第4話「双方合意と初めての友達」
さしあたっての目標は、自分一人だけの部屋を持つこと。
共同生活をしている生徒も、きっと少なからずいるだろう。
だが、女子と二人きりと言う夢のような、或いは地獄のような空間にいるのは、きっと学園全てを探しても俺一人だ。
「双方合意の上、って便利な言葉よね。私たちはこれでも双方合意の上で同じ部屋で暮らしているわけでしょう?」
一つのログハウス(延焼済み)はおよそ18畳ほどのまぁまぁひろい部屋が一つの家だ。リビングもキッチンも一つの部屋で完結しており、幸いなことにトイレと風呂は別。
「でも、私たちは内心共に暮らすことを合意していない。でも、同じ部屋に住んでいる以上は同意していると見做されている――」
この家に一つしかないベッドを独りで占領して、足をバタつかせながら呟く彼女は、相方の風見月。
寝転がっているベッドも、俺が寝ることになったソファーと同じくらいの固さなので、譲ることにした。
女の子として、ベッドで寝るという最低限度のこだわりは譲れないらしい。
「そんなの私の貞操大ピンチじゃない? ねぇ」
「それ俺とする話か?」
間仕切りの向こう側で、風見がドライヤーで髪を乾かしながら世間話を持ち掛けてくる。
といっても、もう彼女との共同生活は8日目となる。
それが何を表すかと言うと――ついに今日、入学式が執り行われる。
「高智がこれだけ可愛い私と何日も過ごしてきて、手を出さなかったからある程度信頼してこういう世間話が出来るようになったの。信頼が成せる業よ」
「そりゃ、ありがと」
それは裏返してみれば草食系カス野郎とDisられているようにも感じるが、きっと彼女に他意はないのだろう。
そもそも手なんか出してみたらそれこそこの学校を退学させられる羽目になる。
そういう手段を使って俺を追い出さない辺り、彼女にも人情があるのだろう。
人情というよりは、正義感か。
カーテン越しに、絹擦れの音が聞こえる。
同級生の着替えに興奮しないような男は男じゃない。
だけど、これを1日あたり2回経験すると、流石に疲弊してくる。
当然興奮はするんだけどね。
「着替えたら、行きましょう。まぁ、ここで知り合ったのも何かの縁、同じクラスになれると良いわね」
風見からの評価は、そこまで悪くないようだ。ファーストインプレッションの割によくやった方だと自分でも思う。
「そう、だな」
ここ数日で、溜息の数は最初の頃よりもずいぶん減ってきた。
それでも、誰かが近くに居るだけで起こる心労は山のようにある。
早くランクアップできないだろうか――それだけが、今の願いだ。
入学式は恙なく執り行われ、クラス分けの発表がポンコツAIによって行われた。
『マスターは1-F-3でス( ゜Д゜)』
「お前……しばらく電源切ってたから拗ねてんのか?」
『(^^)』
気が付いたら会話が成立しなくなっていた。
せめて言語で返して欲しい。
スタンプだけ返されるとなんて返せばいいのか分からない妙をまさかAI相手にさせられるとは思ってもいなかった。
ここ数日、喋り相手として常に風見がいたので、コイツと喋るのも久しぶりだ。
「一応聞いとくか、風見は?」
『個人情報にはお答えしかねまス』
「そう言うところは厳格なんだな」
「情報は価値になるからね」
聞きなれない声が、僕の真正面から掛けられる。
歩きながらサリーと話していたからか(サリーはたまに画面上に表情を映し出すので話す時も画面を見なければいけないポンコツAIだ)、目の前にいた金髪の男子生徒に気が付けなかった。
「君もF-3なんだって? 同じクラスだね」
「ん……まあ、一応な」
「強気だね、やっぱそうでなくちゃ」
だけど、皆はそう言わないよ、と男子生徒は言う。
「そっちだって、すぐにこんなクラスっていうか、ランクとはおさらばしたいだろ?」
「もちろん、でもあと3年間あるからね。別に焦らなくてもいいかなって。向上心のない人間を馬鹿にしちゃいけないぜ? 僕らFランクが全員上の層に上がりたいとは思っているとは限らないんだから」
「馬鹿にはしてないかな……ライバルが減って嬉しいよ」
「正直だね、君とは相容れないから上手くやれそうだよ」
なんだろう。
同じ言語を用いて話しているはずなのに、どこか言葉が通じない。
これがFランクと言うことなのだろうか。
そんな偏見に塗れた眼鏡を仕舞いこみ、俺は彼と握手を交わした。
新しい学校、新生活の一日目。
大抵は皆おどおどとして場の空気を測りかねているものだ。
だから、そこに一人でも知り合いがいるというのは心強い。
教室の窓ガラスから見える席に座っていた風見が、ひらひらと手を振る。
俺もそれに合わせて、軽くグーサインを出す。
まだ誰とも話していなかったのか、彼女の表情は少しだけ明るく輝いた。
明日から勉学に励むこの教室では、この学校のルールについての再確認が行われていた。
驚いているのは俺のように何も前情報を持たずにこの学校に入ってきた数人くらいしかおらず、そんな数人もこの8日間の間にそれぞれがそれぞれの地獄を見てきたのだろう。
皆目が据わっていた。
うん、一度想像してみてほしい。
新生活の一日目、そこで出会うクラスメイトのほぼ全員の目が据わっていて、かつ全員死んだような顔をしているというこの惨状を。
一つだけ分かることがあるとすれば、今はまだ地獄の一丁目だということくらいだろうか。
どうやら、初日である今日は俺がこの家に一番乗りだった。
この家を独りで占領できるというのは、あながち悪くないのかもしれない。
ブッキングさえなければというのが悔やまれる。
――と、そんなことを考える時間もなく、続いて風見も帰ってきた。
けものみちを抜けて帰ってくるせいで毎回葉っぱが服に付着してしまうためどうしても皴が付いてしまう。
俺が帰っていることを知るなり、風見は開口一番こう言った。
「友達、できた?」
「一応ね……」
一番最初に出会った金髪の男子生徒の名前は、『相鮫』と言うそうで、電話帳の一番上を譲りそうもない名前をしていた。
「私も出来たわ!」
「知ってる、可愛いもんな」
「どうしたのよ……照れるじゃない」
そう、風見は可愛いのだ。
そして、可愛い女子は女子にモテる。
当然嫉妬の対象になることもあるかもしれないが、風見の性格も幸いして今のところソウはならなそうだ。
「高校生なんて3年間しかないんだから……友達作らなきゃ」
「友達作っても、敵になったら戦いにくいだけじゃない?」
「私たちは同ランクだから戦わなくてもいいのよ」
「……賢いな」
風見の言うとおりだ。
同じランク帯ならランクアップのために戦うはない。
「そして――私、気付いたの。皆入学タイミングは一緒。そして、この学校のルールにも精通していない……差がついてないのよ」
「俺らだってルールなんて知ったこっちゃないだろ」
「だからよ。今の内に行動して――もっと言えば、ランクアップのための方法をかき集めて、出し抜けばいいのよ」
「天才か?」
「これでも私は天才なのよ」
風見は自重しない。
どこからそんな自信が湧いてくるのか、不思議だ。
少しでいいから分けてくれよ。
「今日のクラスルームをまとめると、
・ゲームでの勝負が推奨されている
・ランクアップには大量の勝ち星が必要
・どのランク帯に勝ったかで勝ち星の色が変わる
・低ランクからの勝負を受ける必要はない
・勝者と敗者の間での取り決めは絶対
・双方の合意の上でのゲームが望ましい
・授業は普通にあるし、ゲームは授業とはまた別に存在する(重要)
・良い人生経験を積んでくれ
って感じね」
「後半、校長先生の話みたいだったな」
「仕方ないよ、ここは学校なんだから」
提示されたルールはここまで。
これ以外にルールはあるのかもしれないけれど、少なくとも現状明文化されたルールはこれまでだ。
「つまり、どんなゲームでもいいってことだよな?」
「相手が受けてくれるなら、ね」
そう、この手のゲームではプレイヤーが必要だ。
対人ゲームを独りで遊ぶことは出来ない。
世界はぼっちに思いのほか厳しいのだ。
「じゃあ、試しに一戦やりましょうか」
そう、いつだって勝負は突然だ。
呆気にとられたまま、風見は言葉を紡ぐ。
まさか、一番初めの戦いがこんなところで起こるなんて、な。
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