32 ベルフィーナ視点
「はい。私は王太子殿下との婚約を破棄したいです」
「婚約解消ではなく婚約破棄でいいのか?婚約解消であればお互いの合意の上ということになるが、婚約破棄だとたとえあちらが有責であってもベルフィーナにも非があるとされてしまうぞ」
「もちろん分かっています。なのでお父様やお母様には申し訳ないと思いますが、それでも私は婚約破棄がいいのです。今までは婚約者の務めとして我慢してきましたが、本当は私怒っているのです。どうして私があのような扱いを受けなければならないのかと」
この婚約は王家とイグサン公爵家の政略であるし、相手が王太子である手前どんなに疎まれ罵られても家のためにと我慢してきたが、本来の私はちゃんと公爵家の令嬢としての矜持を持っている。それを散々傷つけられてきたのだ。許せるわけないしそんな相手とは結婚などしたくない。もちろんそれこそ公爵令嬢としての義務を放棄するようなものだが父が味方してくれるのだ。あんな男と結婚するくらいなら私自身に傷がつくことを選ぶ。それに私は…
「ベルフィーナの考えは分かった。私もあの王太子では今後が不安だと思っていたところだ。それに王家には本来王太子になるべきフェルナンド殿下がいらっしゃるんだ」
「っ!…ええ、その通りです。第二王子殿下は非常に優秀で人望も厚い方ですから」
「それにベルフィーナは今でもフェルナンド殿下を慕っているのだろう?」
「なっ、お、お父様!?ど、どうしてそれを…」
「それくらい私でも分かるさ。レティと王妃様は仲がよかったからな。だから幼い頃はよく遊んでいただろう」
レティとは私のお母様だ。お母様と王妃様は親友同士だということもあり、私と第一王女であるアリステラ殿下とフェルナンド殿下の三人でよく遊んでいた。そして本来なら私はフェルナンド殿下の婚約者となるはずだったのだが、そこで国王からの横槍が入った。国王の寵妃である側妃様との間に生まれた第一王子との婚約を命じられてしまったのだ。
側妃様の生家は男爵家なので後ろ楯が弱いことから公爵令嬢である私を婚約者にして第一王子を王太子にしたかったのだろう。ちょうどその頃はアリステラ殿下の婚約が調ったばかりだったこともあり、国を乱すわけにはいかないと第一王子との婚約を受け入れるしかなかったのだ。
私はずっとフェルナンド殿下と婚約するものだと思っていたのでひどく悲しんだのを今でも覚えている。それでも貴族として生まれた以上、なんとか自分の中で折り合いをつけ淡い恋心を心の奥底に仕舞ったのだ。それなのに父に気づかれているとは思いもしなかった。
「…でも私は婚約破棄により傷物になります。それに第二王子殿下が私と同じ気持ちかなんて分かりませんから…」
「そうか…。ベルフィーナの気持ちは分かった。後の事はその時に考えればいい。ひとまずすぐに婚約破棄できるように準備を始めよう。先日話を聞いてすでに証拠集めは終わっている。あとは書類にベルフィーナのサインをもらったら、私の方で国王と話し合ってこよう」
「!…さすがお父様ですね。分かりました。私はどちらにサインをすれば?」
「ああ、今用意するから少し待っていてくれ」
私はその後すぐに書類にサインをし、父の執務室を後にした。つい数時間前までは終わりの見えない暗闇の中にいたはずなのに今は周りが輝いて見える。
(勇気を出してあのお店に行ってよかったわ)
あの人の言葉がなければ今も暗闇をさ迷っていただろう。私にとって彼女は光の女神だ。
まだ無事に婚約破棄ができたわけではないが、父が動いてくれているのだ。何の心配もいらない。
ただ婚約破棄が成立すれば私はもう結婚することなどできないだろう。よくてどこかの後妻として娶られるくらいだ。間違ってもあの人と結ばれることはない。そう思うと心の奥底に仕舞ったはずの恋心がなぜか痛むような気がしたのだった。
◇◇◇
それから半月後、王太子であった第一王子との婚約破棄が無事に成立した。それと同時に第一王子は廃太子になり、フェルナンド殿下が王太子となったのだった。
そして晴れて婚約者ではなくなった私のもとに大きな花束を持った彼が跪いて求婚をしてくるなど、夢にも思っていなかったことが起きるまであともう少し。




