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私は今、浮遊魔法で空を飛んでいる。
ライージュ国側の兵士から聞いた話によれば、ライージュ国の王都はこの国境からだと大体二週間はかかるそうだ。
私はライージュ国に来るのは初めてなので転移魔法を使うことはできない。それなら転移魔法の次に早く移動できるのは、浮遊魔法で空を飛ぶことだ。
オーガスト領とライージュ国の国境には森が広がっておりぜひとも探検したいのだが今は我慢だ。夢の実現のためにまずは王都に行くことが最優先である。
浮遊魔法で空へと飛び立った私の視界には広大な森。そして広大な森を越えた先には明かりが見える。兵士の話によると森を越えた先にレイズという町があるそうだ。おそらくあの明かりがレイズの町なのだろう。今日はもう遅いので町で宿を取るつもりだ。
数分後、無事にレイズの町にたどり着いた私は早速宿屋へと向かった。すでに夜は深いので町の外を歩いている人はほとんどいない。大きい町ではなかったのですぐに宿屋を見つけることができた。
「こんばんは。まだ部屋は空いてる?」
「あら、こんな遅い時間に珍しいわね。もちろん大丈夫よ。朝食ありで銀貨1枚、朝食無しだと銅貨7枚になるけどどうする?」
ちなみに銅貨10枚で銀貨1枚に、銀貨10枚で金貨1枚の価値がある。覚えやすくてありがたい。
「うーん、せっかくだから朝食ありでお願いするわ。支払いはギルドカードでも?」
「もちろんよ。ってあら!お嬢さんは随分と強い冒険者だったのね!」
「ええ、一応ね」
私は首から掛けていたギルドカードを取り出す。
ギルドカードとは冒険者登録した際にギルドから支給されるカードのことで、ここには個人情報や任務実績などの情報が入っている。ちなみに冒険者ランクによってカードの色が違うのだが、今の私のカードは銀だ。銀はBランク、金はAランク、白金はSランクという風になっている。
それにギルドにお金を預けることでいつでもこのカードから支払えるようになっているのだ。
カード同士を合わせて支払いは完了だ。
「はい、これが部屋の鍵ね。朝食は欲しい時に受付に声をかけてちょうだい」
「分かったわ。あと教えて欲しいんだけどこの町には冒険者ギルドはある?」
「あるわよ。ここを出てまっすぐ進むと冒険者ギルドの建物が見えてくるわ」
「ありがとう」
「それではごゆっくり」
――ガチャ
鍵を開けて部屋へも入る。部屋にはベッドとテーブルのみだが寝るだけなのでこれで十分だ。
私は洗浄魔法で全身をきれいにした後ベッドに転がった。
「はぁーさすがに今日は疲れたわ」
長年望んでいたとはいえ婚約破棄をされてすぐに家に戻り、家族とお別れをしてから国境を越えここまで来たのだ。
夢の実現までにはやることがたくさんあるが今日くらいはゆっくり休もうと思う。明日から頑張ると決めた私はあっという間に夢の中へと落ちていったのだった。
◇◇◇
翌朝目が覚めた私は身支度を整えて宿の食事場所へと向かった。昨日の女性は休憩時間なのかいなかったので、受付にいた男性に朝食を頼んだ。席に座って待っていると程なくして朝食が運ばれてきた。
「今日はパンとホーンラビットのシチューです」
「!」
そう言って目の前に置かれた朝食からは湯気が立っている。それにすごく美味しそうな匂いだ。
「美味しそうね。ありがとう」
「それではごゆっくり」
私は早速スプーンを持ちシチューを掬った。
(ドキドキするわ…)
平民の食事を食べることにドキドキしているわけではない。先ほどの男性は『ホーンラビットのシチュー』と言っていた。
ホーンラビットとはこの世界に存在する魔物だ。私も幼い頃依頼で討伐したことはあるが、ホーンラビットに限らず今まで魔物を食べたことがないのだ。美味しいとは噂では聞いていたが貴族階級が口にすることは滅多にない。だからまさか国を出て一日目にして魔物を使った料理に出会えるとは思ってもいなかったのだ。
――ゴクリ
(それでは早速…)
「いただきます!」
私はパクリとシチューを口にした。
「っ!」
口にした瞬間驚いてしまった。こんなに美味しい食べ物はこの世界に転生して初めてだ。ホーンラビットの肉の旨味がシチューに溶け込んでいていくらでも食べられてしまいそうだ。
(魔物料理ってこんなに美味しいの!?だめ!手が止まらない!)
そうしてものの数分で完食してしまった。パンとの相性も抜群であった。
これは是非とも作り方を知りたいと思い、厨房へ向かうとそこには先ほどの男性がいた。どうやら彼が料理人のようだ。ぜひ作り方を教えて欲しいとお願いすると快く教えてくれた。
作り方を聞くと大体私が知っているシチューと同じであったが男性が言うには一番大切なのは肉の扱いで、魔物の肉は新鮮であればあるほど美味しいのだそうだ。今日のシチューに入っていたホーンラビットも昨日の夜に男性が自ら狩ってきたらしい。
私は男性にお礼を言って宿屋を後にした。