9.初めての試合
大会当日、千葉県サンレイク鶴舞ゴルフクラブ
5380ヤード PAR72
「やっと今日が大会だ。すごく楽しみ~」
「麗奈ちゃんは元気だな~。俺は自分がやるわけではないのに緊張してきたよ。」
「こばさん!お前が緊張してどうすんだよ。麗奈!楽しんでゴルフしてこいよ!」
「うん。麗奈がんばってくる。優勝したら焼肉ね。」
大会には12名の小学生がエントリーしており、上位4名までは東日本決勝大会へと進むことができる。
3名1組でスタートをしていくが流石に帯同キャディを付けているのは麗奈一人だったので、他の選手のざわつきが聞こえてくる。
「なに、あの子。見たことない子だけど、キャディ付けてるよ!ほんとだ―すごい上手いのかな~?」
「キャディ付けてるくらいだから上手いんでしょ。これで下手だったらマジウケる~」
「麗奈ちゃん大丈夫?」
「う、うん大丈夫だよ、こばさん」
「じゃあ次が麗奈ちゃんの番だからね。がんばって!」
「はじめてだ、同じ年の子と回るのは、、、みんな上手いのかな~?さっきまで平気だったのに急に緊張してきた。どうしよう。お腹のあたりがキューってして心臓もドキドキしてる。」
「麗奈さんスタートしてください」
「あの子めっちゃ緊張してない?大丈夫かな、うふふ。」
スタートのティーグラウンドで名前を呼ばれてセットアップをするが、周り子の噂話が耳に入ってきて緊張が増していく麗奈、いつものラウンドとは違う雰囲気に飲み込まれていった。
「早く打たなくちゃ。とりあえずセットアップして。」
「忘れてた素振り素振り、よし。」
勢いよくドライバーを目一杯、振ったその一打は。
カスッ、、、、
「あッ」
緊張して普段のスイングと、かけ離れたリズムで振ったドライバーショットは、球に軽く掠っただけのチョロになってしまいティーグラウンドのすぐ先で止まった。
慌てた麗奈はすぐに次を打とうとするが、、、
「麗奈ちゃん待って!次の人が打つから」
「あ、そうだ、すみません。」
「あの子ヤバくない。めっちゃ慌ててるし、周りが見えてない。」
緊張からミスショットを打ってしまった麗奈。
周りの目が気になって次は失敗できないと、さらに自分にプレッシャーをかけていた。
「どうしよう。恥ずかしい。普段はこんなショットじゃないのに。」
「麗奈ちゃん、一旦落ち着こう。深呼吸をして心を落ち着けようね。」
なんとかいつものペースに戻してあげようと声をかけるこばさんだったが麗奈の表情は強張っていた。
「うん。こばさん、チョロ打ってラフに入っちゃった。」
「そうだね。でもまだまだこれからだよ。」
「5番ウッドください。」
「次は上手く打たなきゃ。ラフだから強く打たないと、、、」
ラフから気を取り直して5番ウッドで打とうとする麗奈だったが、まだ緊張は解れておらず、体より手が先行してしまい打ち急いでしまった。
「ドフッ、、、なんで?どうして?今度はダフっちゃった。」
悪循環は続き、力んでしまったスイングは地面を叩き、またしてもボールは自分のすぐ前に転がっただけだった。
「こばさん!どうしよう。なんかもう足はスポンジみたいに力が入らないし。ぜんぜん上手く打てない。」
「麗奈ちゃん、とりあえず前に進もう。次は8番アイアンでいい。落ち着いて前に行こうね。」
8番アイアンで打った打球もシャンク気味に大きく右に飛び出していき林の中へ。
「こばさん、私もう帰りたい。恥ずかしいし、みんな私の事、見てる。」
林からの脱出を試みている時
「麗奈どうした~。楽しむんじゃなかったのか~?」
「パパ~!麗奈、上手く打てないの!」
遠くから見守るだけのつもりだった哲也だが、初めての試合で緊張し、いつも通りのスイングが全くできていない麗奈にアドバイスを送る為に駆けつけていた。
「麗奈!上手く打つ必要があるのかい?いつの間に1番になれると思ったんだ。」
「今日はデビュー戦だろう。100回打たなければ、それでいいじゃないか。」
「普段の麗奈なら100回なんて絶対に打たないだろう。今日は初めてのコースで100回打たずに楽しんでくる。それでいいんだよ。」
「うん、そうだね。」
「いつの間にか緊張してたし、みんなに見られて焦っちゃった。」
「さあ、もう大丈夫だ。とりあえず50ヤード以内に落とせば麗奈の距離だ。
これからが本番だ。行ってきなさい。」
そこからグリーンそばに付けて寄せワンを取り、なんとか1番ホールはダブルボギーで上がることができた。
「多喜さんのパター、すーっと出せてボールがカップに吸い込まれた。」
「そうだよ、麗奈ちゃんはアプローチとパターが得意な子なんだから、ドライバーは力まないでいいんだよ。」
「そだね!こばさん。麗奈もう大丈夫。次のホールからは楽しむね。」
そして2番ホールはボギー、3番もボギー、4番ホールはパーと少しずつ調子を取り戻していった。
5番ホール、480ヤード、パー5
「ロングホールは距離があるな~ドライバーが150yしか飛ばないから、グリーンに乗せるまでに5打かかっちゃう。どうしてもロングホールはパーが取れないな。」
「麗奈ちゃん焦ることはないよ、そのうち大きくなるから。」
「そんなことよりゴルフを楽しもう!」
麗奈は12歳で身長は135㎝体重29㎏と同学年の女子と比べると小柄な体型をしていた。
初めての競技ゴルフ、同学年の子たちと飛距離に差を感じてしまい、どうしても毎回打つ順番が先で気になってしまっていた。
そうして飛距離の足りなさを心の中に感じて集中できずに初めての試合は終わった。
競技の成績は89回で12人中10番という結果だった。
「さぁ~麗奈!競技ゴルフ初挑戦のお祝いで焼肉行くかー」
「成績は悔しいけど焼肉は行くー」
「こばさんの初キャディ祝いも兼ねてなー」
「ママも待ってるから早く帰ろう。」
早稲田まで戻り、近所の焼肉店で反省会をしながら次の目標について話し合っていた。
「お疲れ様。麗奈ちゃん今日はどうだった。」
「ママー、麗奈、今日はぜんぜんダメだった。」
「俺もキャディとして全然、役に立ちませんでした。」
「あらあら、こばさんまで落ち込んじゃったの?」
そんな二人を見て哲也は励ます為に説教をする。
「麗奈、こばさん、今まで初めて挑戦したことで1番になった経験なんてあるのか?」
「ないー。」
「ないです。」
「麗奈も初めてパターやった時のこと覚えてるか?」
「うん、覚えてるよ。」
「初めての時、真っすぐ転がらなくて次の日もやりたいって!燃えてたよな~」
「うん、そうだね。真っすぐ転がして、1回でカップに入れたくて燃えてた。」
「そうだろう、なんでも初めて挑戦したことで上手くいくことなんて無いんだよ。だからパパは今日勝てなくてホッとしてるんだ。麗奈の超集中力が勝つことで無くなったらどうしようと思ってたんだ。」
「今日の経験は必ず生きるぞ!麗奈はどう思う?またゴルフがしたいだろう今度は優勝したいだろう。」
「麗奈ね~次は絶対に勝つよ!もっともっーと練習して上手くなって次は負けない。」
「そおっすね~俺も次はしっかりと麗奈ちゃんをサポートできるようにキャディの勉強をします。」
「そうだ!その意気だ!さあ食え!麗奈は特にいっぱい食べて大きくなれ!」
「麗奈食べる~!食べて200ヤード飛ばせるようになる~!」
ほのぼのドラマのような展開で次に向けてみんなが一致団結したところで!
麗奈の意識が突然無くなる。
電球の球がフッと切れるように倒れ込んでしまった。
「おい麗奈!どうした麗奈!こばー救急車だ救急車呼べ―!!!」
「はいッッ!!!」
麗奈はなんで倒れてしまったのか?
麗奈はどうなってしまうのか?