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第7話「結局負けましたと他人行儀」


「『今何を思っているか』×、『次どんな感情になるか』×、『次になる感情を喜怒哀楽の中から予想』〇、どうやら心には干渉できないみたいね」

「もう夜だぞ」

「研究結果のまとめよ。明日から何が起こるか分からないじゃない」


 そう、俺たちはまだこの学校を知らない。

 『ランクアップ』というニンジンをぶら下げてられているにもかかわらず、日常生活自体は他愛なく進んでゆく。ランク分けされたクラスごとに教室の設備が劣るとか、そう言ったことは今のところ見当たらない。


 そう、ゲームに関するところに関わっているのは――生活関連。

 もっと言ってしまうと、学校以外のところだ。

 食べ物は『K』で買う。この『K』をどうやって入手するかという説明すらなかった。

 今は入学時に配布された『K』があるが、迂闊に使えないというのが実情だ。

 この疑問は時間が解決してくれるものなのか――疲れた頭は、それから考えることを止めて、深い眠りに落ちた。



 翌朝。

 床に臥すように寝ていた俺は、掛かっていたタオルケットを除ける。


「いつの間に寝てたんだ……」

「おはよ、とりあえずお湯沸かしてるから、風呂入ってきなよ」

「ん……ありがと」


 眠たい目を擦りながら、回らない頭を回さないまま言われるがままにカーテンを開ける。シャッ、という音が脱衣所と言う特別な空間を演出してくれいる。

 ここで服を脱ぐのは、いまだに少し恥ずかしい。この絹擦れの音も風見に聞こえているんだろうと思うと、おちおち服も脱げない。

 だが、俺ですらこんな乙女チックな恥ずかしさを持っているのだ、風見はその比じゃないだろう。


 バスタブの中には、ちょうど一人分のお湯が張られていた。

 肩まで浸かってぎりぎり溢れない、そんなレベルのお湯だ。

 独り言を零したくなるような気持ちよさだが、そんな声すらも風見のいるパーソナルスペースに届いてしまう。

 だから、俺はこんな一人でいる空間ですらも風見を意識しなければいけない。

 そう言う意味では、すこぶる窮屈だ。


「出たぞ、一番風呂悪いな」

「いいのよ。昨日付き合わせちゃったのは私だし」


 風見はキッチンに立って味噌汁の味見をしていた。

 シュル、と首筋で結ばれているエプロンを解くと、そのまま俺の前にやってくる。

 抱きしめるような体勢で両手を首元に回し、慣れた手つきで俺の首元でエプロンを結ぶ。


「おい、近いって」

「お風呂上がりの良い匂いだから体臭は気にしなくていいわよ。――もしかして私の匂いのこと言ってる?」


 そう言って風見は自分の腕周りを嗅ぐ。

 正直、みそ汁の匂いしかしなかった。

 女の子特有のフローラルな香りは、どちらかと言えば俺から出ているはずだ。

 風見の厚意(というよりは、共同生活において余計なものを買わなくていいという節約心からだろうが)で俺は彼女と同じ石鹸を使っている。


「そう言う態度、学校ですると変な誤解が起きるぞ」

「高校生っていっても、中学生の延長線上でしょ? このくらい普通よ」


 生粋のサークルクラッシャーか?

 とはいえ、まだ距離感を掴みかねているのも事実。


「ま、余計な勘違いをされるのも困るのよね。分かったわ、気を付けるわよ」


 風見は俺の心配を「余計なお世話だ」と切り捨てない。

 純粋に、言葉通りに受け止めている。

 あしらわれた、のかもしれないが。


「じゃ、味噌汁見てて。私もお風呂入ってくるから」

「風見は昨日入ったんじゃないのか?」

「別に高智のためだけにお風呂沸かしたんじゃないわよ」


 考えてみればそれもそう。

 なんらかのついで、だったのだろう。


 俺たちは行きずりのまま同居をしているだけ。ギブアンドテイクの関係ではあるが、奉仕関係ではない。

 だからこそ、お互いの生活に関しては協力はすれども、要請されるまで干渉はしない。

 生活環境が同じだけの他者、に過ぎないのだ。


 だからこそ――俺は風見に余所余所しく接するし、風見もちゃんと顔を合わせれば友達然とした振る舞いを見せる。

 そういうふうに、しているから。

 極端に悪い面を見せずに、あくまで他人行儀。


 俺がそうであるように――風見も意識的にそうしているのだろう。

 風見の女子力は俺からしてみれば地面ギリギリだが――それでも、風見は最低限度のラインを守っている。

 だから、おかしなことに。

 表面上は同居人なのにもかかわらず、俺たちは『友達』なんだ。




 現代文の授業は常に眠たい。

 作者の感情を考えろ、なんてベッタベタな問題が出てこなくなった昨今、かわりと言っては何ですが、では済まされないレベルの難問が姿を現した。

 そしてニュアンスの違う微妙な回答群の中から一つだけ答えを見つけてそれを正解とする――とんだ4択〇×ゲームが繰り広げられていた。


 数学の方がよっぽど性に合っている。

 計算して答えを出せばいいだけだ、ただのゲームである。

 これもゲームとして割り切ってしまえればいいのだが、そういう訳にもいかない。


 国語は数学と違う点が、一つだけある。

 いや一つだけではないが、大きくは一つだ。

 言葉は嘘を吐く。

 嘘を嘘と見破られなかった答えが×となる。


 たまに数学でも「解なし」のような裏切りをされることがあるが、そう言う次元ではない。

 現代文とは嘘と真実とのせめぎ合いだ。

 時に正解ですら意見が割れることもある。


 そして俺は、そんな嘘が死ぬほど苦手だ。


 なんでこんな回りくどい嘘を吐くんだ? お兄さん泣きたいよ……という心の声は理性によって溜息に変換される。

 みんな泣きたいんだろうな、あちらこちらで溜息の連鎖が続く中――斜め前に座っている風見は、意気揚々と問題を解いていた。


 そんな折――俺は昨晩言っていた風見の言葉を思い出す。


『心には干渉できないみたいだね』


 ゲーム内容が心に干渉できないことを確かめた、たったそれだけのことだ。

 そんな当たり前のことを、わざわざ確認して――


「じゃあ、皆さん解けたみたいですね」


 いたら、制限時間が終わっていたようだ。

 クラス担任兼現代文の先生が、にっこりとした笑顔で語る。


「みなさん、このクラスで一年間過ごしていくわけですが、そろそろ友達作れましたか?」


 クラス内から失笑が漏れる。

 俺の笑い声も含まれていた。


「では、今からゲームをします。サリー、ゲームレディー」

「――――!?」


 クラス中が騒めく。

 思いもよらぬタイミングで、戦いの火蓋は切って落とされた。


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