3.警備艦隊
スレイドを乗せた車は宇宙港の一般用ゲートから1㎞程離れた警備艦隊基地司令部ゲートまでやってくると停止した。歩哨の敬礼に会釈しつつスレイドは車載AIを基地の管理AIに接続する。昨晩のうちにNIA本部から発出された命令NIA-4260L009925-ICはスレイド自身と警備艦隊司令部に伝送されている。AIによる両者のデータ照合が終わるとゲートが開き、スレイド達は中に通された。ゲート内に入ると車は基地AIの管理下に置かれ自動運転モードに切り替わる。これは訪問者が余計な所に入り込まないようにするセキュリティ上の措置でもある。
基地司令部の本部棟に隣接する建物の前まで来ると車は停止し、運転席と助手席の扉が上にスライドした。スレイド達が降りると車は再び扉を閉め、走り去っていった。自動運転によって基地の駐車庫に格納されるのである。建物の入口で男が待っていた。
ヴィクター・ウォラフソンは5分程前から総務部事務棟の入口に立ち、見慣れないアイボリー色の古びた4241年式ハリアーがゲートをくぐってこちらにやって来るのを眺めていた。行き過ぎるかと思われた車が案に相違して目の前に停まると慌てて背筋を伸ばした。小柄な中年男と長身で痩せぎすな若者が車から降りてくる。敬礼しつつ念のため確かめた。
「ヴィクター・ウォラフソン少佐です。国家情報局の方ですね?」
スレイドはウォラフソンと名乗った男を眺めた。中肉中背の男である。歳は30手前といったところだろうか。髪は青みがかかったグレーで、目の色はやや薄く霧に煙ったような感じをうける。どことなく軍人らしからず締まりのない印象だ。
ウォラフソンの敬礼に対し文民であるスレイドは会釈した。
「国家情報局のダスティン・スレイド主任分析官です。こちらは部下のフィリップ・クライトン分析官」
ウォラフソンの方もスレイドを観察している。歳の頃は40過ぎ、小柄で白髪がちらほらみえる黒髪は無造作に掻きあげられ、スーツ姿のネクタイも若干緩みぎみである。(締まらないオッサンだな・・・)2人は自分のことを棚に上げ、相手に対してまったく同じような感想をもったようである。
「少佐は司令部の方ですか?」
入口のドアを抜け、ウォラフソンと並んで廊下を歩きながらスレイドが尋ねる。ウォラフソンは首を振り、
「いえ、私は難民船を拿捕した第20警備隊所属でして、司令のバルベリーニ大佐の下で副官をやっています。本部の方からお二人に拿捕した時の状況も含めて説明するように、と言われまして」
「なるほど。助かります。船が着いたのは昨日の晩でしたね?難民の様子はどうですか?」
「4日前に拿捕した時は、怯えていて衰弱も激しかったのですが、警備艦内の船室に保護し休養を取らせましたから今はだいぶ落ち着いたようです」
あ、しかし、とウォラフソンは続けて、
「3人ほどひどく体調を崩している者がいまして、警備隊付き医務官の指示で別室に隔離しております。そのため今日お会いいただくのは子供を除いて10名となります。念のため、難民たちには服を着替えさせ、回収した元の服はジュラルミンケースに保管しこれから警備隊附属病院の分析センターに送る予定です」
「随分と厳重ですね。何か重大な疫病の可能性もある、ということですか?」
「今のところ分かりません。ただ、軍医の話では3人は強い放射能を浴びた可能性があると・・・」
「放射能?」
「はい。どうやらその放射能汚染と今回の脱帝が関係しているようなんですが・・・詳しいことは彼らから直接聴いてみてください。私が翻訳機を使って聞きとったあやふやな情報なので間違いがあったら困りますから」
そう言うとウォラフソンはここです、と言って「会議室」と書かれた部屋のドアを開けた。長方形に並べられた机の隅っこの方に老若男女10名が怯えたように固まって座っていた。