第13話「読み切りと信頼:第1ゲーム(終)」
「おめでとうございます、あれだけしか相談してなかったのによく分かりましたね」
「いえ、それほどでもありません。私にはこれがあるので」
これ――そう言って、東園さんは『運勢一覧』と書かれた本を見せびらかす。
これには先生も苦笑いだ。
壇上に上がらされた俺と東園さんは、先生のデバイスからKと勝ち星を貰う。
東園さん――相鮫に対抗するという異質な空気を作り始めた張本人だった彼女は、偶然にも俺と同じ答えだったらしい。
「でも、あからさまに怪しかったじゃないですか――自分だけ答えを見せないなんて」
そう言って、東園は票を入れた本人に向き直る。
俺と東園が票を入れたその人の名は。
――風見ツキ。
俺の友達であり、同居人その人だ。
「なんで……私が」
「相鮫君の行動が読めていたから、見せなかったんですよね?」
「でも、私の前にそれは東園さんが言ったから相鮫君が何をしようとしているか分かっただけで……」
信じられないとでもいうように、風見は声を張って――クラスの空気を感じ取り、徐々にトーンダウンしていった。
そして、風見は間違えている。
相鮫が何をしようとしているのかを理解したのは風見自身で、皆は説明されてもそこまで理解は及んでいない。
「そもそも、自分の点数が良いと分かっているなら皆と共有する必要はないんです。その時点で選択肢の中に入れる理由としては十分ですわ。――ね、高智君」
「あ、ああ。そう思う」
急な同意を求められ、あたふたしているうちに先生が俺達に拍手を送る。
それにつられて呆然としている風見と、それから相鮫以外の生徒は先生に続いて手を叩いた。
「という訳で、今回のテスト、難しかったと思いますが一位は風見さんの86点でした。では、名前を呼ぶので呼ばれた人から取りに来てください――」
それからは、普通のホームルームだった。
まるで何事も無かったかのように――ゲームが日常の中に取り込まれているかのように、ホームルームは進み、そして解散となった。
「ほら、帰るぞ」
最後まで唖然とした空気から戻れなかった風見の肩を叩く。
ぴくっ、と彼女は呼吸を揺らして振り向いた。
「そうね……帰りましょう」
何か言いたげな様子だったが、それはここでなくともいいと考えたんだろう。
こうして俺たちの学園生活2日目が幕を閉じた――。
「高智は、なんで私を選んだの?」
校舎を出てすぐ、俺達は道を曲がる。
Fランク居住地の中でもとりわけ辺鄙な場所にあるため、普通の生徒達とは通学路が若干異なるからだ。
人気が無くなってすぐ――一刻も早く話したいとばかりに風見は口を開いた。
「え……なんとなく、としか」
「そんな理由で私を選ぶなんて――だったらまだ東園さんの方がよっぽど合理的だよ」
思ったそのままの意見を口にしたら、風見は受け入れられないとばかりに口を尖らせた。
だけど、それ以上の理由はない。
そのなんとなくをあえて言語化するのなら――。
彼女だけがこのテストを活き活きと解いていた、から。
あちらこちらで溜息の連鎖が続く中――斜め前に座っている風見は、意気揚々と問題を解いていた。
そんな様子を、俺は斜め後ろから目撃していた。
ゲームは心には干渉できない。
だけど、俺たちは人間だ。
態度を見れば、気持ちは分かる。
「カンニングしようとしてたんじゃなくて?」
「違うよ。端からいい点なんて取る気なかったし」
「不真面目」
「一位様は言うことが違いますね(*^-^*)」
「クソがっ!」
衆目の前では絶対に言わないような内なる風見が顔を出す。
風見と取るコミュニケーションも、誰かの視線があるところとないところでは微妙に違う。
まだ家にすらついていないのに、まるでもう帰ってきたような心地になってしまった。
ただ、彼女はこのゲームの構造を見抜いていて、そしてそれを俺に教えてくれた。
ヒントまで提示して――そして。
俺は、彼女が読めていたことまで知っていた。
最高得点者が誰だかは分からない。
だけど、それを読み切れる人間が――風見が言葉に弱いはずないだろう。
そんな弱い根拠で、風見を選んだ。
祈りにも等しい選択は、やがて――通じた。
たったそれだけ、理由もへったくれもない。
「一つだけ、強引に解釈するとすれば――風見だけ、暇な時間があっただろ」
「相鮫達が問題を見せ合っていた時間のこと?」
「そう。その時、風見は自分の回答しか見てなかった」
「することもないし、それしか出来ないわ」
「それって、このクラスで一番問題を解くのに時間を掛けられたってことでしょ。――見直したうえで、答えに間違いがないか確認して焦ってないんだから、風見を選ぶのに十分な動機だと思わない?」
そもそも、先生は回答の書き直しすら制限していなかった。
結果論だが、誰か一人の回答をみんなで解釈し合い、最高得点者をつくりだすことも可能だったということか。
そこまで考えて――『もう少し時間があったら展開は変わっていたのかもしれないわ』という風見がさっき言っていた言葉を思い出す。
どうやら風見は俺より数歩先を行っているようだ。
「それでも――私が勝つか相鮫が勝つかは分からなかったわ。結局は運よ」
「そうだな。だけど――風見は、相鮫が何をやっているかを予測できて、読み切っていた。自分が読み切っている、ということを確信しきれなかったんだ」
『行間を読む』というのは風見の言葉だ。
そして、実行したのは相鮫だが、思い至ったのは風見もまた同様。
「それが解っていながら――自分を信じられなかったんだろ。風見」
「――――」
風見が悔しそうに下唇をずっと噛んでいる。
そう、彼女が悔しい理由は、俺に勝ち星を取られたから、というわけではない。
正解を導き出せなかったことももちろんあるだろう。
だけど、最後に彼女は道を誤った。
自分を信じ切るという読みを、最後に捨ててしまった。
相手が一枚上手だと思い込んで、自分の実力を過小評価してしまったことだ。
「一つだけ、高智に言っておくわ」
「なに?」
「今回の高智の勝ちは偶然なんだから……勝ち誇ったりするのはやめなさい」
「はいはい」
そんなこと、言われなくても分かっている。
俺の勝利に理論はない。
全ては偶然の産物だ。
だから、浮かれてはいけない。
――けれど、まぁ、なんだ。
「次は絶対に負けないわ」
勝利に執着する風見を見て、思うこともある。
――そういう生き方も悪くはないな、と。
他作品で立て込んでいました!
遅れてすみません。
いつかまた暇になったらこの話の続きが書きたいです……。
作者的にはこの話の続きが書きたいんです!!!!