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New Space Scrolls  作者: 乃木了一
第一章 遭遇
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2.NIA

すぅぅぅ。

鼻を膨らませながら涼やかな空気を吸い込み、ダスティン・スレイドは首都フリートランドから郊外に向かう道に沿って自家用車を走らせている。左手はハンドルに預けているが右肘は窓枠に乗せ、親指で小鼻をこすっている。色づき始めた街路樹の木々が等間隔で後方に滑っていく。

「ご機嫌ですね、班長」

助手席のフィリップが欠伸を噛み殺しながら伸びをした。

「いや、まあ、こんな平日に外を走ってるってのも久しぶりだなぁと思ってさ」

「確かに。デスクの前で固まってるよりはましですよね」

テラフォード共和国国家情報局(NIA)の2人は今朝、首都の首相官邸前にあるオフィスに寄ることもせず、自宅から直接郊外の宇宙港に向かっている。4日前、惑星フリートランドを含むテラフォード星系外縁部で哨戒活動中だった警備艦が1隻の不審船を拿捕した。同船は発見された時自動航行モードだったが、警備艦に気づくと慌てて逃走を図ろうとしたため拿捕したらしい。同船は拿捕前、通常の貿易船だと主張していたが、臨検のため移乗した警備艦乗組員が貿易貨物の他に積載リストに載っていない16名の“乗客”を発見すると、同船の船長は帝国領オクシタンから逃げ出してきた難民を“たまたま”救助したのだと主張したらしい。昨晩、その船は共和国警備艦隊の護送の下、首都フリートランドの郊外にある中央宇宙港に降り立った。スレイドらは船内の“脱帝者”(帝国から亡命してきた人々を指すテラフォード国内での呼称)から事情聴取するよう指示を受け、今宇宙港内の警備艦隊基地に向かっているのである。

「しかしヴィヒトラントやアブロリモーゼからなら俺も聞いたことがありますけど、オクシタンからの難民なんて初めて聞きますよ。班長は前にも難民の聴取をしたことあるんすか?」

フィリップが尋ねる。

「いや、俺も初めてだ」

スレイドは顎をさすった。確かに、帝国外縁部でテラフォード星系に隣接するアブロリモーゼやその隣のヴィヒトラントからであれば、何年かに一度ぐらいは“脱帝者”を載せた難民船がやってきている。しかし帝国中心部に近いオクシタンからの難民というのは、20年以上になるスレイドの公務員生活を振り返ってみても初めてのことだった。NIAは主に銀河帝国に関する情報収集・分析を任務とする首相直属の情報機関であり、その中でもスレイドは10年以上にわたって分析部オクシタン班の班長を務めている。フィリップは3人しかいないスレイドの部下の1人である。そうしたわけで2人に今回の事情聴取が命じられたのである。


西暦3000年代初頭、人類はついに恒星間移動手段を獲得し地球を出て銀河系の本格的な開拓に乗り出した。それからおよそ1000年を過ぎる頃には人類が入植した星系は200を超え、総人口は1000億に達していた。人類社会が数千光年に及ぶ範囲に拡大するにつれ地球による中央集権支配は困難となり、各星系がそれぞれ自治と独自の政治体制構築の動きを強めるのは必然だった。そうした中で地球暦4051年、地球から最も離れた惑星ルフトヴァルデは独立を宣言、豊富な人口・地下資源を元手にひそかに蓄えていた強大な軍備をもって瞬く間に近隣星系を侵略。それから10年もしないうちに人類社会の半分以上を支配下に収める大星系国家となった。地球暦4060年、ルフトヴァルデの総統バルトロメウス・ホルツヴァルトは銀河帝国の樹立を宣言、自ら皇帝バルトロメウスⅠ世を名乗った。

皇帝を頂点とした貴族制を導入した銀河帝国に対し、これを認めない地球を中心とする勢力は共和主義を旗印に「銀河共和国連合」を結成。かくして4061年、銀河系の人類社会全体を巻き込む大戦争の幕が切って落とされた。

戦争はしばらく一進一退が続いたが、やがて迅速な意思決定と鉄の結束で勝る銀河帝国側が優勢となった。進撃を続ける銀河帝国艦隊に対し、銀河共和国連合は4066年12月8日、太陽系にてこれを迎え撃ち一大決戦を挑んだ。後に「木星会戦」と呼ばれる戦闘は不眠不休のままほぼ3日にわたって行われ、最終的に銀河共和国連合は戦力の8割を失う惨敗を喫した。

翌4067年1月1日、銀河帝国艦隊はついに地球軌道上に侵攻。しかし地球連邦政府は本土決戦を主張する強硬派に引きずられて降伏勧告を拒否、軌道上から放たれた無数の核ミサイルによる飽和攻撃によって地球人口の9割が命を落とす惨劇を招いた。これによって盟主を失った銀河共和国連合は組織的な抵抗が不可能となり、ある星系は降伏しある星系は地球と同じ運命を辿った。誰の目にも銀河帝国による銀河統一は目前だった。

しかしここで運命の女神による気まぐれで事態は急変する。4069年7月6日、皇帝バルトロメウスⅠ世が急死。死因は心臓発作とも暗殺ともいわれるが、その後の混乱の中で真相は闇に葬られた。

皇帝死去の時点で未だ抵抗を続ける銀河共和国連合は僅かに3つの星系を残すのみであった。一方、銀河帝国側も8年という短期間で急拡大した支配星系の治安維持に戦力を割かざるを得ず、またバルトロメウスⅠ世が跡継ぎを定めていなかったことから有力貴族間で次期皇帝をめぐる主導権争いが顕在化しつつあったこともあり、戦争を継続する機運は失われた。ここに地球暦4069年8月15日、後に「サン・リミノの和約」と呼ばれる終戦協定が結ばれる。

協定では和平の見返りに2星系を帝国側に引き渡すこと、残るグロスター星系(後にテラフォード星系と改名)の軍備を制限すること、双方が国境を接するアブロリモーゼ星系を帝国直轄領としつつも非武装中立地帯とし連絡事務所を置くこと、相互に大使を交換すること、等が定められた。以後、小規模の衝突はありつつもほぼ200年にわたり平和が保たれてきた。戦争終結後、特に最初の10年ぐらいは旧銀河共和国連合星系からの“脱帝”が相次いだが、帝国の体制が安定に向かうにつれそれも少なくなっていった。最近では数年に一度あるかないか、というぐらい珍しいこととなっている。


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