」
補佐官1と補佐官2はさも当然のように頷いた。一人でのんびり、と言うわけにはいかないようだ。だけれど、少なくとも知っている人が二人も居る、と分かるのは悪いことではない。正直に言うと、少し安心している。薬術の魔女は極度な人見知りはしないが、一人では心細かったからだ。
「(……まあ、宮廷に全く知り合いが居ないってわけじゃないけど)」
内心で溜息を吐く。宮廷に知り合いが居るにしてもそう毎度会えるものではないだろう。むしろ、会わない方がいい人が居る。
「ひとまず、ここにある調合用の機材と材料は置いて行きますからね」
「えっ、そんな!」
無情に告げられた補佐官1の言葉に薬術の魔女はショックを受けた。せっかくお気に入りの機材や材料を選別していたのに。
「当たり前でしょう、宮廷は手持ち検査が厳しいんですから。それに、宮廷にも薬庫や調合用の機材はあるはずです。しばらくはそれで我慢してください」
「ちぇー」
呆れた補佐官2の言葉に、薬術の魔女は口を尖らせた。だがそれはもっともな話だった。宮廷には当然、王やそれに準ずる高位貴族達が出入りする。そんな建物の中で怪しい機材や毒にもなる薬草など、勝手に持ち込まれたらたまらないだろう。
「じゃあ、必要なのは許可証と身分証明書だけ?」
「そうみたいです」
薬術の魔女の疑問に補佐官1は頷き、「僕達も身分証だけで十分そうですね」と補佐官2の方を向いた。
「恐らく、宮廷医としての服は向こうで用意してくれるはずです。指定がないので」
補佐官2は書類に目を通しながら答える。恐らく上からの指示が書かれた紙だ。
「日付は来週ですね。このまま引き継ぎが順調に行けば、滞りなく来週から宮廷に出発できます」
「分かってるよ。引き継ぎって薬品庫の記録と鍵、他に何が必要だっけ」
予定を伝える補佐官2に相槌を打ち、引き継ぎ事項について薬術の魔女は零す。
「事務系はもうすぐ片付きますよー」
「今やっている試験の運営管理、運営責任の引き継ぎ……あとはそれくらいでしょうか」
「意外と少ないね」
補佐官1が事務系の話をし、補佐官2は試験について述べた。このままならかなり余裕を持って引き継ぎ作業が終わりそうだ。薬術の魔女が管理している試験は片手で数えられる程度であるし、そのうちいくつかは今週中に終了する。それにしばらく宮廷に行くにしても、退職するわけではないのでこの場所には戻れるのだ。何か不備があってもすぐに修正できるはず。
「帰ったら『お世話になりました』ってお菓子みんなに配った方が良いよね。何にしよう」
「気が早いです。一年くらい離れるんですから、終わり頃に考えても大丈夫でしょう。月に何度かは戻れるんですし」
早速戻った時のことを考える薬術の魔女に、補佐官2が溜息を吐く。
「僕達も一緒に離れるんですから、共同で出しましょう。その方が良い物が買えますよ」
「そうだね、じゃあみんなで考えよう」
意外と乗り気な補佐官1に補佐官2は顔をしかめた。薬術の魔女は現在在籍している職員のリストを作らないとな、と頭の端で思う。実際のところ、職員全員に配らなくとも良いのだが。薬術の魔女はできれば全員に配れたら良いな、と思うのだった。
×
それから数日が過ぎ、引き続きの作業も宮廷へ向かう準備なども全て終わらせた。あとは宮廷に向かう日を待つだけである。薬術の魔女と補佐官達は薬術の魔女の執務室で最後の確認作業を行っていた。
「宮廷に向かう日まではこの軍服で大丈夫そうです。そして、当日に宮廷医としての衣服の支給、部屋の配置などが決まるようです」
補佐官2が細かい話をしてくれる。お陰で安心して宮廷に向かう日を迎えられそうだ。代わりに準備期間中に様々なお小言を聞いてしまった訳だが。ちなみに薬術の魔女、補佐官1共々である。
おおらかな薬術の魔女と補佐官1の性格上、神経質な補佐官2に指摘されるまで気付かないことなどがいくつかあったのだ。胃薬を処方しておこうかな、と薬術の魔女の脳裏に少し過ぎる。
「……でも、僕達も宮廷に招かれるとは思いもしませんでした」
そう補佐官1は戸惑った様子で零した。
実は補佐官1は聞けば顔を背けるほどの酷い生まれの孤児だった。いわゆる、差別される側。なので、高貴な者が集まる宮廷には行けないだろうと思っていたらしいのだ。補佐官2も酷い生まれではないようだが、同様に孤児である。
「薬術の魔女に伴い、補佐官達の従事も王命に含まれていますからね。当然でしょう」
補佐官2は大して気にした様子を見せない。出自がどうであれ、『王命が下っているのならば、文句を言われる筋合いはない』というスタンスのようだ。
王命があったとしても何かしらの嫌味を言われる可能性は無いわけではない。だから、気を抜くなと言いたいのかもしれなかった。
「そういえば、宮廷って結構精神的な治安が良くないところだったね……」
聞いた話によると、悪い噂の広まりようは通鳥の郵便技術以上らしい。そう考えると、薬術の魔女達が何かをやらかせば一夜にして宮廷中に広まってしまうだろう。軍部の評価もかかっている(多分)ので、下手なことはしないに越したことはない。
「精神的な治安……ですか。まあ、言い得て妙でしょうかね。それで済めば、ですけど」
補佐官2が溜息混じりに小さく零す。
「え、それだけじゃないの?」
「それだけで済めば、貴方が毎日のように解毒薬を生成しないで済むでしょうね」
「毎日ノルマありますもんね」
驚く薬術の魔女に補佐官2は溜息を吐き、補佐官1は苦笑する。まるで、毎日のように宮廷では何かしらの毒関連の事件が起こっているかのような言い草に薬術の魔女は目を瞬かせた。
ちなみに毎日の解毒薬のノルマは軽傷用、重症用各100本程度。
「半分くらい、軍部で使うやつかと思ってたんだけど」
そして『もしものことを考えて、たくさんストックしているんだろうな』と呑気に考えていたのだ。薬品にはそれなりに使用期限があるので『いくつかは廃棄しているんだろうな、もったいないな』とも思っていたのだが、どうやら思いの外に廃棄数は少なそうである。
「軍部に納品しているのは各30本程度ですよ。70本は宮廷です」
「ひえー」
補佐官2からもたらされた真事実に薬術の魔女は『とんでもない場所に行く羽目になっちゃったな』と眉尻を下げた。軽症用と重症用が各70本。そして、半分程度が毎日のように消費されるらしい。
「それで国の運営回ってるんだよね? 怖……」
「国の運営を行っている六官……官僚達は山ほど居ますからね」
「それに貴族院の政治貴族達も、衆議院の方々も山ほど居ますもんねぇ」
腕を摩る薬術の魔女に補佐官2、補佐官1は答える。
この国の運営を行っているのは基本的には政治貴族達と官僚だ。彼らは王都と八つの『古き貴族』達の治める八つの地方にそれぞれ散らばっている。だから、本当に数名が毒物等で体調を崩したり仮に何かがあったりしていても、然程問題にはならないのだろう。
「お前さん達。政治の話は宮廷じゃああんまり口にすんなよ」
そう、呆れた声がした。声の方向を向くと、同僚の男が執務室の出入り口の前に立っていた。敬礼をした補佐官二人に「良いよ、俺は気にしてねーから。楽にしな」と声をかける。
「分かってるよ。確か、口にしただけでどこかの派閥に分類されちゃうんでしょ?」
「まー似たようなモンだな。門は立てないに越したことはない。おまけに、アンタは『薬術の魔女』だからな。アンタが味方についてると勘違いした貴族がのさばっちゃしょうがねぇ」
大丈夫と答えた薬術の魔女に同僚の男は「あんまり分かってなさそーだな。まあ良いけど」と笑った。
「まあ、そこら辺はお前達に任せた」
「承知致しました」
「心して注意致します」
ちら、と補佐官達に視線を向け、それに応えるように補佐官達は姿勢を正す。
それから。薬術の魔女と補佐官1、補佐官2が宮廷に向かう日が訪れた。部下や同僚など色々な者達に見送られ、薬術の魔女達は宮廷へ直行する馬車に乗り込んだ。
ゆっくりと軍部と医術薬術開発局の建物が遠ざかって行く。代わりに近付く宮廷は煌びやかだ。