【第1話】こってり濃厚とんこつパンチ
血なまぐさい空気が崩れたビルに立ち込める。
ジャキッ
息を殺して壁を背にし、銃を低く構える。
ターゲットは、この奥にいる。
「一撃で仕留めてやる……」
久しぶりの大物に緊張しているのか、妙に一秒が長く感じる。はやく終わらせてしまおう。
ス――
「ッ!」
反射で半歩のけぞり、態勢を低くする。細長い触覚が奥の部屋から廊下へとゆっくりと伸びてきていた。触覚の先についた充血した赤い眼が左右に揺れる。辺りを警戒しているのか。
いよいよ時間がかけられない。大きく動く前に……。
眼が逆方向を向いた。瞬間、部屋に突入し、
パンッ!
バケモノの脳天に向けて、俺は引き金を引いた。
* * *
じりじりと熱い日差しが高層ビルに照り返る。目線を下に戻すと、視界が人で埋め尽くされた。慣れない光景と喧噪に息が詰まる。ただでさえ夏場に黒のスーツで暑苦しいというのに。
「田舎から出てこなければ良かったかな…」
こんな都会になど望んで住みたくはないが仕事のためだ。こればかりは仕方がない。そんな鬱屈な気分で目的地に着いた。
大きな道路と木々に囲われた独特な形状のビル。上部には赤と白の巨大な通信塔が無骨にそびえ立つ。警視庁本部庁舎。ここが俺の新たな職場だ。
受付の職員に挨拶して入館申請を済ませると、案内を受けた。
「ご所属の負荷対策本課は4階となります。こちらへ」
エレベーターへと先導され、本課のある部屋に向かう。他の課も同じ階に併設されており、忙しなく声が響いている。
奥へと進むと、他の課とは明らかに異なる雰囲気を感じた。廊下の壁にはコミックの巨大なポスターや美少女フィギュア(作品はなんといったか……)が飾られており、公的機関、それも警察組織のイメージとはかけ離れていた。
ドアの前に着き、一度呼吸を整える。すると、ノックする前にドアは開いた。女性と目が合う。20代後半くらいだろうか。金髪のショートカットに黒のインナーカラーという派手な髪形で、整った顔立ちをしている。身長はかなり高く、170cmはありそうだ。
「ようこそ本課へ。挨拶は中で聞こう」
「は、はい…」
目立つ容姿もさることながら、このタイミングで来るとわかっていたとしか思えない反応にあっけにとられてしまった。
気を張りなおして部屋に入る。部屋の中は案外普通の事務所のようで、机と大量の資料が並べられている。そして3人の職員がこちらに注目していた。
「はじめまして。本日から負荷対策本課に配属となります、義本真与と申します。これまでは埼玉県警で警察官をしておりました。市民の安心のため、尽力します。これからよろしくお願いします。」
挨拶を終えると、部屋の奥の男性がこちらへ向かってきた。
「やぁ、課長の山田太郎です。よろしくねぇ。本当は課のみんなで迎えたかったんだけど、あいにく今日はほとんど出払っててね」
課長とは配属前に何度か電話で話しており、イメージ通りの人だった。ふくよかな体系をしており、背は低い。グレーのスーツが似合うザ・公務員という感じだ。そろそろ還暦らしい。
「お気遣いありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。」
「では今いるメンバーだけでも会話しておいてもらえるかな。こちらは君が所属する第一小隊隊長の感王寺さん。彼女から諸々の話は聞いてね!」
先ほどの女性が答える。
「感王寺皐月だ。君の直属の上司となるのでよろしくな」
「よろしくお願いします」
「では向こうで話そうか」
そう言うと彼女はカツカツと急かすようにヒールの音を鳴らし、部屋の左手にある応接室へと入った。
「では、そこにかけてくれ」
「失礼します」
ギシ、と固めのソファに腰かける。事前に用意してくれていたのか、机に資料がいくつか並べられている。
「ではまず負荷対策本課の説明から始める。もちろん希望して移動してきたのだから理解はしているだろうがね。少し歴史の話もまじえよう」
彼女は2人分のコーヒーを淹れ、それを片手に続ける。
「2012年、突如として奇妙な現象がここ日本で発生した。人類の特殊能力の覚醒だ。これは主に高いストレスを受けた人間に突如発生した能力……誰が言ったか、ストレスの負荷とかけて "負荷能" と呼ばれている。この能力を得た者たち、すなわち“負荷能力者“はその後日本各地に出没した。彼らに関わる犯罪は特殊犯罪として新たに定義され、この取り締まりのために特殊犯罪対策部に負荷対策本課が設立された。ここまではいいかな?」
「はい、問題ありません」
そして俺は地方の対策課から東京都担当の本課へ移ってきた。地方より都内の方が負荷能犯罪が多いためだ。
「よろしい。この負荷能力者の発生は新しい。法や制度が整いきってないレベルでな。そのため、当時緊急で作られた特殊犯罪措置法に則り本課は対処を行っている。覚えておくべきポイントは大きく2点。1つ目は、負荷能力者が犯した犯罪は例外をのぞき通常の法律に則って裁かれること。2つ目は、例外として負荷能力犯罪者と認定された対象の拘束が困難かつ被害が甚大であると本課が判断する場合、対象の"処分"を許可するということだ。これも理解しているかな?」
「はい、理解しています」
そのために本課に入ったのだから。
「よろしい。地方でも負荷能力者と幾度か邂逅したことがあり、対処した実績もあると聞いている。地方では対処の決定を本課に乞う必要があったために苦労しただろうが、ここではその心配は不要だ。ただし、第一小隊に属する以上は私が許可した者のみこの決定権が与えられるため注意してくれ。今は私の判断に従ってもらう」
「承知しました」
自分の判断で行動したければ成果で示せ、ということか。
「本課の各小隊はいくつかのチームを持ち、チームそれぞれ2人から3人で構成される。私は第一小隊のチームK所属だ。君は第一小隊のチームSに入ってもらう。いいね?」
「承知しました」
チームメンバーにも評価されるということだろう。気は抜けないな。
「君とチームを組む者は既に決めてもらっているが…今日はまだ姿が見えないな。まぁ仕事はきっちりこなすやつだ。君との案件が決まれば呼びつけるので楽しみにしておいてくれ」
「はい」
「お堅い説明はここまでとしよう。ところで、この部屋に入るまで何か違和感を覚えるようなことがあったかな?」
「……!」
まさに違和感があった。
「どうした?ありますって顔だな。遠慮なくいってくれ」
「はい……。言いにくいのですが、他の課に比べてかなりラフというか自由というか……」
「その通り。ここは部長の趣味が詰まった課でね。実力さえあれば好きしろ、というのがモットーなんだ」
なるほど。俺には……合ってないかもな。まぁ何か害があるわけでもないか。
「そして最後に1つ。本課には外部に漏らしてはならないトップシークレットがある」
「……?」
「初耳って顔だな」
まさに初耳だ。所属前にもそんな話は聞いたことがない。負荷能犯罪対策の総本山、それくらいはあって当たり前か。それより、そんなに俺は顔に出やすいのだろうか。
「知らなくて当然。それこそトップシークレットなのだから。内容はお前のチームメイトとの顔合わせの際に説明しよう。楽しみにしておけ」
「……承知しました」
正直、今すぐに聞いておくべき内容だと思ったが何か意図があるのだろう。
「よろしい。直近は割り振れる案件がない。しばらくは待機かもしれんな。決まり次第呼ぶので準備しておいてくれ。では質問は?」
「特にありません。実務については慣れてますので。課の独自ルール等あれば都度確認させてください」
「頼もしいな!では部長に挨拶に行こうか」
感王寺隊長に連れられ、応接室を後にした。
* * *
再びエレベーターに乗る。目的地は6階だ。
「ここだ。部長は君1人と面談をご所望らしい。外で待っているから、行ってきたまえ」
そう隊長に告げられ、部長室の前に立つ。
コンコン
と部屋をノックすると、
「どうぞォーー!」
大きな声が部屋から廊下に響いた。
「失礼します」
部長室に入ると、デスクに腰かけたスーツ姿の銀髪の男性が笑顔でこちらを見ている。30代くらいだろうか。この部屋の主にしてはあまりに若い。隣には女性秘書官が佇んでいる。
部屋にはコミックのポスターやフィギュアの数々……あの廊下はまさにこの人の趣味そのままだったのか。
「はじめまして。本日から本課に配属となります……」
ダンッ!
机を叩く音で俺の挨拶はかき消された。
「君が義本真与君だね!噂はかねがね聞いてるよ!なんでも元の地域対策課では一番の成績だとか!期待してるよ!あ、申し遅れた。部長の雨場デース!よろしく!!」
「は、はい……」
そう、この方こそ首都東京の特殊犯罪対策部を治める雨場部長だ。輝かしい功績で異例のスピード出世をした正真正銘のエリートで、なんでもバケモノども……負荷能力者確保数の最高記録保持者だとか。しかも現在も記録更新中。もちろん、尊敬の念は抱いているが――
人の話はあまり聞かないタイプのようだ。そして "!" がたくさん付くタイプの話し方。多分俺、この人苦手だ。
部長はニコニコとこちらの反応をうかがっている。返事に困っていると、秘書官が眉間に皺を寄せてこちらを睨みながら言った。
「あなた。部長が『よろしく』とおっしゃったのだから、ありがたく返事をなさい」
またもや公務員とは思えない赤と青のツートンカラーのロングヘアー、そして露出した肌……特に胸元が。これも部長の"趣味"なのだろうか。
対策部で有名な秘書官 "くっつきエリナ" だとすぐにわかった。なんでも部長にひとめぼれして以来、ほぼストーカーのごとく付きまとい秘書官の地位を得たという噂だ。
部長関係で敵に回すと厄介そうだ。ここは今後のことも考えて丁寧に返しておこう。
「失礼いたしました。雨場部長の期待に答えられるよう精進いたします。こちらこそよろしくお願いします」
「かったいなぁ。うちは実力主義だから、結果さえ見せてくれればなにも問題ないよ!エリナちゃんも、もっと優しくね!」
「はい、ありがとうございます」
「承知しました♡」
急に声色が変わったな……。やっぱり噂通りデキてるのか?
「ところで」
急に空気が張り詰める。人が変わったように部長の目つきが険しくなる。これが実力者のオーラか。
「本課に移った目的はなんだろう。もとの地域でも十分に出世コースだっただろうし、わざわざ犯罪者の巣窟みたいな危険な街で仕事する必要あるのかな?もっと上を目指してるのかい?だったらライバルだね」
当然の疑問だろう。ただし、出世などどうでもいい。俺の目的はひとつだ。このために今まで生きてきた。迷いなく答える。
「……すべての負荷能力者をこの世から消し去るためです」
「……」
部長は俺をまじまじと見つめ、少し間を置いて答えた。
「過去の詮索はよそう。そんな夢物語、と蔑むこともしない。ただし、大きな夢ほど途中で絶望するものも多い。それでもかね」
「はい。そのために生きてきましたから」
理解される必要はない。はなから理解など求めていない。それでも…強い言葉を使いすぎたか。
「――うんうん!」
部長に笑顔が戻る。
「OK!大変だと思うけどがんばってね!おじさん応援してるわぁ!あっはっは」
突然の切り替わり。本当に同一人物か?秘書官は微笑みを浮かべている。
「はい……」
「ところで、対策課の他の連中はどうだった?皐月ちゃんとか、べっぴんでしょお。色んな男が撃沈してるみたいだから、狙ってるなら頑張ってねー!」
「え、いや特にそういう感情は……」
たしかに美人というところは否定できない。撃沈してる人…確かに多そうだな。
「あと!君のチームメイトだけど、実は僕が直々に選んだんだよ!もう会ったんだっけ?まだなら楽しみにねー!」
「はぁ……」
「部長。おしゃべりが過ぎます。彼はこれからたくさん業務があるんですから、これくらいにしてはどうです」
不機嫌そうに秘書官が言う。
「はぁーい。じゃあマコっちゃんまたね!良い働きを期待してますっ!」
マコっちゃん……?馴れ馴れしいな。悪気がないのはわかるけど。
「で、では失礼します」
部長室を後にし、外で待ってくれていた感王寺隊長が笑みを浮かべながら尋ねた。
「部長に一発かまされたか?」
「何発か……。つかみどころのない方ですね」
「そのうち癖になる」
なんとなくその予感がした。あぁいう人間が成り上がるのだろう。
何より――
俺の夢を聞いて笑いも否定もしなかった初めての人だった。
「僕が思った通りの男だったね、彼。チームメイトの選出、やっぱり適任そうだ」
「あの手のタイプは……復讐でしょうか。とても危うく見えます」
「人を形成する要素はね。出会いと別れだと思うんだ。多分彼はかなりつらい別れをしたんだろう。
でもこれからの出会いで人は変われるさ。今は見守ろうじゃない」
「…やっぱり素敵です。部長♡」
* * *
対策課の部屋へと戻り、感王寺隊長から指示を受けてこれまでの事件の資料に目を通す。
どれも凶悪なものばかりで、凄惨な写真や被害者の名簿が無機質に並ぶ。常人ならすぐに閉じたくなるだろう。これがこの時代なのだ。我々だけは目を逸らすわけにはいかない。
「ん?」
資料を4分の1ほど読み進めたところで、違和感を覚える。被害者名簿に記載がない事件が散見される。迅速な対処や負荷能犯罪者のレベルによっては被害者が出ないケースもたしかに存在するが、この数は異常だ。
「いいところに目をつけたな」
肩に隊長の手が置かれていることに気づく。いつのまに……?というかすごく近い。
「犯罪の対処は基本的に後攻だ。こちらから先に仕掛けることはできない。そして負荷能犯となるとその凶暴性と未知性から被害者を出さずに対処するのは困難と言える」
当然だ。俺も……残念ながら被害者を出さずに事件を解決したことはない。
「それができるからこそ、負荷対策本課なのだ。そしてうちのエースがこいつだ」
指の先には "想田" の文字。ここでも違和感を覚える。
「1人……?」
「そう。こいつは例外的にチームに入っていない。それにもかからわず、被害者を出さずに解決した事件数は現状トップだ。ちなみに配属されて丸1年のほぼ新人だぞ。」
天才というのはやはりどこにもいるらしい。しかし嫉妬よりも尊敬が勝っていた。是非この人に負荷能犯罪対処の極意を教えてもらいたいものだ。
そして隊長は続ける。
「察しのいい君なら薄々勘づいているかと思うが……」
期待に鼓動が高まる。
「君はこいつとチームを組んでもらう」
「!」
この課に移動して本当に良かった。これで目標にさらに近づける。
「ただ、エースとはいえ社会人としての素養は身に付いてなくてね。君の方が社会生活の歴は長い。その辺りは教えてやってくれ」
「承知しました!」
そのあたりも本課らしい。そんなことよりも、らしくもなく気分が高揚していた。
ジリリリリリリリ!
「!」
警報音が響く。
「江東区門前仲町にて事件発生。負荷能犯による事件と断定。負荷対策本課職員は至急現場へ向かえ。なお、ストレスレベルは3を想定。繰り返す、江東区門前仲町にて事件発生……」
俺の感情に呼応するかのようなタイミングだった。ストレスレベル3……銃を所持した警察官数人に匹敵するレベルか。
「初仕事だな。レベル3なら丁度良い。まずは現場へ向かい、犯人の情報等の連携を受けるように。お前のチームメイトにも向かうように連絡しておく。現地で落ち合え」
「承知しました。行ってきます」
装備の確認をし終え、庁舎を出た。
* * *
庁舎前に用意されたパトカーに乗り込み、緊急走行で現地まで向かう。
内線で情報共有を受けた。
「ホシは『佐々木かなえ』。現在女性を人質にビルに立てこもっています。負荷能力は不明ですが、突入した武装部隊は全員再起不能の状態です。佐々木は元モデルで、先月事務所から解雇されています。負荷能力の発生はそれがトリガーかと思われます。人質は同じ事務所の新人モデルであり、個人的な恨みがある可能性あり。これ以上ストレスを与えると危険な状態です」
さすがは都市部だけあって、突入までの判断が早いのは良いことだが、負荷能力が判明していないことは厄介だ。能力は個人の性格や知識、ストレスの原因、環境等によって変化するため対策を講じずらい。フロアマップなど現地の情報を確認しているうちに、目的地に到着した。
「着きました。ここが現場のビルです。古いビルのため、犯人の暴走で倒壊の危険があります。お気をつけて」
「ありがとうございます。では、行動を開始します」
「ご武運を」
チームメイトはまだ到着していないらしいが、緊急性から俺が先に突入するように指示を受けた。
階段を上り、対象が立てこもっている5階へと向かう。すると、負傷者たちがそこかしこに転がっていた。うめき声がひしめいている。傷の痛みで動けないのか。負傷者に切り傷が目立つため、斬撃系の能力と予想を立てる。武器を装備している可能性も考慮が必要だ。
どちらにしても負荷能力者相手に接近戦は分が悪いため、銃で決着をつけたい。人質を盾に取る暇も与えてはならない。プランはやはり会敵即戦闘でいこう。
脳天にぶち込んでやる。
5階に到着し、廊下へ出る。ドアが破壊されている部屋が見える。おそらくそこに立て込んでいるのだろう。足跡を殺し、接近する――
* * *
そして冒頭に戻る。
撃ちだした銃弾は、対象の頭部に見事命中……したかに見えたが、長く発達した爪に弾かれてしまった。
すると頭上の触覚が硬化し、振り落とされる。咄嗟に回避。
なるほど、両手の指を変形できるらしい。爪のような形状になっている。負傷者たちの切り傷の正体はそれだ。それにしても、対負荷能力者用の特殊弾を弾き返すとは……かなりの硬度と見える。
「いきなり撃ってくるなんて、人質はどうでもいいのかしら?やっぱりあんたなんてみんなどうでもいいじゃない?」
伸びた触角とドレスのように変形した皮膚をたなびかせ、長い爪でガリガリと地面を削っている。対象の『佐々木かなえ』だ。そのすぐ後ろに情報通り人質の姿があった。
「この子ねぇ、新人の子なんだってぇ。18歳だって。若いって良いわよねぇ。才能がなくってもチヤホヤされて」
「た、助けて……」
人質には気力がない。長い拘束で精神をすり減らしているんだろう。早く駆除しなければ。
まずは人質から気を逸らせよう。
「あなたも十分お美しいですよ」
「あはっ。若い男に言われると嬉しいわぁ。しかもよく見るとそこそこ顔が良いじゃない。でもねぇ……アタシが美しいなんてことはわかってるのよ!!」
ビュン!
という風切り音とともにさらに伸びた爪による斬撃が飛んでくる。間一髪で回避するも、頬に血がつたう。下手くそなおべんちゃらは逆効果か。
「キレイなんて百万回言われた!カワイイだって百万回言われた!でも社長はこいつを選んだの!!なんの才能もない、何の努力もしていないこいつをね!!」
一心不乱に爪を振り回す。かなりの速度だ。銃は弾かれるし、何より人質に当たる可能性がある。
作戦変更。腰から短刀を抜き、構えた。
「あ~らご立派なモノだこと。お姉さんが遊んであげる!」
一閃。
キンッと高い音が響き、壁に折れた爪が刺さる。
「……あら?」
「見た目で判断しないことだ。この刀は以前駆除した負荷能力者の牙でできている。俺が知る物の中で最も固い」
「ふーん、意外と楽しめそうね。いいわちょっと本気出してあげる」
攻撃が飛んでくる。再び回避……したつもりだった。
ドゴッという音と共に腹部に鈍痛が走る。体は軽々と吹っ飛び、壁に激突する。
「かはっ!」
「良い音♡」
爪の形状は変化し、鞭となっていた。
「軌道が読めん……!」
負荷能力者との戦闘は予想ができない。それを斬撃しか想定していなかったとは。基本中の基本だが、まだまだ自分も未熟らしい。足に力を込め、立ち上がる。
「あら?タフね。良いのが入ったと思うんだけど」
ジャケットを捲り、腹部の装備を見せる。
「防弾チョッキってやつ?映画みたいね。それも能力者製?」
「ご明答」
「過去の栄光に浸る男はモテないわよ?顔だけが取り柄みたいだけどしょうがないわね。頭グチャグチャにしてあげる!」
「もう終わりぃー?早い男はダメよ」
目の前がボヤける。血を流しすぎた。
こんなところで死ぬのか。俺はこんなものだったのか。
俺の憎しみはこんなものだったのか。
「これだけは使いたくなかったが……」
死ぬくらいならいっそ――
プルルルルルル
突然ズボンのポケットが震える。
「あら、女性と会う時はマナーモードが常識よ。とことん冷めるわねぇ。大事な人かもしれないし、最後くらい話したら?アタシ優しいのよ。少しだけ待ってあげる」
隊長からだ。死ぬなら役に立ってからだな。情報だけでも共有しておこう。
「は、い……義、本、です」
「随分苦戦しているみたいだな。東京の能力者はモノが違うだろう?いい経験になったな。おっと遅くなってすまない。君のチームメイトが到着したらしい。よく頑張った、交代だ」
ツーツー
一方的に切られてしまった。
もう意識を保つのがやっとだというのに。まだ能力を伝えてないぞ。
「あら、もういいの?まぁ待たされるのも嫌いだし、終わらせましょうか」
バケモノは腕を振りかぶり、俺の頭蓋に直撃……するはずだったが、届かなかった。
「はぁ?」
目を開けると、そこには小柄な白い髪の少年が立っていた。まさか――
「あなたが僕のチームメイト?意外と若いんだね!移動って聞いてたからそこそこおじさんがくると思ってたよ!ナイスファイト!後は任せてー!」
よく見ると、少年はヤツの鞭を掴んでいた。あの速度の攻撃を……?
「おばさん、だめだよこんなことしちゃ。みんな痛そうだよ。もうやめよ?」
バケモノの体は震え、膨張していく。これは……明らかに怒っている。
「だ…だれが…だれが」
「ほぇ?」
「誰が"おばさん"だ!!!このクソガキィ!!!」
掴まれた鞭を払い、爪と鞭の波状攻撃へと変化する。こんな応用技まで……!
しかし、少年に攻撃は届かない。なんと軽快な足運びだろう。明らかに戦い慣れている。
「なん……で!」
「熱くなりすぎだよ。そういう扱いにくいところが招いた結果じゃないかなぁ。他人を傷つけたこと、これでも喰らって反省しなさい!」
少年の拳が光り、漫画のようなサイズに巨大化する。
「必殺!!こってり濃厚とんこつパンチ!!!」
閃光と衝撃。
どうなった?
目が慣れるとそこには、ずんぐりと太った女性がいた。
「何よこれぇえええええ!!!私の……私の美貌がぁあああ!!!」
「罪には罰をってね。反省したら戻してあげるから、もうやめよ?」
ターゲットは崩れ落ちた。完全に戦意喪失しているらしい。
何が起きているのかわからなかった。
それでも安心したのか、そこで俺の意識は途絶えた。
* * *
「調子はどうだ?」
あの件の後、俺は失神し病院へと搬送されたらしい。
今は感王寺隊長が見舞いに来てくれている。
「ご心配をおかけしました。もう問題ありません」
「すまないな、1人で突入させてしまって。レベル3の想定だったが、あの能力はレベル4に近いかもしれん。君はよくやった。想田の到着まで時間を稼いだだけで合格さ。もう少し休んでて良いぞ」
「ありがとうございます。……それより、私のチームメイトですが」
想田のあの力。本当は聞きたくない。信じたくはない。それでも確認しなければならない。
「あぁ。君の想像通りだよ。彼は負荷能力者だ」
「!」
「これが本課のトップシークレット。うちは負荷能力者が働いているんだ。非難の目もあるだろうから公にはされていないというわけだ」
意識が戻ってからそのことばかり考えていた。あんなデタラメな現象、それ以外あり得ない。そして、確定した事実にじわじわと怒りが込み上げる。
「なぜもっと早く教えてくれなかったんですか……!やつらと仕事なんてできません。いつストレスが爆発するかもわからない、他人を傷つける力を持ったやつらなんて!」
助けてもらっておいて、と思われるかもしれない。それでもこれだけは譲れない。
「……君ならそういうと思った。だから私の口からではなく実際に現場で会ってもらおうと思ったんだ。百聞は一見に如かずってね。騙したようですまない。でも君を助けたのもその負荷能力者だろう。もう少し……知ってみないか?」
悲しそうな表情で隊長は言った。高まった感情を抑えるために、少し間を置いて答える。
「……頭ではわかっています。能力に目覚めたからといってその全てが事件を起こすような者ではないと。でも、彼らの抱えたストレスはいつ爆発するかわからない。だから……」
「だから全員駆除すると?君だけでそんなことができるとでも?ストレスとはね、全部が悪い物じゃない。克服すれば成長へと繋がる。力も使い方次第だ。」
隊長は目を逸らしながら続けた。
「実際……私も負荷能力者なんだ」
「!」
「おっと、これも秘匿事項だから内密に。能力はいずれ披露しよう。君がまだこの仕事を続けていたら、な」
そう言って隊長は病室を後にした。正直、感情が整理できない。自分がどうあるべきなのか。この憎しみとどう向き合うべきなのか。ぐるぐると思考が巡る。
しばらくすると、
ガラガラッ
と病室の引き戸が乱暴に開く。そこには例の少年の姿があった。
「どーもー!お兄さん元気?この間は遅れてごめんねー。でもすごいね!あのレベル相手に健闘するなんて!見込みあるよー!」
間髪入れず続ける。
「あ、僕の名前は想田颯斗!お兄さんは?」
あの時は意識も朦朧でしっかりとは観察できていなかったが、想像よりも幼い。中学生くらいだろうか。
「……義本真与だ」
「マコトね!良い名前!これからよろしく!」
笑顔が眩しい。純粋無垢なのだろう。本当にこんな子の中にもストレスが渦巻いているのだろうか。
「――君は、なぜこの仕事を?」
「やっぱり気になる?お兄さんたちから見たら同族同士だもんね。」
それには口を噤んだ。
「僕にはね、夢があるんだよ」
どこかで聞いたような話だ。
「あのね、笑わない?」
「笑わない」
「この世から負荷能で苦しむ人を無くす!ってのが夢なんだ!」
「……え?」
「あはは、やっぱ変かな?みんな笑うんだよね、そんなの無理だって。やってみなきゃわかんないのにな。……って、え!泣いてる?!」
あれ。ベッドのシーツがいつのまにか滲んでいた。
地方警察時代の嫌な思い出がよみがえる。
「義本さん優秀だなぁ。本課に移動っしょ?出世コースじゃん。目標は幹部とか?」
「いや、何でも負荷能力者の根絶を目指してるらしいぞ」
「え……?ぷはっ!子供じゃあるまいし、そんなこと本気でできると思ってんのかな。もうある程度共存してくしかないっしょ」
「バカ!聞かれてたらどうする」
「大丈夫でしょ。盲目って怖いなぁ。死ななきゃいいけど」
何度も言われた。現実を見ろと。ここまで膨れ上がった負荷能犯罪が無くせるわけがないだろうと。それをこの子は――
「バカにする人はいるけど、泣いた人は初めてだよ!マコ兄っておもしろいね!」
涙をぬぐい、答える。
「うるさい!誰がマコ兄だ!あと"さん"をつけろよ、"さん"を!」
「え、じゃあ……マコっさん?」
「義本さんだ!一応年上だからな」
「えー!長いじゃん義本さん!カワいくないし。てか一応僕の方がここでは先輩では?でもなんか思ったより元気みたいだね!痛い目見たし、正直辞めちゃっても仕方ないかと思ってた」
「辞めるかよ。俺にも夢があるんだ」
「え!教えて教えてー!」
「断る」
「えぇー!!僕は言ったのに!」
「それより。さっきはありがとう、助かった。これからよろしくな想田」
「いいってことよ。うん、よろしくねマコ兄!!」
本課の考え方は正しいのか、負荷能力者との共存は本当に可能なのか、まだ答えは出せそうにない。それでも、この少年の夢の行方は見てみたいと思った。
ただ――
会話に "!" が多いタイプはやっぱりまだ苦手かもな。




