プロローグ
―――狂気、それは、どんな人間も持ち合わせている。悪魔の具現。
―――誰も、狂気からは避けられない。
“アドルガ国”、平和を尊重し、どの国よりも強い戦士や魔術師を育ててきた国である。
様々な種族が共存しているものの、やはり綻びは必ず存在している。そう――“蛮族社会”だ。
特に勢力を強めていたのは、龍人、“ドレイク”と称される種族の中でも更に上位、“エンペラー”の1人によって構成された組織であった。
―――名を、“ガルディアス・エデン”。
この世界に存在する、“魔王”の軍団の1つである。
勿論、それに対抗する者達――“剣聖の戦士団”と称される、勇者の一団も存在していた。
そして、今も尚、戦いは続いていた。“新たな災厄”を加えて―――
彼此、25年前―――
アドルガ国の南端に位置する村、“ヘリア村”。
幾つもの畑や木製の住居、自然に溢れる村で、のどかな場所だった。
「今日も大量だなあ」
「ああ、こんだけ野菜もとれりゃあ、生活も少しは楽になるだろお」
緑色のトカゲのような、人型の生き物。この村の種族は、“リザードマン”であった。
どうやら大量の野菜が採れたらしく、2人は笑顔であった。
「それより、今日“レイベル”さんの出産日よなあ?」
「そじゃあ。もう産まれたど」
「お? どんな子じゃあ?」
「……そ、それがのう」
ヘリア村のある家にて――1人の赤ん坊が生まれた。
「そ、そんな……」
だが、出産に立ち会った村医者のリザードマンは、驚愕した。
生まれた赤ん坊の肌はリザードマンとはまるで違う。
“人間”の赤ん坊と同じ色、そして、同じ体つき、何よりも違ったのは、額から“角”が生えていたことだ。
「この子は……“ドレイク”じゃないか!?」
「れ、“レイベル”さん! あ、あなた“人間”と!?」
「……ええ。そうですわ」
「――私と、“彼”との子ですわ」
これが、全ての始まりとなる、“災厄”の誕生の瞬間であった。
それから15年―――ヘリア村、レイベル家の近くの草原。
そこには黒い革のジャケットを着た一人の男と、毛皮のコートを着たリザードマンの女がいた。
「“ファートス”、こっちにいらっしゃい」
「……おう」
―――ドレイク、即ち忌み子として生まれた
彼、“ラムダ・ファートス”は、もう15歳だった。
体も逞しくなり、15とは思わせない貫禄まであった。身長も高く、170はあるだろう。それに長い髪の隙間から見える角が、更に彼を強く見せていた。
「ファートス、あなたがやったの?」
「何をじゃ?」
「……これよ」
―――レイベルが指を指したのは、“無惨にも引き裂かれた、ゴブリンの死体”だった。
頭は切り落とされ、腕は引きちぎられており、足も抜かれていた。見たもの全てが嘔吐してしまいそうな、悍ましい死体だ。
それを見たファートスは溜息をついて
「……ああそうや、ワシがやりましたよ」
それを聞いたレイベルは顔に怒りを浮かべて、ファートスの方へ顔を向けた。
「どうして……! あなたは!」
そう言った瞬間、ファートスは腹が立ったのか、またも溜息をついて、レイベルに向かって苛立ちの表情を見せた。
「あんなぁ……煩いんじゃ」
「逆に聞かせてくれやあ? 何故殺したらあかんのんじゃ? 人を殺すな生き物を殺すなと言うがの」
「それにソイツらは蛮族なんやろ? 殺したところでなんも変わりゃあせんやないか。ホンマに」
「――ワシには理解出来んわ」
ファートスは冷たく、淡々と言葉を返した。まるで、感情などそこには無いかのように、余りにも冷たい言葉だ。
「……あなたは本当にそう思うの?」
「ああ。ワシからすればなあ」
険悪なムードがその場に立ちこむ。お互いが睨み合い、何をしだすかが分からない。そんな状態ではあったがレイベルはそんな中、ある事をふと思い出した。
―――それは、10年前のことだった。
その日、レイベルは隣町への買い出しに向かった。
ガルディアス・クランの他にも存在している“6つ”の魔王軍の1つ、“神怒龍軍”による破壊活動によって、様々な国の情勢が変わり、物の価値も変動していた。
とは言え、この町、“バアル・タウン”には、生活に必須な用具も売られていた為、向かわない訳にはいかなかったのだ。
『――すいません、この服1着くださいな』
レイベルはファートスの為の服を買いに行っていた。村の中では金があった方なので、価格が変動していても、まだ買いに行ける程の余裕があったからだ。
『お、いいぜ。5.6Gだ。いやあ、いつもいつも来てくれてありがてえぜ』
店主の男はニッコリとした笑顔でレイベルに声を掛けた。いつもの常連ということで、かなりの親密感があったのだろう。
貨幣については、この世界では“ゴールド”1Gは大体100円となる。
『いえいえ、こちらこそ。ではまた……』
『おう! また来てくれよな!』
挨拶を済ましたレイベルは、行きに使った馬車の所にまで歩いていった。
村に着いたレイベルは、砂場の道を真っ直ぐに歩いていった。そうしてすぐにそれなりに大きい家が、レイベルの目に映る。
それからしばらく歩いて玄関前、レイベルは無事家にまで帰れたことに少しホッとしながらもファートスのことを考えていた。
(フフフ……ファートス、喜んでくれるかしら)
―――その時までは、そう考えていた。
『ただいまーファートスー』
返事が帰ってこなかった。どうも1階にいる気配は無いようだ。それだけでなく、どこか雰囲気もおかしく、何か、恐ろしいモノを感じた。
レイベルはどうしたのだろうかと疑念を抱きながらも2階へ上がって行った。
『ファートスー? どこにいるのー? 返事してー?』
返事は帰ってこない。だが、1つ部屋の扉が開いているのに気付いた。雰囲気もまるで異様で、何か、触れてはいけない、何かが目の前で蠢いているかのようだ。
『……ファートスなの? 入るわよ』
ゆっくりと、ゆっくりと1歩を踏んだ。その先の光景には――
『ファー、トス?』
――目の前に広がっていたのは、大量の虫の残骸だった――まだ幼いファートスはその場で座り込み、ずっと虫の死骸を覗いていた。
よく見ればどの虫も、外の草原にしかいないはずの虫で、家には出てこない虫だった
そしてそれらを見るその目はまるで悪魔の様で、狂気に充ちていた――
そうしてその後も、不可解にファートスの周りで、様々な生き物が無惨な死体となって見つかっていくのは、それからすぐの話であった――
「……で? 結局ワシの説教だけかあ?」
ファートスは煽るように腕を組みながら、レイベルに声を荒らげた。煽るように言っているものの、まだ苛立ちを隠しきれていない。腕元を見れば片方の手の人差し指をずっとトントンと動かしている。
ファートス自体はかなりキレやすい。それは少年時代から変わらないらしい。分かっていることだけでも、幼少時代から手の付けられない子供として扱われていて、村人からも評判は良くない人物として知られている。
「……あなたは、いつか後悔してしまうわよ」
「……命は、侮辱しちゃいけないのだから」
レイベルは、怒りを混ぜた声で、ファートスに冷たく告げた。だがそれを聞いてるファートスは、聞く耳を持っていないのか、ただ周りを見渡していた。
そして直ぐに、レイベルの方を向いた。
「のうお袋、じゃあワシからも一言言うたるわ」
ファートスは、一息置いてから、レイベルに不敵な笑みを浮かべながら、中指を立てて……
「“アンタが思うとる程、命は重くないど”」