見放された村-1
三人がマタビ村に着く頃には夜になっていた。どこからか漂う良い匂いにティナの鼻がひくつくのを微笑ましく見ながら、ルシノは村の様子を見回す。城から離れている村の特徴がありありと見てとれる光景に、漏らしたくなった溜息を飲み込んだ。
(毛皮や精獣石を買い取ってくれそうな店はないな)
肉が焼ける匂いを漂わせている家はごく一部で、他の家は明かりすら灯っていないところが多い。普段人が来ない村なのだろう、玄関の前で膝を抱えている子どもが数人いるが、どの子ども達も余所者の二人を関心なさげに眺めるだけで、「物を買ってほしい」「物を分けてほしい」とせがんでくる様子はない。
「安値の宿はある?」
「宿自体ないかな」
「そっか――はっ!?」
あまりにも軽く返された言葉の意味に気付くのが遅れた。ルシノが振り向くと、目が合ったフィリスは苦笑した。
「こんなとこで宿屋なんかやっても儲からないでしょ?」
「それは、……」
「そうだけど」と続けようとした言葉を飲み込んだ。余所者の自分が言って良い言葉とは思えなかった。だがフィリスが言うことは尤もだとも思った。
「わたしたち、どこでねむればいいの?」
首を傾げるティナに、ルシノはなんと言って良いのか分からず肩を引き寄せる。小さい身体から感じる温もりになんとなく落ち着くと、ふと思いついたことが口から零れていた。
「君の家に厄介になっても良いかな?」
「んっ?」
フィリスは一瞬固まると、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「おいでおいでぇーっ! 元々そのつもりだったんだからっ」
「ありがとう、ふぃりす!」
ティナの言葉と笑顔に、フィリスは笑みを深めると「今日のごはんはなににしよっかなっ?」と軽くスキップした。
⁂ ○ ⁂
二人が行き着いたのは古びた施設だった。
「たっだいまぁ~っ」
扉を開け放ち入って行くフィリスの後ろに慌てて続く。
(べん、むらのそとでまっててもらってよかった。なんか、このむら、へんなかんじするもん)
小さい子ども一人を優に持てる大きさの鷹を村に入れるわけにはいかず、村の外で一羽お留守番となったヴェンに想いを馳せていると、どたばたと足音が響き渡った。
「ふぃりねぇおきゃえりぃ」「おかえりんしゃーい」「ふぃりす、おかえり!」「ふぃりすー!」「ごはんだごはんだーっ」
奥から一気に駆け寄ってきた子ども達を、フィリスは笑いながら迎えた。
「ただいまぁーっ」
子ども達は笑いながらフィリスを囲い込むと、色とりどりのくりくりした瞳をティナとルシノに向けた。
「このこたち、だぁれ?」「あたらしいかじょく?」「しんじゃんもの?」
(参ったな)
ルシノが笑みを貼り付けながら考えを巡らせる。さっきはフィリスの意識を逸らすことに成功したが、相手が数人の子ども達となるとそうもいかない。この場で逸らせたとしても、ふとした時に「そういえば名前を聞いていなかった」と気付かれてしまうだろう。ティナを見遣ると、ティナもなんと返せば良いのか考えているのか、「えっとねー」と困った笑みを浮かべていた。
フローティナ=ルーナ=ティルムは兄王子と共に死んだ――ティナがノクシルの家に運び込まれて数日後に、その知らせがノクシルの元へ届いた。「森の賢者の元へ向かう道中、土産話にと立ち寄った海で崖から足を滑らせた」「数日経ち遺体が上がらなかったことから、悲しいがもう生きてはいないと判断された」――遣いの者達は淡々とそう述べると、国へ去った。
ルシノに隠れさせられていた王女に、気付くことなく。
(顔を見ても、フィリスは白姫と気付かなかった。このまま隠し通すのが一番だ。情報はどこから漏れるのか分からない。それに――)
フィリスが根っからの善人だった可能性を考え、ルシノは眉を顰める代わりに奥歯を噛み締めた。
「誰か、言い辛いのかい?」
「――っ」
フィリスは――心配そうな表情で、ティナとルシノを見比べていた。
「なんでなんで?」「おなまえないのぉ?」「へんなのー」
疑問を口にし出す子ども達に、フィリスは困った笑みを浮かべる。
「ここは国の端っこの村だから、色々生きることに大変な人がたまーに来るんだよ。ナッチュだって、名前は先生が付けてくれたでしょ? ない人も、なかったことにしたい人も、色々いるんだよ」
「ふぅん?」「たいへんなのー」「いろいろなのぉ」
「そ、色々大変なの。というわけで、嬢ちゃんと兄ちゃんはお客さんです。お客さんにはぁー?」
「「「「「「「「おもてなしー!」」」」」」」」
子ども達の元気な声が同じ言葉を紡ぐ。女の子達はティナの手を取り、男の子達はルシノの背中を押すように、奥の部屋へ連れて行く。先導していた子ども達が扉を開けると、花の香りがみんなを包み込んだ。