第8話「団体戦と個人戦:第1ゲーム(1)」
「先生……!?」
「なんですか?」
『対戦者:先生Vs1-F-3全員』
AIサリーは空気を読まない。
それが余計に緊張感を高める。
クラスの委員長になるであろう眼鏡の男子が、挙手をして先生に尋ねる。
「これは一体どういうことですか……? 授業は……」
「これも授業の一環です。でも、皆さんが疑問に思うのも納得なので、少しだけ説明しますね」
カツカツ、と先生は黒板に文字を書いていく。
それは国語科の教員らしい、清廉な手付きで。
『クラスメイトを、どれくらい知っていますか?』――と。
「君たちはこれから一年間を過ごすクラスメイトです。その中には、運動が得意な人、数学が苦手な人、おしゃべりが好きな人、色々な人がいるでしょう。なので、現代文担当の私から皆さんにサービス問題ですよ」
「サービス?」
誰かが疑問の声を上げる。
サービス、と言われてもよく分からない。
「このクラスの中で『今のテスト問題を最も高得点で解いた人』を探してみてください。それができた人には先生から『2万K』のプレゼントです。分かった人から自分のデバイスで指定してください」
『先生は2万Kをベット、1-F-3は何を賭けますか?』
「今回はサービスなので何もなしでいいですよ。その代わり、授業終了のチャイムが鳴るまでです」
『なし、了解。両者の合意形成、開始までの猶予、20秒――』
クラスメイトが思わぬチャンスに騒めき立つ。
この学園で使われている『K』が思わぬところで入手できることを知ったからだろう。
サリーがカウントダウンを着実に進める。
0になるまでに、教室のボルテージは最高潮に高まっていた。
現金なクラスメイト達だ。
『3、2、1、開始――』
開始のゴングが鳴る。
クラスメイトとの生活はまだ始まって1週間も経っていない。
人となりだって分かるわけがないのだ。
だからこそ、それはクラスメイト同士を相互理解させるためのレクリエーション。
「――なわけないじゃない」
ほぼ全員がそう考え、自主的に答案用紙を握り締めて動き始めた矢先、風見が小声で俺に耳打ちする。
「違うのか?」
「だからバカなのよ。そんなに甘いわけないでしょ」
「いや、でも流石に初っ端からそんなに飛ばしてこないと思うけど……」
現代文の授業の初回、そしてこのクラスとして何かをするのも初めてだ。
闘争心剥き出しで誰かを見ているのは、きっと風見だけだろう。
だが、風見は俺の答え――考えかもしれない――に落胆したように、溜息を一つ吐く。
この1週間の間に何度聞いたのかも分からない、彼女の代名詞のような吐息だ。
「例えば高智が2万Kこの勝負に賭けたとして、負けた時に失うのは幾ら?」
「そりゃ、2万Kだけだろ」
「じゃあ、この勝負に勝った人が手に入れられるのは?」
「2万Kに決まってるだろ」
「そんなわけないじゃない――私たちは全員で20人。等分したら一人1000Kよ」
当然、そうなる。2万Kという言葉の大きさに踊らされていたのは俺だけか。
だが、2万Kとなれば小さめな冷蔵庫くらいは買える。
要は1K=1円だ。
日本円での賭博は禁止されているから、Kというレートに置き換えたのだろう。
「で、この勝負勝てるのは最小何人?」
彼女は、改めて俺に問う。
『最小』――そこでようやく、俺は彼女の言葉の意味に気が付いた。
「そっか――勝てるのは全員じゃないんだ」
「そう、チーム戦に見えるけど、実質個人戦よ」
それしきのことも理解できない様じゃ、高智は問題外ね――そう言って、風見は俺から目を逸らす。
多少なりともカチンときたが、そんな簡単なことを理解できなかった自分が悪い。
何より、それに対する悔しさはあった。
「このクラスで一番高得点を取れるのなら、それくらいのことは分かっているはず――だから、テスト結果に自信がある人ほど、ここで結果を偽るわ」
「そんなことしたら、これからのクラス仲に問題が出るんじゃ――」
「はぁ――……」
再びの溜息。
また俺、何かやっちゃいました?
この手のやらかしてしまったシリーズは本当につらい。
「『これから一年間過ごすクラスメイト』に向かっては親睦会かもしれないわ。だけど先生はそんなこと、一言も言っていないの」
言われて、俺は先生が何を言っていたかを思い出す。
『君たちはこれから一年間を過ごすクラスメイトです。その中には、運動が得意な人、数学が苦手な人、おしゃべりが好きな人、色々な人がいるでしょう。なので、現代文担当の私から皆さんにサービス問題ですよ』
――何ら不自然なことは言っていない。
だけど、それは。
親睦会ともまた一言も言っていないわけで。
ただ、クラスメイトであることと、サービス問題であることだけ。
正直、疑りすぎだと思う。
ただ、それは彼女に言わせてみれば「疑いすぎることの何が悪いのよ?」と帰ってくるに違いない。
この学校に入ったその瞬間から、風見は気を抜いていない。
俺の立てる物音ひとつで、すぐに意識が現実に戻ってくる程度には、少なくとも。
「ここで抜きんでてクリアできるような生徒は、すぐに上のクラスに行くわ。1年に1ランクしか上がれないなんてことはないし、1年で昇級できるのは1回なんて決まってるかどうかも分からないんだから」
「可能性に夢を見過ぎなんじゃないのか……?」
「何言ってるの……? 勝ち星を上げればランクは上がる。じゃあ先生のランクは?」
「――――!」
「私たちと同じF、ということは恐らくないでしょうね。だから、これはチャンスなのよ。皆と協力して勝ち星を稼いでもいい――だけどそれじゃあ、皆と一緒じゃランクアップは出来ないわ。だから、私は一人で勝つわ」
風見は、俺に宣言する。
どうしてそれを俺に言うのか、正直意味が分からなかったが――それは、ほんの一瞬のことだった。
「高智も一緒よ。この戦い、二人で勝つわ」
そんな宣誓と同時刻。
先生がいた場所に替わるように一人の生徒が壇上に立った。
「この勝負、必要なのは協力です! 皆で協力して先生に勝ちましょう!」
その生徒は――相鮫。
俺が初めてこの学校で出会った友達だ。
そして今、相鮫はまるで教師のように言葉を奮う。
見た瞬間、誰もがこのクラスのまとめ役だと把握した。
そう言う立ち振る舞いを、彼はしていた。
そしてまた――俺たちの言葉なんて聞いてもいないはずなのに。
「皆が協力して回答を見せ合えば、誰が一番得点がいいのかが分かります!」
まるで俺たちの邪魔をしてくるかのように、良い笑顔で彼は言い放った。
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