第6話「コミュニケーション不足と言語」
「そう、こんなのゲームでもなんでもない。だからあの約束事は無かったことにする、これってあり? サリー」
『ゲームであることを宣言し、互いの合意がある以上、謀反は認められません。約束を履行してください』
AIとは思えない程冷たい声だった。
いや、本来のAIはこういう声をしている。
だが、これはAIの声と言うよりも――ただただ録音された音が流されるだけという、ひとかけらの感情も籠っていない声だった。
「高智よりは有情でしょ。私は退学なんて迫ってないよ。人の心は捨ててないからね」
負けたからか――そんな言葉が、ただの煽りにしか聞こえなかった。
「っていうか、退学っていうのも賭け皿に乗るんだ……一度宣誓した後の掛け金の変更も無かったから、サリーを呼び出してからの合意形成は意味なさそうだね」
「お前、淡々と……」
「あ、負け犬さんじゃん」
めっちゃ煽ってくるじゃん。
お前、という言葉が気に入らなかったのか、「風見よ」と言って蹴ってきた。
「とはいえ、まだ家から出ていかれても困るから、もうちょっとここに居て」
「何言ってるんだよ……」
「実験よ。本来の目的を忘れたの? ……忘れてるわよね」
ジトっとした目で俺は見られていた。
「まぁ、風見の温情で一応俺はこの学校に残れたからな。まだこのシステムにはお世話になるだろうし」
「はぁ……本気であんなこと言うわけないじゃない。バカなの?」
「本気で、ってこの権限がどこまで通用するのか分かってないんだから――」
ビビビ、と震える音がした。
僕のデバイスだ。
『約束を履行してください』
音と文字とが同時に俺に襲い掛かる。
警戒色でおなじみの赤いバックライトがデバイスを覆う。
「これ、履行しなかったらどうなるの?」
『3アウトで退学措置となりまス』
「1アウトは?」
『約束の履行に掛かる想定時間を大幅に超過した場合、アウトが取られます』
「その約束は、継続されるの?」
『いいえ、破棄されまス』
――なるほど。
この3アウト制は最低限の防衛線か。
「死ぬ」とか無茶な要求をされた場合に使うべきだろう。
だけど、ここは残るべきなのか……?
「ほら、こんなところで1アウト使っちゃうのはもったいないでしょ。とっとと出なさい」
「仕組みが分かったからもう用済みってか」
「拗ねるのは後でいいから、ほら!」
俺は風見に強引に腕を取られ、そのまま外に出る。
靴を履く暇すらなく、それは風見も同様だ。
からっと晴れ上がった空が、敗者の眼には随分と眩しく映った。
そこで――
ビビビ、ビビビとなり続けていたアラームが止まった。
俺のデバイスは、いつものサリーに戻っていた。
「これって……」
「高智、馬鹿じゃないの?」
「…………?」
風見の要求は、俺が家を出ていくこと。
『家を出ていくこと』、という要求は、何を以て家を出たとするかとは定義されていない。
「……なんだよそのとんちは」
「次の実験、さ、入って」
土埃が付いた靴下なんかには目もくれず、風見はUターンして俺を家に引き込む。
再びアラームが鳴りだすようなことは起きなかった。
「これで本当に約束は履行されたことになったのね」
「ちょっと、どういうことだよ」
「どういうことも何も、初めから言ってるじゃない。実験よ」
家から出たら約束が履行されたことになった。
彼女の――風見の言葉には、含みが存在していた。
「もし仮に私が本当に高智に出て行って欲しいなら、初めから高智みたいに言ってるわよ。ってか、私のことが本当に邪魔だったのね……8日も一緒に居てなんだけど、引いたわ……」
「何の相談もせずにいきなりあんなこと言うからだろ」
「少しくらい察しなさいよ」
「さてはコミュ障だな?」
少なくとも俺と風見の間で齟齬があったのは間違いないだろう。
だが、それすらも想定内だという風に風間は言い切る。
「言えない理由もあるのよ。このAIが賢いのは分かったわ」
「サリーとは大違いだ」
「同じはずなんだけどね。でも、今の実験で分かったことがたくさんある。一番大きいのは、約束の定義が言葉通りに進むこと」
決して、文脈を読んだ内容にはならない――と風見は言う。
「文脈のまま受け取るなら、高智を家から追い出す――つまり、引っ越せ、という意味になるわ。だけど、そうはならなかった」
「お前が内心どう思っていようが関係ないってことだよな」
「それは……今回の実験では試せなかったから分からないわ」
ごにょごにょと風見は何かを言いかけたが、深呼吸を一度挟んでから気を取り直した。
「もしかしたら心を読んでそうなるようにしているのかもしれない――けれど、まさかAIにそこまでの技術はない、と思うわ」
「それから、ゲームにも問題があるよな」
「そうね、でもそれはこっち側の問題。逆に言えば、示し合わせてしまえば八百長もできるもの。もし高智が最初に思っていたようなゲームにしたいなら、
・ターン制の導入
・人間として不可欠な動作はカウントしない
みたいな細則を入れる必要があるわね」
「そこまで縛られると、逆にめんどくさいな……」
「不用意な負けを防ぐためには大事なところよ。それから、私たちの生活をAIは常に監視していることは分かったけど、じゃあ『今私が考えていることを当てるゲーム』は成立するのかしら?」
「さすがにそれは無理だろ」
「やってみましょう、実験は大事よ」
ああ――風見の目が光っている。
俺はこの光を知っている。
俺もこの光を目に宿したことをあるからだ。
『知りたい』という欲求――知的好奇心。
「付き合ってくれたら、一つくらい言うこと聞いてあげるわ」
「なんでも?」
「常識の許す範囲内でね」
AIは、どうやらそれを掛けの天秤に乗せる錘として許容したようで。
このあと滅茶苦茶ゲームした。
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