見放された村-2
ティナが芋の皮を剥いていくと、女の子達と数人の男の子が楽しそうな声を上げた。
「はやーい!」「すごーい!」「ふぃりねぇみたーい!」
「ありがとう!」
ナイフの扱いには慣れた方が良いと思い修業した成果に、喜びと共に身体が震えた。
(わたしがなんとかするからね――黒)
まだ遠い仇のことを思い浮かべていると、食堂の方から賑やかな声が聞こえてきた。食堂ではルシノが料理を手伝えない子ども達の相手をしている。ティナがふと周囲を見渡すと、なにをしているのか気になるのかみんながそわそわしていた。
(んー……)
「みんな、いってきていいよ?」
ティナの言葉に一斉に「いいの!?」と振り向かれる。昔馴染みの少年以外に同じくらいの年の子と関わってこなかったティナは、素直な子ども達の反応に思わず笑った。
「うんっ、ごはんのしたくはなんとかするから、だいじょうぶだよっ」
「わーい!」「ありがとー!」
食堂から走り去っていく背中を見送る。ルシノの驚いた声が聞こえてすぐ、なにかが倒れた音が聞こえて少し心配になったが、ルシノなら大丈夫だと思い食材に向き直った。
ノクシルの家と違うのは台所だけではなかった。ノクシルの家はどこの国にも属していない森の奥にあるため、料理は茸や果物を使ったものが多かった。森の賢者として親しまれているノクシルの元に訪れる客人は多く、手土産として肉や野菜を持ってこられることも日常茶飯事で、食べるものに困ることはなかった。
ティナは皮を剥き終えた芋を少し大きめに切ると水に浸けた。別の容器には既に丁寧に泥を落とした皮が水に浸してある。くつくつと沸かしていた鍋に持ち込んでいた干し肉を入れ、一息吐いた。
森の奥の家の方が、村中にあるここより食材に困らないという状況に、ティナは違和感を抱かずにはいられない。
(おしろのごはんは、どうだったっけ?)
芋は出てきても皮が出てくることはなかった。ノクシルと共に生まれて初めて台所に立った時に、初めて皮も食べられるということを知ったのだ。何故城では皮が使われなかったのか疑問に思っていると、内心の疑問を察したノクシルは言った。
――「味の問題もありましょう。王族に出すものは上質な物でなければなりませぬ。けれど庶民では口にする物を捨てられるほどの余裕を誇示するという意味合いがある場合もありまする」
(うーん……やっぱりよくわかんない)
出来ることをしないのは嫌いだ。勉強も復讐もやるからには全力でやりたい。ノアは「力配分は大切だよ」とよくティナを諭していたが、そう言ってティナを抑え込もうとするところだけは好きになれなかった。
(おいしくないからたべないのはわかるけど、ぜいたくなのをみせたくてすてちゃうのは、わかりたくないな)
腕を組み唸る。傍から見ると、目の前におやつがあるのに飼い主に理不尽に待たされている子犬のような姿だった。
そんな姿を見て、子どもにしては深刻な考えごとだと分かる人はまずいないだろう。台所に足を踏み入れたフィリスはティナの頭を撫でると鍋を覗き込んだ。
「あれっ? どうしたの? その肉」
「! ここにとめてくれるおれいをしたくって。だめだった?」
フィリスはきょとんとして、すぐ、「ありがとうっ」と笑った。
「肉なんて久々だから、あの子達喜ぶと思う」
「よかったっ」
ティナもフィリスに続いて鍋を覗き込む。フィリスの傷付いた表情は鍋の縁に切り取られ、ティナの瞳には映らなかった。
⁂ ○ ⁂
芋と少しの肉が入ったスープが出来上がる頃、ティナはふとフィリスと出会った時のことを思い出した。
「あのやけんのにくは、みんなでたべないの?」
野犬の毛皮と精獣石は使い道がないということで譲ってもらったが、精獣から助けてもらったお礼として、野犬の肉のほとんどはフィリスに渡していた。その肉を夕食に使うのかとティナは思っていたのだが、共に支度してた子ども達から「わたしたちのごはんは、いっつも、ぐひとつのスープだけだよ」と言われ、疑問を抱きながら芋を剥いているうちにその疑問がどこかに飛んで行ってしまっていた。
フィリスは苦笑し、ティナの疑問に少し恥ずかしそうに答えた。
「肉はよく売れるから、村長とか他の家優先になっちゃうんだ。食べさせてあげたいとは思ってるんだけどね」
夕食の支度を子ども達に任せてどこか行っていた理由を知ったティナは首を傾げた。
「なんでうっちゃうの?」
「税金って分かる? 国に払うお金のことなんだけど」
ティナは頷く。自分達が生きるために使われているお金だと、国民達の大切な物を分けてもらっているのだと、ノアから聞いていた。
「そのお金は城から遠い場所に住んでる人ほど、たくさん払わなくちゃいけないんだ。ここは国の端っこでしょ? だから、この国で一番、国に払わなくちゃいけないお金が多いんだよ」
「? とおいんだからやすいほうがいいんじゃないの?」
「ね、あたしもそう思うんだけど、多分なんか理由はあるんだよ」
言外に「あたしなんかには分からないけど」と言っているのがティナにも分かった。
「だから、お金が必要なの。あたし達がここに住み続けるために」
「それでいいの?」
「それしかないんだ」
言い聞かせるような――言うことを聞かせるような、声色だった。
「……ごめんなさい。おかね、そんなにもってなくて」
旅に出る時にルシノと様々な決めごとをした。そのうちの一つが、お金の管理はルシノに任せることだった。ルシノはティナを守るために旅に同行してくれている。あわよくば復讐を止めさせようとしていることにも気付いていた。そんな優し過ぎる同行者に、ただでさえどうなるか分からない旅の行く末の不安を煽るようなことはしたくなかった。
自分達とフィリスが協力すれば、今より容易にお金を稼ぐことは出来るだろう。野犬の狩りも容易になり、フィリスかルシノが精獣石を買い取ってくれる場所まで出向いている間の留守も子どもだけに任せなくて良い。ルシノの知識を活用すればより効率良く稼げるだろう。
(だけど――)
そのためには、自分達はここで生活しなければならない。
ティナの旅の目的は、ただ一つ。
どれほど仲良くなろうと、なんとかしたいと思っていても、後悔するとしても。
復讐を達成出来ない選択をするつもりは毛頭なかった。
「気を遣わせちゃったね」
フィリスが明るく笑い飛ばす。今のティナに出来るのは、スープを器に注いでいくことだけだった。