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それからは王妃教育という名の訓練の日々だった。マナーや歴史などの座学も多少あったがやはりメインは剣と魔法。王妃になるための教育ではあるがせっかくの機会だからとたくさんのことを学んでいった。空いてる時間も城の図書室で魔法の本を読んだりして知識を身に付けていった。
第一王子は相変わらずというより年々ひどくなってきている。
一応私という婚約者がいるにも関わらずいつも他の令嬢達と楽しそうに過ごしている。まぁ私からすれば歓迎なのだが。
それに王太子教育もあまり進んでいないそうだ。それでも第一王子が王太子となることが決まっているのは、ただ単に生まれた順番で王位継承権が与えられているからだ。
この国の王家には王妃の決定方法や王位継承権など改善するべき点があるように思う。第二王子は一つ年下だが非常に優秀だと聞く。できるなら第二王子が王位に就いてこの悪習を変えて欲しいなと思うのだった。
そして私は十五歳になると学園に入学した。第一王子の婚約者となって七年が経つがいまだにめぼしい令嬢は現れていない。学園にいる三年の間に第一王子には素敵な出会いをしてほしいものだ。
そしてそんな私の願いが叶ったのか、入学してから少し経った頃一人の令嬢が遅れて学園に入学してきた。
「エリン・コスターです!よろしくお願いしますっ!」
彼女は私達と同じクラスになった。ちなみにクラスはAからCクラスまであり、成績が優秀な順でクラスが編成されている。私達はCクラスで一番下のクラスだ。私の本来の成績であればAクラスなのだが、学園内でも王妃教育が実施されているので必然的に第一王子と同じCクラスにされてしまった。
そして彼女、エリン・コスター男爵令嬢は少し前まで市井で暮らしていたそうだ。コスター男爵の愛人の娘で、男爵夫人が亡くなったのを機に愛人とその娘を家に迎え入れたらしい。
市井で育ったからか貴族令嬢としてのマナーはなっておらず令嬢達は眉をひそめていたが、令息達はその飾らない姿に好感を抱いた者が多く、その中には第一王子も含まれていた。
どうやらコスター男爵令嬢は向上心のある令嬢らしく、彼女に近づく令息の中で一番上である第一王子との仲をどんどん深めていった。
そして目の前で二人の仲が深まっていく光景を見守ってきた私は時が来たと家族に協力を願い出ることにした。
◇◇◇
ある日の夜、オーガスト辺境伯家。
婚約者となってからは家に帰ることも許されていなかったので、こうして家族とゆっくり会うのは七年ぶりだ。
「お久しぶりです」
私は城の自室からオーガスト領にある屋敷まで転移した。家に帰ることが許されていないだけで帰る方法はちゃんとあるのだ。ただなんの連絡も無しに突然食事の場に現れた私に家族はとても驚いていたが。
転移魔法は行ったことがある場所ならどこにでも転移できるのでとても便利なのだが、高度な魔法のため使える人はほとんどいない。ただ私は生まれ持った才能と前世の記憶による柔軟な思考で使えるようになったのだ。才能と記憶に万歳である。
転移魔法を使ってここまで来たことを家族に説明し終えたのでさっそく本題に入る。
「あのねお願いがあるんだけど…」
「はははっ!ルナリアのお願い事ならどんなことでも大歓迎だ!」
「ええ。ルナちゃんの望みなら王家でもなんでも潰してあげますよ?うふふ」
「あのルナからお願い事をされる日が来るなんてっ…!任せて!兄さんがすべて叶えてあげる!」
「…」
この返答でお気づきだと思うが私は家族からとても愛されている。私が第一王子の婚約者になったと決まった時は、家族を宥めるのが一番大変だったのを今でも覚えている。
(まぁだから家族は絶対に協力してくれるっていう自信はあったんだけどね)
母が言うようにオーガスト家が本気を出せば王家を潰せるほどの力を持っている。だけど私は婚約破棄がしたいだけで国と争いをしたいわけではない。
それを踏まえて私の考えを家族へ伝えた。
「…噂では耳にしていたが第一王子はそこまで愚か者なのか」
「おそらく母親である第一側妃様の影響ですね。あの方はグラシオン国の王女でしたから」
「なるほどな」
「でもルナちゃんからのお願い事って本当にそれでいいの?何だか物足りないわ」
「そうだよルナ。"何もせずに見守って欲しい"って…」
「はい。私が婚約破棄されるまでは静かに見守ってもらえればと」
「でも…」
「あ、実はあともう一つお願いが…」
「なんでも言ってみろ」
「なにかしら?」
「なんだ?」
食い気味の家族に笑いそうになりながらも私はもう一つのお願い事をした。このお願い事にも最初は家族も難色を示したが、どうしてもと可愛くお願いしたら仕方がないと受け入れてもらえた。無事に婚約破棄された時にはこのお願い事を実行してもらう予定だ。
そして後はその日が来るのを待つだけだ。
しかし学園生活も二年が過ぎ、三年目になっても婚約破棄されることはなかった。第一王子とコスター男爵令嬢の仲は間違いなく深まっているのに。
さすがにまずいのではと焦りそうになるが賭けになることは最初から分かっていたのだ。だから私は最後まで諦めずに待ち続けた。
そしてやってきたのだ。
私が十年の間待ちに待ったその時が…