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第9話「委員長と問題:第1ゲーム(2)」


 誰かが一番最初に動かなければ、場は硬直し続ける。

 そして無残にも時間だけが過ぎ去る――そういう経験は、消極的な人間が集う場所で往々にしてあることだ。

 言い出しっぺが割を食う、悪しき風習――と言うよりは、協調意識の無さに由縁するが、消極的な人間が集まっている以上解決策は誰かが犠牲となる他ない。


 そんな舞台で、派手な金髪をしているくせに、誰にでも愛想を振りまけるような良い笑顔で相鮫は先陣を切った。

 勇気のある行動とみるべきか、それとも何か策があっての行動か。

 まだ俺には分からない。


「点数を隠すメリットもありませんが、とりあえず皆の分を照合して、我こそが現代文が得意だ、という人に判断して票を入れるのが一番いいと僕は思いますけど、皆さんはどうですか? 異論がある人は何か言ってくださいね」


 相鮫は、ニコニコとした表情を常に崩さない。

 彼は、このゲームの勝者が総取りだということを知っての行動だろうか。

 それとも、何も知らずに進行をしているのか。

 隣で風見が舌打ちをする。

 

 だが――同時に、俺は場の状況が進んだことに安堵していた。

 最悪のシナリオは、動かないまま誰も正解できないこと。

 それだけは回避しなければならない。

 たとえこれが本当に交流会だったとしても、ゲームはゲームだ。

 負けっぱなしは悔しいじゃないか。


「では、回収します。その時に我こそは現代文は得意だ、って人は名乗り出てくださいね――恥ずかしいかもしれませんけど、間違えたって僕が責めさせませんから」


 相鮫の侵攻は、着々と進む。

 プリントを回収するついでに、他のクラスメイトに「どう?」と聞いて回るという1対1のコミュニケーション欠かさない。


「やぁ、高智君。覚えてる? 相鮫だよ、相鮫那由他。このクラスは良いね、皆理解が早くて助かるよ、流石進学校だ」


 僕の手元にある答案用紙を渡すと、彼はにこっとして去っていった。

 狐のような長細い目が、笑ってさらに細長くなる。


 そして、その次に目をつけたのは――クラスの隅っこに居る女性。

 相鮫が委員長でなければ、彼女こそが委員長に相応しいだろう、とも思えるオーラを身に纏っている。

 長い髪は紫がかっていて、眼鏡を掛けており、その胸元には隠し切れない双丘を兼ね備えている。

 だが――それよりも気になるのは、彼女の持っている太い本だ。

 『運勢一覧』と書かれたやたらとゴツい書物に目を奪われ、そこから目が離せない。


「私はその提案、拒否していいですか?」


 そして、驚くべきことに彼女は、相鮫の提案を拒否した。

 圧倒的に相鮫が正しいと思われている中で、強調を捨ててまで反感を買うことに、メリットはない。

 風見が導き出した結論に辿りついていない限りは。


「異論があるなら僕は否定しないよ。僕はね」


 相鮫はなるべく波風立てないように威圧をする。

 遠目から見ればただの会話に見えるようなその一言も、近くにいた俺から見れば強迫に近い威厳を出していた。


「アンフェアじゃないからです。君の提示している情報は、全てではないから――」

「それは?」

「この勝負に勝った人で2万Kを分け合う、ということに気付いているのにそれを言わずにこうして解答用紙を集めているところが、ですよ」


「――知ってて、言うのね」


 隣にいた風見が呟く。

 この場では、ただただ情報こそが力を持つ。

 理解できていないクラスメイトのために、彼女――東園ひがしぞのは噛み砕いて説明する。

 それは、風見が僕に説明してくれた情報全てだった。


「なるほど、賢いね。僕はそんなことまで考えてなかったよ! ――でも、独り占めにしようとするのはいけないんじゃない?」

「独り占めにするつもりはありません。でも――私は、誰かが独り占めにしてもいい、とは思っています」

「どういうこと?」

「その判断機会を奪って結論だけを導き出そうとした貴方の考え方に賛成できないから渡したくない、と言うだけの話です」


 買い被られちゃったな、と相鮫は笑いながら呟く。

 

「じゃあ、いったん皆にこの回答を返そうか――それなら満足かい?」

「私を我儘な人に見せかけるのが本当に上手ですね……」


 東園は眉間にしわを寄せて、相鮫に詰め寄る。


「独り占めしたい、見せたくないと思った人は貴方から回答を返してもらうだけでいいんです」

「じゃあそうしよう」


 相鮫は東園の提案を否定しない。

 だから、俺は相鮫が何を考えているのか聞けなかったし――聞いたとしても、きっと答えてはくれないだろう。


「ねぇ……この間、高智は友達が出来たって言ってたわよね」

「そうだね」

「その時、相鮫君って言ってなかったかしら?」

「……そうだね」

「友達、ちゃんと選んだ方がいいわよ?」


 今のところ碌に友達を作ろうとしない風見に言われなくない。

 だが――風見の言葉ももっともだ。


「誰か、自分の回答が見られたくないって人、います?」


 当然、この空気の中、誰も声を上げられる人間はいない。

 そもそも、それが言えているのなら、最初から抵抗できている。


「うん、なさそうですね。良かった良かった。これで僕の正しさが裏付けられましたね」

「……なら、良かったわ」


 東園は解答用紙を相鮫に渡す。

 それを受けて、相鮫は首を傾げた。


「渡さないとは言っていないわ」

「なんだかんだ言っても協力的なんですね」

「意思の確認がしたかっただけよ」


 なんだ、新手のツンデレか? という声がクラスから聞こえてきそうな雰囲気だ。

 最初に反対意思を見せたものの、結局東園さんも相鮫に解答用紙を渡したことでまとまりのなかったクラスは団結を見せた、ような気がした。


 だが、それは錯覚だと、俺は知っている。


 最後の一人――相鮫は俺の隣にいる風見に近づく。

 俺の隣にいるのに、なぜ俺の次に回収に向かわなかったのか。

 その理由は、なんとなくだけど俺には分かる。


 だからこそ、相鮫は東園さんを風見の前に選んだのだろう。

 そうなることが視えていたかのように。

 理解していたかのように。


「私は、誰にもこの回答は見せないわ。一人で勝ち星を独占したいの」


 そういうことを言ってしまえるのが、俺の同居人、風見月だった。


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