7.シャハリヴァル
「ふう」
ウォラフソンは大きく息を吐き出した。ネクタイを緩め上着のボタンを乱暴に外すとデスクの上に投げ出し、ソファにどかっと腰を下ろした。スレイドもウォラフソンの前に尻を落ち着けて上着を脱ぐ。ファムの聴取が終わると、ウォラフソンに誘われてスレイドは階上の隊員宿舎フロアまでやってきたのである。帰港以来、ウォラフソンはここに寝泊まりしているらしい。備品や装飾がほとんどない簡素な部屋で、安物のカーペットが敷かれている。
「さてダスティン、どんな話でした?」
ウォラフソンは先程のお返しとばかり、スレイドをファーストネームで呼ぶ。
「2時間もおとなしくしてたんだ。真っ先に内容を教えてもらうぐらいの役得があってもいいでしょう?」
スレイドはあはは、と笑い頷いた。
「もちろん、そのつもりさヴィック。その前に」
スレイドはきょろきょろと部屋を見回す。ウォラフソンは気付いて言った。
「大丈夫ですよ。こんなにボロくても佐官以上の部屋は保全上A+クラス以上のセキュリティ対応になっています。私も一応、佐官の端くれなんで」
スレイドはウォラフソンの言葉に一瞬きょとんとした後、「そうじゃない」と苦笑した。
「なんか飲むものをくれないかな、と思ってさ。話しどおしで喉がからからだ」
ウォラフソンは「ああ」と笑い、ちらっと時計をみて、おっとこんな時間か、と独り言をいう。
「ビールでいいですかね?警備隊規則ではもう定時だ」
スレイドはにやりと笑って、
「NIA規則ではまだ執務時間中だが、幸い俺は今日は有休だ」
ウォラフソンもにやりと笑うとヒューイに「コロナビールを2本くれ」と命じた。1分もしないうちにソファ横の壁の一部が縦にスライドし、ビールを2本乗せたトレイがせり出してきた。スレイドは「ほう」と目を見張り、便利なもんだと感心している。
よく冷えた瓶をカチリと合わせ一口飲むとスレイドは「俺が書いた報告書は読んだか」と聞いた。3日前にウォラフソン立ち合いの下で難民達から聴取した内容をまとめたものである。NIAを通じ警備艦隊を含め関係省庁に配布されている。ウォラフソンが頷くのをみるとスレイドはレ・ファムから聞いた話を話し始めた。
レ・ファムの話はナージュ村に起きた惨劇と似たようなものだった。1年半程前、突然政府の役人とともに多数の重機がレ・ファムの村にやってきた。彼らが住む山の麓から村まで幅20mもある道路が整備され、彼らが“神聖な山”と崇めるシャハリヴァル山に巨大なトンネルを掘り始めた。抗議したマルベキアンが遺体となって戻ってきたのも、トンネル工事に村の男たちが動員されたのもナージュ村と同じである。レ・ファムの父も工事に駆り出された。彼が父から聞いた話によると、縦横500m、奥行き1㎞にも及ぶトンネルが4本も掘られたという。トンネルが完成するとファムのみたこともないような巨大な“鋼鉄の機械”が麓からやってきて次々とトンネルに運び込まれた。
「どんな機械だったんです?」
ウォラフソンが尋ねるとスレイドは肩をすくめて頭を振った。
「ファムも含め、マルベキアンの人たちはそんな機械をそれまでみたことがなかったらしいから何とも言えんが、彼の話を総合してみるとガントリークレーンのようなものだったと思う。それ以外にも大小さまざまな機械類が運び込まれたのは間違いない」
「つまり、何らかの巨大工場が建設されたということですね?」
スレイドは頷く。
「しかも山の下に掘られたトンネル内に。普通の工場ならわざわざそんな不便な所に作らんだろう。経済的に非効率だ」
2人は顔を見合わせる。
「軍事工場」
ウォラフソンの言葉にスレイドがかぶせる。
「幅500m、奥行き1㎞のトンネルが4本の軍事工場だぞ。君なら何を作るのか想像がつくだろう?」
スレイドの言葉にウォラフソンが目を見開く。
「軍艦、ということですか」
「恐らくな」
ウォラフソンは少し宙を睨んでいたが、「ところで」とスレイドに顔を戻し、
「で、ファムは何で村を離れたんです?」
と聞いた。スレイドは顔をしかめ、ソファに深く背を倒した。ややして、ポツリ。
「ウィスキーかなんかもらってもいいかな?」
ウォラフソンはヒューイを振り返り、
「ヴァランタインのボトルを。ロックでいいですか?」
スレイドは頷くと続きを話し始めた。