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新たな出逢い-2

「あたしはマタビ村のフィリス。嬢ちゃんと兄ちゃんは?」

 少女――フィリスが岩から飛び降りながら訊く。ティナは「それより」と話題を逸らした。

「あのせいじゅうはどうなったの? あなたがころしたの?」

 ティナの率直な物言いに、フィリスはきょとんとした後面白そうに笑った。

「うんっ、あたしが殺しました! 殺さないと殺されちゃうからねっ」

「だいじょうぶなの?」

「ん?」

 フィリスが地面に膝をつく。目線が近くなったフィリスに、ティナは心配そうな表情を向けた。

「せいじゅうって、ころしてもだいじょうぶなの? あなたがのろわれたり、しない?」

 ティナの心配が心からのものと分かったフィリスは、不安を吹き飛ばすような快活な笑みを浮かべると、優しくティナの頭を撫でた。

「精獣をイジめると呪われるっていうのは、オトギバナシだよ」

「そうなの?」

「そう言わないと、ちっこい精獣をイジめるちびっ子がいるからね。だからあたしは大丈夫。モチロン、嬢ちゃん達も」

 フィリスの言葉にティナは胸を撫で下ろす。そんなティナをフィリスが温かい気持ちで見つめていると、翼の音が飛び込んできた。二人が振り向くと、ヴェンが元気良く翼を羽ばたかせていた。

「べんっ!」

 ティナは駆け寄ると、ヴェンの胸元に思い切り飛び込んだ。

「よかった。べんがぶじで、ほんとうによかった」

 涙ぐんだ声に、ヴェンが安心させるような声を掛けながらティナの頭に顔を寄せた。そんな一人と一羽を見ながら、フィリスはヴェンを治療していたルシノに歩み寄る。

「嬢ちゃん、精獣は初めてだったのかい?」

「……はい」

「そっかそっか。どーりで」

 フィリスの言い方にルシノが眉を顰める。表情が変わったことを知ってか知らずか、フィリスは言葉を続けた。

「兄ちゃんは精獣と対峙するの初めてじゃないでしょ? 嬢ちゃんが飛び出さなかったら――嬢ちゃんがこの場にいなかったら、殺す気マンマンだったんだろうなぁって」

「……」

「あっ、殺すことが悪いなんて言わないよ全然っ! どうせ向こうから出てきたんでしょ? 『ごはんだぁっ』って殺気がハンパなかったもん」

「……」

「嬢ちゃんの前で殺すのが気が引けた?」

「……」

「嬢ちゃんが近くにいたら巻き込んじゃうもんね」

「――っ、……」

 真意が掴めず無言を貫くルシノに、フィリスは首を傾げると、「あっ!?」と声を上げた。

「まさか……兄ちゃん、耳が聞こえないお人?」

「……聞こえています。さっき答えたでしょう」

 渋々返すと、フィリスは「たしかにっ! なぁんだ、良かったっ」と明るく笑った。

 フィリスの嘘や下心を感じられない雰囲気に、ルシノは少しだけ警戒を解くことにした。

「失礼な態度をとってすいませんでした。俺達、旅をしてて、それで、」

「はっ、なるほど! それは警戒しちゃうよねっ」

 フィリスは頷き、納得しようとして首を傾げた。

「じゃあなんで精獣をなんとかしなかったんだい? 殺せなくてもなんとか出来るでしょ? 珍しいモンでもないし。あっ? でも嬢ちゃんは初めて精獣見たって言ってたっけ? んっ? 旅立てホヤホヤ?」

「……元々は俺だけで、あの子と旅するようになったのは最近なんです」

 ノクシルと共に森奥に暮らしていたルシノと違い、ティナはずっと城にいた。時折城下町へ下りていたが、それでも王都の外には行ったことがなかった。精獣は精霊の影響を強く受けたモノ。精霊は自然と共にある。整備された王都では精獣はおろか、精霊すら目にする機会はない。

「なんで旅してるんだい?」

「……俺の質問にも答えてもらって良いですか?」

 納得したフィリスが、ルシノの言葉に「なんだい?」と言いながら首を傾げた。ルシノの目が鋭くなる。

「何故、あの子が近くにいると精獣を殺す時に巻き込んでしまうと思ったんですか?」

「……」

 フィリスは――きょとんと、首を傾げ直した。

「兄ちゃん、薬でなんとかしようとする人でしょ?」

「――何故、そう思うんですか?」

 口の中が渇く感覚に、思わず生唾を飲んだ。

(警戒を解くのは早かったか……?)

 ルシノがすぐに太腿のホルダーに手を掛けられるように体勢を変えようとした時、フィリスは焦った声を出した。

「見えるだけだよっ、大丈夫大丈夫っ、薬のこととか誰にも言ったりしないからっ!」

「――っ」

 動きが読まれたことに身体が硬直した。

 動かなくなったルシノにフィリスがどうすれば良いのか分からず困惑していると、ティナが駆け寄ってくるのが見えた。視線を奥に向けると、黒色の瞳の鷹と目が合う。フィリスを探るように見ていたヴェンは軽く鼻を鳴らすと、空高く舞い上がった。

「べんがね、ふぃりすのむらにはやくいけって」

「もう日が暮れるもんね。賢い子だ」

 フィリスが眩しそうにヴェンを見上げる。ティナは恐る恐る、そんなフィリスの指先に触れた。

「……ありがとう、わたしたちをたすけてくれて」

「――どういたしましてっ」

 フィリスはニカッと笑うと、ティナの頭をぐしゃぐしゃと撫でくり回した。

 ルシノはティナの楽しそうな悲鳴に静かに息を吐くと、腰のホルダーから試験管を手の中に滑り込ませ背筋を伸ばした。

「良かったら案内してもらえませんか? マタビ村には行ったことがなくて」

「――あたしの言うことを聞いてくれたら、良いよ」

 フィリスの表情が鋭くなる。ルシノは試験管を静かに握り締めた。


「兄ちゃんが敬語止めてくれたら、案内してあげる」


「……は?」

 予想外の要望にルシノが素っ頓狂な声を出すと、あまりにも間の抜けた声にティナは思わず噴き出した。肩を震わせぷるぷるしているティナを、ルシノは赤い顔で、フィリスは楽しそうに笑みを浮かべて、それぞれ見つめる。

「似合ってないもんねっ? 兄ちゃんの方が年上なんだし、ムリしなくて良いのに」

「……似合ってない、か……?」

「「うん」」

 ティナとフィリスの声が重なる。二人は顔を見合わせると、悪戯に成功した姉妹のように笑い合った。

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