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新たな出逢い-1

 ルシノが岩の陰から痺れ苔を撒くと、野犬は鳴き声を上げることなく次々と倒れた。

「おー」

 感嘆の声を漏らしたティナにルシノは苦笑を零すと陰から出た。倒れている野犬へ歩み寄ると、ナイフを取り出し次々と素早く止めを刺していく。全ての野犬が無害になったことを確認し毛皮を剥いでいると、いつの間にかそばまで来ていたティナが好奇心に満ちた目でルシノの手元を見ていた。

(今は死んだことにされてるとはいえ、一応お姫様だから、あんまりこういうのは見せたくないんだけどな)

 だが旅に金銭は必須である。道中で金銭を入手するには売れる物を入手出来るタイミングで入手するしかないのだ。幼い少女の前で動物を捌くことになったとしても致し方ない。

「わー」

「……」

 ティナの楽し気な声には聞こえなかった振りをしつつ処理を続ける。

 ティナはしばらくは珍しい光景をわくわくした心持ちで眺めていたが、ルシノが五匹目に取り掛かる頃にはすっかり飽きてしまい、立ち上がって大きく背筋を伸ばした。周囲を見渡す。王都から最も遠い場所だからか、道だけでなく生息している生物も荒んでいる気がした。

「ピィー――ッ!」

 空から降ったヴェンの声で、殺気が自分に向けられていることに気付いた。振り向くと、ヴェンの声に反応したのだろう、一匹の獣がどこからか二人から少し距離がある岩の上へ降り立った。

 猪のような外見だった。大きさは先ほどの野犬の比ではない。更に異様なことに、猪の牙は宝石のように黒く輝いていた。

「ルシノ……」

 ティナの固い声色に黙々と作業していたルシノは振り向くと、目を見開いた。

「……精獣せいじゅうだ。ティナ、下がって」

「え?」

 緊張感を孕んだルシノの声色に戸惑っている間に、ティナの身体は素早く前に出たルシノの陰に隠されてしまった。

 猪の精獣は血の匂いに興奮しているのだろう、肉食獣が獲物を見るような目でルシノとティナを凝視している。

(まずいな……)

 精獣は精霊の影響を受け過ぎた存在だ。元が生物とも限らず、影響を受けたものの多くが獣の姿へ変わることから精獣と呼ばれる。精獣という名前から穏やかで平和的というイメージを持たれがちだが、実際は精霊の影響を良くも悪くも反映している存在だ。

 正面の猪の精獣からは、到底良い影響を受けたとは言い難い殺気が迸っている。

 ルシノが太腿のホルダーに手を伸ばそうと僅かに身を屈めると、猪の精獣が岩の下へ飛び降りた。ルシノが動きを止めると、精獣は突進の構えをとったまま動きを止めた。

「……ティナ、ヴェンに下りてきてもらって」

「で、でも」

「ティナ」

 なるべくヴェンに頼りたくないティナの気持ちはルシノにも分かっている。だがこのままでは、自分はおろかティナまで無事ではすまないだろうことも分かっていた。

 ルシノの様子で察したティナは頷くと、ヴェンを呼ぼうと口を開け――精獣が、咆哮した。

 空気砲のような咆哮に、正面で対峙していたルシノは耐え切れず膝をつく。

「――! べんっ!」

 気付いたティナが叫んだ直後、激しく震えた空気にバランスを崩したヴェンが地面に叩きつけられた。

 二人の人間の前に落ちてきた痛みで動けない鷹に、精獣が殺気の矛先を変える。


 ――「白」


(やだ……もう、わたしのまえでかぞくがいなくなるのは、いやっ!)

 咄嗟に駆け出したティナの耳にルシノの声は届かなかった。駆けながら太腿のホルダーからナイフを取り出す。ヴェンの前に飛び出し、ナイフを構えようとして――目の前で大きく開かれた口に、一瞬で絶望が押し寄せた。


「危なぁーいっ」


 緊張感のない明るい声と共に、硬い物を粉砕する音、続けて重いものが地面に落ちた衝撃が、響き渡る。

 ティナは目を擦り、改めて目の前の現実を見る。

 ――砂埃の中、猪の精獣がひしゃげた頭をティナに下げていた。ブラックオニキスのような牙は根元から取れ、地面に転がっている。

 一瞬で変わり果てた精獣の姿をティナが呆然と見つめていると、すぐに精獣の色が薄れていった。色が消えていく身体が次第に向こうの景色を映していく。最期に、精獣の瞳から一筋の雨が伝うと――精獣の姿は陽炎のように揺らめき、消え去った。

「――」

 幻想的で、どこか残酷な精獣の最期の姿に見蕩れていたティナに、「いやぁー良かった良かった」と声が降ってきた。

 精獣の頭に拳を入れた反動で飛び移っていたのだろう。精獣が乗っていた岩の上に、一人の少女が立っていた。

「わざわざこんなところにいるってことは、もしかしてうちの村にご用かい?」

 少女がしゃがみ込む。

 黄色と青色の瞳に白銀を映すと、少女は「久々の客人だ」と嬉しそうに笑った。

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