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二度目の英雄は救わない世界を見守りたい ~それでも彼は無自覚に無双して世界を救う~

作者: 翠川ヤサメ


 私は知らず知らずのうちに、数多を救い過ぎてしまったのかもしれない。

 

 英雄アレンの名は今や、世界中のどこにいても耳にする。

 生ける伝説と讃えられ、ましてや神と崇める団体も存在しているほどだ。

 

 私の名前が付けられた武具や国もある。

 それほどまでに、私は名を広めすぎてしまった。

 

 だが、この結果の全てが必ずしも、望んだ未来というわけではない。

 ただ私は日々を幸福に過ごす為だけに、立ちはだかる障害を除外してきたに過ぎないのだから。


 だからこそ、考えてしまう。


「もし……もしもの話だ」


 国を救った。


 勇者を救った。


 魔王も救った。


 世界の何もかもを救ってきた。


 これは私の奢りでは無く、単なる事実だ。

 全て、私一人の力だけでどうにかしてきた。

 言ってしまえば私という英雄を象徴に立てることで、この世界に完全な平和がもたらされたというわけだ。

 

 つまり、今の世界は私がいることで成り立ってしまっている。


 ならば――

 

「私が救っていなかったのなら、この世界は如何にしてその歩みを進めてきたのだろう」


 国は、勇者は、魔王は、世界は私がいなくとも、救われていたのではないだろうか。

 それとも、国は滅亡し、勇者は敗北し、魔王は暴走し、世界は壊滅してしまっていたのだろうか。


 前者であるならば、この結果は私にとっての最善ではなかったということであり、後者であるならば、結局の所私は英雄にならざるを得なかったということだ。


 その答えが明確になれば、どちらであろうと納得して今を生きることが出来るだろう。


 しかし、在り得なかった未来を確認するなど、常識的に考えれば私の単なる妄言でしかない。

 だが、私にはこの妄想を現実にする力があるから。


「行こう。在り得なかった今を見届けに」


 時間移動はあらゆる高等魔法を多重展開する上に膨大な魔力を使用する。

 その上肉体は移動できず、記憶だけが任意の時代にいる自分へとインプットされるのだ。


 簡易的に説明すると、過去へ繋がるパイプが細すぎて、無理やり肉体を通そうとすると落命してしまう。 

 これが私の限界だった。


 そして、時間移動は一度経験した時間軸にしか移動することが出来ない。

 つまり、自分が生存している過去にはどの時間軸へでも飛べるが、経験していない未来へは飛べないということ。


 もし未来に飛べるのなら初めからやっている。


 古民家の扉を開いて外へ出ると、風にゆらゆらと揺れる草原が視界いっぱいに広がった。


「いい景色だ」


 思えば始まりは、この景色を守りたかっただけだった。


 少しの間感慨に耽ってから目を見開くと、両手を前に差し出し、術式を展開する。

 あまりにも複雑な術式の連鎖に多少時間を奪われながらも、どうにか術式の展開に成功した。


 後は術式の中央に出現したゲートを通れば、私の記憶は過去に飛ぶ。


「私は……僕は……救わない世界を見守りたいんだ」


 記憶は過去へ――



::::::::::::::




 英雄アレンの伝説 

 一章 アルタイア帝国の救世主


 輝暦562年、旧アルタイア帝国は魔王によって滅亡の危機に瀕していた。


 魔王の目的は旧アルタイア帝国第三皇女フレデリカ・D・アルタイアの命。彼女の天命より授かりし、神の皇女(みこ)の力を抹消することだった。神の皇女の力は魔を拒絶する。彼女が生存しているだけで、魔族の力が極端に削られてしまうのだ。


 当時、旧アルタイア帝国では勇者の召喚に失敗。


 止む無く、神の皇女の力を頼りに自軍の兵で魔王討伐を試みるも、その戦況は一方的なもので敗北に終わった。敗北の原因は魔王が魔族ではなかったがために神の皇女の力が効かなかったことにあるが、それでも魔王一人の力だけに帝国の軍は手も足もでなかったのである。


 旧アルタイア帝国は同盟国への協力要請や、犬猿の仲だったギルドまでにも頭を下げて国を守ろうとした。しかし、日に日に魔王による支配が広がり、ついには帝都アスタルテを残して帝国は死地に立たされたのだ。


 敗北は目前かと思われたその時、魔王から一つの提案がなされた。それは神の皇女の首を差し出せば、国だけは助けるというもの。皇帝は二つの選択に迫られた。娘を失い、国を守るか、娘を守って国を捨てるか。皇帝は、決めることが出来なかった。


 魔王が定めた期日、民を愛するフレデリカは自ら魔王の元へ赴き、その命を捧げたのである。


 神の皇女の力が失われたことにより、魔族の力が復活。国を助けると言っていたはずの魔王は、魔族の軍勢を率いて旧アルタイア帝国に侵攻を始めた。


 その報告を受けた皇帝は、娘を失った絶望とどうしようもない虚無感に打ちひしがれ、もはや皇帝とは名ばかりの廃人になってしまった。考えることを放棄し、己の首を差し出そうと決意した時、奇跡は起きたのだ。


 それは突然の魔王軍消失。退却したのではなく、文字通り一瞬にして反応が消失したのだ。結果的に旧アルタイア帝国は多くの民の命と娘の命を失ったものの、国の名だけはどうにか残したのだった。


 当時、すぐには明らかにならなかった魔王軍消失の謎。

 旧アルタイア帝国を救った人物こそ、後に勇者を救い、世界を救う伝説の英雄アレンなのである。

 

 旧アルタイア帝国は英雄アレンが初めに救った国として、現在は英雄国アレンと改名し、順調に復興を遂げている。





::::::::::::::





 深い海の底から浮き上がる感覚と共に、意識が覚醒していく。

 ゆっくりと目を開くと、そこには先ほどまでと変わらない、視界いっぱいの草原が広がっていた。


「戻って来たんだ」


 代り映えしない景色に実感が湧かないが、無事に成功したと言っていいだろう。

 景色が変わらずとも、自分の格好が落ち着いている。

 英雄と呼ばれたあの未来では、立場上それなりに豪華な装飾品を身に纏っていたから違いは一目瞭然だ。

 

「やっぱ私――はもういいのか。僕にはこれくらいの格好がお似合いだよ」


 英雄国アレン――いや、今はまだアルタイア帝国だけど、僕はその帝都辺境の高原地帯でひっそりと暮らしていたんだ。

 本当ならそのまま平凡な生活を送っていたかったのに、あの時魔物の群れを消したばっかりに……


「でも今回は救わない。違う選択をすればいいだけなんだから」


 前の時間軸では平凡な未来を求めて、障害は全て排除してきた。

 でもそれじゃ駄目なんだ。それじゃまた結果的に救うことになってしまう。

 だから――


「もう救わない。ただ、見守るだけだ」


 この時間軸での目的は傍観者であること。

 直接的には関わらず、しかし遠すぎない位置で見守る。


 関わりたくないのなら完全に距離を置けばいいと思うかもしれないが、それは少しだけ違うのだ。

 事の成り行きをこの目で見て、僕の選択が正しかったのかを確認したい。


 もし僕が関わらないこの時間軸で、結果的に世界が平和ならそれが一番だ。

 ただ、もし世界が滅びるようなら、僕は必然的に関与せざるを得なかったと納得がいく。

 そうなれば、一度経験した未来に戻るだけに過ぎない。


「さて、これからどうしよう」


 戻ってきたのはこの草原に魔物の大群がやって来る一週間前。


 僕のオアシスであるこの草原を失うのは辛いが、全てはここから始まったのだ。

 辛いけど、ここから変えていかなくてはならない。


 まずはこの場所から距離を取り、一週間で魔物と帝国の情報を手に入れつつ、傍観者でいられる方法。

 その身分……


「冒険者……?」


 安直な思考かもしれないが、意外と以前の世界で冒険者と関わることは多かった。

 それにギルドには多くの情報が集まるし、帝国の情報を手軽に入手することが出来る。


 そうと決まれば善は急げだ。

 早速帝都アスタルテのギルドに行ってみようか。


「歩き……いや、ゲートでいいや。遠いし」


 ゲートとは空間移動魔法の総称で、僕はそう呼んでいるけど特に決まりはない。

 門とか扉とか、人によって様々だ。まあ、使える人も限られてはいるけどさ。


 人に見られると厄介だから、人目につかない場所にしよう。

 帝都のギルド付近で生命反応が周辺に無い場所を検索して……


「ゲート!」


 そう、一言声に出し、術式を展開してゲートを作り出す。

 後はそのゲートを潜れば目的地に到着だ。


 ついに、英雄だと讃えられる窮屈な生活から解放される。


「平民アレンの平凡生活の始まりだ!」


 視界が切り替わり、薄暗いレンガの壁が目の前に聳え立つ。

 無事に移動が完了したようだ。


「さーて、ギルドはどっちかな――――あ」


 新生活の始まりに意気揚々と踏み出しあ初めの一歩。

 しかし、その道の先には――


「あの、あなた、今何もない所から現れました? 現れましたよね?」


 女の人がいた。

 確実に空間移動の瞬間を見られてしまったようだ。


「あの、聞いていますか? あのー?」

「……?」


 咄嗟に自分の背後に振り向き、僕以外に人がいないかを確認した。


「あなた以外、ここに人はいませんよ」

「あはは。だよね」


 流石に無理があったようだ。今はどうにかして誤魔化すしかない。

 空間移動魔法と簡単に言ってはいるけど、この魔法は本来膨大な術式を編み込んで行う大規模魔法なのだ。


 基本的には個人が行使できる代物では無く、一定以上の実力を持つ魔術師が集団で行うのが主流。


 つまり、空間移動魔法を行使したところを見られると、相当な実力者であることがばれてしまう。

 それでは過去に戻ってきた意味が無くなる。


「僕は最初からここにいたよ。気のせいじゃないかな」

「いいえ。気のせいじゃありませんよ。目の前の景色が急に歪んだと思ったら、そこから意気揚々と独り言を言うあなたが現れたんです」


 そ、そこまで見られてた!?

 ちょっと恥ずかしすぎて次の言葉が出てこないよ。

 だって、誰もいない場所に繋げたはずなのに、人がいるなんて思うわけないじゃないか!


「ごめん。少しだけ悶絶する時間ください」

「はい? 別に構いませんけど」


 彼女の呆れた声が僕のメンタルに追い打ちを掛けてくる。

 ただ、落ち込んでいる暇はない。


 誤魔化すと言ってもそこまで見られていたんじゃ誤魔化しようが無いし……

 素直に本当のことを言って、他言しないように頼むしかないかなぁ。


「あのー」

「あ、もういいのですか? 悶絶」

「う、うん。もう十分悶絶したよ」


 思考を落ち着かせてから改めて彼女に向き合うと、ほのかに甘い香りが漂ってきた。

 腰まで流れる(つや)やかなな朱色の髪が魅力的で、丸い瞳は可愛らしさもあるが真面目そうな印象も受ける。 


 歳はこの時代の僕が十七だから同じくらいに見えるけど、背は女性の中でも低い方だろう。

 豪勢なドレスや高価な髪留めからして、相当高い身分のご令嬢とみた。


「そうですか。で、どうなんです? 私の言っていること、間違ってますか?」

「いいや、合ってるよ。さっきは勘違いだなんて言ってごめんね」

「いえ、それは構いませんよ。ですがやはり、見間違いでは無かったんですね」

「そう言うことになるね」


 彼女は僕の言葉に頷きながら納得すると、顎に指をあてて考え事をしだした。

 一つ疑問だったのは、何故彼女はそれを知りたがったのか。


 普通、こんな薄暗い所でいきなり人が現れれば驚くのが普通だ。でも彼女は驚くことも無く、さらには僕がいきなり現れたって確認までしてきた。

 一体彼女は何者なんだろう。


「それは――空間移動魔法の類のものでしょうか?」


 ふと、顎から指を離した彼女がそんなことを聞いてきた。

 空間移動魔法を知っているということは、少なくともただのお嬢様ってことはないかな。

 経験上、位の高い身分のご令嬢は魔法や剣技の知識に疎い印象がある。


「うん。仰る通り、僕は空間移動魔法を行使して北の平原からここに来たんだ」


 そう答えると、彼女は大きな瞳を輝かせて、興味津々とばかりに食いついてきた。


「そうですか! 空間移動魔法って、お一人で行使できるものなのですか? 普通は大人数で術式を展開するものですよね?」

「普通はそうだね。だから結構頑張ったんだよ。努力の結晶ってやつさ」

「ほうほう。ですが努力でどうにかできるような代物ではないと思います。もしかして貴方、ただ者じゃありませんね?」


 ただ者じゃないと言えば嘘になる。

 まあ、僕の力は何かをして手に入れたというよりは、産まれた時から持っていただけに過ぎないけど。

 そういう星の元に生まれたってだけで、別に望んじゃいない。


「まあ、ちょっと多くの魔法が使えるってだけで、それ以外は普通の人間だよ」

「そうなのですか。ですが空間移動魔法を一人で使えるだけの実力です。高位の魔術師様なのではないですか?」

「いやー、それがお恥ずかしながら、今の僕は無職なんだ。だから今日は職を探しに帝都まで来たんだよ」


 今の僕は正真正銘の無職だ。

 前の世界でだって英雄とは言われていたが、これという定職にはついていなかった。

 そんな僕がついに冒険者に。なんか感動してきた。


「でしたら! あの……」


 急に大きな声を上げたと思ったら、俯いてしまった。

 

「どうかした?」

「いえ、あの……よろしければなのですが、一緒に冒険者になっていただけませんか?」

「……んん?」


 一緒に冒険者になっていただけませんか? 一緒に?

 元々冒険者になりに来たのだからそこは問題ないけど、一緒にとはどういうことだろうか。


「で、ですから……一緒に冒険者になって欲しいのです。実は私、ここからずっとギルドの入り口を見ていたのですが、足を踏み入れる勇気がなくて……」


 振り返る彼女の視線につられて路地裏の奥を見ると、その先の大通りの突き当りに大きな建物が見て取れる。

 その建物の入り口は絶え間なく人が行き来しているようだ。


「あ! あの、もし他に就きたいお仕事があるのなら無理強いはしません! ただ、私が冒険者登録するまで付き合っていただければと……勿論、嫌でしたら全然断わっていただいて構いませんよ!」

「ははっ」

「な、なんですか?」


 慌てふためく彼女の様子を見て、自然と吹いてしまった。


 気になることはいくつかある。

 どこかのご令嬢であろう彼女が冒険者になろうとしているのも気になるし、生命反応の検索に引っかからなかったのも気になる。


 ただ、悪い人じゃなさそうだし、僕の実力の一部を知る彼女と共に行動をすれば安心もできるから、一石二鳥ってことで。


「いいよ。そもそも僕の第一志望は冒険者ですから。僕でよければ喜んでご一緒するよ。でも、貴方も一人の女性なんだ。知らない男と一緒でいいのかい?」

「そ、それは大丈夫です! その、私分るんです。この人は信用しいい人だって」

「そっか。じゃあ、これからよろしくね。僕の名前はフランだ」


 そう言って手を差し出すと、彼女は嬉しそうに僕の手を握って。


「ありがとうございますっ! 私はフーカと申します。よろしくお願いしますね!」


 一時はどうなることかと思ったけど、これでようやく僕の新生活の始まりだ。

 僕が救わない世界がどのような未来を迎えるのか、見せてもらおうじゃないか。


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