私の気持ちを考えて!
ほどよく冷えた店内でキンキンの飲み物とアイスを味わう真尋は、ちょっとした至福の時を迎えていた。
そんな真尋の正面に座っている椎名の方は、相変わらず身体を縮こませている。
「あー、おいしー! いーの? ここのアイス、すごくおいしーのに」
「ええ、まぁ、僕、甘いの苦手なので……」
「あーそ? じゃあ、いいけどー」
バニラとイチゴの二段重ねになっているアイスをスプーンでつつきながら、真尋は軽く唇を尖らせた。
こういうものは味をシェアしたり感想を言い合ったりしたいけれど、食べたくないなら仕方がない。
いくら『暴君』真尋でも、別に常時爆発しているわけではないのだ。
ご機嫌な様子でアイスを食べている真尋を前に、椎名はどうにも居心地が悪かった。
「……あの」
「なに?」
「……聞かないんですか? あそこで、何してた、とか……」
「えー? きょーみないし」
ストローで飲み物の氷をカラカラと掻き混ぜている真尋の返答は素っ気ない。
椎名は軽く項垂れた。
わかっている。この時代の彼女は自分の恋人でも婚約者でも何でもない。
わかってはいるが、ショックはショックだった。
これから別れてくれるように説得するつもりなのに、やっぱりショックなのだ。
「どーせ、私と話すタイミングなくて様子見してたんでしょー」
真尋は素っ気ない調子のままで言い切った。
完全にバレていたことに、椎名は頭が真っ白になってしまう。
「え、どうして……」
「外あっついじゃん? やっぱお店の方がいいっしょ」
「い、いや、そうじゃなくて……」
「しまっぺと盛り上がっちゃって暑かったんだよねー」
「そっ、そうじゃなくて……!」
慌てた調子で声を上げた椎名は、ハッとして周囲を見回した。
カウンター内にいる店員の姿は見えないが、店内にいる他の客から驚いたような視線を向けられている。
すみませんと小声で言って頭を下げたあとで、椎名は真尋に向き直った。
「そ、そうじゃなくて……その、どうして、様子を見ていたってわかったんですか……」
もしかして、ずっと見ていたことがバレたのか。
それではまるきりストーカーじゃないか。最低だ。
そこまで思った椎名は、いやいや嫌われるのならそれでいいじゃないかと眉を寄せた。
しかし、悩んでいる椎名のことなど知ったことではない真尋は「わかるっしょ」と言ってストローをくわえた。
グラスの半分ほどまで中身が減ってから、やっとストローを解放する。
「だって私と離婚したいんでしょ? その話、終わってないもんね」
真尋の言いように、椎名はゆるゆると肩から力を抜いた。
「離婚、というか……その、まぁ、婚約破棄、というか……」
「自分で離婚って言ったんじゃん」
「うぅ、そうだけど、その……いや、あの……あれは、勢いで……」
「勢いで離婚とかサイテーじゃん?」
「か、返す言葉もないです……」
そう、最低だ。僕は最低なんだ。
椎名は膝の上に置いた自分の手をじっと見つめた。
真尋ちゃんは何も悪くない。それなのに、こうして過去に戻って、昔の彼女につきまとっている。
結婚を、婚約を、交際を、なかったことにしてほしいだなんて。
彼女に直接言えないことを過去の彼女に言っている。
僕は、最低なんだ。やっぱり、真尋ちゃんは僕と付き合うべきじゃない。
「しーなさんだっけ?」
「は、はい。椎名祥平です……」
「ショーヘイってさ」
そう呼ばれて、椎名はドキッとしてしまった。
そんな些細なことなのに。彼女の声で名前を呼ばれるだけで、どうしても嬉しくなってしまう。
「結婚したくないくらい嫌いになったってこと?」
真尋が不思議そうに問いかけると、椎名はガバッと勢いよく顔を上げた。
「そっ、そうじゃないです……!」
その気持ちは本当だ。
彼女を、真尋を、嫌いになったことなんて一度たりともない。
一方的に責め立てられたような喧嘩をしたことはあるが、怖いと思っただけで嫌いだと感じたことなんてなかった。
「そうじゃ、なくて……僕が、君を幸せにする、自信が、ないから……」
少しずつ声を小さくした椎名は、自分がひどく情けないことを言っているのだと感じて凹んだ。
しかも、それを大人の彼女ではなく、まだ学生の彼女に言ってしまっている。
ふーんと相槌を打った真尋は、やはり興味がなさそうだ。
真尋は少し固めのソファに背を押し付けて、校則よりも短めのスカートから伸びる脚を投げ出した。
少し緩くなってきたアイスにスプーンを突き刺して口に運ぶ。
冷たいアイスを舌の上で溶かしながら、真尋はイライラし始めていた。
「はーっ、意味わかんない。その話って未来の私にしてないんでしょ?」
「し、してないです……」
「そこが意味わかんないの!」
真尋はバンッとテーブルを叩いた。
びくんっと肩を跳ね上げた椎名が慌てて周囲に視線を巡らせる。
他の客たちは二人を気にはしているものの、ちらちらと様子を見ている程度だ。
そうやって周囲ばかり気にしている椎名の態度に、真尋は更にむっとした。
「そーゆー話って二人でするもんじゃん! てか、ストレートにムカつくんだけど! なんでアンタに否定されなきゃなんないの!?」
バンバンとテーブルを叩いた真尋は、イライラした様子を隠さずにアイスを食べた。
濃厚な味と冷たさが喉を流れていくから、ほんの少しだけムカついた気持ちが落ち着いてくる。
「ひ、否定なんて……」
「だってそうじゃん。優しいからとか言ってたじゃん」
「言いました、けど……」
「この私が! なんで同情だけで結婚なんかしなきゃなんないの? するわけないじゃん!」
そうやって指摘すればするほど、更にイライラした気持ちが募ってくる。
真尋はアイスにかじりつきながら、正面に座っている椎名を睨みつけた。
「だって大人の私って絶対カワイイっしょ! てか美人だと思うわけ! 何なら結婚相手なんてヒクテアマタ的な!」
「はっ、はい」
「私がわざわざアンタがいいって選んでるのに、なんでそーゆー言い方するわけ!?」
噛みつくような勢いで言い放ったあと、真尋は前のめりになっていた姿勢を戻してソファに背を押し付けた。
そして、ガツガツとアイスを食べ進めていく。
「意味わかんない。納得できないもん。ムリムリ。そーゆーの嫌い!」
「で、でも、僕……自信がなくて……」
「アンタの意見なんかどーでもいいの! 私の気持ちを考えてよ!」
真尋の勢いに押された椎名は、どんどん顔を上げられなくなってきた。
ああ、彼女はこういう人だった。どうやら、学生の頃から変わっていないらしい。
ワガママだと言われるのは、このせいだ。
でも、彼女が優しい人だということを、少なくとも椎名は知っているつもりでいる。
言い方は果てしなくキツいものがあるが、だからといって、彼女は間違ったことは言っていない。
確かにそうだ。本当なら、二人で、話し合うべきところだ。
「ご、ごめん……でも……」
しかし、ここまで来てしまったら、椎名の方も譲れないものがある。
「ぼ、僕は、真尋ちゃんと結婚できない。し、しない方がいいって、思う」
たどたどしく言葉を放ちながら、椎名はやっと顔を上げた。
自分を睨むように見つめている真尋が怖いものの、今は逃げられない。
「このまま君に甘えるわけにはいかないんだ。結婚しない方が、君にとってもいいと思うから……!」
椎名は、真尋が好きだ。今でも、好きな気持ちしかない。
好きだからこそ、彼女には幸せになってほしい。
自分のようなしがない研究員ではなくて、自分のような情けない男ではなくて。
彼女にはもっといい相手がいる。真尋の言う通り、彼女はまさしく引く手あまただ。
未来の彼女は今の彼女よりも、更に綺麗で美しくて、スタイルの良い女性になっている。
彼女なら、どんなに条件がいい男性でも選びたい放題ではないか──と椎名は思ったのだ。
「ふーん。意味わかんない」
しかし、高校生の真尋にとって椎名の悩みは理解できないものだった。
確かに真尋から見た椎名は、決して格好良い男ではない。
だが、それでも未来の自分が結婚相手として選んでいるのだ。
自分が選んだ相手の悪口なんて、その当人であったとしても許したくない。
両者の溝は深かった。
互いに互いで譲れないものがあるのだ。
しばらくの沈黙のあと、アイスを食べ終えた真尋はストローを口に運び、ズズズと音が出るまで飲み干した。
「んじゃあ、5日後までに決着つけよ。私が納得したら、がんばってショーヘイに会わないようにする」
「……な、納得しなかったら……?」
「ショーヘイがちゃんと結婚する。ね、カンタンでしょ?」
ゆっくりとソファから背を離した真尋は、身を乗り出す形で椎名の顔を覗き込んだ。
その大きめの胸がテーブルに乗っていることに、椎名は勝手にドキドキしてしまう。
「ど……どうして、5日後に……」
椎名がドキドキしながら問いかけると、真尋は再び座り直して言った。
「夏休み入るしキャンプの予定あるんだもん」
なるほど解決して思い切り遊びたいということらしい。
拍子抜けした椎名は、長々と息を吐き出した。
期日まで、あと5日。




