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第3話「無知と選択の失敗」

 同居するにあたって、決めなければいけないことは幾つかある。

 この時点で俺も風見も、ある程度の長丁場を想定していたのは想像に難くない。


「とりあえず、力仕事は高智ね」

「こんな可愛い乙女に力仕事させるつもり!? じゃないんだぞ」

「私はそんなこと言わないわよ!」


 風見かざみつき

 ライトではなく、そのまま訓読みでつきと読む彼女は、俺の同居人だ。

 170センチくらいしかない俺から見ても少し小柄で、そして2D的な(薄っぺらい)体型をしている。

 いつも着ている服は白のTシャツにジーンズと飾り気がなく、化粧も一切してないが、それでいてなおこの美貌と言うのだから、可愛さだけは一人前だ。


「ねぇ、話聞いてる? 料理できるかって聞いてるの」


 若干勝気な性格ではある。


「料理は男飯くらいなら」

「まぁ妥当なラインね」

「風見は?」

「何作ってもカレーになるわよ」

「よくその手腕で俺を評価したな」


 このように、その性格のせいでたまにギスギスする。

 ――とはいえ、俺が何か不用意なことを言ってもわりかし早い段階で機嫌を直してくれるので、共同生活が苦になるほどではなかった。


 というのが、ここ1日で分かった風見月についての全てだ。


「さて……じゃあそろそろ逃げてたこと、やりましょうか」

「……ああ」


 少しだけ二酸化炭素濃度が上がった室内は、ほんの少し吹いた隙間風が自然の配分に戻してゆく。


「こんなんじゃ冬も越せないしな」

「冬……考えたくも無いわ。すぐにランクアップして高智とはおさらばしてやるんだから」

「楽しみにしてるよ」


 それは、互いに紛れもない本心からの言葉だった。

 プライベートな空間は欲しい。

 だが、それ以上に考えなければいけないことが俺達の間に立ち塞がっていた。


 一面に敷き詰められた段ボールに、隙間風。

 床の掃除と痛んだ地面の張替えと、窓の補強、そして雨漏りの改修。

 これを空き部屋とカウントして生徒を呼び込むとか、とんだ学校だ。

 それのお陰で俺は入学できたと考えれば安いものなのか――と考えたが、それ自体が現実逃避だということにすぐに気付いて、手を動かすことに専念した。


 掃除が一区切りついて、俺は買い出しに向かう。

 一面にカーペットを敷くことになり、それの購入と後は個人の生活必需品、そして間仕切りのカーテンだ。


「電気代がもったいないからって隣の男の部屋に転がりに行く子もいるくらいだから、これ位普通、なのかなぁ~……」


 という風見の独り言を聞いて、少しいたたまれなくなって外に出てきたという経緯もある。


「13000Kです」


 『K』。

 これはこの学園内でのみ使える電子通貨だ。

 学園内では日本銀行券は使えないらしい。


 なるほど、金銭感覚を養うためにそんな仕様になってるんだな!

 すごいぞ!

 ……といったんのところは理解しておいた。


 その隣で――眼鏡を掛けた男性が、にっこり笑って他の生徒らしき人間とじゃんけんをした後に、デバイスを翳してもう一人のQRコードを読み取っている。

 今のところ俺は対象外なのだろう、眼鏡を掛けた生徒は、俺に向かって「あっちへ行きなさい」というジェスチャーをする。


 それに従って、俺はそそくさと逃げるようにしてホームセンターから家に帰ってきた。


「……ただいま」

「あら、どうしたの? ずいぶんと疲れてるじゃない」

「なんか……理解してきた」

「そう、それはまた一つ大人になったのね」


 大人になった、それが単純に齢を重ねるという意味でなければ、確かに俺は大人になったのかもしれない。


「ここって、私営カジノ?」

『『K』は日本銀行券に対して一切の価値を持たないので問題ないでス。パチンコ玉が価値を持たないのと同じ原理なのでス』

「ふふっ、笑わせてくれるぜ」


 全然笑えないのに、どうしてだから顔がにやけてきた。

 これは諦念の笑みだ。


 あのじゃんけん――そしてその後に行われた、QRコードのやり取り。

 金銭の受け渡しが何らかの方法であそこで決定されていたのだろう。

 ――あくまで『K』を金銭と言うのなら、だが。


「じゃんけんくらい簡単なゲームなら、まぁ1/3で勝てるからいいんじゃない? 運勝負だし」

「なんか知ってるみたいですね、風見氏」

「その喋り方キモい。知ってるも何も、ゲームで相手から『K』を譲渡するのは推奨法でしょ? カツアゲを目撃した、とかなら通報必須だけど」


 その敬称は嫌味だ、と突っ込む余裕もなく。

 なんとなく推測されていた残念な仮説に、裏付けが成されてしまった残念さが上回った。


「要は――この学校では、ゲームをして、それでお金を得て暮らしていく、と」

「そう。ランクアップも同じ要領。ゲームの勝敗によって決まるの」

「……なるほどね」


 そんな非日常じみた高校生活を突然受け入れろと言われても、それは無理難題の域に入る。


「高智、募集要項すら見てなかったの!?」

「……受験勉強で忙しかったからな」


 持ち前の記憶力の悪さをカバーするには、努力と時間で補うしかなかった。

 だけど、勉強以上に未来を見据えた選択を失敗していたようだ。


「バッカじゃないの?」


 ……馬鹿ですみませんね、そんな憎まれ口を叩く余裕すら、俺には無かった。

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