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第14話「出会いのその後と1日目」


「いただきます」

「いただきます」


 同居。

 そう一言で言っても、様々なパターンがあるだろう。

 俺たちが住むのは、ログハウスの一軒家。

 18畳程度しかない小さな家だ。

 だが――今食卓をこうして風見と囲っているように、そのほとんどは共有スペースとなっている。


 どこをどうするか、現在の形になるまで風見とは散々喧嘩したし、その度にゲームもした。

 Fランクに勝利した証として、同色の勝ち星と負け星がデバイスの上で輝いている。

 まるで満点の夜空だ。


「うん、今日の料理も美味しいわね!」

「お粗末様です」


 今日は土曜日――高校が始まってから初めての休日だ。

 とはいえ、木曜日の入学式を終えてまだ2日しか学校に行っていないので高校が始まったという意識も希薄なままだ。

 今日までのあれこれが夢だったんじゃないかと毎朝起きるたびに考えるが――知っている天井が現実を叩きつけてくる。


 今でこそ目の前で食卓を囲んでいるが――最初の頃は本当にキツかった。

 ぶっちゃけ、まだ10日しか経っていないので完全に打ち解けられたかと言われればそうではない。

 だが、無言を互いに許容できる程度には仲良くなったつもりだ。


 そう――これは、俺がこの家に引っ越してきて、初めて風見と出会ったあの日の、続きの話。

 友達にすらなっていなかった、『嫌な同居人』だった頃の話だ。




「ほんっと、最悪っ!」


 そういう口癖なのだろう。

 ホームセンターで補強の資材を買い込んで帰ってきた俺に対して、労いの言葉一つなく飛び出た言葉がそれだった。

 

 あっ、と俺が部屋に戻ってきたことを悟ってから、風見はバツが悪そうに目を逸らす。


「気にしてないから、大丈夫」

「――ごめん」


 知らない女の子が目の前に居て、非情に参っている。

 そんな状況下で使える会話デッキを残念ながら俺は持ち合わせていなかった。


 本当にこのまま同じ家に住むことになるのか。

 この手違いは何らかの形で解消されるんじゃないか。

 そんな淡い期待を胸に抱きながら、無言で作業は続いた。


「一応、この家も使えるようになったかしら」

「……そうだな。ほんっと疲れたよ」


 力仕事は結局俺がほとんどすることになった。

 代わりに、細かい仕事は風見に投げる。

 例えば、ベッドの組み立ては俺だし、調度品の買い物は風見だ。

 結果として、家の中のものがほとんど風見のセンスで揃えられていく。


 だけど、それは共有財産だからという理由ではない。

 そもそも、この家に共有財産は存在しない。


「こっち、見ないでよね」


 間仕切りで遮られた僕らの境目はピッタリ半分。

 玄関と風呂、それからトイレだけは共有だが、それ以外のエリアを縦に真っ二つにする間仕切りを置くことで事なきを得ようとした。

 保健室に置いてあるような、身長以上の白い遮蔽壁が風見のエリアと俺のエリアを二つに区切る。


「見ねぇよバーカ」


 謂れなき疑いを散々向けられた挙句、疲れ果てた勢いで俺は完成したばかりのベッドに横たわる。

 一通りの片づけは終わり、一応人が住めるレベルに整った寮(家)は既に最初の内装とは見違えるほどに綺麗だった。

 臭いところに蓋をすれば、そりゃ匂いもしなくなるだろう的な応急処置でしかないのだが、俺にとってはそれでいい。


「じゃ、私風呂入るから。絶対除くんじゃないわよ」

「はいはい、覗かないから」

「絶対よ! 絶対だからね!」


 これ以上信頼度を無くしてしまったら本気で刑務所に連行されてしまいかねない。 

 それだけの迫力が風見にはあった。


 そもそも風見は俺と出会ったタイミングで風呂に入っていたんじゃなかったのか、という疑問もあったが、あれから随分と動いたし、風呂に入りたい気持ちは正直よく分かる。

 疲れを癒す場所、として、ちょうどいい閉塞感もあり、風見にとっては唯一落ち着ける場所、なのかもしれない。


 ――そもそも、出会いの時点で最悪だった。

 可憐な美少女だと思った。

 綺麗な裸体だと思った。

 だけど、『これから一緒に暮らす相手』という前提の上で考えるのならば、考えられうる限り最悪に近い出会いだ。


「憂鬱だな――」


 薄い壁から聞こえるシャワーの音に、俺の呟きはかき消される。

 ベッドに寝転んだまま、肉体的な疲れよりも精神的な疲れで瞼がどろりと液体のように溶け始め――たところに、シャワーの音にかき消されそうになった別の音が聞こえる。


 一瞬、邪な妄想が頭を過ったが、それも本当に僅かだった。


「うっ――ううっ――ひぐっ――う――っ……」


 涙が零れ落ちる音は、シャワーにかき消されて聞こえない。

 どうして泣いているのか、言語化して泣くほど風見も成熟しているわけではなかった。


「なんで……ううっ――ひっ、うう――どうして――っ……」


 うわごとのように、なんでどうしてと繰り返すだけの言葉に、答えはない。


 なんで風見は俺と暮らさなければいけないのか。

 どうして風見はこんな奴に恥ずかしい格好を見せる羽目になったのか。

 なんで風見はここに進学してきてしまったのか。

 どうして風見はこれから俺と暮らしていくのか。


 想像の余地は幾らでもある。

 絶えない言葉は、そのすべてを内包しているのだろう。


 眠たかった。

 だけど、眠れなかった。



「風呂、上がったわ」


 湯気が立ち上るくらいほかほかに温まった風見は、まるで何事も無かったかのように俺の前に現れ、さりげなく報告する。

 まだ少し腫れた目を気にして、俺と目は合わせない。

 シャワーの音でかき消されたと思っているのかもしれない。


 だが、それを無理に深掘りする必要もない。


「分かった、サンキュ」


 短くそう呟いて、脱衣所代わりのカーテンを閉めた。


 泣きたかった、だけど泣けなかった。

 俺よりもよっぽど風見の方が辛いはずだ。

 少なくとも俺は風見に裸を見られるような恥ずかしい思いはしていない。


 大きく息を吸って、吐く。

 さっきまで風見がいたこのスペースは、風呂場の湿気で随分と重い空気が漂っていた。



 この後、風見はきっと俺に対していつも通りの、あるいはもう少し俺に寄り添った、友達然とした空気で話すことになる。

 そうした方が今後暮らしていくうえで楽になるから、と風見は風呂に入っている時に考え直したのだと思う。


 だけど、俺は知っている。

 風見が辛くて泣いていたことを。

 どうしようもない事実を問いかけていたことを。

 そして――泣きながらも受け入れるしかないと覚悟を決めていたことを。


 だから、俺と風見の関係は――とんでもなくビジネスライクな友達関係なのだ。


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