8.新しい武器
2023年7月
「パパ―、今日も練習行ってくる~」
「ああ、気をつけてなー。こばさん頼んだぞ。」
「社長、任せてください練習場まで送って行きます。」
茨城県稲敷市の古民家を借りて、週末は茨城で思いっきりゴルフ練習をすることにしていた。
「麗奈ちゃん着いたよ。インペリアルガーデンゴルフ。」
「こばさんありがとう!」
「ここいいな〜。初めてパパに連れて来てもらった時びっくりした。ぜ~んぶ緑だ。家の近くはこんなに広くて練習できる場所ないもん。今日もアプローチとパターをがんばろう!」
こばさんという専属キャディー兼運転手を引き連れて今日も練習に励む麗奈、ゴルフ事業部だけとなった心和流通の社員として過ごしているこばさんは兄貴という立場で麗奈をいつも見守っていた。
「本当にあの子はすごいよな~。社長が惚れ込んだ理由が分かる。誰に強制されるわけでも無く、地味な練習を楽しそうにやっている。もう少し先になるとは思うけど、こういう子がプロゴルファーになるんだろうな~。」
「お!また始まった。麗奈ちゃんがブツブツ言い始めた。こういう時は呼びかけたって上の空だもんな。これが社長の言っていたゾーンというヤツだろう。練習でも恐ろしいくらいの集中力だ。」
「もう50ヤード程度のアプローチなら簡単にウェッジ1回パター1回の(寄せワン)を取ってくるもんな~。将来が楽しみすぎる。」
「俺の仕事は未だ運転手だ。でも、もう少しだろう麗奈ちゃんのキャディバッグを担いでコースを一緒に回る日は近い。」
「練習を見ている間はやることないから、この前、買ったゴルフルールとキャディの心得という本でも読むか。俺も負けないように一人前のキャディにならなくちゃな。」
その頃、哲也は小学6年生となった麗奈に新しいゴルフクラブを与える為、有名なクラブデザイナーの工房を探していた。
「稲敷にはスポーツブランド、ミズホで昔クラブデザイナーをしていた多喜さんと言う人が住んでいる。たしか、ここら辺だと聞いてきたんだが。」
「あった!あそこだな。ごめん下さい。」
「はい。どうぞ~空いてますので入ってきて頂いていいですよ~」
「はじめまして、佐藤と申します。実はクラブのご相談で今日はお伺いしたのですが。」
「こんにちは。多喜と申します。それでクラブはどのような物をお好みですか。」
「実は自分の物では無く娘に合ったクラブを作ってもらえないかと。」
「ほう、娘さんの物ですか。娘さんはおいくつですか?」
「12歳です。」
「なるほど~、成長期でクラブ選びが難しいですね。」
「そうなんです。そこでオーダーメイドで今後も調整してもらえる方でないと、なかなか合ったものに出会えないと思いまして今日は伺ったんです。」
「そうですか、じゃあやっぱり娘さんに会ってみないと作れないですね。」
「そうですよね。近所で練習をしてますので呼んでみます。」
哲也はすぐに携帯電話でこばさんに連絡して麗奈を連れてきてもらうように指示を出していく。
「プルルル、プルルル、あ、もしもし、こばさん?」
「社長、お疲れ様です。どうかされました。」
「実は今、近所のゴルフ工房にお邪魔していて、麗奈の新しい道具を作るのに本人を連れてきて欲しいんだ。」
「わかりました。麗奈ちゃん喜びそうですね。急いで連れて行きます。」
「麗奈ちゃーん、麗奈ちゃーーーーーん!!!ぜんぜん反応しない。」
こばさんが麗奈の近くまで呼びに行き、本人はやっと気が付く。
「あれ、こばさんどうしたの?」
「向こうからめっちゃ叫んで呼んだのにぜんぜん反応してくれないんだもん。」
「ごめんなさい。なんかね、集中すると音も聞こえなくなっちゃうの。」
「ああ、それは知ってるけど、それにしてもすごい集中力だなぁ。」
「それでどうしたの?」
「社長が麗奈ちゃんの新しい道具を作るために工房に行ってるんだ。それで麗奈ちゃんを連れてきてほしいって。」
「え!ほんと!?新しい道具!」
「めっちゃ嬉しい!こばさんすぐ行こう!」
今までジュニア用の市販クラブを使っていた麗奈だったが、新しい道具と聞いて心を躍らせながら急いで工房に向かった。
「こんにちは〜、おじゃましまーす。」
「おお、こんにちは。これはまた、ずいぶんと可愛らしいお嬢さんがやってきたな~」
「麗奈、こちらはクラブデザイナーの多喜さんだ。今後クラブはすべて、お世話になる予定だ。」
「はじめまして、麗奈です。」
「じゃあ早速だが、クラブをいろいろと振ってみてデータを取っていこうか。」
身長や腕の長さ手のひらの大きさなど記録をしていく、ヘッドスピードや球が飛んでいく初速などを計り最適なバランスや、シャフトの長さ重さなどをベテラン職人の経験値で具体化していった。
大体、これでデータは取れたな。
「多喜さん私、パターとウェッジは感覚がほしいです。」
「ほう、若いのにゴルフ通じゃないか。どんな感じが良いんだい。試しにこれを2、3回振ってみなさい。」
「重いのかな~?」
「ふむ、なかなか敏感だね。じゃあこれはどうだ。」
「こっちは少し、軽いです。」
「なるほど、じゃあ、ここと、ここに鉛を貼って重くして、これでどうかな?」
「あ、これすごーい。感覚と同じだ!スッて振ると、すーってパターが出ていくー。」
「うん、大体、好みは分かったよ。」
「多喜さんすごいです!私の好みがわかっちゃうんですね!」
「長い間クラブデザイナーをしているからね。大体、何度か試せば分かるんだよ。」
「じゃあ、このデータを元にクラブを組み上げておくから、1週間後に取りにおいで。」
「多喜さーん、よろしくおねがいします。来週、楽しみで~す。」
こうしてキッズ用のゴルフクラブから大人用を短くした、新しい道具を手に入れることができた。
「なあ麗奈、新しい道具も手に入れたことだし、ゴルフの試合、出てみるか?」
「パパ、私、試合に出てみたい。自分が上手くなったか試してみたい!」
「じゃあ2か月後、千葉のゴルフ場でやるジュニアの大会に出てみようか。」
「うん、多喜さんに作ってもらうクラブ、いっぱい練習しておくね。」
こうして初めてのゴルフ大会に出場にすることになった。
こばさんのキャディ初仕事、麗奈の競技ゴルフが始まっていくのだった。