第2話「Fランクと縮まらない距離感」
「変態、何の用?」
外は大自然が奏でる音色が小うるさく、中で何が起きているのかは分からない。
バタバタと言う駆けまわる音だけが聞こえる。
「いや、ここ俺の家になるらしくて」
「へぇ、不法侵入に強盗気取り?」
強盗気取りって何だよ。
むしろ不法滞在はそっちだろ、と言いたかったが平行線を辿るのが目に見えていたため、サリーに会話を任せる。
『ここはマスター、リュウ様の住処と登録されていまス』
「何言ってるの? ねぇ、サリー」
彼女もまたサリーを呼び出す。どうやら名前はすべて統一らしい。
『ここはマスター、ツキ様の住処と登録されていまス』
「なぁ、こいつたまにイラっとすること言わない?」
「そう言うときもあるけど……いきなり何?」
「いや、なんでもない」
どうやらAIサリーが冷たいのは俺だけではなかったようだ。
その性格いる?
「なぁサリー、このダブルブッキングどうにかならないのか?」
『Fランク帯の居住区は限られておりまして、上限値に達しておりまス』
「じゃあコイツと一緒に住めっていうの!?」
「まだ誰もそんな話してないだろ……」
『そう言うことになりまス』
飲み込めていないのは俺だけなのか?
あまりにもテンポよく進んでいく会話に、むしろ不信感すら覚える。
だが――そんな理性を持っているのも俺だけで。
ずっと灰色だった空が、次第にその色味を増してきた。
どこまで行っても会話は進まないので、AIを通して高校の事務局に問い合わせることにした。
だが。
『補欠合格者は規定上、先着順に合格を受け入れる仕組みになっておりまして、同時刻に申し込みをされたお二方が最後の入学者となります。譲り合ってお使いください、としかこちらからは申し上げられません』
「なんだこのクソ高校」
ポロっと漏れた本音は、彼女も思っているようで、「はぁ」とかわいらしい溜息を同意の代わりに返ってきた。
『他の誰かが退学するか、或いはランクアップをすることで一つ上の住居に住むことができます』
「それまでは我慢しろ、と?」
『そう言うことになりますね』
相手がAIでも人間でもお役所仕事は変わらないらしい。
高校生二人を同じ部屋に閉じ込めるとか……正気か?
いらだって電話を切った少女は、今一度深いため息をついて。
「少し、気持ちの整理の時間が欲しいの……」
疲れた顔で、そう言った。
「初めまして、私は風見 月。ランクはFよ」
「俺は高智リュウ。ランクはF」
「突然だけど、あなた、退学しないかしら?」
「そっちこそ、しないのか?」
聞かれると思っていた質問を、お互いに牽制することなくぶち込んでゆく。
退学、という人生にも関わる重い判断を今この場で一人でするのは難しい。
「私はしないわ。行く当てもないしね」
「俺もしない。同じくだ」
第一志望の高校に受からなかったことを自慢げに晒し合っている場合ではない。
そんなことは痛いほど分かっている。
だけど、これは相互の意思表示だ。
「まぁ……当然と言えば当然よね。一応、ここ名門校だし」
「補欠でも受かったことは奇跡みたいなもんだしな」
私立加地高校――言わずと知れた名門校だ。
特殊な教育カリキュラムで生徒を育てていくことで有名で――甲子園に出場する野球部くらいにはキツいという噂もある。
その噂の真相の一部はしかとこの眼で確かめた。
「一応言っておくけど、私はアンタと暮らすの、嫌だからね。知らない男とシェアルームとか信じらんない!」
当然と言えば当然の反応だろう。
それは俺に問題があるなし、という話ではなく年頃の乙女としての反応だ。
「じゃあ、学校辞めるか?」
「わざわざ聞かなくても分かるでしょ。やめないわよ。そういうこと言うくらいなら自分が優しさで辞めていったらどう?」
「嫌だね、なんでそんなことしなきゃなんないんだよ」
めんどくさいな、という内なる自分から声が聞こえる。
表情に出ていなければいいが。
「じゃあせめて出ていきなさいよ」
「どこへ行けと」
「この辺、土地なら大量にあるわ。そうね、洞窟でも掘ればいいんじゃないかしら」
「その言葉、そっくりそのままお前に返すが」
「私は風見よ、次お前呼ばわりしたら殺すから」
風見は俺に対して決して軽くない蹴りを入れて本気度をアピールしてくる。
可愛い顔してるくせに有段者か……?(偏見)
「あるいは――ランクアップかしら」
「ランクアップ?」
「あなた……高智、だっけ? 何にも聞いてないのね」
何も言い返せない。
詳しくは家についてから説明される流れなのだろう。
「サリー、ランクアップって何だ」
『この学校独自の制度でス。上位のランクに居る生徒を蹴落として、ランクアップを図るのでス』
「競争社会の成れの果てじゃん……」
そんなに競ってばかりで楽しいか?
「勝ち残る気概でここに居るんでしょう? というか、本当に何も聞いてないのね」
「ポンコツAIにしてやられたよ」
「そこはまぁ……同意するわ」
AIサリーの評価が地に落ちているが、それはもう自業自得だろう。
風見からの説明をざっくりまとめると、この学校にはランク制度があり、勝ち負けや日常の些細なことでランクが変動するとか。
「日常の些細な事って何だよ」
「さぁ? それは学校が始まらないと何とも言えないわ」
「……あと8日あるけど?」
『ランク制度は4/2からのスタートとなりまス。それまでは衣食住の準備期間となりますのでご休養の時間となりまス』
「んーっと、少なくとも、コイツとあと8日暮らせって?」
俺はさっきの仕返しとばかりに足蹴にする。
「ごめん、ごめんて。高智と」
『お二方は仲がよろしいのでスね』
「殺すぞ」
血走った風見の目が怖い。
あの殺意がこちらに向けられないことを祈る。
結局その日は、共同生活をするということで一応合意は形成された。
知らない女の子と、同居することになった。
だが、現実問題そんなにおいしい話ばかりというわけではなさそうだ。
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