集団との戦闘、頑張ります!!
「うっわ、起きてすぐの集団戦は心の準備がまだなんだが……」
燕号を拾う余裕もなく俺も駆けだすしかなかった。
チラッと後ろを見ると、俺に負けないくらいに必死で走る少女の姿。
「はぁ、はぁ……」
その際にある体の一部が跳ねて走る邪魔をしている。
擬音にするとボヨンボヨン、バウンバウンだろうか。
何言ってんだ俺……そこはどうでもいいだろ。
問題は彼女が前を走る俺に気づいていなかったことだ。
気づいていながら俺の方に走ってくるのならMPK、つまりモンスターをなすりつけて俺を殺そうとしてるんだろうと遠慮なく逃走できた。
だが少女はただ生きるために必死で逃げているだけなのだ。
その前に誰か人が走っているなど考えもしていないだろう。
ゴブリンはゴブリンで視野が狭いのか、それとも性的な獲物として完全にロックオンしたのか、目の前の少女だけしか見えていなかった。
クソっ……。
俺は走りながらも、少女に告げることにした。
「おい!! 逃げるなら逃げるで――」
――無策で走るな。
そう言おうとしたが、全てを言い切ることはできなかった。
いや、言葉自体は声になったのだが、その前に。
「バッ!! そっちはどっちにしても捕まるぞ……」
少女は、曲がり角を、曲がってしまった。
そしてそれを見て、追ってきていたゴブリンは2体が俺の方に、そして4体が少女の後を追った。
俺はこっちに引っ越して大学生活を1年間過ごしている。
だから、ここら辺の細かい地理くらいは頭に入っていた。
簡単に言うと、少女は漢字かカタカナで言う“口”や“ロ”の二画目へと逃走。
こっちへと来る2体のゴブリンは一画目、そして三画目という経路を通って追い詰めることが出きる。
そういう場所へと逃げてしまったのだ、少女は。
なぜゴブリン達も俺が想像するような嫌らしい行動をとっているかは知らないが。
――要するに、挟み撃ちする気なのだ、ゴブリン達は。
「チッ……」
そして俺自身にとっても嫌な行動になる。
それは、また先ほどの例を使えば。
一画目はそのまま止まることなく真っすぐ進み続けることができる直線。
その途中に三画目があるだけ。
つまり、俺は、このまま一画目を突っ走ればフェードアウトできるのだ。
――それは、少女を見捨てれば、俺はゴブリン達と接敵せず、このまま家へと帰れることを意味する。
ゴブリン達との距離はそこまでない。
ただ、気づかれたとしても、俺の方が先を走っている。
奴らの標的は少女。
仲間4体との挟み撃ち作戦中。
そして俺は男、少女の方がよっぽど与しやすい。
少女を捨てて、俺を追ってくる可能性は極めて低い。
……これだけ逃げるに適した要因が揃っている。
決めてしまえば逃げるのは容易。
「だが――」
じゃあ、なんで俺は先ほどあの高校生5人に対して怒りを覚えた?
自分が巻き込まれたから?
それもあるだろう。
でも根本のところは、自ら積極的に、同類である人間を、少女を、自分たちでモンスターの囮に使ったこと。
俺の状況は勿論違う。積極的に少女を囮にやったわけじゃない。
何らかの作為はそこにはない。
じゃあ、この後、それを言い訳に使って俺は耐えられるか?
少女を見過ごしたという事実を抱えて、このサバイバルの状況を。
ただでさえ精神的に疲れるだろう状況に、毒のようにじわじわ自分を痛めつける要因を作るのは、自殺行為だ。
勿論、最優先は自分の命。
そこは譲らない。
助けられないのに助けに向かうのは単なる蛮勇だ。
それと履き違えてはいけない。
「――でも、助けられる場合に、何もしないのは、違う、か」
「――ギシィィ」
俺はそこで走る足を止める。
ようやくそこで、ゴブリン達が追いつき、俺の存在を認識する。
「ハハッ、そうだ、全部悪いのは社会だ、俺は悪くない――」
さっきまで必死に逃げていたのも、ゴブリン6匹一度に一人ではダメだと、【戦闘勘】先生が囁いてくれていたから。
だが今、コイツ等は二手に分かれてしまった。
今、目の前にいるのは2匹。
【戦闘勘】先生はやるんならやってもいいよ、的なGOサインを出す。
それに――
「【闘術】先生にも師事したからな、集団戦で初お披露目だ」
俺は体が自然と構えるのに任せる。
まるで、見えない誰かが戦闘のそれに適した動きへと体ごと導いてくれるみたいだ。
そして、昨日の最後、蚊モドキたちに放った炎も、隠し玉として使える。
ゴブリン達は腰の短剣を引き抜く。
俺の構えを見て警戒を強める。
「マジであいつらガキどもは許さん。ついでに死んだらお前らも許さん」
そうだ、もうね、うじうじと考えるのはこの場ではよそう。
考え方を変えようじゃないか。
うん、あれだ、困ってる女の子助ける俺カッコいいで行こう。
それと生き残ったらあの少女に恩売りまくろう。
【スペースレンタル】もダウンロードしてもらって1SJP稼ごう。
……それで、ちゃんと家に帰れたら、爺ちゃんの仏壇に“可愛い子助けたんだ俺……”って言うんだ。
「――しゃあ!! 死亡フラグっぽいの立てて、逆生存フラグ立てたぞ!! この小鬼ども、勝負!!」
訳わからないことを喚いて少しでも気圧されてくれたらラッキー――という感じで突っ込む。
これも何かやった方がいいという考えが直ぐに頭の中に浮かんできた。
【戦闘勘】が後ろから見守り、時として温かく道を示す後見的な師匠の感じなら。
【闘術】は手取り足取り、武器を用いない戦闘方法を逐一教えてくれる熱血系の師匠って感じ。
どちらか一方でも強いが、二つが相互補完的に俺の戦闘を補助してくれる。
「っらぁ!!」
俺は迷わず左にいたゴブリンを狙った。
殴り易い位置にいたから。
それ以外に理由はない。
――というかいらない。
「ギッ、ギィギ――」
俺があまりにも躊躇わずに標的を決め、そして接近してきたことに、ゴブリンは行動が、思考が、追いつかなかった。
誰かに引っ張られるようにして軽やかに動く体で、腕で、逆らわずにゴブリンの頭をぶち抜く。
振りぬいた拳はゴブリンを一撃で吹き飛ばし、頭を粉々に、脳内をグチュグチュに潰したことをその手にはっきりと伝えた。
「これで一匹!!――」
間髪入れずに振り向いて、もう一匹いるゴブリンの股間を大きく蹴り上げる。
恐らく【戦闘勘】による直感で、息継ぎせず、速やかに片付けるが吉、という考えから。
相手の小ささや、俺のステータスの微量な向上もあってか、蹴られたゴブリンは声にならぬ声を上げ、1mは軽く真上にとんだ。
そして反撃も、態勢を整える隙も与えない。
落下するに合わせ、俺は振り上げた拳を顔にめり込ませる。
そのまま地面まで持っていく。
着地した際にはその威力で顔がトマトのように潰れ、俺の手首までがゴブリンの頭部に埋まった。
「うへぇぇ……」
倒したんだ、とか圧勝・完勝じゃね、などという達成感はなく。
青緑色の不健康そうな体液が手首に纏わりついたことに、ただただ気色悪さを感じていた。
お前らの体、青汁かよ。
〈小ゴブリン を 倒しました〉
〈小ゴブリン を 倒しました〉
頭の中で、今の戦闘の終わりを告げる音が鳴る。
まあ戦闘らしい戦闘はなかったが。
だが、これで安心もできない。
まだ追われている少女が懸命に生きようと足掻いているはずだ。
一瞬「逃げ道は作ったし、もういいんじゃね?」という考えも浮かんだが……。
「ここまでやったんだ!! 他のゴブリンどもも俺の経験値にしてやるぜ、グヘヘ」
あと、つ、ついでに可愛い子助けて、可愛いお嫁さん貰って、俺、爺ちゃん家で余生を過ごすんだ……。
よし、生存フラグも立て終えた!!
「おっしゃあ、待ってろよ経験値!! 俺の安らかな余生のための踏み台にしてくれるわ!!」
ちゃっかり噛ませ犬フラグ立てておくことも忘れないとか、俺って徹底的に三下だな……。
◇■◇■◇■◇■◇■◇■
「――や、いやっ!? やだぁ!? やだぁぁ!!」
可能な限り早く来たつもりが。
――少女は俺の戦闘中に追いつかれていた。
「クソッ!!」
何とか走りながらも状況を確認する。
そしていくら小さいとはいえ、ゴブリンは4匹。
2匹が腕を抑え込み、1匹は足を。
少女はもがき、何とか拘束を解こうとするも、数の暴力がそれを許さない。
それぞれが少女の動きを封じる。
残りの1匹が、少女の服を引き裂いた。
そして今正に、スカートを取り払う。
そのスカートに、舌を伸ばしてデロッと一舐めする。
「いや、いやぁぁぁ!!」
この後のことを想像したのか、悲痛な叫び声が周囲に響き渡った。
とうとう、その手が、少女の肌着へと伸びる。
手が、掛かった。
俺は駆ける。
駆ける!
駆ける!!
そして――
「――ッ!! バカ野郎!! R-18は他所でやれ!!」
俺の一喝が【闘術】と共鳴し、他者の存在が意識になかったゴブリンは完全にフリーズ。
性を貪ろうとして完全に無防備だったゴブリンに対し、不意打ちで頭に蹴りを一発見舞う。
鋭く振りぬかれた蹴りを食らい、ゴブリンは数度バウンドして、ようやく壁にぶつかることによって静止した。
それによる再起不能を確認することもなく、俺は続けざまに足を抑えていたゴブリンの頭を鷲掴む。
少女の腕を取り押さえていた2匹がようやく俺の乱入を認識し、離れて警戒するが、気にしない。
そのまま掴んだゴブリンを腕力・STに任せて強引に引き剥がす。
そして――
「子供が見たらどうするんだ!! 地に!! 額!! 擦り付けて、謝罪しやがれこの野郎!!」
手の中で暴れるゴブリンを、クレーンのように動かし、そのまま地面へのキスを強行。
叩きつけたゴブリンの頭は俺の手と地面のサンドイッチによりグシュッと潰れる。
〈小ゴブリン を 倒しました〉
〈小ゴブリン を 倒しました〉
「――へ? ……え?」
突如として拘束が無くなったことに驚いてか、一瞬少女は何が起こったのかと呆然とした。
「――立って!!」
ゴブリンの体液で汚れていない左手で強引に少女の腕を取る。
そして力任せに立ち上がらせた。
女性にしては背も少しあり、相手は腰が抜けている。
……それに一部がというか二つの部分が重装備仕様なのでちょっと手間取るかともおもったが。
意外にすんなりと立たせることに成功する。
ステータスを少しでも上げていた恩恵だろうか。
「走れ!! ゴブリンは後あの2匹だけだ!!」
後ろを振り返らずに少女に指示を飛ばす。
「えっ、あの、でも――」
「いいから!! 走ってきたとこ、少し戻ったら自転車が乗り捨ててある!! 拾って!!」
問答する時間も惜しいと少女をこの場から撤退させる。
なおも躊躇っている少女に、少し語気を強めてもう一度だけ叫んだ。
「――早く!!」
「――は、はいっ!!」
少女は俺が来た方向へと走っていった。
その背中を追おうと2匹のゴブリンが駆けだそうとする。
だが――
「おっと、何今更白々しくどっか行こうとしてんの? お前ら俺のこと無視しようとしただろ?」
俺が通せんぼするようにして立ちふさがった。
不意打ちで既に4匹のうち2匹は沈めているし。
それにここに来るまでに1対2で圧勝している。
【戦闘勘】先生もコイツ等やっちゃいなよ、と前向きなお言葉を下さっている。
要するに油断はいけないが普通にやれば勝てるよ、ということだ。
「ギッ、ギギィ……」
心底邪魔そうに俺のことを睨みつけてくる。
そうだ、それでいいんだよ。
「……お前ら、知ってるか? 無視される奴の気持ち。『あっ、ゴメン、いたんだ……』って素で言われる奴の気持ちをよ!!」
ゼミの中で普通に飲み会の出席者に俺、最初から数えられてなかったんだよ!!
他の優しい一人が『えっと……渡会君はどうするかな?』って気を使われて初めて認識された奴の気持ち、分かんのかよ!!
「こっちも気、使ってやったよ!! 周り来てほしくなさそうな空気だったからな!!『いや、俺はいいよ、皆で楽しんできな』って言ってやったぞコンチクショーーー!!」
勿論単にボッチの悲哀を叫んでいるだけではない。
流石にそんな間抜けな行為はしないさ。
【闘術】の教えてくれる一環で、気迫の籠った叫びが、相手を怯ませられることがある。
だから声を大にして言っているだけである。
それ以外に他意は無い。
無いったら無いのだ!!
「ギィィ、ギィィ……」
数的有利はあっちにあるはずなのに、ゴブリン達はじり、じり、と後ろに下がっていく。
よし、根負けしているのだ、【闘術】がきちんと発動している証拠だ。
……見方によっては余りの悲壮感に同情しているようにも見える、とか思った奴、後で集合。
「――シィっ!!」
小さく息を吸い、怯んだゴブリン達に突っ込んだ。
普段の俺なら、こんなに無駄なく動くことなどできなかっただろう。
喧嘩も格闘技も、更にはスポーツも碌にやったことが無いのだから。
目の前へと迫った短剣を構えるゴブリンの頭を両手でがっしりと掴む。
と、同時に、膝をぶち込んだ。
「グィッ――」
その短剣が振るわれる暇すら与えなかった。
顔を潰した膝に反動が来る。
だがそれ自体は予想できたことなので驚きはない。
むしろ自分で自分の動きにビックリする。
【闘術】が正に手取り足取りどう攻撃すべきか具体的に教えてくれる。
ただ心の部分でも随分と余裕があった。
やっぱり先にゴブリンより強そうなオークを自分で倒していたことが、密かに大きな自信に繋がっていたようだ。
「――キシィ!!」
仲間を全て倒され、ようやく最後の1匹がその動きを取り戻す。
そのサイズにあった棍棒を持っており、それを振り上げて俺へと迫った。
「おっと」
俺は丁度今絶命したゴブリンの短剣を拾い、それで応戦する。
迫りくる棍棒をその短剣を寝かせて受け止め――
――って!!
「折れたッ!? 脆いッ!! メッチャ脆い!!」
カキンッと良い音鳴らして根の部分から短剣は呆気なく折られた。
マジ脆過ぎてコイツ等もうマジモロい。
いや意味わからん!
「ギィィ!!」
俺へと一矢報いてやったというように気を良くするゴブリン。
そしてそのまま俺へとその棒を叩きつけようとした。
チッ!!
このまま俺が負ければ、またあの少女を追いかけかねん。
「黙れ小鬼!! お前にぃぃ!! あの少女の不幸が癒せるのかぁぁぁ!?」
もう脆い武器には頼らぬ!!
頼れるのはこの己の体のみ!!
水平に構えた棍棒を手に、突っ込んでくるゴブリン。
対する俺は――
「うらぁぁ!!」
――純粋な蹴り。
しかし、可能な限り真っすぐ足を延ばして。
それは棒が俺に届くよりも前に、奴の額の横、こめかみ辺りへと到達した。
そして、振り抜く。
――お前の体より、俺の足の方が長い!!
「ギィィ――」
蹴り飛ばされたゴブリンは一直線に飛んで壁にぶつかり、重力に引っ張られるようにずり落ちた。
〈小ゴブリン を 倒しました〉
〈小ゴブリン を 倒しました〉
――ピロリロリン♪
〈Lvup!! Lv.4→Lv.5 に上昇〉
あっ、レベル上がった。
「ふぅ~。何とか倒したな」
6体一気にだとキツかったかもしれないが。
でも2体ずつだったら苦戦せずに倒せたな。
もしかしたら、こういう各個撃破すべしというのも、無意識的に【戦闘勘】や【闘術】先生たちが俺にさせようとしているのかもしれない。
そこらにてくたばっているゴブリン達の死骸を見やる。
別に死体が光の粒子となって消えることもなければ、何か素材や特別な硬貨へと変化することもなく。
普通に俺が倒した後のまま残っていた。
……やはり、あの蚊モドキとは違うな。
「……本当に経験値だけなのかね」
ちょっとがっかりしなくもない、が。
まあ無事に戦闘を終えることができたことで、良しとしよう。
レベルも上がったしな。
そんな俺の元に、何かが近づいてくる音がして――
「――あの!! 準備できました!!」
――燕号、つまり自転車に乗った半裸の少女が、息を乱しながらも、駆け付けてきた。
えぇぇ、戻ってきたの……。
あれ、俺の自転車パクッていいからそのまま逃げなって意味だったんだけど。