第1話「高校生活と始まる同棲生活」
高校の入学を待って、俺は晴れて独り暮らしを始めることになった。
唯一合格した高校は全寮制。
99パーセント以上の人が体験しないだろう高校浪人という沼を一歩手前にして、俺は加地高校に救われた。
学力が若干足りず、補欠合格としての合格だったが受かれば勝ちだ。
受験時にも使用することのなかった校舎に初めて足を踏み入れると、そこはだだっ広いグラウンドがあっただけの中学校とは全く違う別世界だった。
俺が入り口で受付を終えると、3メートルはあるかというような巨大な門が音一つ立てずに閉まる。
その巨大さに一抹の閉塞感を覚えながらも、新たな門出への好奇心がそれを上回る。
立ち並ぶビルに、収容人数すら推測できない程の体育館。
田舎から出てきたわけではないが、東京の高校だってこんなに大きな規模のところは無いだろう。
受付で渡された電子デバイスを立ち上げると、液晶に機械的な(―_―)目と口が映る。
シミュラクラ現象かと思ったが、次の瞬間デバイスが目を開く。
『マスター、初めまして』
「……はじめまして」
機械に話しかけられてしまった。俺のイマジナリーフレンドがこのデバイスに乗り移ってしまったのか?
なんて悲しい妄想が脳裏を過る。
高校の入口でデバイスに話しかける人は傍から見れば不審者極まりないが、幸いなことにこの周辺にはほとんど人がいなかったので良しとしよう。
『ワタシは、学園行事円滑遂行プログラムのサリーと申しまス。Ver.8.51でス。マスターの高校生活を円滑に進めるべくプログラミングされたAIでス』
まるで本物の人間のような流暢な日本語でサリーと名乗ったAIは話す。
技術の進歩甚だしさに、異世界にでも飛んできたのかと思う程だった。
思い返せばこの高校も現実感のない規模のものだ。
俺、異世界転移者だった……?
『高智リュウ 様でお間違え無いでス?』
「ん、ああ、そうだけど……」
頬をつねって現実かどうかを確かめている俺に向かってサリーは確認してきた。
高智リュウ、確かに俺の名前で間違いない。
『リュウ様をマスターとして認証しまシタ。では、居住区に案内しまス』
居住区。
AIサリーはそう言った。
加地高校では、高校の中で(少なくとも生徒が暮らしていく分には)全てが完結する仕様になっているらしい。
『成績――F、入試形態――一般入試、得点率――E-、補欠合格者――マスターの居住地は、Fランク居住地となりまス』
サリーは突然、俺のデータを表示する。
いきなりデータが表示されたので、俺は画面を覆い目を瞑った。
なんでいきなりAIから勉強不足を告げられなきゃいけないんだ?
高校には入れたんだからいいだろ!
心の中のそんな突っ込みも、音にしなければ誰にも届かない。
ましてや相手はAIだ。こちらの感情なんて与してくれないだろう。
部屋の中で虫を見つけてしまった時のように、恐る恐る目を開く。
( `―´)ノ『逃げるなヨ』
画面にはそう表示されていた。なんだこいつ……。
そこでやっと、俺は気付く。
サリーとは意思疎通が取れるという事実に。
「なぁ、その……Fランク居住地っていうのはなんだ? 居住地のランクもよく分からないんだが」
よく分からないし、分かりたくもなかった。だが、聞かないといけない気はする。
『Fランク居住地――Fランク帯の生徒が学生生活を過ごす場所となりまス。日本国憲法により最低限度の文化的生活は守られますので安心でス』
「何にも安心できないんだが……?」
具体的な内容に何も触れられなかったうえに、ここが異世界でないことが確定してしまった。
そうこうしているうちに、AIの居住地へのナビゲートは学校内だというのに森の中を指し示す。
舗装されているとは言い難い、決して文化的とは言い難いけものみちを通った先にあったのは――廃屋だった。
『なんと、Fランクの生徒様には、一人一つのお家が与えられるのでス!』
「……そう、俺には大きめの犬小屋にしか見えないけど」
アメリカンな価値観ではなく、人が住めるような場所ではないということだ。
何だったら犬だって住みたくないだろう。
煤だらけの木造建築には。
『かつてはCランク帯の生徒が使っていた建築物でしたが、引っ越したことによりFランク帯に譲られることになったのでス。おまけに豊かな土壌付き!』
「こんだけ焦げ跡があればそりゃ近くの土は養分たっぷりだろうよ。でもそんな焼き畑農業するつもりは毛頭ないんだよ」
まぁ――なんだ。
見せられたのは黒焦げのコテージ。
「ここに住めと?」
『楽しい高校生活になると良いでスね(*^-^*)』
え、今俺煽られてる?
「クーリングオフとかは?」
『退学届』
PDFファイルが開かれた。サイン一つで退学できるらしい。
なんて退学に優しい高校なんだ。
「……まぁ、内装を見ないと何とも言えないしな」
『Fight!(*^-^*)』
さっきからいちいちムカつくんだが……?
外側がボロ小屋でも、内装はピカピカになっているかもしれない――。
この期に及んでそんな期待をするのもどうかとは思うが、藁にでも縋りたい思いである。
藁に縋って願いが叶うよりかは確率的に全然高いはずだ。
頼む、神様――っ!
「……え?」
「えっ!?」
ドアを開けるとそこには、一人の女の子が。
バスタオルだけを巻いた姿で立っていた。
「ちょっ……聞いてないわよ!」
令和に入ったこの時代に、こんなラッキースケベがあると思うか?
バスタオルを巻いていたお陰で、彼女の半裸はほぼ見えずに済んでいる。
だが、彼女は物陰に身を隠してしまった。
――可憐な、少女だった。
少なくとも、家は想像通りあちらこちらがボロボロで彼女が歩いた場所は動線として段ボールが敷かれている程度には薄汚れていたが。
「何見てるのよ! 出ていきなさい!」
「……すまん」
『ピ――、ダブル・ブッキング発生、情報アップデート……しばらくお待ちください、でス』
サリーはエラーを少しだけ吐き出す。その間に、俺は玄関の扉をそっと閉めた。
エラーコードを吐き出して、サリーは正常に戻る。
それから機械はこう言った。
『ここがマスターのお家でス』
「どうせいっちゅうねん」
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