4.難民
スレイドは難民たちの気持ちを落ち着かせようと笑顔で彼らの輪の中に座り、情報機関の人間であることは言わず姓名だけを名乗った。フィリップ・クライトンはやや離れたところに椅子を持ってきて手ぶらで座る。
フィリップがネクタイの結び目をいじるのを目の端に止めると、スレイドは帝国公用ルフトヴァルデ語ではなく、難民たちの故郷オクシタン語で話し始めた。フィリップのネクタイの根元には音声録音機のスイッチが仕込まれており、触ると内ポケットに忍ばせたレコーダーが自動的に録音を始めるようになっている。これも聴取相手を警戒させないための小道具である。
ウォラフソンは邪魔にならぬよう、会議室の入口の壁に腕を組んでよりかかっていたが、スレイドが意味不明の言葉を話し始めると廊下に首だけを出して小声で「ヒューイ」と呼びかけた。すぐに、滑らかなモーター音とともに高さ1m程のシリンダー型の胴体に二本の腕を持つロボットが現れた。丸みを帯びた平らな頭が短い首で胴体と連結されている。一対の目のようなカメラが見上げると、ウォラフソンは少し屈んでロボットの頭部の側面に何事かささやいた。そして自分の左耳に無線のレシーバーのようなものをひっかけると最前の姿勢に戻って腕組みをした。ロボットは会議室の奥の一群の人々の方に向き直り、そのまま動かなくなった。
スレイドが難民たちから聴取した内容はウォラフソンの話を裏付けるものだった。2年程前、彼らの住むナージュ村に政府から役人と学者らしき白服の者たちがやってきて何やら村の外れの湖を調査し始めた。数ヶ月もすると多数の労働者とともに重機が持ち込まれ、湖の水を排出し始めた。村にとって湖での漁労は重要な収入源だったため住民が抗議すると、政府は多数の兵士だけでなく憲兵隊まで投入し抗議した村人たちを逮捕し始めた。数日後に遺体で帰ってきた逮捕者たちをみて村人たちは沈黙した。
湖の水が完全に干上がると今度は湖の底の泥をさらっては運び出す仕事に村の男たちまで駆り出されるようになった。湖の傍には巨大な工場が建設され、その敷地内にあった家々は強制的に取り壊された。工場への立ち入りは厳重に禁止され、間違って近づいた子供が有無も言わさず警備兵に射殺される事件も起きた。
重要な収入源を失った村人達は、それでも湖の浚渫作業の日当や労働者、兵士相手の商売で細々と生計を立てていたが半年頃前から主に浚渫作業に当たっていた労働者の間で奇病が流行り始めた。村の男たちも例外ではなく、倦怠感を訴えてせき込むような日が続いた後、急に血を吐き亡くなる者が相次いだ。
ナージュ村の水質が汚染されていることが分かった後、労働者達は姿を消し浚渫作業にロボットが投入されるようになった。政府の命令で村の宿場や食堂も閉鎖され村人たちは完全に生計の道を絶たれた。他の村や町に伝手のある者たちは村を去っていったが、行くあてのない者も多かった。そんなある日、ナージュ村を出て行った元村人に連絡を取ろうとした者が血相を変えて村長の家に飛び込んできた。元村人の誰にも連絡がとれないという。さらに数日後、村から5㎞程離れた森の中を歩いていた羊飼いが偶然、茂みの中に打ち棄てられた多数の遺体を発見。遺体が身に着けていた物から彼らが村を出て行った人達であることは明らかであった。
ここに来て、村人達にもようやく事態が飲み込めた。労働者達が去ったにも関わらず軍の兵士らが減っていない訳も、そしてその兵士達が村を取り囲むように配置されている訳も。このままでは死を待つしかないと悟った彼らはある夜、村の家々に火を放ち、集まってきた兵士達を襲った。村が銃撃戦で大混乱になる中、村人たちは三々五々夜陰に紛れて脱出を図ったのだという。
4日後、あらかじめ打ち合わせていた待ち合わせ場所の山中に現れたのは5家族16人のみだった。そこで密航の手引きをする業者と落ち合い、彼らはなけなしの全財産を差し出して「リベラシオンⅡ」号の乗客となったのであった。
俯いて個人用自律的多機能AI(Personal Autonomous Multi Task Artificial Intelligence:PAMT-AI)「ヒューイ」の翻訳に耳を傾けていたウォラフソンが難民たちの高まるすすり泣きに顔を上げると、スレイドが頷きながら難民達の肩を抱いたり両手で相手の手を包んだりしているのがみえた。目には何か光るものもみえる。クライトンはとみると、彼も口を引き結んで宙の一点を見つめている。
やがて難民たちの興奮が収まり、スレイドは更にいくつか質問した後で頷くと立ち上がった。難民達の何人かと握手し、他の者達の背中をかるくさするようにすると、挨拶をするようにもう一度頷いてウォラフソンの方に歩いてきた。クライトンも続いて立ち上がると難民達に挨拶をし、スレイドの後からついてくる。
「もうよろしいのですか?」
スレイドは興味深そうにヒューイを一瞥した後でウォラフソンに頷くと、尋ねた。
「あの人達はこれからどうなるのですか?」
「とりあえず今日明日はこちらの宿泊施設に泊まってもらいます。その後は、政府が指定する施設に引き取られ、何年かNGOの脱帝者支援団体の支援を受けながら言葉や民主主義体制下での権利と義務について学び、テラフォード社会への統合を目指すことになるでしょう。その間、必要な職業訓練も受けられるはずです」
「なるほど。ところで、」と一旦言葉を切ってスレイドはウォラフソンを見つめた。
「彼らを連れてきた船の乗員はどうなっているのですか?」
ちょっと待ってください、とウォラフソンは断ると廊下の奥に声を張った。ウォラフソンの呼びかけにすぐに男女の兵士2人がやってくると、難民達に声をかけて連れて行く。
ウォラフソンは身振りでスレイドを促すと、来た道とは違う廊下を歩きだした。
「リベラシオンⅡ号ですね。乗員たちは今、あなた方とは別にやってきた内務省警備局の事情聴取を受けているはずです。一応、密航は違法行為ですからね。おそらく逮捕・送検されることになるでしょうが、これまでの例でいくとほとぼりが冷めるのを待って不起訴処分、というところですかね。我が国の国是は建前とはいえ『帝国の専制主義に対する民主主義的抵抗』ですから、世論的にいっても彼らのやったことは正義、英雄的だ、という話になるでしょう」
「では、当分そのリベラシオンⅡ号はこちらに?」
「ええ、当基地の外れに係留されています」
「中を見ることはできますか?」
「そうおっしゃると思ってましたよ。今、お連れしましょう。ヒューイ、北口前にカートを呼んでくれ」
「了解」
先程から興味深そうにヒューイを見つめていたクライトンが尋ねた。
「このロボット、見たことがない型ですね。どこのメーカー製ですか?」
「いや、これは私が自分で組み上げたものです。ヒューイと呼んでいます」
「イゴ、オミシリオキヲ」
急にロボットらしい音声を出したヒューイにスレイドとクライトンは声を出して笑った。
「しかし」スレイドが疑問を口にする。
「個人用のAIを持ち込むことが可能なんですか」
「まあ、推奨はされていませんね。でも個人用端末はみんな持ち込んでますよね。それと同じじゃないですか。一応、保全課のセキュリティチェックは受けていますよ。まあ、そこに私の同期がいるんですが」
スレイドは苦笑しながら思った。(やっぱりこの男、変わってるな)