第11話「主観と客観:第1ゲーム(4)」
クラスメイトと仲良くする気はないのだろう。
風見は昼食の時間になると、颯爽と教室から出て行ってしまった。
「一人なら、僕と一緒に昼飯でもどうだい?」
「相鮫君……」
「君付けなんていらないよ。呼び捨てでいい、高智」
相鮫は既に買っていたパンのビニールを開けて口に咥えた。
対して俺は何も買っていない。
風見が出ていったのは、それもあるだろう。
「今購買に行っても混んでるだけだよ、少し話そうじゃないか」
「……そうだね」
「高智は、風見さんともう仲良さそうだけど、狙ってるの?」
もぐもぐと若干聞き取りにくい声で、相鮫は突っ込んだ会話を始める。
少なくとも、ほぼ初対面の人間に行う会話じゃない。
金髪だからか?(偏見)
コミュニケーションの合間がやたら近いのは特性だろう。
「そんなんじゃないよ。相鮫と同じ、ただの友達」
「もう仲良くなったなんて、凄いじゃないか。僕なんてまだ男友達しかいないのに、ねぇ」
そんな言葉に釣られたかのようにやってきたのは、さっきのゲームで俎上に上がっていた蔵町だった。
「よろしく、高智君」
「ん、よろしく」
出会い頭に握手を求められてしまっては、こちらも返さざるを得ない。
眼鏡で黒髪、目元まで髪が覆いかぶさってる系の男子だった。
相鮫との相性は傍目から見ると最悪だ。
だが、口を開いてみると、相鮫よりも口調は乱暴だ。
「さっきは大変だったよな、相鮫」
「そうだね。でもこのクラスの皆は素晴らしいよ。ちゃんと話せば通じるんだから」
「お前、どこから来たんだよ……」
そういえば、と相鮫は咀嚼し終えたパンのビニール袋をくるりと丸めて尋ねる。
「二人とも、誰に入れた? さっきの票」
「相鮫は?」
「僕はそうだね……東園さんかな」
「ほう? やっぱり胸か? 胸があるからか? でも胸があると学力がそこに吸い取られてる可能性もあるぞ?」
「ふふ、蔵町は胸にも脳がついていると主張する派の人か」
「いや、んなこたねーけどさ……」
蔵町も相鮫のヤバさ――というか、微妙な会話のズレに気付いたようだ。
俺にアイコンタクトを送ってきたので、さっきの票の入れた先を言う。
へーとか、ほーとか言ったような、微妙な反応しか返ってこなかった。
「二人とも俺じゃないのかよ、俺もそうだけどな――あんま自信ねーし」
「ってことは、蔵町君は?」
「時鐘さんだよ。ま、あたりゃ御の字だし、仮に外れて俺だったとしてもまぁ点数が良いならいいかなって」
やたらポジティブな性格をしている、ということだけは分かった。
見た感じ、相鮫よりも普通だ。
「そろそろ購買も空いてきたんじゃないですかね――買ってくるついでではないですけど、折角だから風見さんと話してきたらどうですか? フォローも兼ねて」
「あー、仲良いしな」
さすが委員長、といった蔵町の相の手が相鮫に入る。
アフターフォローのつもりだろうか、恐らく風見は嫌がるだろうが。
「ま、やれるだけやってみるよ。会えたらね」
「このクラスに風見さんと話せるのは高智だけですからね。よろしくお願いしますよ」
蔵町は風見の話が出た瞬間、少しだけ何とも言えない表情をしたが、ぐっとこらえてそれ以降はにこやかな表情に戻る。
さっきのようなことがあった以上、いい顔をしろとは言えないだろう。
むしろ、相鮫のようにアフターフォローに回る方が稀なのだ。
そういうところが不気味だ、と言えなくもないのだが。
「お幸せにな」
「からかうなよ」
蔵町のノリは至って軽い。
それを不快に思うかどうかは人次第だが、普通の男子のノリであることには違いない。
ひらひらと手を振って、俺は購買へ向かった。
購買は、人がいない代わりに売られている食べ物もほぼなかった。
わずかに残った総菜パンか何の変哲もない食パンかの二択を迫られ、俺はあんこサンドを選択する。
購買の隣に位置する食堂は未だに大混雑していたが、とても一人で入れるような空気ではなかった。
それに、あそこはどうやら上級生が多い。
居心地は良くないだろう。
この学校には、指定された制服がある。
全寮制なのに制服なのか、とは俺も最初想ったが、どうやら学校とそれ以外の時間を区別化させるために原則着用するようにというお達しが届いている。
そして、上着の裾の部分には色がついている。
俺たちは灰色、他には青や赤、緑や茶色なんかがあり――そのカラーリングによって区別されている。
それが意味するのは学年ではない。
ランクだ。
Fランクが特別多いというわけではなく、他の色もそれぞれ平等に、同じくらいの人数がこの場所にいる。
だけど――最高ランクであるAランクだけは、どこか特別なのかもしれない。
どこまで見渡しても、裾の色は5色だけだ。
迂闊に出歩いていると狙われがちだからだろうか。
現に、そのあたりでちらほらと戦いが起こっている様子を見るようにもなった。
だが――概ね、挑んだ方が負けている。
実力差なのか、それともそれ以外にも何かがあるのか。
今考えても詮無きことだなと考え、俺は教室へと踵を返した――。
その途中、ふと扉の空いている渡り廊下が気になって、俺は誘われるように日光の下に躍り出た。
四月のそよ風は暖かく、どこへ出しても恥ずかしくない陽気が身体を包み込む。
「あら、高智もここに来たのね」
「風見……なんでここに」
「外の空気が吸いたかったのよ」
グラウンドを見下ろすように設置されているベンチの内の一つに風見は腰かけ、パンを食んでいた。
そこは、渡り廊下というよりはどちらかというと低めの空中庭園に近い。
ベンチ以外にも色々な所に腰掛けたり、或いは地べたに座り込んだりと、生徒の活気で溢れている。
何も言わずに風見は一人で独占していたベンチの端に寄る。
座ってもいい、ということだろうか。
「ありがと」
「甘いわね、これ」
風見は手に持っていたパンを齧りながらグラウンドを見下ろす。
そんな横顔を見ながら、俺はパンの袋を開けた。
そして初めて、彼女も同じパンを持っていることに気付く。
「甘いな」
「お茶が欲しくなるわね……今持ってる?」
「飲みかけでよければ」
「ありがと」
キャップを外して風見に渡すと、躊躇なく彼女は喉を鳴らしながら水分を摂取する。
なるほど、確かにお茶が欲しくなるような甘ったるい味だった。
売れ残っているのにも納得がいく。
返してもらったお茶に、俺はそのまま口をつける。
意識しているわけではないが、グラウンドを見ていたと思った風見の視点が急にペットボトルの飲み口に吸い寄せられてしまったかのように、そこから離れない。
少しだけ気まずくなって、俺は一度口を放した。
「……なんだよ、飲みにくいだろ」
「いや、ごめん。なんか、つい」
話せば分かってくれる。
風見はすぐに俺から目を逸らし、再びグラウンドへと視線を戻す。
だけど、視線以外の要素は逃がし切れないようで。
もじもじとした肩の動きが、わずかな鼓動の高まりを伝播させる。
「さっき、二人で協力しようって言ったけど――ごめん、協力できなかった」
それから俺は切り出した。
他愛もない会話のラリーも悪くない。
だけど、それ以上にしなければならないことが、俺たちの関係性には立ち塞がっているから。
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